宝箱
子供の頃、クリスマスの日にサンタさんに貰ったのは、何でも入る大きくて立派な箱だった。絶対に壊れたりしない、底の抜けたりしない無骨で頑丈なやつ。当然、僕にしか開けられない特別な箱。そこに見られたら恥ずかしいものや、秘密にしているものを仕舞った。具体的な例なんて挙げないよ。挙げなくていいように、秘密の箱に仕舞って隠したんだから。
恥ずかしいものや秘密にしているものが人から見えなくなっても、笑ってくる奴はいたし、僕のことを尊敬しない奴もいた。だから、僕は僕の嫌いなものを箱の中に閉じ込めることにした。僕のことを笑う奴や、僕のことを尊敬しない奴も。
初めての愛の告白を断った子。良くなかった試験結果。喋り方が気持ち悪い教師。喧嘩した友達。冬の朝の温かい蒲団から出なくちゃいけない尿意。深爪。枝毛。最初に縦に裂けるトイレットペーパー。ニキビ。やる気のない深夜のコンビニ店員。乾燥肌。ドライアイ。異常に頑なな缶コーヒーのプルタブ。自動販売機から何度も帰ってくる十円玉。なぜかずっと纏わりついてくる蝿。ちょっと気になりだした下っ腹。もちろん、二日酔い。
きっと、天理妙我の小説だから、最後は自分自身を箱の中に閉じ込めるんだろうって? 残念はずれ。安直な小説の結末と、考えの浅い読者も暗い箱の中に仕舞った。
僕は僕の嫌いなものを片っ端から箱の中に放り込んだ。道にゴミが落ちていれば拾って箱の中に捨てたし、道にゴミを捨てるような奴も捨てた。やり方が荒っぽいって言ってくる人もいたけど、歯向かう者は箱の中に捨てていったらすぐにいなくなった。もっともっといたはずなのに。
見え透いた口先ばかりの嘘を言う奴や、使えない無能な奴も捨てた。心から僕を慕っている者と、日和見主義者なら簡単に区別がつく。僕は日和見主義を箱に捨てた。
世界は僕を尊敬する者だけになった。当然だ。僕には後ろ暗いものなんてないのだから。僕は僕の嫌いなものを捨てるため、東に病気の子供があれば病気を箱に仕舞い、西に疲れた母があれば疲労を箱に詰め、南に死にそうな人があれば恐怖を箱に捨て、北に争いがあれば仲違いを箱に閉じ込めた。
もっと世界にはいらないものがあるはずだ。野を越え、山を越え、火の中も、水の底も。僕は僕の嫌いなものを捨てるため、世界中を探し回った。地球の反対側に塵ひとつ落ちていれば、嫌いなものをなくすため、それを拾いに急いだ。
誰か僕を褒めてくれませんか。