5: 番兵ヘビィーゴーレムの攻略 ①
森に続く穏やかな草原。
剣の練習台として最適な雑魚モンスター、スライムが大量に発生するこの草原に、また子供たちがやってきた。
今日もスライムと戦いごっこか、はたまた試し切りか。
どちらにせよスライムをいたぶりにきたのは間違いないようだ。
「よーし! 今日もスライムやるぞー!」
「どっちがいっぱい倒せるか勝負だ!」
「あいつら無限に湧いてくるもんねー」
「今日はいなくなるまで全部狩りつくそうぜ!」
子供たちはウキウキな気分で草原にやってくる。
だが草原を見た瞬間、子供たちはその光景に呆然となった。
「……え?」
「あれ……? スライムは、どこ?」
握りしめていた短剣を捨て、子供たちはキョロキョロ見渡す。
穏やかで静かな草原に立っているのは、子供達だけ。
いつもなら、何十匹もの雑魚モンスターで溢れかえっているはずのだだっ広い草原には。
スライム姿など、一匹も見当たりはしなかった……。
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ゴロゴロゴロゴロ……!
石ころよりも大きいまん丸の何かが、かなりのスピードで転がっていく。
道なき道を問答無用で転がっていく。
滑るよりも、転がる方が速いし移動しやすいことに気が付いてしまった。
もちろんボクこと、スライムだ!
――数日前。
人間の圧倒的な実力を見せつけられたボクは、小さな森を出る決意をした。
拠点も移すつもりでいるから、あらかじめ仲間のスライムたち全てをその身に吸収している。
これで、草原スポットのスライムはボクという一個体のみとなったわけだ。
あそこでスライムを発生させる権利はボクに移り、ボクがいなくなったあの草原からはもう、スライムが生まれることはない。
ただし、ボクが死んだら他もそれまでの命だけどね!
ハッハッハ!
ともあれ、引っ越しの準備を整えたボクは、外の世界を疾走している。
改めるまでもないが、この旅の目的はボクというスライムを強くすること、ただそれだけ。
ウルフマンを食って頂いた能力の一つ「嗅覚」で、その目的地を定めることにした。
嗅覚が危険信号を上げる方角に、自分よりも格上の強者がいる。
強いエネルギーが感じ取れる方角に、今ボクは向かっている!
ゴロゴロ転がっていると、なにやら遠くの地平線に壁が見えた。
大陸の右から左へ、ずっと繋がった壁の隔たりがある。
あれはなんだ?
というか、今度は後ろから足音が聞こえてくる。
ウルフマンのような四足歩行の足音だ。
それがいっぱい……!
ブヒブヒィィイ!!
『ぶ、豚!?』
なんと、大勢の"豚にまたがった豚"がボクを追いかけてきているのだ。
どういうことなんだ!?
『――止まれ、そこのモンスター! これ以上先に進んじゃいけないぞ!』
『ここは立ち入り禁止の領域だぞ!』
『我が縄張りに侵入することが目的なら、ここで仕留めるぞ!』
豚がブヒブヒ思念で警告してくる。
いつの間にか他のモンスターの縄張りに突っ込んでいたようだ。
田舎者のスライムでは避けられなかった道だろう。
どうしよう。
転がりながらボクは考える。
知らなかったじゃ済みそうもないし、逃げて遠回りするか?
…………よし。
『このまま突っ切ってやるぜ――ッ!』
『こいつ止まる気がないぞ!?』
『奴に思念はちゃんと届いている! 二度目の警告はしないぞ! 実力行使でいくんだぞ!』
後ろから止まれ止まれとブヒブヒ聞こえるが、ボクには関係ない。
なぜボクが相手の命令をきかなくっちゃいけないんだ?
弱い奴が強い奴の命令に従う。
それがモンスターだ。
ボクに命令するなら、ボクより強いことを証明するんだな。
『実力で来いよ! 戦闘開始だ!』
『ブヒブヒィィイ! "バディオーク"の名に懸けて、絶対に奴を止めるんだぞぉぉお!』
豚たち―バディオークの速度が上がった。
すごいスピードで転がっているはずのボクに追いついてくる!
『なんだこいつ! よく見たらスライムに見えるぞ!』
『スライムがこんな速度で移動できるはずがないぞ! でもやっぱりスライムだぞ!?』
『スライムだろうと関係ない、敵だぞ! 構えるんだぞ!』
またがった豚たちが弓を構えている。
移動の邪魔をされるのはゴメンだ!
ボクは身体を元の大きさに戻した。
でっかくなったスライムボディの中に、近くのバディオークがブヒィと成す術なく吸い込まれていく。
だが遠距離から飛んできた弓は止められなかった。
ブスブス刺さり、転がっての移動が困難になる。
『ばかやめろ!! ああ、スピードが!』
回転速度が弱まった途端、ボクは後に続いてきたバディオークたちに囲まれてしまった。
『もう逃げられないぞスライム! 全方位、構え!!』
弓が構えられる。
このままでは串刺しになる。
ボクは正面を見る。
遠くに見えていた壁がすぐ近くに見えた。
すでに結構な距離を移動していたのだ。
なら、あの壁を乗り越えるまでが勝負!
『いいだろう! 真っ向勝負だ!!』
『無駄だ! キサマはここで死ぬんだぞ!!』
ボクとバディオークが戦闘態勢に入ろうとした、まさにその時。
『――検知。モンスターノ反応。直チニ。排除スル』
『『ッ!?』』
ボクも、おそらくバディオークも反応できたのは一瞬だったろう……。
――――正面から、巨大な岩が飛んできたのだ。
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ボクはそれを理解するのに、時間がかかった。
巨大な握り拳。
視界いっぱいに広がったのが、だたそれだけだったからだ。
だから避けるのも遅れてしまった。
『グッハァァァアッ!?』
『『ブヒギャアア!!』』
見事に巨大なパンチが直撃し、反動で身体のスライム液が分離して飛び散る。
そしてボクを囲っていたバディオークたちも、その攻撃の巻き添えになっていた。
破壊的な威力だ!
巻き添えを食らったバディオークはほぼ即死だっただろう。
スライムというぷよぷよな形態のボクも、致命傷には至らなかったがこれはキツイ。
身体の中がグワングワンして動けない。
『ググ……あ、あれは』
岩のように固く、でかい拳。
それが地面に深々とめり込んでいる。
『気が付かなかったぞ……! 壁に、近づきすぎてしまったんだぞ!!』
『ここはゴーレムの射程圏内だ! 早く移動するんだぞ!』
『退避! 退避だぞおおお!!』
バディオークたちは焦ったように元来た道を引き返していく。
壁? ゴーレム?
ボクは壁を見る。
そして驚愕した。
平らな壁の側面と、この巨大な岩腕が繋がっていたのだ。
この岩腕は!
壁から飛び出してきた攻撃だったんだ!
『――検知。モンスターノ反応。息ノ根ヲ止メル』
壁から、2つ目の岩腕が飛び出した。
尋常じゃない轟音とスピードで腕が伸び、拳が大地へと突っ込んでいく。
だが狙いはボクじゃない。
逃げ始めたバディオークたちだ!
『全員、回避するんだぞ!!』
ズドーンと音を放って派手に拳が地面にぶつかる。
バディオークたちはそれを……なんと避けた!
爆速で駆け抜け、その大半があの岩腕から逃れたのだ。
速すぎだろあいつら……。
『ブヒィイ!?』
しかし回避できたのは全員ではなく、一匹だけ反動を食らったバディオークがいた。
吹っ飛ばされ、地面に転がってはいるが、まだ死んではいない。
仲間たちは、それを気に留める様子もなかった。
そのままどんどん遠くへ去っていく。
この場に残されたのは、ボクとそこの負傷したバディオーク。
そして……。
『――検知。モンスターノ反応』
めり込んだ岩腕を引き抜こうとする壁―ゴーレム。
このままだと、次の攻撃が繰り出される!
ボクはなんとか飛び散った身体をかき集め、全力で転がり始めた。
バディオークたちは射程がどうのって言っていた。
つまり、あの岩腕が届かない距離まで逃げればいいのだ!
あいつが左右の岩腕を両方とも地面に突っ込んでいる今しかない!
『ブヒィ……じぬ、ぞぉ』
『死ぬな! まだ勝手に死ぬんじゃないぞ!』
急いで負傷したバディオークも体内に回収し、ボクもその場をとん挫する。
一直線に転がり抜け、壁が遠くなっていく。
――ここまでくれば、あの腕も届かないだろう。
ある程度の距離をとったら、ボクは近くの密林に入っていく。
これでひとまず安心だ。
ベッと体内のバディオークを吐き出す。
とりあえず回復だ。
こいつを回復させるまで、ここからは動かない。
聞かないといけないことが、山ほどあるからな……。
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しばらくして。
薬草が効き始め、バディオークが目を覚ました。
『ブヒィ、ここは……?』
『やあ。峠は越えたよ』
返事をするボクに、バディオークは目を丸くしていた。
『お前は、スライム! まさかオレを助けたのか!?』
理解できないって顔をされる。
ボクだって、やりたくてやったわけじゃない。
敵に情けなんて必要ないからな。
でも、今はそうも言ってられない事態だ。
『勘違いするな。お前を生かしたのは、あの壁について聞きたかったからだ。……お前の知ってること全部話せ』
『そのために助けたってことか……ムゥ、好きに聞くといいぞ』
意外にも、バディオークは抵抗なく口を開いた。
話さなければ殺されるという、自分の立場を理解したからだろう。
ボクはバディオークから情報を奪った。
―あの壁は人間が創った大陸の国境で、そこから攻撃してきた岩腕が「ヘヴィーゴーレム」と呼ばれていること。
―壁付近を常に護っており、近づくモンスターや魔族を排除する番兵の役割をしていること。
―ヘヴィーゴーレムは、死なない無敵の存在であるということ……。
『――へぇ』
バディオークからあらかた話を聞き終わったボクは、先程の戦闘を思い返す。
あのゴーレムからはエネルギーを感じ取れなかったし、とんでくる思念にも個体の意思を感じなかった。
だからあれはモンスターじゃない。
人間が壁を守るために、あのゴーレムを生み出したのだ。
「光の技」といい、あれといい……。
人間はやっぱり脅威だ。
――でもだからこそ、ボクにはそれが試練になる!
『そうと決まればさっそく準備だ! あのゴーレムを叩き潰してやるための準備をな!』
『ブヒィ!? お前正気か、死にに行くようなもんだぞ!』
信じられないと、バディオークはボクの言葉に青ざめている。
確かに、ゴーレムは強い。
それは実感した。
けど、引き下がる理由にはならない。
ボクは強くなるために、外の世界に来たのだから!
『モンスターだろうが、そうでなかろうが、立ちはだかるものは全部ボクの経験値だ! あの壁も越えるし、ゴーレムも倒す! それが強くなるための最短で正解の道だ』
『ブヒィ……こいつ、どうかしてるぞ……』
『お前には分からないさ。それに勝ち目のない戦いでもない。突破口を、見つけたからね!』
突破口?と疑問に思っているバディオークのために、ボクは思念であるものを呼び寄せる。
密林の奥からガサガサとそいつは現れた。
ぷるるん、ぷるるん。
『ス、スライム……だぞ?』
『ああ。この地域でひっそり生きてきたスライムだ』
"鼠色"のスライム。
薬草を探していたときに巡り合ったスライムだ。
しかも、こいつ「ら」は普通の個体じゃない。
ガサガサと、鼠色のスライムが他にもいっぱい集まってくる。
皆、好戦的にぷるんぷるんと跳ねている。
これから何を始めるのか、ちゃんと分かってるぜって態度だ。
『……ほ、本当に戦うつもりなのか? ゴーレムは最強だぞ!? あれを倒すなんて無理だぞ!!』
『無理かどうか。それを決めるのは、"ボクたち"だ!』
ボクもぷるるんと勢いよく跳ねる。
大丈夫だ。
ボクの読みが正しければ、これでゴーレムに勝てる!!
『へっへ。見せてやるよ、あのデカブツに。――スライムの意地ってやつを!』
スライム Lv:35
バディオーク Lv:30~40