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エピローグ「愛の行く末」(2)


『心から愛するエイトくんへ。


 まあ、なんや……最初にちょっと気持ちが乗り過ぎたんは謝っとくわ。悪いな。

 今エイトくんは「こいつ、手紙の文面まで訛ってる」とか思ったやろけど、残念。正解やわ。

 身体の調子はどうや? デザキアでは色々あったけど、デザートローズっていう新しい土地で元気にやってくれてたら嬉しいわ。

 僕はしばらくは視力に頼らん生活に慣れるために、デザキアで一般人生活をすることになってん。副業感覚でバーを始めたんやけど、これがなかなか繁盛しててな。また機会があったら遊びにおいで。

 エイトくんのご両親のことを勝手に調べたんやけど、どうやらまた新しい子供拾ってあくどいこと考えとるみたいやったから、僕の方でちょっとだけ軽く叱っといたったわ。

 これだけやとただの近況報告やな。こんなんのために手紙書いてたら、特務部隊失格や。でもな、こんなことを簡単に文面に書いてんのも、絶対バレへんて自信があるからやで。

 さて、ここからが本題やわ。

 エイトくんが慕うエドワードのじいさんやけどな。エイトくんが無事に陸軍に入ったら、出来るだけ、少しでも距離を取ることをお勧めするわ。

 僕が調べれば調べる程、あのじじいは匂うんやわ。多分陸軍が極秘裏に制作してるであろう“新兵器”にも関係しとるし、もしかしたら被験者かもしれん。その新兵器の中身までは、さすがに割れへんかったんやけどな。

 まだ断片的な情報しか得られてないけど、あれはヤバい。おそらくな、精神を犯す兵器やと、僕は思ってる。

 デミちゃんの最期、思い出させたくなんかないけどさ、よー思い出してみ? あの赤黒い魔力はじいさんのものやった。

 あの最期、デミちゃんの身体を抑えてたんは、あの子の心でもなんでもなく、じいさんやったんや。

 寒気するような魔力やった。あんなんどう考えても真っ当な手段で作り出した魔力ちゃう。

 それにな、じいさんからプンプンするあの香りな、加齢臭なんかとちゃうで。調べてみたら幻覚作用のある“薬草”の類やったわ。趣味の優雅な紅茶にしては、えらい鼻にくる香りやなて思っててん。

 じいさん自体はもう男として終わっとるから影響ないみたいやけど、あの香りに長期間中てられてたらきっとおかしなってまう。

 頭の中が女の子の……いやエイトくんなら男の子とか、言うのは癪やけどエドワードのじいさんのことで、頭がいっぱいになってるとかないか?

 それか毎日毎日欲求が抑えられんとか、そんなことはない? おいおいさすがに欲求くらい、何のことかわかるやろ? エイトくんだってホラ……もう、立派な軍人さんなんやから。もうオトナやろ?

 自覚症状が出てもうてるなら、早く中和なりしなあかん。まだそんなことはなかったとしても、あのじじいの香りには近寄ったらあかん。

 陸軍にせっかく入れたエイトくんに、こんなこと言うんもあれなんやけどな。それに、本心から愛してもうてるんやろ? あのじいさんのことを。

 でもな、僕にはエイトくんが大切なんやわ。エイトくんに嫌われたとしても、僕はエイトくんの安全のために、敢えてそれを言うんやわ。

 だから早く逃げてくれ。あのじじいに利用されるんは、僕だけで充分や。この目と引き換えにこの手紙を出したんやからな。

 どうかお互い、真の意味で“無事”に、また出会えることを願ってるわ。その時はまた話せたらエエな。いつか訪れる“その時”に、敵同士ってのだけは勘弁やわ。



 追伸。この手紙入れた封筒は、エイトくんの魔力に反応して開くようになってる。せやから他の人には見られへんで。僕ら二人の内緒や。イース』




「おやおや、さすがは特務部隊ですなぁ。私の魔力に気付いただけでなく、それを媒介する得物にまで目星をつけているなんて。やはり特務部隊は、少数精鋭ばかりの危険極まりない連中ですな」

 エイトの手から滑り落ちた手紙を、老人がするりと拾い上げる。その鋭い瞳で文面を睨み付けると、歪に歪んだ口元が、エイトへ愛の言葉を落とした。

「エイト。貴方は私のものですよ。貴方の身体はもう、この魅惑の『オリエンス』の虜。私の出身地の近くにある『魔法の畑』で収獲される茶葉なのですが、効力は……主な市場である若者達から言わせれば、『惚れ薬』というやつです。脳の働きが緩慢になるので、今のエイトには何を言ってもわからないでしょうな」

 エドワードの乾いた手がエイトの頬を撫でる。身体は床に倒れたまま、感覚すらもぼんやりとしてきたエイトの瞳に映るのは、欲望に歪んだ老人の笑顔だった。

「こんな汚らしい『人形』は捨ててしまいしょう。“枕”が変わると眠れないと、我儘を言うのも終わりです。貴方はデザートローズ陸軍所属のエイトなのです。もうデザキアの人間ではない。これまでの貴方の人生は、きっと地獄だったことでしょう。しかしこれからはその地獄に、私が付き合いましょう。大丈夫、ずっと一緒ですよ」

 愛おしそうに絡められる指先。ぴくりとも動かせない瞳に唇。その上に順にキスを落として、老人はまた微笑むのだった。

 闇が広がる夜の空が、部屋の窓から小さく覗いている。その闇を溶かし込んだ漆黒が、満足そうに細められるその後ろで、窓辺に飾った彼女の残骸が、咎めるように浮かんでいた。その身の残骸を拒絶するかのように、培養槽にごぷりとひとつの気泡が浮かんで、消えた。

 その心に確かに芽吹いた愛情という感情は、その気泡と共に脈動する悪意に塗りつぶされた。









 END


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