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できれば魔王を倒したい

作者: カバーネ

魔王討伐の旅はヴェルニア王国から始まった。


討伐隊を構成するのは王家と貴族の子弟で、少数かつ精鋭として5人が選ばれた。そのうち1人は勇者の任を与えられ、隊を先頭で率いた。


道中では幾多の試練に見舞われた。絶対絶命の危機にも遭遇した。しかし、すべてを克服して前進し、旅はいよいよ最終章に差しかかる。5人がついに魔王と対峙し決戦に挑むのだ。


まさにクライマックスの瞬間であり、ここから感動のフィナーレへなだれこむ、、、はずだった。





残念ながら、その通りに事態は進展しなかった。想定とは異なる方向へ動いていった。


「こんなはずじゃなかったのに…」


俺たち5人は予想外の状況に直面し、ただただ戸惑っている。


場所はダンジョンの最深部――魔王が棲むという暗黒の地のど真ん中。


本来なら、このダンジョンが俺たちにとって最後の決戦の地になるはずだった。その覚悟で禍々しい結界を乗りこえ必死の思いで進入した。しかし、たった今、戦う気が満々の状態から、いきなり梯子をはずされた。出鼻を見事にくじかれた。


俺は複雑な想いで目の前の物体を見つめる。まるで巨像のように大きな物体が、ゴロリと無造作に横たわっている。


「……間違いないか」


ようやく俺は言葉を発した。困惑したせいか声が少しうわずった。


「はい、勇者様。間違いありません」


賢者テニウスが物体の検分を終えて振りむいた。そして、いつものクールな声で明言した。


「これは魔王の遺体です」


「本当に間違いないか」


「はい」


「…そうか」


俺は静かにうなずいた。


そうか――


魔王討伐隊の5人のうち、もっとも思慮深いのが賢者テニウスだ。そのテニウスが間違いないと断言するなら疑う余地はない。ここにあるのは魔王の遺体、あの強大さを誇った魔物の王の亡き骸だろう。


「しかし、なぜ」


なぜ死んでいるのだろう――


俺のそんな疑問を察したように、テニウスは


「見たところ外傷はありません。苦しんだ形跡もなく安らかな死に顔です。おそらく寿命で息を引き取ったのではないかと」


そう答えた。


「…え」


頭のなかで思考が混乱した。


寿命?


――寿命などというものが魔王にあったのか。なんとなく不老不死のイメージなんだが、こちらの思いこみなのか


そんな驚きを軽く覚えた。念のため詳しいことを誰かに聞きたい気がしたが、ひょっとして常識かもしれないので黙っておいた。


「どうしますか、勇者様」


賢者テニウスが指示を仰いできた。俺は曖昧に


「…うん」


生返事をかえす。


戦うことで頭がいっぱだったせいもあり今の状況にまだ当惑がある。立場上、指示を出したいのは山々だが、決戦相手を遺体で発見というまさかの事態に気持ちが対応しきれず、適切な判断がすぐには下せない。


「どうしますか」


テニウスが重ねて聞いてきた。聞かれても正直困ると思いつつ


「そうだな。取りあえず…」


指示をなんとか考えてみた。ようやく出てきたのは


「と、取りあえず休憩でも」


「は、休憩ですか?」


「あ、いや。みんながもし疲れてるなら…」


言ってから強く後悔した。魔王の死体の前で休憩って、それはないだろう。


だが、


「そうですね」


「そう致しましょう」


隊のメンバーたちは意外にも賛成した。そして、順々に腰を下ろしはじめた。その様子を見て俺は納得した。みんなも戸惑っており、考える時間がほしいのだ。


俺は少し気が楽になり、自分も岩に腰かけた。喉が渇くので携帯の水袋を取りだし水をごくごく飲んだ。渇きが癒え、次第に落ち着きを取り戻すと、ある問題が心を占めてきた。瑣末なことかもしれないが


――これで魔王を討伐したと言えるのか。まったく戦ってないのに


という問題だ。


うーん…


声には出さないが頭の中でうなった。正直、悩ましい。帰国すればおそらく凱旋パレードが開催されるが、この微妙な結果でパレードにのぞんでいいのだろうか。


うーん…


理想としては戦いに勝って凱旋したかったが、もはや無理である。敵はすでに遺体と化して戦いようがなくなっている。予期せぬ事態というしかないが、なるべく冷静に考え、現状をしっかり受け止めつつ


――でも魔王が死んだんだから、それで十分じゃん


心の内でそう呟いてみる。呟きながらゆっくり目を閉じ黙考する。すると、うん、確かに十分かも、と思えてくる。


――フツーに考えて上出来でしょ


そんな気持ちも湧いてくる。確かに上出来かもしれない。


――だが


水袋の水をごくりともう一口飲んだ。


――本当にそうだろうか。それでいいのだろうか


俺たち5人は王国の熱い期待を背負ってここにいる。その期待は魔王が死ねば満たされるという単純なものではない。


俺は国王の長男、いわゆる皇太子という地位にあり、いずれ王となる存在だ。同行する4人も高貴な貴族の子弟で、将来は国の中枢をになう面々だ。


つまり、すべてにおいて高い目標を課される宿命にある。


さらに、これは我が国に特有の事情だが、武勇を尊ぶ気風が全土に強くみなぎっており、武芸や魔法の習得にいそしむのが奨励されている。


俺も栄えある王家の一員として、その威光を汚さぬよう厳しい鍛錬を幼少から積みかさね、国内では無敵の強さを身につけた。討伐隊の仲間も同様で、家門の名誉のため常に研鑽し、攻守において圧倒的な技量を手に入れた。


要するに、俺を含めた5人は王国を背負う精鋭であり


「勇敢なる皆様にご武運あれ!」


そう激励され盛大に送別されたのだ。


にも関わらず、最後の最後のこの瞬間、魔王と一戦も交えぬまま、ひっそり静かに、あっけない形で討伐の旅はその幕を閉じかけている。


――これでいいのか。これで終わっていいのか


俺の心は葛藤せずにいられない。ラスボス戦のないまま勇者の物語が終わっていいのだろうか。こんな尻すぼみの結末は、果たして凱旋パレードに値するのだろうか。


ススッ


気づいたら腰に手をやっていた。そこには剣が差してある。トルネードの大剣と呼ばれる最高級の逸品で、魔王討伐という大義のため王国民の総意で俺に託された武具である。


――このトルネードの大剣で魔王と戦い、最後のとどめを刺すはずだった


それなのに。


「なあ、みんな」


自分の気持ちを仲間に問いかけようと口を開いた。


「俺は思うんだが――」


ところが、そんな俺を制するように、ひときわ透る声がした。


「これでよかったと考えるべきよ。目的はあくまで魔王の力を封じることなんだから」


声の主は伯爵家の令嬢で魔法の使い手マリアだ。


「魔王は死に、世界は破滅を免れた。これで任務は終わったのよ。喜びましょう、みんな。胸をはって祖国に帰りましょう」


俺は思わずマリアの顔に目を向けた。マリアは俺の顔をじっと見返した。


「ですよね、王子。いえ、勇者様」


「んんん」


言葉に詰まった。


「勇者様。違うのですか」


「そう、うん、まあ…」


じつは、ちょっとした考えというかアイデアが俺にはあったのだが言いだしづらい空気になった。


――どうしたものか……マリアと議論するのは避けたいが


正直なところ、マリアのことが俺は苦手だ。年は同じだが妙に落ち着きがあり、しかも学業に優れて弁がたつため上から目線でものを言ってくる。俺にとってはカチンとくる相手だが、意見が対立して議論を交わすと残念ながら歯が立たない。いつも正論で押されてこちらが負けるのだ。


ここは、ひとまず


「みんなはどう思うか、聞かせてくれ」


他のメンバーに話をふってごまかした。マリアから顔をそらし各メンバーを順に見まわすと、どこか遠慮がちな様子で


「あのー、例えばなんですが」


手をあげたのは子爵家の次男ソロスだ。隊の最年少で、素直で気のいい男だが、そのソロスが悪気のない顔で意外なことを言った。


「いっそのことですね、戦ったことにする、ボクたち5人で魔王を討ち果たしたことにする……というのはマズいですかね」


この言葉を聞いて、全員がソロスの顔を見た。えっ、という感じでみなが驚いていた。


「5人で口裏を合わす必要がありますけど……マズいですかね」


誰も応答せず、しばらく無言がつづいた。妙な空気が漂い、ピーンと張りつめる。


当のソロスもさすがに気配を感じとり


「い、いや、冗談ですよ、冗談。ははは。あははは」


あわてて意見を引っこめた。


その様子を見てじわりと複雑な気分に陥った。ソロスの発言は、じつは俺が考えついたアイデアと同じだったのだ。


魔王と戦い、この手で討ち取ったことにする。つまり、堂々と5人でウソをつく――というのがその内容だが、この簡易なアイデアは、おそらく仲間のあいだで反発を買う。道徳的な観点から揉め事になりかねない。だから俺は言い出せずにいた。


しかし、ソロスがあっさり口にした。言いにくい事をサラリと喋ってくれた。仲間の反応はともかくとして、この話は取りあえず前進した。


あとは、反発を抑えて説得するだけだが、実際的な問題として、この手のウソは大勢に広まっても誰にも迷惑をかけないはずであり、むしろ民衆好みの武勇伝として熱い歓迎を受けやすい。決して悪い方策ではないのだ。だから


――頑張れ、ソロス。もっと主張しろ。あきらめるな


内心でそう応援した。しかし俺の後から


「そんな愚かな冗談は笑えないぞ、ソロス」


冷静に諭す声がした。賢者テニウスである。この短い一言でソロスはしゅんとなり、顔をふせて黙り込んでしまった。


くそっ。


「勇者様。私もマリアの言うとおり、この結果を素直に喜ぶべきだと思います」


賢者テニウスはそう付け足し、マリアに賛成した。他の1人も追随してうなずいた。これでマリアの意見が優勢となった。反論がなければ、それで確定だ。


どうしよう……一瞬迷った。しかし、すぐに決断した。


「よし。みんなの意見がまとまってよかった。じつは俺も同じことを考えていた」


ちょっと白々しい気はするが、同調することにした。意地をはっても仕方がないと割りきった。そして


「我々は任務を成し遂げた。王子として、勇者として、みんなのことを誇りに思うぞ」


威厳をこめてそんな言葉も述べてみた。さすがに調子が良すぎるが話の流れでそうなった。


歯の浮くような演説のあと、俺たちはダンジョンの外にでた。外はまだ明るかった。


本音をいえば未練があった。最大の手柄がすっと消え失せたのだから当然といえば当然だ。


――なんか不完全燃焼だけど、このまま国へ戻るのか。戻ったとして、魔王のあの最期をどう報告すればいいんだ


そんなことを考え、モヤモヤした気分が湧いてくる。


帰国後に報告をおこなうのは勇者たる俺の役目だが、魔王の死因が寿命だったという、どこか拍子ぬけの結果をどう伝えるか。伝えた瞬間、しらけた空気にならないか。あるいは周囲に失笑されないか。


その場面を具体的に想像して気が重くなってきた。失笑をかうのはさすがにキツいし、なんとしてでも回避したい。ウソをつくのが決していいこととは言わないが、方便として少し検討する程度は構わないのではないか。


「あのさ」


俺は口を開きかけた。だが、やめた。本音はぴしゃりと封印し、仲間との融和を俺はなにより優先した。


――モヤモヤのほうは時間とともに解消するだろう


そう思った。


しかし、その見通しは甘かった。何日過ぎても、モヤモヤは消えようとしなかった。消えるどころか逆に大きく膨らみ、気持ちを絶えず揺さぶった。忘れようと努めても意識のどこかに居座った。


そもそも、なんのための旅だったのか。結果としてどんな意味があったのか。


そんな問いを今さらながら考え込むようになり、勇者とは一体どういう存在なのか、俺が為すべき使命はなんなのか、などと根本的なことを何度も自問し自答した。


そして、帰途について数日後、俺は話を切りだした。宿の食堂で5人一緒に夕飯を済ませたあとだった。


これはあくまで相談だと断って


「できればなんだが……やはり魔王と戦ったことにしておきたい」


単刀直入にそう持ちかけた。話題がいきなりだったせいもあり誰も返答しなかった。


話を続けた。


「人を偽る行為は気がひけると思う。俺も後ろめたさを感じる。だが、あえてそうするのは理由があるんだ」


理由があると強く言ったせいなのか、話に割りこむ者はいなかった。俺は背筋をピンと伸ばし、気を引きしめた。なぜ魔王と戦ったことにしたいのか


――それを今から話す


賛同が得られる保証はどこにもないが、ここ数日のモヤモヤと自問自答、その過程で、ようやく見つけた答を初めて口にする。


「俺はずっと考えつづけた。勇者とはなんなのか、どんな存在なのか、この旅でなにを実現すべきだったのか。何度も何度も自分に問うた。そして気がついたんだ。自分の使命は決して大それたものじゃない。世界の平和を守ろうとか人類を救おうとか、そんな、おこがましいことではなく…」


言いながら、わずかに身をのりだす。


「人に寄りそい、人のために生きること。人の幸せに手を差しのべること。それが勇者の本当の役割だと思う……俺はこの旅の成果として、ささやかでもいいから王国の民に感動を届けたい。そして勇気を届けたい。元気になる礎をみんなの元に届けたい。それを実現するのが俺の願いだ」


全員がポカンと無表情になった。唐突な意見に出くわし、理解がなかなか追いつかない様子に見えた。しかし構わず話を続けることにする。自分なりに熟慮をかさねた結論をどうしても皆に伝えたい。


「想像してほしい。俺たちの新たな武勇伝がこれから紡がれていく。きっと子供も大人もワクワクする力強い物語になるはずだ。強大な敵に堂々と立ちむかう勇気、そして打ち勝つことの感動。そんなポジティブなメッセージが満載になるはずだ。俺はそれを後押ししたい。俺たちの伝説をとおして熱いメッセージを民衆に届けたい。一人一人が元気になり、生きることに希望が湧くような、そういう前向きさにつなげたい」


魔王を討ち取ったとアピールするのは決して自分たちの名誉や虚栄心のためではなく、純粋に


「民を思ってのことであり、みんなを力づけたいだけだ」


という点を強調し、理解を求めた。


――わかってもらえるか


俺は静かに応答を待った。正直なところ、成算はない。よくて五分五分、反対される可能性が高いと考えていた。


だが、意外な反応が返ってきた。まず賢者テニウスが


「なるほど。そのようにお考えですか」


賛成とまではいかないが、頭ごなしに反対はしなかった。


――ひょっとして、いけるかも


そんな感触を得た。ここは、もうひと押しだ。


「覚えてるか、みんな。俺たちが旅に出る日、何万もの民衆が街道を埋め尽くしたよな。寒い日だったが、外に立ちつづけて大きな声で声援を送ってくれた。幼い子供もいた。腰の曲がった老婆もいた。あの光景が今も頭をよぎるんだ。彼らを喜ばせ、期待にこたえるのが俺たちの使命じゃないだろうか。そのためなら俺はなんでもする。しなきゃいけないと思ってる」


よどみなく喋った。そして、いったん間をおいた。


「あ、あの…それは、つまり…」


おそるおそる口を開いたのは、俺と同じアイデアを最初に持ちだし、すぐに引っこめたソロスだ。


「ボクたちは民衆にとっての英雄になるべき、ということですね」


「そうだ。王家と貴族は誇らしい存在であらねばならない。そうなってはじめて王国は繁栄し民は豊かになる」


ソロスがうんうんとうなずいた。俺はテーブルの下で拳を握った。いい感じで話が進みつつある。


――まじでいけるかも


だが安心するのはまだ早いと自分を戒める。最大の難所は伯爵家の令嬢マリアだ。


――こいつは優等生だからな。いつも正論ばかり主張して、世の中のグレーゾーンをまったく認めようとしない


きっと対立するだろうと思ったが、やはり案の定


「ひとつ聞きたいんだけど」


マリアが口を挟んできた。


「民のためとか言うけど、本当に心からそう願ってるの?」


と、まず質問から入り


「見栄を張りたいだけじゃないの。魔王退治を自慢して称賛されたいだけなんじゃない。私にはそう見えて仕方がないんだけど」


予想通りのことをマリアは主張した。無論、対応は考えてある。


「そう思うかもしれないね。いや、事実、見栄を張りたい気持ちがないとは言わない。それは認める。でもマリア、冷静に考えてほしい」


俺は慎重に言葉をえらんだ。


「俺たちの活躍が反響をよび、多くの民が感動を覚えると仮定しよう。その場合、子供たちにどう影響するだろう。王国に誇りを感じ、その気持ちを抱いて成長してくれれば国はきっと栄える。未来を考え…」


「そんなの詭弁よ」


「き、詭弁だと」


「私たちは正直であるべきよ。事実を有りのままに伝え、誠意をもって真っすぐ民に向きあうべきよ。私たちにとって、それがもっとも正しい生き方だわ。ウソをつくなんて有りえない」


マリアは文字通りの優等生ぶりを、まさに遺憾なく発揮した。


――面倒くせぇぇ


内心でイライラが募るが、それを封印して冷静さを保ち


――こいつをなんとか説得するんだ。そうすれば話はまとまるはず


自分に強く言いきかせた。


ただし、綺麗ごとをいっても埒があかないので奥の手を出すことにした。こんなやり方、本当はしたくないのだが……仕方がない。


「なあ、ところでマリア。つかぬことを聞くようだが…お父上はお元気か」


「え」


「伯爵殿は今、なにかと大変らしいじゃないか。去年の洪水のせいで領地の畑が荒地も同然、復旧が思うにまかせない状況のようだが」


「そ、それがどうかしましたか」


マリアの声がやや震えた。警戒したのが伝わってくる。俺は素知らぬ顔で


「なにか手伝えることはないかと思ってな」


「……」


「王家から人を送って整備を加速するとか、代わりの土地を用意するとか、俺にできることは色々あるんじゃないか。なんなら隣接する王家直轄領、あそこを譲ってもいいんだぞ」


「は、領地を譲ると?」


「国王にそう進言するのは決して難しくない。魔王討伐に功があれば報いるのは当然だからな」


「それは、つまり」


マリアが気色ばんだ。こちらの意図を覚ったのだろう。魔王退治の経緯に関し、もし偽る行為に協力するなら報償を惜しまない。そういう交換条件をマリアはどう受け止めるか。


俺は答を待った。マリアはなかなか答えなかった。俺は粘り強く待つつもりでじっくり構える。


と、意外な人間が横から声をあげた。侯爵家の末娘シァモーヌだ。シャモーヌは子供のようにくりくりした目でなんでも興味深そうに見るのだが、その目をいつも以上にくりくりさせ


「マリアさんだけとか、ずるーい、ずるいですぅ」


そう言った。頬をぷうと膨らませ


「マリアさんばっかり大事にしてぇ、なんか、ずるいですぅ」


不満の気持ちを表した。


「私たちは平等じゃなかったんですかぁ。ずうっっと一緒に戦ったのにぃ、仲間同士と思ってたのにぃ」


「……え」


予想外の伏兵が急に登場し、俺は弱冠ながら慌ててしまった。だが、すぐに気を取り直し


「もちろん、みんなのことを俺は考えている。だから心配するな。帰国して王と相談し、だれもが満足するよう取り計らう」


「本当にぃ?」


「本当だ」


「約束ですよぉ」


「約束する」


「やったぁ」


シャモーヌはにこにこして無邪気に喜んだ。俺もそれに合わせて精一杯ほほ笑んだ。少し無理した笑顔は微妙に疲れたが、気づかれないよう、さりげない感じで顔をふせ、ため息と一緒に疲れを吐きだした。


ふー。


この日から数週間後、俺たち5人は無事に帰国し、凱旋セレモニーのため王宮のバルコニーに並び立っていた。


王宮前の広場は無数の国民で埋めつくされており、その数はどんどん増えていた。俺たちの姿をひと目見ようと、全土から駆けつけたのだ。


「勇者さまー、王子さまー」


広場に飛びかう声援は俺に対するものだけではなく、マリア、テニウス、ソロス、そしてシャモーヌにも注がれた。


広場の誰かが


「5大戦士!」


と叫んだ。すると、合唱のように大勢が声をあげ、5大戦士、5大戦士と連呼した。この単純明快かつ大げさな呼び名は正直いうと少し気恥ずかしいのだが、魔王と戦った勇敢さを讃える称号として今や国中、いたる所に浸透し


「5大戦士は凄げーよ」


夜の酒り場ではそんな会話があちこちで交わされている。会話はさらに熱を帯び


「5大戦士が魔王を討ち果たし、世界を救ってくれた!」


誰もがそう信じ、疑う者は皆無に近い。


俺たち5人はこのまま救国の英雄と化していき、きっと歴史のページに刻印される。その最初の瞬間に俺たちは立っている。


「勇者さまー、王子さまー」


民衆の熱狂を浴びながら、俺は一瞬だけ不安になった。


ウソがばれたらどうなるか。


その時は、ただでは済まないだろう。民の怒りをかって処刑されてもおかしくない。


だが、その心配はない。


俺はそっとマリアの顔を盗み見た。ウソをつくのをあれほど躊躇ったマリアが、広場の民に笑顔で手を振っている。その誇らしげな顔を見て、確信した。


真実を最後まで伏せて生きていく――俺たちは仲間なのだ、と。



   ◇


   ◇



あれから60年が過ぎた。


老いた俺は寝室で横たわっている。病いを患うため体はひどく痩せ細り、精気もまるで欠いている。


病状はいわゆる末期に相当するらしく、医者も臣下も言葉を濁すが、回復の望みは欠片もない。来年の今頃はもうこの世にいないと思うが、死別の覚悟はすでにできている。


――それにしても、あっという間の人生だったな


俺は静かに振りかえる。


山あり谷ありで起伏の多い生涯だったが、思い出すのは、何といっても魔王討伐の旅である。


――5人で色々あったが、やはり懐かしい


今考えると、良くも悪くも人生の分岐点だった。


あの旅で俺は名声を獲得し、十数年後に順当に王に即位した。まだ若く未熟な面も多々あったと思うが、国民からは強い支持をうけ、それに応えるため懸命に勤めに励んだ。


商業を奨励して富を蓄積し、数度の戦争に勝利した。食料も大幅に増産した。できることはすべてやった。


そして、自分でいうのもなんだが世間では名君として通っている。


しかし、心残りもなくはない。


貧富の差をほとんど解消できないまま今に至らせてしまった。商人たちの優雅な暮らしの一方で、飢えに苦しむ貧民が数多く存在するのが国の実情である。


――俺はひょっとして間違えたのだろうか


時々、そう思う。


個々の施策は熟慮をかさねたが、くだした判断は常に正しかったのか。決定に誤りはなかったか。私欲に走ることはなかったか。


そして、なにより


もし、あの時、ウソをついたりせず、正直に話して真摯に民に向きあえば、その後の生き方は違っただろうか。貧しい民をもっと救えただろうか。


昨日、マリアとそんなことを少し話した。優等生だった少女も、のちに隣国に嫁いで公爵家の夫人におさまり、今やすっかり老けこんだが、何年かに一度、帰省の際はかならず訪ねてくれる。


そのマリアは


「間違ってなんかないわ。あなたはよくやった。国民に精一杯尽くしたのよ」


「そうだろうか」


「ええ。もっと自信をもって」


「自信…」


「そう、自信。あなたは誇るべき人生を歩んだの。後悔なんて必要ないわ……それより、王様。わかってると思うけど、いまは療養がなにより大切よ。体をいたわって早く元気になって」


そんな優しい言葉を残してマリアは隣国へと帰っていった。そのうしろ姿を夕陽の差すホールで静かに見送った。きっと、もう会えないことを寂しく感じたが、いつもの通り旧友との別れの挨拶は笑顔で交わした。


一夜明けると朝から冷え込んでいた。窓の外をひゅーひゅーと木枯らしが吹きぬける。その弱々しい音色がじわりと体に染みわたり、ほんの束の間だけ哀しくなった。


しかしすぐに気持ちを立てなおし、あえて木枯らしの音に耳を傾けた。


――そういえば、魔王は寿命で死ぬ瞬間、一体なにを思ったのだろう


そんな些細なことを考えて、ふふ、と少し笑んでみた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王は寿命で死ぬ瞬間、一体何を思ったのだろう んんん…… 健康に生きられた事への感謝? とかでしょうか? 寿命で逝かれた、人生設計の堅実な(笑)魔王様の事ですから、自室のPCのハードディス…
2021/04/28 19:59 退会済み
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