第8話
新王国歴7268年5月1日
「それでは、レイちゃんは元通りなんですね」
「ああ、心配の種は無くなったらしい。リーリアにもやらせたが」
「……リーリアに、何したの?」
「罰ゲームと仲裁のどちらが良いか聞いただけだ」
「それならばこうしますね、リーリアなら」
「……酷い、けど?」
「酷くはない」
あの失敗に学び、戦略艦隊が休息を取る時は星系間空間で行うこととなった。
とはいえ、探索済みの星系から1光年も離れていない場所なので、位置を見失うことはまずない。
「……いる?」
「ああ、くれ」
「……はい、あーん」
「流石、いつも通り美味いな」
「美味しいですからね。それではガイル、何か見ませんか?」
「好きに決めて良いぞ。この時間、特に見たいものはない」
「……じゃあ、姫様?」
「ええ、アレにしましょうか」
そしてそのおかげで、休息の時間を大きく増やすことができるようになった。偵察艦隊こそ動いているが、他は最低限の直掩以外いない。敵襲という意味合いでは、星系間空間ほど安心できるところはないからな。
部下達の間でも概ね高評価だ。回数は少し減ったが、時間が伸びる方が良かったらしい。航法系の連中は文句を言っていたが。
「アレ?」
「私がシェーンとよく見ている番組ですよ。女性向けなので、ガイルにとっては面白くないかもしれませんが」
「……ガイル、良い?」
「大丈夫だ。だがそれなら、っと」
「……えっ?」
そして俺の部屋で、メルナとシェーンを侍らせる。まあ、今回は押しかけられた側だが。
なので……シェーンを膝の上に乗せ、抱えた。
「……ダメ……姫様、見てる」
「今さらだろ?2人きりなら甘えてくるのにな」
「良いですよ、シェーン。代わりに右手はいただきますけれど」
「おいこら、そうすると両手が塞がるんだぞ?」
「……なら、降ろして……恥ずかしい」
「それはダメだ」
左手でシェーンを抱えた状態で、右手にメルナが抱きつく。
そんな中で始まったのは……動物番組だった。
「……可愛い」
「ええ、可愛いですね」
「そうだな」
「……大丈夫?」
「俺も子犬や子猫は好きだ。」
「レイちゃんと似ていますからね」
「まあ、否定はしないが……」
確かに、レイの雰囲気は似ている。
だが、完全な一致はしない。スイッチが入ると猛禽に変わるからな。
「それにしても……羨ましいですね」
「……飼いたい」
「流石に飼えないぞ。希望者が多すぎて、許可を出し始めたら大変なことになる」
噂だけだが、飼いたがっている者は意外と多い。
「それは分かっていますよ。それでも、羨ましくは思ってしまいますね」
「それは、そうだな……何か対策が必要か」
「……立体映像、とか?」
「あれは虚しくなるだけだ。根本の解決ができない」
「それは追々としましょう。未だに終わっていない話ですから」
「そうだな」
とはいえ、この話は数百年続く問題だ。簡単に解決はできない。
いつかはできるかもしれないが……今は無理だ。他の話をした方が良い。
「そういえば、動物展示コロニーの1つが大規模改築されたそうですね。賑わっているそうですよ」
「……色々、有名、らしいです……蛇、とか」
「面白そうですから、戻ったらポーラやレイちゃんと一緒に行きましょうか」
「……ん、リーリアも」
「やめてやれ。リーリアは蛇が大嫌いだ」
メルナとシェーンは違うが、秘匿要塞で育った世代は多くが動物に不慣れ、特に爬虫類や両生類の類いは苦手な者が多い。そこまででなくとも、あまり好きでない者は多い。
とはいえ、それは生理的嫌悪。リーリアのように、生身だった頃から持つ本能的恐怖ではない。
リーリアがそんな所に行ったら……コロニーが半壊する可能性もある。
「……ん、冗談」
「蛇だけではありませんから、大丈夫でしょう」
「……配慮は、する……わたし、できる女」
「自分で言うか。だが、分かっているなら良い」
「分かっていなかったらどうしましたか?」
「当然、体に教え込む」
「……え?……ん、あ……ダ、ダメ」
「ふふっ、今から始めましょうか?」
「いや。この番組は見たいだろ?」
「ええ、それでも良いですよ」
「……だったら、離しっ……んっ、あっ……」
「悪い。つい、な」
「……もう……急に、始めないで……」
「可愛い声でしたね、リーリア」
「……なら、助けて、ください……姫様」
「ダメですよ。ガイルが楽しそうでしたから」
俺やリーリアの悪戯を咎めることの多いメルナだが、気分次第で助長する側にも回る。
今回は後者だな。俺としては助かる。
「……ガ、ガイル……?」
「この体勢で分かるだろ?」
「……うっ……せ、せめて……少し、待って……」
「メルナ、録画の用意は?」
「はい、できていますよ」
「……やめて……!」
とはいえ、本気で嫌がることまではやらない。流石に涙目になられるのは困るからな。
しかし……シェーンもしたたかだった。
「冗談だ。嫌われたくはない」
「そうですね、ほどほどにしておきましょう」
「……でも……そうだ、姫様」
「何でしょうか?」
「……仕返し、します」
「え……?」
「それも面白そうだな。手伝うか」
「ま、待ってもらえ……」
「……逃がしません」
「そういうことだ」
「え、あっ……」
まあ……存外、楽しかったとだけ言っておく。
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「つまり、予想より進みは悪いということか」
『そうよ。意外と面倒なことをしてくれるわね』
「連中が情報秘匿を徹底しているのはいつものことだ。まさか自国民にも、前線以外でも徹底させるとは思わなかったが」
『ええ……』
問題が起きた。
予想自体はあったが、現実はそれ以上に厄介だった。リーリアと通信を繋いでいるものの、双方とも頭を抱えている。
というのも……
「協力者の浸透が遅いとなると、一部の計画は変更が必要か」
『他分野、特に軍関連との接触が少なすぎるわ。事前に脱出させたのの大半が技術者だから、横の繋がりがほとんどないし……どうしたら良いと思う?』
「特効薬は無いだろう。今ある手駒を地道に動かすしかないな」
『簡単にはいかないわね』
帝国内部における協力者の浸透が難しいためだ。正確には、有力な者への繋がりが少ないと言うべきか。
やはり、帝国の諜報関連の技術は高い。それを抜くのは簡単ではないが……できれば手に入れたいな。
「諜報戦そのものは帝国に敵わない。だから裏技を使ったが……気づかれていなくても、元々の防諜技術を抜くことすら難しいか」
『連邦側の協力者も、ある程度より高度な所だと苦労してるわ。帝国よりはやりやすそうだけど』
「そのあたりのマニュアルを得るにも時間がかかる……この戦争では諦めるしかないな」
『ええ……でも、次までに間に合うかすら分からないわよ』
「それは間に合わせる。それしかない」
『それだと……』
「これって……先生!」
「ポーラ?」
『何かあったの?』
「これを見てください」
「これは……朗報だな」
『良いわね、最高よ』
ポーラから受け取った情報。それは連邦で帝国本国に繋がるスパイ、それもシュベールが見つかり、洗脳にも成功したという報告だった。
現在考えうる限りで、1番か2番に良い報告だ。
「ようやくシュベールどもの本業者が手に入ったか。予想通りで助かった」
『本当に助かったわ。これでマニュアルが手に入るわね』
「全部じゃないだろうが、一部だけでも有用だ。ポーラ、諜報部からの詳細報告は?」
「こちらです」
『良いわね。意外と使える駒よ』
「氏族の一族か……この分だと、他の氏族がいるかもしれないな」
『そうかもしれないわね。氏族ごとに軍が分かれてるみたいだし。それに、皇族軍がいる可能性もあるわよ』
「帝国の諜報網が複数本あるとなると、これだけで落ちはしない……ポーラ、このことを諜報部に通達、対策をさせろ」
「了解です」
『それと、調略の準備もね。手に入ったらそれが1番良いわ』
「はい、リーリア先生」
諜報部は今1番力が入っている部署なだけあり、情報解析や政情分析のスペシャリストが多数、予備役や他の政府機関などからも集められている。
情報収集は協力者の仕事だが、それ以外はバーディスランド王国の中でも特に優秀な国民が仕切る。その手法は非常に上手く動いており、諜報戦では実質負けつつも情報戦で圧倒的有利に立つことができていた。
そして、その恩恵を1番に受けているのが俺達だ。ある意味、下働きでもあるが。
「計画は……変更は要るな。だが、まだマシだ」
『そうね。追加の情報が入りやすくなるのは助かるわ。特に例の惑星規模要塞について』
「アレの続報が一切無いとなると……こいつら頼みになりそうだな。連邦側では取れない可能性が高い」
『確かにね。あれ以上の情報が中々入らないものね。例の……派閥争いっていうのが邪魔してる可能性もあるし』
「そのあたりは追々だ。今は邪魔なだけだが、意外と使える可能性もある」
『まあ、そうだけど……』
他にもいくつかある通達・相談事項の話をし、細部を詰めていく。
俺が帝国侵攻作戦の司令官なら、リーリアは副司令官のような立場だ。こういった話し合いは何度もあるし、ある程度は時間を取れる。
『仕事の話はここまでね。それで貴方、個人的な話をしても良い?』
「まあ、今は問題無い。移動するか?」
『ええ、お願い』
「分かった。メルナ、少し任せる」
「はい、大丈夫ですよ」
そういうわけでメルナに指揮権を移譲した後、執務室へ移動した。ここなら、誰かに聞かれることもない。
まあ、プライベートな話なら移動は……
「それで、要件は?」
『3つあるけど……まず1つは仕事よ』
おいこら。
「それはさっき済ませれば良かっただろう……まあ良い、内容は?」
『他の誰かに聞かれると少し困るのよ。帝国や連邦が王国へ諜報戦を仕掛ける時、どういう方法を取るか、ね』
なるほど、そういうことか。
確かに、味方を疑う話は聞かれない方が良い。今は未遂すら起きていないとはいえ。
「それは確かに他には聞かせられないな……リーリアはどう考えている?」
『色々とあるけど、1番危ないのは外交官ね。歓待みたいなことをされて、うっかり何か言うのは良くないわ。国の中に入られるのは……まず無視して良いけど』
「その辺りは前に出した想定通りだな。外交官の育成についても、それが考慮されている。だが……他にもあるんだな?」
『ええ……一般の軍人よ』
「それは……確かに」
これもあり得ない話じゃないな。可能性はかなり高い。
「戦争中に友軍と一切交流するな、というのも難しいからな。相手の都合もある」
『他の所だと何回か接触してるわね。大半は戦略艦隊が窓口だけど……昨日、第5戦略艦隊と第10統合艦隊が後処理の時に共同作戦もしてるわ。割り込まれた形らしいけど』
「何かあったか?」
『今のところは何も無いわね。警戒してるのは私達と同じよ』
「まあ、異星人だからな。信頼する奴はほとんどいない」
『でも、完全じゃない。そうなる可能性もゼロじゃないわ』
「ああ。対策が必要になるな」
『多分戦後になるけど。今はそんな余裕が無いわ』
「それでも、提案するだけ意味はある。父さん経由で総帥閣下に伝えてもらおう」
『連名よ?』
「分かった」
まあ、父さん達も気づいているだろうが。
それでも、俺が言ったという事実は説得力を増す材料になる。王国のためには必要だ。
『さて、仕事の話はここまでね。ここからが本題よ』
「おいこら、俺達の本分を忘れるな」
『まず、今度会ったらデートしましょ』
「まったく……まあ、それなら良い。場所はどうする?」
『そっちのモールね。こっちは飽きたわ』
「そういうことにしておくか」
しっかりエスコートしなさい、ということか?まったく、素直に言えばいいものを。
『まあ、分かってもらえるなら良いわ。それでもう1つなんだけど……貴方、子ども欲しい?』
「養子か?生憎だが育てるような余裕は……」
『それは分かってるわ。でも戦争で、戦災孤児はどうしても増えるわよね』
「既に認定された子も多いらしい。里子にするにも、いくつか問題があるそうだな」
『そこで、孤児院に関わらないか誘いたいのよ』
「なるほど……昔みたいな金銭の代わりに、人材を送りたいわけか」
『ええ。私だけでもどうにかできそうだけど、貴方が声をかけた方が集まりやすいわ』
「だが必要か?総帥府も既に動いているようだが」
『国営だけだと代わり映えがないのよ。それに人手も知識も足りないけど、孤児院を経営したいって人は意外と多いわ。戦災孤児が増える分、需要も増えちゃってるし。片親の子どもを一時的に預かれるようにするのも良いわね』
「足りない人手と知識は、俺が声をかけて集めた人材で補う……受け入れは大丈夫か?」
『人数は十分いるらしいわ。頑張れば一応、軍が全滅しても大丈夫だそうよ。まあ、こんなのは不要な方が良いんだけど……』
「戦争だ。これは仕方ない。さて……それなら、俺も参加する。詳しいデータは送ってくれ」
『ありがと。お礼はまた今度するわ』
「分かった、楽しみにする」
『じゃあね』
「またな」
通信を切り、送られてきたデータを見る。まあ俺がやることといえば、リールウェブに文を載せるだけだ。苦労はほとんどない。
孤児とその親には、悪いと思っているが。
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新王国歴7268年5月2日
「先生、これでどうですか?」
「助かる。それとこれもやってくれ」
「分かりました」
「ここはこうだよね、お兄ちゃん?」
「ああ、それで良い」
そして翌日、俺とポーラとレイは司令長官執務室にいた。
偵察中であっても、個別に休憩時間は取る。まあ、別に俺達が休憩中というわけではないが。
「さて、この欄は……工廠星系か。次の目標はここだな」
「要塞化具合は第1次攻撃の星系より低いようです。敵艦隊も多くありません」
「少し前のデータだが、第1戦略艦隊単独でも対処可能な戦力だな。一部、概要すら判明していない部分もあるが……」
「推測も無いの?」
「ああ。ここだけは強固な防諜体制がとられているようだ。確証は無いが、どうやらここも高度な研究施設らしい」
「そっか。じゃあ占領するんだね」
「今はまだ確定していないが……海軍は揚陸作戦がメインになりそうだな。第15統合艦隊か」
「それでは、そのように申請しておきます」
「頼む」
司令長官執務室に集まった俺達は、諜報部が集めた情報を独自に精査していた。
諜報部の解析は的確だ。それは間違いない。だが、オリジナルのデータを頭に入れておくことも重要だ。
「それと、付近の艦隊情報も必要か。まあ、ほぼ予想通り……ん?未確認?」
「先生?」
「他に比べると未確認情報が多いな。残り3つとはいえ、帝国の生命線……ちゃんと覚えておこう」
「そっか。それでねえ、お兄ちゃん?」
「ん?……っておい」
すると、そんな軽い感じでレイが膝の上に乗ってきた。
まったく……ソファの上とはいえ、今は仕事中だぞ?
「ここでもちゃんとやれるもん。お兄ちゃんは気にしないし、良いよね。それに、終わったら休憩なんでしょ?」
「まあそうだが……言っても聞かないな?」
「うん」
「はぁ……分かった。能率を落とさないなら良いぞ」
「ありがと」
「レイちゃんは……」
「ポーラも来るか?左手は空いてる」
「では、行きます」
そう言って、くっついてくるポーラ。素直でよろしい。
というか……昨日のリーリアと左右逆なだけだな、これ。
「先生、これらの情報はどうしますか?諜報部とは……」
「その辺りは問題無い。というより、俺が個人的に解析を頼んだものも多いからな。問題は惑星規模要塞だ。リーリアとも話したが、アレの情報が無さすぎる。だが戦歴を考えると、相当強力だろう」
「戦歴って?」
「連邦は過去に3度、その惑星規模要塞へ攻撃を加えている。時代によって数は違うようだが……今の連邦艦隊に換算すると、100億隻から200億隻に相当する大艦隊だ。だが、その全てで攻撃は失敗した。80%以上の損害を出して、だ」
「それほどとは……」
「詳しいデータはまだ無い。連邦でも、一部の高官以外はこの要塞について噂程度にしか知らないようだ。士気を維持するためかもしれないが……損失した艦の数も、連邦軍の膨大な事務データを解析してようやく得られた情報だ。上位機密にあたるらしい」
「そっか……」
「分かりました。諜報部との連携を強めておきます」
「そうか。それなら頼む」
おそらく、戦略艦隊単独では処理しきれなかっただろう。陸海軍だけでもダメだ。諜報部を組織した1番の利点はこれだな。俺でも簡単にデータ整理ができる。
なのでそう時間もかからず、今ある全てのデータの処理を終えた。
「お兄ちゃん、これで終わり?」
「そうだな……ああ、もう他にはない」
「では先生、もう休まれますか?」
「それは少し違う意味だよな?ポーラ」
「はい」
「少しは否定しろ、まったく……だが、ここは執務室だ。許可はできない」
「うっ……」
「残念です……」
「私室なら許可は出せる」
「じゃあ行こ!」
「分かりました。移動します」
「早すぎるぞ。溜まってるのか?」
「えっ……⁉︎」
「それは、その……」
「やっぱり、ストレスは溜まってるか。まあ、仕方ないな」
「「……」」
怒らせた、か……?
「お兄ちゃん」
「先生」
「……どうした?」
「残りの休憩時間、全部使っちゃうね」
「私達のために、です」
「まったく、お前達は……」
それなら望むところだ。




