1.5 プロローグ アルスの場合
今の今まで忘れてた。いや記憶の片隅に隠していたというのが正しいんだけど。
そういや俺、召喚のメモ拾ってたんだった......。
バレットさんというのはこの町で最も有名な召喚士だ。訓練校時代での召喚の才能を見込まれて、今ではアサトルフで召喚について教えている。
「マジで!?召喚見れたの?どんな感じだった?」
そう俺が訪ねると、イストが答える。
「何かバレットさんが集中したと思ったら、急にバーン!ってなってキュイーーーーン!ってなって、次々と魔物を追い払ってたよ!!」
なんだよそれ......。
イストに聞いたのが間違いだった......。
俺の残念な顔に気がついたのか、イストが口早に告げる。
「ーーとにかく、今すぐ僕は練習したい気分なんだ!早くいつもの練習場に行こうよ!!」
イストが俺の腕を引っ張って、駆け出した。
......まあいいか、詳しくは他の人に聞いてみよう。
「......それで頭の中で燃えて広がる火を思い浮かべるんだ。その時に大事なのは既にメラメラと燃えている状態の火じゃなくて、火が付く瞬間からイメージすることだよ」
俺は出来るだけ具体的な火のイメージをイストに伝える。
鍛冶屋の近くの坂を登った先の山には、少し開けた土地があった。ここら辺なら周りに危害を与える心配もない。
およそ1ヶ月前、兄貴が卒業試験に受かった時くらいから、俺はイストと魔法の練習をしている。
ここでは、親が両方とも訓練校出身じゃないイストの為に、俺が先生役として教える事が多い。
とは言っても、俺も魔法の事なんて全然知らないし、つい最近兄貴から教わったばっかなんだけど。
「でもアルスの教え方は上手だよね。どんな感じにイメージしたらいいのか具体的だもん。僕なんて前まで一切魔法について知らなかったのに少しずつできるようになってきてるし。」
イストが尊敬した目で言う。
「まじで?ありがとう」
そう、教え方が上手、と言うより具体的にイメージができるようになったのには理由がある。
それはさっき述べた、兄貴から魔法を教わった事が原因であった。
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『これでこうすると......火がこんな感じでバーーン!て出るから。』
家の裏庭で、兄貴が見本を見せる。
『おおー!すげぇ!!これって火を思い浮かべる時に何かコツってあるの!?』
俺は兄貴に質問する。
『うーーんそうだなぁ。やっぱ火ってのはメラメラってしてバーン!!って感じかな?』
......嘘だろ?
こんなに想像力の乏しい魔法使いっているのか?
『...兄貴、悪いんだけどもう少し具体的に教えてくれない?』
俺は兄貴に頼み込む。
『具体的にっつったってこれ以外に説明のしようがねぇよ!』
『とにかく、後は練習あるのみだな!』
『俺この後やる事あるから、残りは1人で頑張れ!』
兄貴ははねた髪の毛を押さえ、あくびしながらさっさと帰ってしまった。
何と兄貴はこの時の1度しか魔法の手本を見せてくれなかったのだ。
結局その後俺は兄貴の1度きりの手本を参考に、何度も試行錯誤をする事でやっと今のイメージまでたどり着くことができた。
夕方になり、クタクタになりながら家に戻る。
『......ただいまー』
......。
教えてくれた事には感謝してる。
でも玄関からでも聞こえるイビキでお出迎えってのは、流石に酷くないか!?
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「まあ具体的なイメージがあった方が分かりやすいしね」
「それに火を出す時でも、メラメラ燃えている状態よりも、火が燃え上がる瞬間をイメージした方が、火が出やすい気がする」
まあ、良くも悪くも兄貴のおかげで気づけたんだけどね。
「......でも本当にこのまま練習を続けたら試験合格できるのかなぁ?アルスがお兄ちゃんからもらった過去問もあんなのだったし」
イストが不安な顔になる。
......そう、兄貴からもらった過去問は質問の意図が分からない問題が多く、例を挙げると、
『あなたは身の回りの物事が変化する事に対して、それを受け入れられる方だ』
などの⚪︎×問題や、
『あなたにとって最も大切なものは何?』
などの心理テストのようなものばかりで、答えを考えても分からないような問題ばかりだった。
「だからこそ、今は魔法の練習をするしかないよ。」
イストを安心させようと俺はそう答える。
「......そうだね。」
空を見ると、日も落ちかけてきていた。
足元に冷たい風が吹き始める。
......。
「ーーあっ!!」
イストが何かを思い出したのか、不意に叫ぶ。
「どうしたの?」
「実は今日お父さんが、お得意様から頼まれた剣を打つのを間近で見せてくれるんだ!」
イストが目をキラキラさせながら言う。
「もうすぐ約束の時間になりそうだから、僕行くね!今日も教えてくれてありがとう!!」
そう言うとイストはこちらの返事を待たずに駆けて行ってしまった。
「ああ!また明日な!」
俺は小さくなるイストの背中に向けて叫んだ。
今日の練習が終わりだと体は反応した瞬間、お腹が鳴り出した。
そろそろ母さんが夕飯を作り始める時間だし、俺も帰るか。
...そういえば、イストに鍛冶屋と訓練校のどっちにするか聞くの忘れたな........。
「...まあいいか。今度聞こう。」
俺は服に着いた砂をはたいて落とし、歩き始めた。