シマズ家、軍事大演習を実施すること、招かれた者達の驚愕
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北ワ王国の軍事奉行であるマカズ・ジュウロウは、第1師団長のミワ・カズジに、参謀長のミカイ・ジウンが隣り合って、演習場の来賓席に座っていた。現時刻は、一日が20時間のうち午前7時であるので、明るくなり始めて1時間半がたっている。
地軸の傾きが小さいこの世界では、季節による日照時間に差が少ないが、概ね4時半程度に明るくなって、15時半に暗くなる。幸いこの軍事演習当日は秋晴れであり、弱い風で気温も高く快適に視察ができそうである。
演習場は、正面の南ワ中央山の斜面向けて幅が1㎞、奥行きが2㎞以上もある広大なものである。その演習地に向けて、最も低いところで地上から2mほどの高さで片屋根を被った総座席数500で5段の階段状の客席が設けられている。その中央部が仕切られて、クッションと背もたれが付いた椅子が50席ほど並んでいてそれは来賓席となっている。
正式招待の3人を超える他の視察メンバーはその外の客席に座っているが、座席は北ワ王国と他の領からの視察者の130人余に加えて、シマズ領からの見学者でほぼ埋まっている。軍事演習はシマズでも大人気であり、規模の大小はあるが、毎年数回開かれており、主として軍関係者に領の上層部あるいは役人が席を手にいれて見学している。
演習場は観客席から300mほどはほぼ平らであるが、その背後は緩やかに登りになっていて、観客席からは隈なく見通せるようになっている。客席から200mほどの範囲はほぼ裸の地面であるが、その奥には多くの的や、障害になるコンクリートの構造物が建てられている。
来賓席の客は多くが軍人であり、各領の制服らしき服を着て座っているが、ほとんど全員が会場に入る際に手渡された双眼鏡を覗いている。それは倍率3倍のもので、たいしたものではないのだが、そういう物の概念そのものが知られていなかったために、平均50歳台の高級軍人が夢中になるのも無理からぬことである。
それは、贈与ということで渡されたものであるが、シマズにしてみれば的への命中など、肉眼では見えづらいために渡したもので、技術力を見せつけるという意図まではなかった。
「ふーむ。双眼鏡か、要するにガラスで作った凸の円盤を、前後に仕掛けてそれをずらせるようにしたものということですな。まあこれで3倍に見えると言いましたが、確かに覗くとその程度のようですな。ガラスはわが王国でも作っているので、これをばらせば同じものは作れますな」
参謀長のミカイが双眼鏡をしげしげと見て、実際に使ってみて言うのに、マカズ軍務奉行が応じる。
「うむ、これは戦には有用なものじゃから是非作りたい。じゃが、もっと大きく見えんものかな?」
「ええ、それほど複雑なものではないので、ばらしてこのものの考え方が判ればできるでしょう。ですが、こうしたものを皆に与えるということは、それによる影響を案じてはおらんということですな。
それにしても、昨日一日で様々にシマズを見て回って、自動車だけでなく、いろんな仕掛けが町中に溢れて使われているのには心底驚きましたなあ。旅館もそうですが、街に電気で灯るという照明は、ロウソクでは全くあの明るさは無理ですな。
それと、蛇口をひねれば勢いよく出てくる水、便所で用を足した後勢いよく流れる水もそうですが、どういう仕掛けなのか、知りたいものです」ミカイが応えて言う。
「ああ、旅館の周りの家々も電気の灯りが点いていたなあ。どうも、その吹き出す水も普通の家々でも旅館のように使えるらしい。それより、なにより、あの自動車じゃ。流石に普通の家で自動車を持っておるものはほとんど居ないらしいが、わし等が港から乗ってきたようなバスが普通に走っていて、そこらの庶民が使えるそうな。
それに、荷を積むトラックと言う奴が荷物を満載して走っているが、あれは当然軍でも使っているだろう。多分1台に20人ぐらいは乗れるだろうから、500台あれば1万の兵があの速度で移動できる。一方でわし等は、騎馬兵を除けば徒歩のみで、シマズが一時間で走る距離を1日かけて移動する………。数倍の兵力では埋められん差だと思いますな」
船では強気であった第1師団長のミワが、すっかり弱気になっているが、最後の方は流石に周囲を気にして声を潜めて言う。
「ふむ。ミワ、お主もそのように思うか?」
「ええ、何と言っても我が北ワ王国は古くからの大国でワ国一の存在でした。味方する領も多いので、シマズの何倍もの兵を揃えることは容易なので、急速に力をつけてきたシマズではありますが、多少苦労はあっても踏みつぶせると思ってきました。
しかし、実際にシマズ領に入ってみると、余りに様々なものが我が国より進んでいます。だから、今日の演習次第ですが、場合によってはシマズの実力は思ったより何倍も高いかも知れんと思っています。その場合は、こちらから仕掛けるのは悪手ですな」
「うむ、まあその話はあとでしよう。それ、もう始まるようだぞ」
マカズが、周りの他の来賓たちが自分達を注目しているのを気にして話を打ち切ったところに、実際に観客席にスピーカーから声が響き渡る。
「ご来場の皆さま、ようこそわがシマズの中央山軍事演習場へ。まもなく軍事演習を始めます。演習はお渡しした予定表の通りに、まず参加予定である兵1万人の行進、次いで各自の兵の射撃かから始めます」
拡声器で拡大された声はシマズのみの物で、これまたシマズ関係者以外の観衆には驚く種になっている。
その後、スピーカーからは音楽が流れ、演習場の端から隊列が現れた。それは、足並みを揃えた5人4列の隊列であり、灰色のゆったりしたズボンにポケットの多い上着からなる制服に身を包み、足元は半長靴で固め、小銃を背負って、腰に短刀とポーチを釣っている。
各兵の間隔は1mほどで5人×10人でひと塊になって、塊の左右・前後に3mほど間隔が空いている。つまり50人の塊が横列に4個、縦列に延々と続いている。きびきびと歩を進めるその隊列は観客席の前を横切っていくが、最後列が現れ、塊を数えると50個あるので、1万人の行進というのは事実ということになる。
多くの領の者にとっては、これだけの数の兵が同じ制服を着て、きびきびと行進していること自体に驚きと脅威を覚えた。一方で北ワ国の軍人にとっては、1万人以上の兵士が集まっている状況は何度も見ていて数には驚かないが、1万人の兵全員が小銃を背負っているのには焦りを覚えずにはいられなかった。
「ぜんたーい、止まれ!」
大体隊列が観客席の左右で同じ距離になった時、スピーカーから声がかかり、同時に音楽が止まって兵たちの行進は止まる。
「全員!右むけ、右!」
更なる声で、1万の兵が一斉に90度右に体の向きを変えて観客に背を向けて立つ。
「最前列!10歩前進、銃を装填、構え!他は休め!」
声に応じて、観客の前面に向かって20列になる各500人の兵が、一斉に号令に合わせて銃を背から下ろしさらに腰のポーチから薬莢と一体になった弾を取り出す。そして銃の横腹に銃弾を込めて、銃床を肩につけて的を狙いつける。全ての兵が手慣れており、僅か数秒で全員が銃を的に向けて構えている。なお、後ろの兵は足を広げて緊張を解く。
彼らの100mほど前には1m四方ほどの大きな白い的があり同心円が描かれている。的は10人ずつの兵の集団ごとに一つあるので、10人ずつがその的を狙うことになるのだろう。その的は観客からは200mほど離れているが、緑の草に覆われている演習場の中で、白く浮き上がってはっきり見える。また、最前列の兵士たちのやっていることは、地上から2mほど高い観客席からは良く解る。
「全員、各担当の的を狙って連続で5発を撃つ。最初の1発は命令に応じて一斉射撃、残り4発は狙いが付き次第適宜射撃せよ。良いか?」
スピーカーの声に、銃を構えた500人の兵は一斉に「「「「「「オウ!」」」」」と叫ぶ。男たち500人野太い声は観衆にもはっきり耳に入り、いやがおうにも緊張が高まる。
「では、用意!今から数える5で撃つ。5、4、3、2、撃て!」
500発の完全に揃った一斉射撃の音は、「ドーン」という複合した轟音となって100mほども離れている観客の耳を撃った。ちなみに、後列の兵達は耳栓をしているので、その轟音のほとんどは防げる。観客からは轟音より先に、兵の持った銃から火箭が走り、薄い煙が飛び出すのが見えたと思ったら、轟音が聞こえたことになる。
それからは、弾込めの巧拙があり、発射音にばらつきは出てきたが、音としては只の轟音である。見る限り的から外すものはいないようだ。20秒も発砲が続いただろうか、轟音が止んで静寂が戻ってきた。双眼鏡で見ると的が射出孔の見分けがつかない程度にずたずたになっているが、描かれた丸の外の穴はほとんどなく大部分は中心か2番目の丸に当たったようで、この範囲が全体として大きな穴になってしまっている。
「ご苦労、一列目は下がれ。2列目は前進。さらに各的を交換せよ」
アナウンスがあって、射撃を終えた兵達が最後尾に下がり、全体の列が1歩前進し、最前列の者が10歩進み出る。さらに、両端から小型のトラックが走り出て、乗っていた兵が50枚の的を手早く交換していく。
数分の内に的の交換が終わると、2列目の500人の射撃が始める。
北ワ王国参謀長のミカドは、一斉射撃を始まる時点から絶望の思いで、双眼鏡を使ってその様子を見ていた。まず、彼が気付いたのは行進中の兵が持つ銃の整った形である。まず肩につけるようになった銃床は、脇に抱えて持つようにした自領のものと違うし、木材と銃身が合わさった自国の者と違って、彼らのものは銃本体が全て良く磨かれた黒い鉄で出来ている。
比べれば、シマズの銃の方が明らかに優れているように見える。
また、銃を背から回して構える際に扱う兵の手並みを見ていると、彼らの銃は明らかに自分たちのものより軽そうで扱いやすいようだ。さらに本当に驚いたのは弾を込める速さである。彼らは炸薬と一体になった弾を銃の横から込めるのであるから、多分2~3秒で終わっている。
これには度肝を抜かれたが、自国の火縄銃の場合には、銃口を上に向けて火薬を入れ、突き固め次に弾を込め再度構えるには1分以上、つまり10倍以上の時間がかかる。つまり、彼らの銃は自国の兵の持つ銃の10倍の力を発揮することになる。
それに、そもそも自国の持つ火縄銃は3千丁程度であり、シマズの場合にはここに少なくとも1万丁がある。ということは、彼我の鉄砲における戦力は話になっていない。あとは命中率であるが、自国の場合にはそもそも100mの距離で人体に命中するなどということは、まぐれでしかない。
一方で目の前で行われている射撃では、双眼鏡で確認している限りでは、的の大きさが1m角らしいので、一番外の丸が80㎝程度、中心の丸が30㎝、2番目が50㎝程度であろう。大部分の弾は一番小さい丸に当たり、ほぼすべての弾は2番目の丸に入っている。
つまり、ここにいる普通の兵士が銃を撃てば、100mの距離でほぼすべてを人体に当てることができるということだ。ミカイは上司と同僚を見て、さらに周りの来賓席を見回したが、マカズとミワは魂を抜かれたような顔をしている。
また、周りの他領のものは同じような顔をしているものがいる一方で、さばさばした顔をしている者がいる。後者はある程度シマズの実力を知っていたか、または最初からシマズには敵し得ないとあきらめていたのだろうとミカイは推測した。
こうして、見学者が様々なことを思って演習を見守る内に、500人ずつ20回に分けた1万人の兵による各5発の射撃が終わった。
全ての視察者はこの1万人の兵に対して、弓や槍また剣、さらには火縄銃をもって対峙した場合には、相手にならないことを理解した。多分、10倍の兵力をもって、その大部分をすり潰すつもりでないと損害すら与えられないだろうという者もいた。
しかし、この1万の兵の行進と射撃はまだプログラムの1番目である。シマズはさらに驚くことを始めた。彼らは、今度は射線を観客席と平行にして、先ほどと同じ的を射手から500mの距離をおいて設置して、100人の射手がそれを狙って撃つのだ。
双眼鏡で見るに、その銃は銃身が長く、上に筒を取り付けていて明らかに先ほどの兵達が持っている銃と異なる。また撃ち方は先ほどの兵達のように立射ではなく伏射である。観衆にとっては信じられない距離での射撃である。それを見て、北ワ国の者はシマズと周辺領の間に起きた戦で、後方にいた領主や指揮官が遠距離から撃たれたために、相手の軍が瓦解したという噂が事実であることを悟った。
実際に、100人の狙撃手は全員が中心の丸に命中させた。それを見た北ワ王国をはじめとするシマズに敵対的な領の者は震え上がった。この時代、通常の戦において指揮官が500m以上の後方に下がるという形態はあり得えいことを考えれば、指揮官から先に殺されるという前のシマズの行った戦いと同じ結果になるのだ。
しかし、それで終わりではなかった。
次は大砲である。トラックに牽引された車輪付きの75mm砲が10門引いてこられ、観客席の100m先に10mの距離を置いて固定された。的は2㎞先の2m角のものであり、それを各大砲の射手が単眼鏡で覗いて他の2人の兵に調整を指示している。やがて尾栓が開けられて、木箱から持ち出された砲弾が抱えら装填されて尾栓が再度閉められる。装填に要する時間は1分強であるので、火縄銃程度である。
観客には耳栓が配られてそれを付けるように指示された。射撃は1門ずつ行われたが、耳栓をつけてもドーンという轟音と空気の衝撃波は十分に聞こえ感じた。そして、1発を除いて的に命中したが、弾が着弾した時の爆発と舞いあがる土砂にはっきりわかり、命中した的は粉々になる。
外れた1発も的の傍に着弾して的を撃ち砕く。
大砲について、流石に北ワ王国は、出入りする大陸の商人から聞いてはいるが、あのように爆発するとは聞いていないし、射程も数百mであるというので急いで調達する必要は感じなかったのだ。しかし、この大砲は訳が違う。あの距離に正確に当てられ、あの威力ということは先ほどの狙撃銃より遥かに勝る脅威である。
その他の領の者については、すでに兵達の射撃を見て心が折れていたので、大砲の射撃は今更であり、いずれにせよシマズに戦を吹っ掛けるのは無謀であることを深く悟っていた。
観客席の片隅で、招いた者の達の反応を探っていたカジオウは、演習の成果は十分あったということを確信した。そこで、場合によっては実施するつもりのあった迫撃砲の演習は取りやめることを、演習の実行方に指示した。




