4: 人間の、その力
ウルフマンとの戦いから、結構な時間がたった。
……あれからというもの。
ボクは自分の身体をさらに分析するようになった。
そして戦いの技を思いついては、色んなモンスターに喧嘩を吹っ掛ける日々が続いた。
だけど、どんなに試行錯誤しても、所詮ボクはスライム。
あのときのように、ボコボコにされて命からがら逃走する日がしょっちゅうだ。
それでも。
ボクは諦めずに新しい手を考えて、しつこくそいつらに襲撃をかましまくった。
人間を食べて手に入れたこのエネルギーと考える能力。
それを全力で駆使して、最後には倍返しを食らわせた。
スライムにやられたモンスターの顔は決まって「そんなありえない!」って言いたいような間抜け面ばっかりだ。
その顔を見るためだけに、ボクは戦っているようなもんだからな!!
そのうち、他のモンスターはボクを避けるようになった。
この森全体のモンスターをあらかた狩りつくしたボクを、雑魚モンスターと呼ぶ愚かものはもう一匹もいない。
ボクは、いつの間にかこの森の支配権を手に入れていた。
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穏やかな草原で、ボクは他のスライムと一緒に優雅なひと時を過ごす。
他のモンスターがスライムに攻撃してこなくなった。
もしそのスライムが暴君だったらと考えるとゾッとするんだろう。
もちろん、地の果てまでも殺しに行くから、その考えは正しい。
森のモンスターたちはスライムに恐怖したってことだ。
最高だ。
ボクは森の王者だ。
おかげでスライムの生存率は上がり、着々と数を増やしていっている。
新しく生まれたスライムたちも、ボクのオーラに気付いているのか、みんなボクのあとを着いてくる。
可愛いやつらめ!
安心しろ。
ボクがいる限り、スライムは不滅だ。
お前たちも、これで存分に強くなれるぞ!
……そんなスライムの時代到来を邪魔する存在がやってきたのは、つい先程のことだった。
何やら騒がしい集団が、草原に入ってきた。
人間たちだ。
「――あの中に例のスライムがいるってことでしょうか?」
「分かりません。でもその可能性は十分にあるかと」
「うーむ……確かに見分けつかねーし、これじゃあ怖くてガキどもも剣の練習なんてできねーな」
「これでは薬草採取の依頼もこなすことが出来ません。冒険者様方、どうかお願いします」
人間たちは口をパクパクして何かを言っているが、あれは思念ではないからボクには分からない。
だがボクは緊張のあまり、他のスライムの陰に隠れ、身を固くしていた……。
人間の顔を見たのは、かなり久しぶりのことだ。
最後に見たのは、ウルフマンとの戦闘を妨害されたときか。
その時に見た人間の顔を、ボクは忘れていない。
今後も忘れるはずがない。
そう、まさにあの顔だ。
本当は忘れていたい顔を今、確かに思い出してしまったのだ!
「……まあ討伐依頼を受けたのは私たちですし、もちろんお受けはしますが……この数は少し時間がかかりそうですわね」
「その心配はないよ、ユフィア」
人間たちの中から、子供が一人、前に出てきた。
ボクは思わずぶるんと震える。
なんだ、あいつは。
見てて身体がチクチクする人間だ。
さっきの人間の女よりも、嫌な感じのする人間だ!
「――勇者様? それはどういう……」
「確かに見た目では判断できない。だが、一匹だけだ。一匹だけ、ユフィアに一直線で濃厚な敵意を向けていたスライムがいる」
「え、私に!?」
「今は俺に敵意を向けているようだな………………"君"か」
子供が剣を抜いた。
剣が光り輝き、その光で周りのスライムが、蒸発している……!?
『あれは――ッ!!』
ウルフマンとの戦闘中に、あの人間の女が放った光が記憶に蘇ってくる。
いや!
アレはそれ以上にやばい光だ!
アレはまずい!!
アレを受ける前に逃げなくてはッ!!
ボクはスライムに命令を出し、森へと全力で滑り始める。
命令を受けたスライムたちは、子供に飛び掛かった。
これで少しでも時間稼ぎを……!
「周りのスライムが急に!?」
「勇者!!」
「――――大丈夫だ、逃がしはしない――セイバーシュート!」
ピキーンと光の閃光が草原を通過し、スライムたちが消し飛ぶ。
そして逃走するボクの身体を、後ろから、いとも簡単に貫いた。
『イギャアアアアアアアアアアアア!?』
光が瞬く!
咄嗟に身体を元の大きさに戻したはずなのに!!
身体のスライム液が!
その大部分が蒸発されている!
ジュゥゥゥゥウ!!
『ウグゥゥゥウ……そんなぁあぁあッ』
光を撃たれたボクは、ドロドロの水溜り状態となっていた……。
蒸発も止まらない。
形態を、維持できない。
身体の組織が光だけで破壊されたのだ。
あの人間の女も使っていた、光の攻撃。
あの技はいったい……。
「あれが、ここら一帯で暴れていたモンスターの正体か!」
「さすがは勇者様ですわ! あの中から一瞬で見抜くなんて!」
「大したことはない。これであのイレギュラーもすぐに消滅するだろう。俺たちの仕事はこれで完了だ」
「勇者様、ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
人間たちはガヤガヤしながら勝手に帰っていった。
しばらくして、剣を持った人間の子供たちがダダダッと草原に入ってくる。
「ゆうしゃ様が悪いモンスターを倒したってー!」
「これで安心して練習できるってよー!」
「スライムを狩りまくれー!」
子供が短剣を振り回し、せっかく生まれたスライムたちがどんどん切り倒されていく。
ボクは蒸発しながらも、なんとか避難した森の中で、その光景を目に焼き付けていた。
ジュゥゥゥゥウ!!
うぐぅおおおえぇぇ! 人間めええ!
どこまでもスライムをコケにしやがってッ!
絶対に許さねえ!!
『集まれ!! ボクのスライムたち!!』
生き残っていたスライムを招集し、ボクに合体させる。
身体を再構築するのだ!
あの光の子供は、ボクに止めを刺さなかった。
ボクがこれで死ぬと判断したからだ。
奴の大きな勘違いで、ボクは九死に一生を得た。
奴はスライムを甘く見ていたんだ!
ジュゥゥゥゥ……――。
幾度の再構築を重ね、とうとう蒸発が止まる。
ボクは、死んでいない。
あのやばい光の攻撃でも、スライムは生き残れる。
それが証明された。
『……ボクも人間を甘くみてた。人間はやばいし強い。関わらなければいいと思ってた。だがそれは違った!!』
ボクは決意する。
この森から出よう。
こんな狭い世界だけじゃ、ボクは強くなれない。
今回のように、また駆逐される……。
『ユウシャサマ……ユウシャ……あの人間の個体名は、勇者! 覚えたぞ勇者ァ!!』
ボクにはまだ強さが足りない。
もっと強くならなくては。
モンスターも。人間も。
勇者も倒すことのできる存在に。
小さな森でお山の大将となっていた、小さなスライム。
そのボクも、さすがに本気にならなくちゃいけないときが来たのだ。
スライム Lv:32
勇者 Lv:15