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15「心の行方」(4)


 デミはそんな男ばかりの環境に、一種の安心を感じていたのかもしれない。男ばかりの軍という環境ならば、愛するエイトを奪われる危険も相対的に低くなると考えたのだろう。だが、デミは――この点においてはエイトも、エドワードに出会うまではそうだったが――幼かった。男性を好む男性だって、世の中には存在するということを、幼い彼女は考慮していなかった。

 獣に心臓<心>を奪われて、動揺と共に緑がかった液体に揺れるデミの瞳に、もう会えないのだろうと諦めた愛しい男の姿が映った。その瞬間の彼女の喜びは、きっとエイトが考える以上の幸福だっただろう。しかし彼女はその次の瞬間に、抱えていた動揺等どこかに吹き飛ぶ程の、『新しい動揺』を叩きつけられることになる。

 『その人は誰?』と問い、『どういう関係なの?』と問い、そして『なんでそんな顔でその人を見るの?』と問い詰める瞳。彼女の声ははっきりと、エイトの心に響いてくる。その揺れる緑がそう告げている。

「オレはこの人とデザートローズに行く。そこで軍人になる。もうこの街には戻らない」

 そう言葉に出した瞬間、心の中に燻っていた迷いが消え去った。気持ちを言葉に出したことで、自分の中の気持ちが固まったようだった。

――オレはもう、戻らない。この街にはオレを、愛してくれる人はいないから。

 独占的にエイトを愛しながら、他者の輪から孤立させた幼馴染は、もう人ではなくなってしまった。醜悪なる山羊の頭を借りて、その緑の瞳をずっと、エイトへと注ぐのだろう。嫉妬の光を宿した緑を、朽ち果てるまで晒すのだろう。それは愛であって、愛ではない。

 エイトを幼き頃から育てた両親も同じだ。彼等は手に入れた息子が軍人になれないと知った途端、手のひらを反して捨て去ったのだ。そこには元より愛はなかった。ただ、育てた。そこに愛を見出そうとしたのはエイト自身だった。いつしかその言葉を『恩』と言い換え、勝手に生きる目標としていた。

「デミ……デミのことは本当に愛してた。いつも明るくて優しいお前のことが、オレは本当に大好きだったんだ。でもな……ごめん」

 山羊の頭が悲鳴を上げた。その切り裂くような悲痛な声に、エイトは思わず目を瞑る。獣の足が一歩踏み出す気配がする。そのまま一歩の跳躍でデミの心を宿したあの獣は、エイトの眼前に易々と迫ることが出来るだろう。そのまま嫉妬に狂った巨大な爪で、その獅子の爪先でエイトを粉微塵にするのだろう。

「……デミ?」

 獣の腕が振り下ろされることはなかった。獣の腕は大きく振り上げた姿勢のまま、ミシミシと音を立てて止まっている。その腕のところどころに走る傷跡から、どろりとした赤黒い液体の脈動が覘く。

「エイトを本当に愛しているというのなら、せめて見送ってあげなさい。それが“今”の貴女に出来る、最良の選択です。獣にその憎悪は擦り付けて、綺麗な心で愛する彼と一緒にいてやれば良いのです。私はエイトとデミさん、二人の幸せを願っておりますので」

 獅子の爪が振り下ろされることはない。太陽のように明るい瞳が、一瞬顔を覗かせる。ミシミシと震える身体の脈動が、えらく寒々しく獣の傷跡を這い回る。

――あれは、憎悪だ。

 赤黒き、目に見える憎悪だった。獣の四肢にまるで巻き付くように、その憎悪はカタチを成していた。寒々しくすら感じる魔力が、獣の動きを封じている。その身体の最期の時を、待っているかのようだった。獣は、動かない。

「デミ……お前をその獣の身体から解放する! だから! その心だけでも、オレと一緒に行こう!」

 山羊の口が開いた気がしたが、そこから彼女の声が聞こえることはなかった。悲鳴とも、断末魔ともとれない酷く哀しいその声を掻き消すようにして、エイトは獣の首元へと飛び掛かる。

「エイト! これを!!」

 エドワードが叫んだ瞬間、エイトの目の前の空中に、赤黒く脈動する大剣が現れた。獣の太い首すら切断する、首切りのための刃であった。エイトが両手でその大剣を握ると、赤黒い柄がどくりと震えた。そこからは深く重たい、エドワードの魔力が感じられる。

 空中で大剣を振り上げる。いやに時間が長く感じた。

――デミっ!

 エイトが大剣を振り下ろす瞬間、緑の瞳が諦めたように閉じられた。そこから流れる大粒の雫には、エイトはどうか、見ないフリをしていたかった。

 強大なる魔力が切断面から溢れ出て、白の空間を埋め尽くしていく。獣の体内から行き場を失くした魔力が流れ出て、エイトはその膨大な波に流されていく。

 心がこんなにざわつくのは、きっと切り落とした彼女の憎悪のせいだろうか。


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