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4「潜入の目的」(2)


 エイトは思わず聞き返した。エドワードの言った『特務部隊』という存在が引っ掛かったからだ。

 特務部隊は軍部の管轄にある、陸軍とはまた違った系統の部隊の名である。表立った所謂『軍人さん』という働きを担当する陸軍に対して、特務部隊とは裏側、つまり暗殺や誘拐といった暗部の仕事を請け負う部隊である。

 そのため構成人数は多くはなく、一人一人が高い能力を持った少数精鋭で構成されているという噂だ。そう、噂なのだ。

 裏側の部隊があるというのはエイトのような学生でも知っている都市伝説のような扱いで、そのような部隊が実在しているとは、さすがに思ってもみなかった。

「そう。特務部隊は実在しています。特に危険な“狂犬部隊”は今回出てきていませんが、どうやら末端の非戦闘員達は既にスペンサー邸の周囲を嗅ぎまわっているようですなぁ」

「なんでまた、そんな物騒な連中がウロウロしてんだよ?」

「それは、あの邸宅で行われているという実験の証拠を掴むためです」

「実験?」

 ベッドを挟んだまま険しい顔をするエイトに、エドワードは少し休むようにと、机の傍の椅子を勧める。正直、話の内容に興奮し過ぎて座っていられる状態ではないが、少し落ち着くためにも一度、深呼吸をしてから勧められた椅子に座った。

 ベッドが部屋のほとんどを占める狭い部屋だ。入り口とベッドの間の空間にあるその机には、まだ中身の残っているティーポットが置かれている。まだポットの表面は暖かい。どうやらエイトが起きたのと、ティータイムの用意が出来たのはほとんど同時らしい。

 空にしていたカップに再び紅茶が注がれる。少し冷えたその香りが、エイトの心を落ち着かせる。苦みの中に潜む深みが、すっきりと鼻腔を抜けていく。

「どうやら『人を別の生物と混ぜ合わせている』とのことです。なんともおぞましい。人間の所業ではありませんな」

「な、なんだよ……それ」

「エイトさんは合成獣というものをご存じですか? 子供向けの空想話にあるような、そういったものでも良いですよ」

「……」

 エドワードが言いたいことを理解したエイトは、黙ることしか出来なかった。

 エドワードは『軍の知識としての合成獣』の話ではなく、子供向けの架空の物語や御伽噺のことを言っているのだ。だが、エイトはそういった話の知識はなかった。そんな『軍人になること』に必要ないであろう話を語る両親ではなかったし、唯一の友達も女のデミだけだった。話す相手がいないのだから、そんな情報はどうやっても耳に入ることはない。

「……っ、すみません。私としたことが軽率でしたな。エイトさん……」

 おそらく複雑な表情になっていたに違いない。エドワードが珍しく慌てた様子でエイトの前に屈む。目線をしっかりと合わせてから「すみません」と丁寧に謝られて、エイトはこういったことも今まで受けたことのない態度だと考えていた。

 とにかく丁寧に相手に向き合うその姿勢が、どうか自分だけに向いていたら良いのに。

 心の中でそんなことを思いながら、エイトの心をどこまでも理解してくれる老人に首を振った。

「何も、気にすんなよ。オレの家庭はどうやらおかしかったみたいだからな。今更、気にしてねーよ」

 言葉にしながら強がって、その頭を片手で優しく撫でられて。頬に熱を感じた時には、それを隠すことすら出来ずにそこにもう片方の手を添えられて。

 そっぽを向こうにも強引に視線を合わせられる。老人とは思えない力に、軍人という強さを感じて、ジンと身体の芯が熱くなった気がした。

 エイトの瞳を漆黒が覗き込む。その黒に赤が混ざる様に脳から溶かされそうになりながら、エイトはもう一度小さく「大丈夫だから」と続けた。

 ほっとしたような笑みを残して、エドワードは頭をもう一度撫でてくれた。

「合成獣とは一般的には、二つの種類の生物を掛け合わせて生み出す製法が主です。獰猛なる闇の眷属を手懐けるために、軍用犬と掛け合わせる等といったことが一般的でしょうか」

 砂漠の地であるこの地域ではあまり見かけないが、平野部の都市ではそういった『軍用生物兵器』が存在しているらしい。倫理的に問題があるために、掛け合わせる種類は極限られたものしか許可されていないと聞いた気がする。あまり覚えていないが。

「こういった掛け合わせでは、生物の生まれに手を加えて生み出す形になります。雄の遺伝子と雌の遺伝子を人工的に混ぜ合わせて、全く新しい種を生み出すのです。しかし――」

 エドワードは言葉を選んでいるようだった。出来るだけエイトにわかりやすく話してくれているようだ。やっぱり軍人というものは、頭も良くないといけないんだな、と考えさせられる。

「スペンサー邸で行われている実験は違う。奴はどうやら、生きた対象を『そのまま引き裂き、継ぎ接ぎ』しているようなのです」

 言葉の意味を考えて、エイトは吐き気がしそうだった。

 今まで生きてきた中で、話を聞いただけで吐き気に襲われるなんて経験はしたことがなかった。生きたまま身体を引き裂き、そしてそれを別の生物と結合する。そんな悪魔のような計画を、デミの身体に行おうというのか。

「それに、デミを……っ!?」

「あの娘の魔力に惹かれたようですな。スペンサーはどうやら『水の魔力を持った人間の娘』を希望したようなので」

 砂漠の国の人間は、魔法を行使する機会は他国に比べて少ない。家の外を吹き荒ぶ砂嵐により、砂漠の国――首都のデザートローズのみは例外で、街中の砂嵐の除去に成功しているという――では、魔力を動力源とした乗り物や魔道具が浸透していないせいだ。

 室内の照明や、水回りといった生活のための設備は問題ないが、移動のための乗り物は古き良き馬車や、大型に改良された動物に引かせるものが主流となっている。

 そんな難儀な砂嵐の影響は、国民生活だけでなく陸軍の中でも健在で、他国ならば魔法による軍事演習があるところが、この街の陸軍では存在しない。屋外での戦闘で使用出来ない魔法よりも、この街の軍隊では近接戦闘の能力が高い者が優遇されるのだ。

 砂嵐は魔力を遮断するだけでなく、物理的にも戦術的幅を狭める。細かい砂塵が入り込むため、この街では遠距離での狙撃は“ほぼ”不可能と言われており、部隊の編制も敵からの射撃や遠距離からの魔法攻撃はほとんど考慮されていないのが現状だ。

 学校で習った授業の段階での話ではあるが、おそらく間違いはないだろう。講師として来ていた現役の軍人達は、その魔力のほとんどを自らの肉体や武具の強化に充てていた。

 筋肉量は男女の違いが大きいが、魔力に性差はほとんどない。デミは砂漠の民にしては珍しい、水の魔力に適正があったようだ。この乾いた大地の国民には、地や風といった類の魔力に適正がある者が多い。

 エイトは残念ながらほとんど魔力がない、という適正結果だったが、元より近接戦闘に特化した訓練ばかりを行っていたので問題はなかった。もしかしたら頭の悪さと魔力の低さに繋がりがあるかもしれないと、今更ながらに思ってしまう。

「許せねえ……早くデミを助けねえとっ!」

「ええ、そうですな。そのためにもまずは……」

 エドワードの口元が怪しく歪むのを見てとって、エイトは全身に鳥肌が立ったのを自覚した。

「エイトさんの戦闘訓練をしましょうか」

 老人の放った冷たい殺気は、エイトが産まれて初めて受ける類の悪意であった。


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