第15話
新王国歴7268年5月25日
「結局、アレは何だった?」
揚陸艦と工作艦から成る調査部隊を惑星に降下させてから、丸1日。他2ヶ所での第2次攻撃作戦も成功し、報告を終えた後のこと。
報告結果によると、どうやらあの謎の兵器が現れたのはここだけらしい。戦闘結果はかなり驚かれたな。まあ、あれだけ警戒していた白い旗艦も見当たらなかったようだが。
そんなわけで、俺達がここに滞在する日数は延長された。そして残っていた施設や破壊された敵兵器の調査などが行われ、情報を集め始めている。そのデータ解析はポーラを始めとしたオペレーター達、およびラグニルを始めとした技官達が担当しており、実力は折り紙つきだ。
今現在、目下最大の問題はあの金属製生体風兵器であり、その解明を第1目標にしている。のだが……
『一言で言うなら……分からない、だね』
「は?」
時間をかけた結果がそれか?
『本当のことだよ。ほとんどデータが残ってないからね。鹵獲もできなかったし』
「最後の最後まで抵抗して、破壊するしかなかったからな……俺の予想だと金属製の生物兵器なんだが、当たっているか?それくらいは分かるだろ?」
『そうだね……大まかには合ってるけど、少し違うかな』
「理由は?」
『開発初期のデータが少しだけ残ってたんだ。それによると、どうやら最初から生物兵器として開発されたのとは違うらしいよ。まあ、データ不足なんだけどね』
「そうか……分かった。調査を続行してくれ。必要なら揚陸部隊を追加で投入する」
『助かるね。じゃあ、僕は仕事に戻るよ』
惑星地表にある施設は大半が半壊以上、全壊のものも珍しくない。しかし、それを理由に諦めるのは愚策だ。
あの生物兵器と思わしきやつらのデータがどこにあるかは分からないからな。一応、地下の可能性もある。
破壊されていないと良いんだが……
「……ガイル?」
「シェーンか。どうした?」
「……考えごと?」
「ああ。アレの情報が何か欲しいんだが」
「……そういうこと」
「お兄ちゃん、昨日のを調べたりできないの?」
「戦闘データの詳細解析は3時間前に終わったらしい。行動パターンは割と詳しく分かったが、根本的な所は一切分かっていないな」
「そっか……じゃあ、研究所を見つけないとダメ?」
「そうなる。問題は、残っているかどうかだ」
「……壊されてるし、望み薄」
「言うな。少しくらいは期待してもいいだろう」
「……そう」
「シェーンお姉ちゃん、怒ってる?」
「いや、これは妬いてる方だ。俺がシェーンの言うことを聞かなかった……わけじゃないが、結果的にはそれに近いからな」
「そっか」
「……言わないで」
どうやら、合っていたらしい。当たっていたところで何にもならないが……まあ、気分的なものだ。
ただ残念ながら、こんなことばかりしていられない。他の仕事を片付ける必要がある。それと、偵察情報もだな。
ポーラは解析のために別室へ行ったため、残ったオペレーターに聞く。少し距離が遠く、面倒だが。
「確認だが、警戒艦隊から何か情報が入っていないか?」
「現在のところ、偵察艦隊からの発見報告は無し。当星系内の偵察艦隊は指示通り、強襲揚陸艦を加え惑星調査も行っていますが、帝国軍艦艇の残骸以外は発見されていません」
「分かった。作業に戻れ」
「了解」
ここまで何も無さすぎると逆に心配になってくる。何か見落としているのかどうか……
いや……はぁ、あまり考え込むのも良くないか。
「それなら……そうだな。行くか」
「……ガイル?」
「お兄ちゃん?」
「少しレックス元帥と話してくる。ここは任せるが、何かあったら連絡してくれ」
「はーい」
「……了解」
俺ならまあ、アポなしでも大丈夫だろう。だが、マナーもある。
しっかりアポを取ってから第5統合艦隊の旗艦、ハルヴェスティ級要塞艦のユン-ゴルディレスへ向かった。
そして輸送艇を降りると、わざわざレックス元帥が迎えに来ていた。
「シュルトハイン元帥、わざわざこちらに赴かれなくとも……お呼びであれば自分が行きましたが」
「俺がこっちの艦に乗りたかっただけだ。気にするな。直接迎えに来る必要もないぞ」
「そう申されましても……クッキーとドルでよろしいでしょうか?」
「ああ、それで良いぞ」
「ラスティリア大尉、準備を」
「は、はい!」
それらの品はどうやら隣の部屋にあるらしく、レックス元帥の副官の若い女性大尉が取りにいった。
副官にしては階級が低いが……聞いた限りだと、レックス元帥の場合は副官と言うより秘書に近いらしい。
俺と違い、仕事が格段に速いそうだ。それなら副官の仕事はスケジュール管理と多少の世話くらいしか無い。大尉でも問題はないだろう。
「ど、ど、どうぞ!」
「そう緊張するか。俺達生体義鎧が不味い程度で死ぬことはない」
「シュルトハイン元帥」
「冗談だ」
手作業で淹れたのか、少し時間がかかったな。それよりも緊張の方が心配だが。
そんなの彼女の目は……なるほど。
「レックス元帥、お前も意外と隅に置けないな」
「何のことでしょうか?」
「気づいていないのか。まあ、それはそれで面白そうだ」
「はい?」
俺もメルナのことを言えないな。意外とこういうのも面白い。
まあそんなことばかり考えているのも悪いと、出されたドルを飲んだのだが……予想以上に美味かった。このままだと、数年以内に追いつかれるかもしれない。
「美味いな。彼女の名前は?」
「アリス-ラスティリア大尉です。あげませんよ?」
「取るわけがない。こっちはもう手一杯だ」
「手一杯……?」
「理解していないと分からないだろうな。ラスティリア大尉」
「は、はい、何でしょうか。何か粗相を……」
「いや、違う。少し耳を貸せ」
「はぁ……」
せっかくだ。
背中を押してやるとしよう。
「もう少し押した方が良いぞ。レックス元帥は鈍感なようだが、察しが悪いわけじゃない。食事に誘って派手な格好をするのも悪くないと思うぞ」
「ふぇ⁉︎」
バレていると思っていなかったのだろう。
ラスティリア大尉は非常に驚き、一瞬で顔を真っ赤にした。
「え、あ、ちょ⁉︎」
「流石に気づく。俺なら、な」
「で、ですが……」
「多少の手伝いはしてやる。というより、俺が制御しないとメルナが暴走しかねない。良いな?」
「は、はい……」
まあ、悪い結果にする気はさらさらない。上手いこと運んでやるとしよう。
当のレックス元帥は不思議そうな顔をしているが。
「シュルトハイン元帥?」
「ちょっとした人生相談だな。特に他意は無い」
「はぁ……それで、本題は何でしょうか?」
「例の敵のことだ」
正直に言って、現状では打開策がない。
いや、これでは語弊があるか。戦闘で負けることはないだろう。だが根本が分からなければ、完全な対処は難しい。
帝国に勝つには、これではまだ足りない。
「レックス元帥にも情報は逐次回していたな?」
「はい。最優先で目を通しています。有用なものは何も見つかっていないそうですが」
「その通りだ。何体か生き残りがいるようだが、抵抗が激しく鹵獲には成功していない。詳しいことは資料にあるな?」
「はい。つまりシュルトハイン元帥の懸念は、敵の情報があまりにも少なすぎることでしょうか?」
「そうだ」
「自分も報告を見て感じておりました。第7軍団を調査に加えられては?」
「いや、これ以上は過剰になる。今使っている揚陸部隊も半分に満たない。廃墟になったからか、同時に調べられる地点が少なすぎる」
「なるほど。それでは、工作艦を下ろして地下を探索するのはいかがでしょうか」
「それも考えたが……いや、最終手段としたはありか。トンネルを掘らせることも検討しよう」
手間はかかるが、必要ならやるしかないか。まあ、必要な工程は少ない。予定滞在日数内に終わるだろう。
レックス元帥はどうやら、第5統合艦隊がいる内に結果を出してほしいようだが。
「それでも出るとは限りませんが」
「言うことが逆だな。お前はどっち側だ?」
「自分は可能性を申し上げただけですが」
「分かっている。言ってみたくなっただけだ」
「シュルトハイン元帥は尊敬していますか、そういったところは直すべきかと」
「そういう性分だ。許せ」
「はぁ……まあ、仕方ないと言いますか」
……呆れられたか。よくあることだが。
やっぱり、巻き込むタイミングは気をつけたい方が良いか。
「しかし、何故ここまでなったのかは気になります。シュルトハイン元帥は確か生物兵器だと推測されていましたが」
「可能性として、だがな。ナノマシンの集合体という考えも無くはないが、生物兵器の方がそれらしい。もっとも、全身金属の生物なんて聞いたこともないが」
「自分も創作の中くらいです。あり得るのでしょうか?」
「あり得ない、とは言い切れないらしい。そして可能性がゼロでない以上、俺達はそれを想定して対処する義務がある」
「もちろんです」
「だから……ん?」
「シュルトハイン元帥?」
「ラグニルから通信だ。良いな?」
「はい、どうぞ」
事実上俺の方が立場は上とはいえ、ここは第5統合艦隊の旗艦、かつ面会中だ。許可を得てから繋ぐ。
繋いだのだが、ラグニルの様子が少しおかしい。それに部屋は変わっていないようだが……やけに後ろが活気付いているな。
『やあ司令、今良いかい?』
「ああ。何か用か?」
『そうだね。工作艦にトンネルを掘らせてみたんだけど』
「ちょっと待て。どうしていきなりそれが出る」
『ん?必要だからやっただけなんだけど?』
「こっちが思いついたばかりのことを……まあ良い。続けろ」
『そうかい?なら続けるけど、破壊されてない研究所を見つけたよ』
「本当か?よくやった!」
『中身はまだ調べてないけど?』
「無傷のものを見つけただけで十分だ。ここまでの調査で自爆装置は見つかってないな?」
『そうだね、今のところ1つもないよ。システム自壊システムはあったけど、すぐに解ける簡単なものだったね。仕掛ける暇がなかったのかもしれないけど……ここが違うとは言い切れないけど?』
「帝国軍の自爆自壊機能についてはよく分かってないからな。予想が不確定なのは仕方ない」
『司令がそう言うなら助かるね。一応、気にしてた子もいたから。それでこれから中を調べさせるつもりだけど、良いよね?』
「ああ、やってくれ」
『了解。じゃあ、期待しないで待っててほしいかな』
「期待はさせろ」
まったく、こいつは。だが手柄だな。無傷なら情報が残っている可能性は高い。
っと、少し場所を忘れてたな。
「だそうだ、レックス元帥。希望通り、いる間に調べられそうだぞ」
「バレていましたか。どれくらいになりそうでしょうか?」
「情報の精査も含めると……半日から1日程度だろうな」
「明日には戻りますので……」
「そこはラグニルを信頼しろ。半日すらかからない可能性もある」
「了解しました。それでは、期待させていただきます」
「そうしておけ」
昨日戦った相手の話題だ。期待しないなんていう選択肢は無い。まあラグニルがああ言ったのも、冗談みたいなものだが。
その後も戦闘シミュレートの考察などで話を続けていたが……そろそろ戻らないとマズいだろう。仕事が溜まっている可能性がある。
「さて、そろそろ帰るとするか」
「それでは……」
「いや、見送りはいい。急に来て悪かったな」
「いえ、自分こそ色々と勉強させていただきました。またお願いしてもよろしいでしょうか」
「ああ、良いぞ。教えるのも嫌いじゃないからな」
レックス元帥は筋が良いため、教え甲斐がある。とはいえ、筋が良すぎて吸収が早く、教えることに困り始めているが。
シミュレート考察だったのも、主な戦闘をほぼ全て覚えていたからだ。少し大変だが……次期海軍総長候補が強くなること自体に問題は無いな。
それに、個人的な興味もある。戻る道中も使うシミュレート候補を探したりしたほどだ。
「戻ったぞ」
「……おかえり」
「おかえり!」
「異常は……何も無いな。メルナはまだ戻ってないのか」
「……姫様、疲れてたから……休憩伸ばしたけど、良かった?」
「気づかなかったな……助かった、シェーン」
「……姫様のため、だから」
「シェーンお姉ちゃん、素直じゃないよね」
「まったくだ」
「……文句、ある?」
「うん」
「……レイちゃんには、聞いてないけど……」
「お兄ちゃん、どうしよう?」
「仕方ない。パターン3に移行するぞ」
「はーい」
「……もう」
書いた台本通りに喋っただけだからな。レイを怒っても仕方ないぞ。
矛先が俺に向けられるのも困るが。
「……それで、何かあった?」
「無いとは言わないな。ラグニルからの報告は聞いたか?」
「うん。見つかったんだってね」
「……中はまだ、だけど」
「今探している最中だ。まあ、すぐに分かるだろう」
「そっか。あ、ポーラお姉ちゃんからは?」
「何も無い。解析中だからな。何か問題が起きれば連絡が来るだろうが、来てないということは問題無いということだ」
「……便りがないのは、良い知らせ?」
「ああ」
まあ、そんな思い込む必要があることでもないが。日常業務の一環でしかない。
と、ここでラグニルから再度連絡が来た。
『やあ司令、今良いかい?』
「分かったか?」
『そうだね。ただ、まだ速報だから正確じゃないよ?』
「構わない。言ってくれ」
『了解』
情報は鮮度が命とも言う。今はそれほど切迫していないが、可能性が無いとは言えないからな。
それに、個人的にも興味がある。
『あの生物兵器だけど、帝国軍が一から作ったものですら無いみたいだよ。野生だったみたいだね』
「野生?生物兵器がか?」
『というより、はぐれかな。偶然この星系の近くに来た個体を運良く鹵獲できたみたいだ。見つけた時にはもう瀕死だったみたいだね』
「なるほど。それで?」
『量産ついでに改造したそうだよ』
「具体的には?」
『あの障壁が強化されて、繁殖能力も高まったみたいだね。代わりに種類は増やせないみたいだし、群体としての知能が低下したみたいだ』
「群体……つまり、本来ならアレより戦術的な行動が取れるということか?」
『帝国軍の解剖結果はそうなっているよ。実物は見てないみたいだけど』
「戦ってなければな」
『それは事実らしいから、疑わない方が良いんじゃないかい?』
「それもそうだな。分かった」
それだと強化されたかは微妙だな。あの防御は厄介だが、対処不可能とまではいかない。攻撃は比較的強いけどな。
それと数が揃うのも脅威だが……群体としての戦闘、群体戦術とでも呼ぶか?それがどのレベルか分からないと比較できない。
しかし、無視もできないか。この戦争中は無理だが、調査する必要があるかもしれない。
『他には……そうそう、あの巣は意外と良い建材になるよ』
「ん?どういうことだ?」
『地殻や小惑星、それとマントルから金属を回収して作ったみたいなんだよね。鉄やコバルトやアルミニウムもそうだけど、レアメタルが豊富だから是非とも回収してほしいかな。多分生物兵器そのものにも沢山含まれてるんだろうけど、消し飛ばしたから流石に無理だし……出来れば残ったものは欲しいよ』
「そうか……分かった。手配しておく。引き続き、情報をまとめてくれ」
『了解』
それは朗報だな。レアメタルも元素合成できなくはないが、現物を手に入れた方が楽だ。回収できるならその方が良い。あ
しかし、材料の集め方といい……巣の作り方が本当に蜂そっくりだな。
「そういうことだ。レイ、空母をある程度抽出、航空部隊で回収する。手すきの工作艦がいたらそれも使うが、数が足りないからな」
「はーい」
「……要塞艦、は?」
「流石に大きすぎる。母艦にするにも不便そうだ」
「……分かった」
「ふー。あ、ガイルー、偵察艦隊の警戒網敷設は終わったよー」
「良いところに来た。メリーア、あの巣を元素操作装置で分解してストックにする。主力は航空部隊だが、駆逐艦にもやらせたい。任せられるか?」
「良いよー。でもー、あんなの要るのー?」
「レアメタルの宝庫らしい。貯蓄はまだまだあるが、回収できる時に貯めるべきだ。詳しい資料は送る」
「りょうかーい」
さて、これがこの戦争にどう関わるか……これ以上関わらないかもしれないが、気になるところだ。




