第20話
新王国歴7268年8月3日
「潜宙艦隊より通信。敵要塞周囲に敵機動兵器を確認。巡洋艦および駆逐艦は確認できたものの、戦艦と空母は未確認。異次元潜行不可能領域内部に存在するため、ソナー精度は低下中。これ以上は判別不能」
「敵要塞、表面に確認できる武装は警戒状態。戦闘態勢にない模様」
「航空部隊、待機位置まで移動完了。作戦開始までステルス装置最大出力で待機」
「潜宙戦艦、潜宙空母、潜宙揚陸艦、小型潜宙艦および大型潜宙艦と合流完了」
「工作艦は2隻ごとに集合、作戦準備開始」
「輸送艦各艦、工作艦と接続。エネルギー供給準備」
「戦艦および要塞艦、各艦重力子砲オンライン。戦闘用意良し」
「艦隊進路このまま、亜空間ワープ準備完了。作戦開始時刻まで残り1時間」
惑星規模要塞攻略作開始目前となり、準備は着実に進んでいる。帝国軍が気づいた様子も無いため、上手く奇襲できるだろう。
また既に戦闘準備態勢は発令しており、一部の例外を除いて全員配置についている。まあ、その例外の1人が隣にいるが。
「貴方、こっちは準備終わったわ」
「こっちもだ。作戦の修正は必要無いな?」
「ええ。敵の態勢は予想範囲内でしょ?むしろ少ない方よ」
「ああ。内部にはいるだろうが、作戦初期の展開からすると……この方が楽だな」
「そうね。それと、航空部隊はこっちから管制して良い?」
「そこは任せる。そうなると、こっちが艦隊管制か」
「ええ、任せるわ」
リーリアは俺の隣に席を作り、同じように各種作業をしていた。
もちろん作戦開始前には戻らせるが、それまでは責めたりしない。似たような者は他にも何人かいる。
「リーリア先生、ここの値はこれで良いですか?」
「それで良いわよ。まあ、細かい設定はラグニルとかがやってくれるわ」
「そうだな。俺達は大まかな方針を決めるだけで良い」
「分かりました」
「お兄ちゃん、この部隊ってこのコースで良いかな?」
「それで大丈夫……いや、少し変えるか。そこを少し外側に変えろ」
「こう?」
「ああ。航路の密度も平均的な方が良いからな」
「あ、そっか」
「ガイル、根を詰めすぎていませんか?」
「大丈夫よ。こんな程度で疲れたりしないわ」
「お前が言うな。俺への質問だ」
「良いじゃない。結局、答えは同じなんでしょ?」
「まあそうだが……」
「リーリアー、第4艦隊の指揮ってどうするのー?」
「そこは全部ガイルに任せてあるわよ、メリーア。オルトと協力してくれたら嬉しいわね」
「りょうかーい」
「……ガイル」
「ん?」
「……これ、いる?」
「ああ、貰う。ありがとな」
「私も欲しいわ」
「わたしも!」
「……良いよ」
作戦がいつもより特殊とはいえ、準備自体は毎回やっていることだ。手間取るようなものは少ない。
しかしこのような時、時間はすぐに経つ。作戦開始時刻だ。
「時間だな、作戦開始だ。全部隊亜空間ワープ開始」
「了解。全部隊亜空間ワープ開始」
「戦闘艦、要塞艦、全艦亜空間ワープ開始」
「……アーマーディレスト、亜空間ワープ」
艦隊が飛び出した場所は惑星規模要塞から5000万kmの位置。戦艦や要塞艦の重力子砲くらいしか届かない場所だが、これで良い。
敵要塞主砲すら届かないここからなら、牽制だろうと一方的に攻撃できる。
「全要塞艦および戦艦、重力子砲での砲撃を開始しろ。同時に各工作艦部隊は作戦実行用意」
『航空部隊も行動開始よ。指定のコースで、ね』
「了解。要塞艦および戦艦、全艦砲撃開始」
「航空部隊、巡航速度で移動を開始。ステルス装置は出力維持」
「直掩戦闘艦、全艦戦闘準備良し」
「工作艦部隊、全隊斥力力場形成完了」
「ミサイル造成確認、次弾以降も造成完了。全て射出可能」
「ミサイル射出開始」
「了解。射出開始」
「全工作艦部隊、射出開始。エラー反応無し」
そして作戦の第1段階をスタートさせるのにも、この距離の方が都合は良い。
上下に並んだ工作艦によって作られた斥力力場はミサイルを加速させ、秒速1万kmで打ち出し始めた。
工作艦部隊の数は6000だ。そして1つの部隊は同時に10発、1秒ごとに放てる。
秒間で6万発、それを2000秒。合計1億2000万発は工作艦だけだと難しいが、輸送艦と組み合わせることで解決した。
第3惑星サイズの岩石型惑星であれば、これだけで数個破壊できるほどの威力になる。
「全部隊、順調にミサイルを射出中。着弾まで5000秒」
「……1時間23分」
「長いね」
「この距離だ。仕方ない」
『そういう作戦だもの。仕方ないわ』
「だから戦闘準備態勢のままなのですね?」
「ああ。この程度のことは全てオートでも問題無いのもあるが、その通りだ」
『というより、思考加速をこんな長時間してたら、流石に疲れすぎるわ』
なおメルナの言う通り、この作戦には時間がかかるためまだ戦闘態勢には入っておらず、思考加速装置は使っていない。重力子砲も牽制兼囮だ。
もちろん、本格的に動く時は戦闘態勢にするが、それはまだまだ先になる。
「工作艦、輸送艦、作戦続行中。システムエラーは確認できず。未射出のミサイルも無し」
「ミサイル、99.999%は敵惑星規模要塞の直撃コース上」
「未発見の重力偏差などの影響により0.001%ほどは外れますが、どうしますか?」
「エネルギーパルスで修正できるならやれ。不可能なら放置しろ」
「了解です。修正軌道の設定を開始します」
「……重力子砲、あと250秒」
「命中率は推定93.7%のようですね。要塞に対してだけなら100%ですよ」
「あれだけ大きいからな。外す方が難しい」
『大して効かないでしょうけど』
「牽制だからな。本命は別だ」
『でも、敵はそう思わないわ』
「そうだろうな。だが、ここまで遠ければ連中の反撃は届かない」
『やるなら艦隊をワープさせるしかないけど、そんな数は無いわね』
「要塞の規模と比べれば、確実に少ないだろう。要塞の戦力が高いからかもしれないが」
『まあ、そこまで織り込み済みなんだけどね』
「計画の段階から、な。想定外がある可能性が高いのは機動兵器の方だが」
要塞駐留艦隊は推定で5億から10億隻と、要塞の規模に比べて非常に少ない。俺なら50億隻は置いておくだろう。
しかし今は好都合。だからこそこの作戦が取れた。
「重力子砲着弾まで5、4、3、2、1、着弾」
「重力子砲命中率92.4%、要塞に対しては99.9%。しかし要塞への損害無し」
「次弾以降も命中するも、損害は認められず」
「想定通りです。しかし、高密度流体は着弾するたびに減少しているため、いずれ破れます」
「分かった。だが、そこまで待つ必要は無い」
『まあ、ポーラも分かってるでしょうけど』
「はい。そのための作戦です」
「それにしても、ガイルにしては悠長な作戦ではありませんか?」
『そうでも無いわ。メルナと会う前は似たようなことも良くやってたわね』
「大きな戦いでは使っていなかったからな。知らないのも無理はない」
「そうでしたか」
「……姫様、これ」
「ありがとう、シェーン。これが……なるほど、面白いですね」
「昔、そのあたりを纏めた物を作ったが、要るか?」
「ええ」
戦闘中とはいえ、暇なものは暇だ。今回のように気を張り続ける必要がない場合は特にそうなる。
そのため、これくらいの雑談は許されている。もちろん、許可されているのは全員だ。モチベーションの維持も必要だからな。
「敵要塞の表面に揺らぎあり、多数の対艦砲が出現。発砲確認」
「敵対艦砲、3000万kmで最低レベル以下まで減衰予想。届きません」
「分かった。ミサイルは大丈夫か?」
「既にコース変更指示済みです。対艦砲の動きに応じ、常に変化させます」
「それなら良い」
『ポーラも準備してたもの。予想していたんでしょ?』
「はい。これはどうにかできました」
「流石だな」
「ねえお兄ちゃん、ここってちょっと動かした方が良いかな?」
「大丈夫だと思うが……リーリア?」
『必要ないわ。そのままで十分よ』
「はーい」
「先生、敵要塞にさらに動きがあります。敵機動兵器が多数発進し、要塞周囲に留まっています」
『少し厳しくなるわね。貴方はどう見る?』
「まだ想定の範囲内だが、ミサイルを迎撃されるとマズいな……敵機に照準を合わせることはできるか?」
「……群れごと、なら……でも、外れも多い」
「構わない。狙い続けることで迎撃できなくなれば大丈夫だ。外れても要塞に当たるならなお良いが……」
「それであれば要塞艦を移動させた方が良いと思います」
「そうしよう。メルナ、頼めるか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
これだけ距離が離れていると、艦隊配置の変更は簡単だ。
もっとも、十分な角度を付けるには広がりを大きくしなければならないが……そのあたりのバランスを決めるのはそう難しくない。
「要塞艦、戦艦、全艦亜空間ワープ終了」
「敵機動兵器群行動パターン計測。推定ルート作成」
「照準調整……完了。砲撃準備良し」
「重力子砲砲撃再開。第1目標、敵機動兵器群。第2目標、敵要塞」
「第1波着弾まで約330秒。第1目標推定命中率10.4%」
「流石に低いな」
『仕方ないわ。むしろ2ケタあるだけマシね』
「実際はこの半分になりそうだが」
「……だから、足りない」
『気にすることじゃないわ、シェーン。十分高いわよ』
「その通りだ。当たらなくても問題無いものを当てる方が凄いからな」
「だそうですよ、シェーン」
「……ん」
そう言うと、シェーンの顔が少し和らぐ。もしかすると頭では理解していたとはいえ、感情的には不満があったのかもしれない。
口にされるまで気づいていなかったが、上手く対応することができたようだ。不満が溜まったら後が大変になる。
「重力子砲修正砲撃、第1波着弾まで、5、4、3、2、1、着弾」
「敵機動兵器群への命中率8.4%。平均して該当群の2.1%を撃墜。外れた弾の約80%は敵要塞へ向かいます」
「第2波以降も着弾。平均命中率8.8%」
「意外と高いな」
『ええ、流石ね』
「……ふふん」
「シェーン、油断はいけませんよ」
「……分かっています、姫様」
「敵要塞へ向かった重力子砲弾は全て命中。しかし、効果は認められず」
「敵要塞表面の高密度流体、体積変化は0.1%以下」
「シェーンお姉ちゃん、こっちのコンピューター使っても良い?」
「……良い、けど?」
「やった!」
「無理はさせるなよ、レイ。作戦はこれからだ」
「はーい」
そう、作戦はこれからだ。今不満を溜め込まれるのも困るし、疲れすぎても困る。
まだまだ長くかかるからな。
「工作艦部隊、ミサイル全弾発射終了」
「工作艦および輸送艦は全艦帰投開始」
「戦艦以下抽出艦艇、亜空間ワープの予備準備を実行。各部システムチェック開始」
「潜宙艦隊、移動を開始。潜行不可能領域外縁部へ」
「敵機動兵器、推定で5.2%を撃破。86.4%は回避行動を継続」
「重力子砲砲撃、敵機動兵器に対する命中率18.5%。敵の回避パターン変化により若干下降気味」
「敵対艦砲、砲撃頻度微弱。また、到達前に全て減衰」
戦況は順調と言っていいだろう。敵要塞の動きは微弱、ミサイルは順調に飛行中だ。
心配が無い、とも言えないが……
「大丈夫なようですね」
「ああ。予想外のことは起きていない。機動兵器の対処はアドリブだが、上手くいっている」
「……頑張った」
『航空部隊も良い感じだし、悪くないと思うわ』
「私もやったよ」
「ミサイルも上手に管制されています」
「問題は敵が何を考えているか、だが……」
「何か策があるのでしょうか?」
『あんなのは効かないって高を括っているかもしれないわね』
「え?でも……」
「帝国はAIばかりですが……?」
『指揮官はシュベールよ。その場限りじゃないわ』
「……何かある、かも?」
「だが、やるだけだ。対処はできる」
これだけの戦力がある。やれなくは無いだろう。
そして時間が経ち、第1段階の終わりが見えてきた。
「ミサイル、先頭は現在敵要塞まで20万kmの位置」
「敵要塞、表面への対空砲展開を確認。気づかれました」
「敵艦隊、敵機動兵器行動変化確認。ミサイルへ向かいます」
「被迎撃率0.6%」
「5、4、3、2、1、先頭着弾」
「重力子弾頭起爆……効果無し」
「予想通りだ。問題無い」
「敵対空砲、ミサイルへ集中」
「被迎撃率、平均して1.7%」
「第2陣、到達間も無く」
重力子弾頭が無意味なのは想定通り、本命はこっちだ。
「近接信管作動良し。第2陣起爆まであと5秒」
「3、2、1、近接信管作動。起爆開始」
「プラズマ弾頭炸裂。ナノマシン正常に作動中」
「空間波撹乱確認。レーダー無力化確認」
「敵情報は潜宙艦隊より確保。ただし異次元潜航不可能領域のため、精度は低下」
「次弾以降も炸裂継続。ジャミングエリア形成確認」
「敵要塞の対空砲および対艦砲が止みました。敵砲撃停止」
プラズマ弾頭。それははその名の通りプラズマを封入した弾頭で、威力は最も低い。帝国軍の人型機動兵器ですら、直撃で1機落とせる程度だ。しかし、その本領は空間波の阻害にある。
プラズマ弾頭にはナノマシンも搭載されており、プラズマと同時に拡散される。それらはプラズマからエネルギーを受け取り、局所的な重力変位や空間歪曲を生み出す。
電波などと同じ方法ではジャミングが出来ない空間波に対し、1800年前にラグニル達がどうにか出した答えがこれだった。俺達のレーダーにも被害はあるが、被害は帝国軍の方が大きい。
「ジャミングエリア内の敵部隊、全て反応性低下。通信阻害にも成功」
「ジャミングエリア外の敵部隊、要塞から広がるよう展開。偵察目的の模様」
「好都合だな。潜宙艦隊はジャミングエリア外の敵部隊に対し、魚雷攻撃を敢行。牽制程度で良いが、沈めても構わない。だがジャミングエリア内の敵には手を出すな。ジャミングが消えると厄介だ。リーリア、そっちはどうなっている?」
『大丈夫よ。見つかっている様子は無いわ』
「分かった。管制は任せる」
『ええ。でも、レイはこっちを手伝ってるわね』
「専門家だからな。了承済みだ」
ミサイルの総数は1億2000万発、着弾は2000秒続く。
そして……
「先生、もう間も無くになります」
「そうか。戦闘態勢の準備は良いな?」
「はい、大丈夫です」
「航空部隊、配置につきました」
「全機戦闘準備良し」
「ミサイル最終弾、起爆まで50秒」
「敵部隊の行動に変化無し。未発見の模様」
「作戦の第2段階を開始する。全艦戦闘態勢。攻撃開始!」
「了解、全機攻撃開始」
「航空部隊、最大戦速!」
最後の手を、今、動かす。




