6: 番兵へヴィーゴーレムの攻略 ②
時間が経ち、日が暮れる頃。
ボクたちは密林から荒地へと戻り、再び壁に向かって走っていった。
さあ現れろ、ヘヴィーゴーレム!
第二ラウンドといこうじゃないか!
『ブヒィッ、なんでオレまでこんなことに……』
ボクを背中に乗せて、高速で走っているのはもちろんさっきのバディオークだ。
うるさいので、ボクはぼやく豚の尻をぺんぺん叩く。
『あいつの飛び出す腕を避けるには、お前のくそ速い機動力が必要だ! 生き返らせたんだからしっかり働け。それとも今ここで死ぬか?』
『ブヒヒィィン! あんまりなんだぞぉ!』
『無駄口の時間はないっての! ほら、来るぞ!!』
壁の射程範囲内に突入したのだろう。
ゴゴゴゴとゴーレムがその姿を現した。
壁と一体化した、不格好な巨人だ。
そして、目当ての腕が飛び出してくる!
『一発目だ! 全力で避けろ!!』
『言われなくても分かっているんだぞぉ!』
バディオークが走る機動を変え、すぐ真横を右の岩腕が通過した。
ズドーンとなる地響き。
いよしッ! タイミングは完璧!
『ブヒィ! あとは左腕だけだぞ! あれを撃たせてしまえば、ゴーレムは腕を壁に戻すまで攻撃ができないんだぞ!』
『その隙に反撃に移る! 気張っていけよ!』
走るスピードは一切緩めない。
避けられたからって調子に乗り、少しでも走るのをサボろうものなら、一撃でゴーレムの餌食だ。
バディオークも必死に走る!
ボクたちは、ただまっすぐに壁に向かっていく。
巨大なゴーレムの頭がこちらを見ていた。
『――検知。モンスターノ反応。息ノ根ヲ止メル』
来るぞ!
左腕が飛んでくる!
壁から岩腕がズキューンと発射され、ボクたち目掛けて硬い拳が降ってくる。
『ブヒィ! ここまで近づいたのは初めてなんだぞ! 避けられてもギリギリなんだぞぉおお!』
バディオークが一気に加速したおかげで、頭の上を腕が通り過ぎて地面に激しくめり込んだ。
決まった、ゴーレムの両腕から逃げ切った!
ゴーレムは腕を地面に突っ込んだまま、マヌケな体制で固まっている!!
ヘッヘッヘ、ざまあみろっ!!
『でかしたぞ! あとはボクの仕事だ! いけ、スライムたち!!』
ボクは体内に潜ませていた鼠色のスライムを一斉に外へ解き放った。
ぷるんぷるんと、地面に刺さっている岩の両腕に集まっていき、覆いかぶさる。
――ビキビキビキビキッ!!
『検知。検知検知検知。モンスターノ反応。多数。直チニ。排除。排……ハイ、ジョ?』
ゴーレムの思念が乱れてきている。
分かるぞ、手にとる様に分かる。
意思のないこのゴーレムの、今考えていることが透けて見える。
「なんだ!? 引っ張っても岩腕が地面から抜けねえ、なぜなんだ!」って、そう言いたいんだろ!!
『――この地域に住んでたスライムは、お前と同じだ! 長い年月をかけて、風化した壁の破片や素材を吸収したからか、岩と「同質化」する能力を持ったスライムたちなんだよ!』
そうだ。
この環境に順応できるよう、スライムたちがゆっくりと形態を変化させていたのだ。
岩のようなスライム―ロックスライムたち。
岩と同質化できるってことは、岩壁のような硬い物質にもなれるってことだ。
つまるところだ。
今のロックスライムたちは!
ゴーレムと同等の硬さを持っている!
『信じられないぞ! あのゴーレムが腕の回収に苦戦しているんだぞ!!』
『フハハ! もっと集まれ! 腕を引っこ抜かせないほどの重量で押さえつけるんだ!』
ぷるんぷるんと岩腕に被さり、ビキビキと硬化していくスライムたち。
すでに腕の周りには小山が出来上がっている。
もっとだ! もっとやってやれ!
『直チニ。タ、ダ、チ、ニ! 排、除ッ』
ゴゴゴゴゴ――グキグキボギボギッ!!
そして、ついにその時がきた。
ゴーレムの長い腕に、亀裂が走ったのだ。
岩腕の中間から亀裂が広がり、バッキバキに砕け、腕が音を立てて折れた!
作戦が成功したんだ。
ゴーレムは今、岩腕という攻撃手段を失った!
『見事だスライムたち! これで壁を乗り越えられる、急ぐぞバディオーク――――』
その瞬間。
ボクたちは、とんでもない衝撃に襲われた。
ゴーレムの拳が、真正面から直撃した。
『グッガギャァァア――ッ!?』
『ブヒギュ――』
一点に集中された岩拳のパワーが身体を貫き、ボクは空にぶっ飛び、バディオークは破裂した。
爆発的な一撃を浴びて、ボクはなにがなんだか分からなくなっていた。
ゴーレムがまだ腕を隠し持っていたのか?
いや、違う……ゴーレムの腕はちゃんと2本だけだ。
空からゴーレムを見やると、破壊してやったはずの腕が、その拳がゴゴゴゴと破損部分から再生していたのだ。
『ウグァァア! 作戦が失敗だったんだ……ガフッ!?』
地面に落ちる前に、ボクは岩腕にガッシリと掴まれる。
少しでもダメージを抑えるために、身体を元の大きさに戻すがあまり意味がない。
グギギギ、身体のスライム液が飛び散りそうな握力だ……!
『モンスター確保。排除スル。息ノ根ヲ止メル!』
グギュギュギュギュゥゥウ。
ボクを握り潰そうとゴーレムが岩腕の力を上げる。
地上のロックスライムたちは、こんな高いところじゃ手出しができない。
機動力であったバディオークも、いつの間にか死んでいる。
こいつ、本当に強い。
強すぎる。
だが……!
『ボクは、もう決めたんだ……人間にも……モンスターにも……勇者とだって戦える、存在になると決めて外に出たんだ! お前、みたいな……どっちでもない……ただのガラクタなんかに、ボクの歩みの邪魔はさせない……!!』
ボクは、ゴーレムに思念をぶつける。
こいつには理解できないだろう。
意思のないこのデカブツには、ボクの意思は止められないッ!
『排除スル。息ノ根ヲ止メル』
『……それしか言えないのかよ。まあ……お前が単調だったのが、唯一の救いか』
岩腕の握力がどんどん強くなる。
次の瞬間には、ボクはスライム液を飛び散らせて破裂するだろう。
けど、そうはさせてやらない!
作戦は確かに失敗した。
失敗したが、それがボクにとって学習にもなったし、「時間稼ぎ」にもなった。
戦いはまだ、終わってはいない。
グギュギュ……ベチャッ!
『――あのロックスライムたちは、環境でその形態を同質化させることに成功した。身体に覚えさせたんだ。"壁の岩を食べているボクたちは岩と同じだ"って』
ベチャベチャァアアドロロロ!
『羨ましくないか? 普通に羨ましいと思ったよボクは。だから、ちょいとその身体を分けてもらったんだよ……馴染むのに、ある程度の時間が必要だったけどね……やっと馴染んできたみたいだ』
『排除スル。……ハイ、ジョ?』
ゴーレムもやっと気づいたんだろう。
ボクを握りしめていた自分の頑丈な岩の手が、ドロドロのグッズグズに液体化し始めていることに!
『ボクが同質化を使えないとでも思ったか? さっきと同質化の感じが違うから、よく分からなかったか? じゃあ答え合わせの時間だ』
ドロドロの岩腕から、ずるりと滑り落ち、ボクは地面に着地する。
ロックスライムが、バディオークの死体と一緒にボクの体内に集まっていき、身体がゴーレムの拳サイズまで大きくなる。
『同質化には使い方が2つあったんだ。自分が同質化することと、相手を同質化させるってこと。
……テメーの大事な岩の腕を、ボクと同じ"スライム化"でプルプルのドロドロにしてやったんだよ!!
どうだ、さすがに怒ったかあ!?』
『排除スル。排除スル。息ノ根ヲ止メル。排除スル。ハイ……確実ニ。始末シテヤルッ』
思念から僅かな意思を受け取ったボクは、ほくそ笑んだ。
強い怒りの感情。
滲み出るエネルギーの感覚。
それだ、それを見たかったんだよ!
『それでこそボクも倒しがいが、ある!!』
『排除スル! モンスターハ殲滅スル! 必ズッ』
バキンとゴーレムは自ら液状化部分の腕を破壊し、拳を再生する。
ボクも大きな身体で勢いよく転がり始める。
もう小細工なんて必要ない。
一直線の一発勝負だ!
『一撃デ始末シテヤルッ! コノ場デ、死ニ晒セッ!!』
岩腕が両方とも突っ込んでくる。
2つの拳がボクに狙いを定めている。
上等だ、デカブツ。
――ビキビキビキビキビキビキビキッ!!
『これがスライムの力だ!! よく覚えておけ――ッ!!』
同質化で硬化し、加速するボクの身体に当たった岩腕がバラバラに弾け、ぶっ壊れる。
『排除! 始末……不可能、ダ――』
そのままボクは勢いに任せて壁に激突する。
強固な壁をその身で完膚なきまでに破壊し――そして貫通した。
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戦いが、終わった。
壁に大きな大きな風穴が開いている。
『目立つなぁ……これ』
まだ仄かに放出したエネルギーが漂っているくらい、異常な光景だ。
これをスライムがやったなんて誰も思わないだろう。
まあでも勝てたのはギリギリだった。
同質化はもっと練習しなければならない。
あの壁は死んだバディオークへの手向けにでもしておこう。
もし人間たちがこれを見たら、バディオークの仕業だと思ってそちらに討伐に来るかもしれないけど、ここ君たちの縄張りだからね、うん後はよろしく♪
『――さ、切り替えていくぞ~』
あいつら(バディオーク)に騒ぎをかぎつけられる前に、ボクは通常サイズでコロコロ転がってその場を後にする。
壁、国境を越えたその先。
目指す強いエネルギーの場所は、まだまだ遠い道のりだ――。
スライム Lv:35
ヘヴィーゴーレム Lv:---