第5話
新王国歴7268年4月24日
「潜宙艦隊浸透率22%」
「星系内にソナーを多数発見。浸透速度低下します」
「敵潜宙艦は未だ発見せず。敵艦は現在約4億隻、機動要塞は350隻」
「推定敵艦数15億隻、機動要塞は900から1200隻」
「それに加えて、星系各地に重武装の基地か……現在までに確認できた数は?」
「小惑星規模は67ヶ所、準惑星規模は9ヶ所です。推定ですが、小惑星規模は184ヶ所、準惑星規模は23ヶ所になります」
「戦力は大丈夫だよね?」
「不可能ではない。だが、損耗を抑えるとなると……」
この日俺達は第1次攻撃作戦の目標、帝国名フルバルター工廠星系まで数光年の場所に到着した。
今は攻撃作戦の前段階、準備と情報収集に注力している。
「陸海軍の集合状況はどうだ?」
「第12統合艦隊集合率26%、100%まで残り21428秒」
「第2軍団は34%、時間は同じく」
「航空先行偵察隊、星系外縁部に到達。敵影無し、レーダー設置開始」
「潜宙艦隊浸透率27%、敵艦発見数4億6000万」
「無人戦略艦隊、3ヶ艦隊共に機能正常。ワープゲートにも異常無し」
この星系への攻撃に参加するのは第1戦略艦隊の他に、第2軍団の40%と第12統合艦隊の半分だ。
ここでは最も激しい戦闘が予想されるためだろう、12個のワープゲートから絶えず飛び出しているのは王国軍でも指折りの精鋭達。
しかし……安全のためとはいえ、流石に時間がかかるな。全力でやれば計算上、第1戦略艦隊だけであろうと、1ヶ統合艦隊であろうと、2時間もかからずに終わるのだが。なお、その約半分はワープゲートを通過するのにかかる時間だ。
「敵艦に動きあり。第3番準惑星規模基地から20万隻の艦艇が出撃、周囲へ展開」
「バレたか?該当地点周囲の潜宙艦は注意しろ」
「……通達」
「星系外縁部へのレーダー設置終了。そちらへの敵機、敵艦進出は認められず」
「航空先行偵察隊はそのまま前進、注意しつつレーダー範囲を広げていけ」
「了解。次期レーダー設置地点算出、航空先行偵察隊移動開始」
「第12統合艦隊集合率28%。旗艦ハルヴェスティ級要塞艦シュルツ-アトロディア、ワープゲート通過を確認」
「第3準惑星基地から出撃した帝国艦艇は第4惑星周回軌道へ乗りました。惑星地表へ降りる模様。潜宙艦隊から離れていきます」
「分かった。以後も潜宙艦隊は注意しつつ浸透を継続、情報収集に努めろ」
どうやら、帝国軍は気づいていないようだ。
楽で良いな。
「先生、第12統合艦隊司令のウォルフ-ロイエンター元帥、および第2軍団副軍団長兼第1戦団戦団長のローゼ-ワルコップ=シェーンリッタ大将が面会を求めています」
「分かった。第1戦術会議室に通せ」
「了解です。私も行きますか?」
「いや、ハーヴェが来てくれ」
「オレか?」
「陸戦はお前の担当だ。それに、今まで暇してただろ?」
「だなぁ、行くか」
ポーラには潜宙艦隊と航空先行偵察隊の指揮管制補助という仕事がある。メルナ、レイ、メリーア達だけでもできるが、効率は大違いだ。
それに、陸戦は全てハーヴェに任せる予定だ。俺もできるが、やはり専門家に任せた方が良い。
というより、口出しする余裕は無いだろう。
「遅くなった」
「いえ、問題ありません」
「問題無しです」
「んじゃ、始めねぇか?」
「ああ。では慣例に従い、この作戦の指揮は俺が執る。良いな?」
「はい、構いません」
「了解」
戦略艦隊が他の軍と合同で作戦をする場合、戦略艦隊が指揮を執る慣例になっている。これは第11も同じだ。
戦略艦隊に揚陸部隊が含まれるため、戦略艦隊の参謀以上は得手不得手こそあれ、全員陸海統合作戦の指揮ができる。そのため、なのだろう……いつの間にか、戦略艦隊には統合司令部としての機能も求められるようになっていた。
ちなみに戦略艦隊がいない場合、最高指揮官には海軍側の最上位者が就く。陸戦については陸軍が優先することになっているが。
「現在までに得た情報を提示する。大まかには事前のものと同じだが、一部に差異が存在する。また追加情報も多数だ。確認してくれ」
「情報確認しました……敵艦が少し多い、ですか」
「そして敵基地は情報の倍と……」
「だが、許容範囲内だ。それに、この配置は俺達に有利となっている」
「有利、とは?」
工廠星系と言っても、星系全土が工廠になっているわけではない。
中心であり、大規模な工廠であり、現地住民を捕らえ、シュベールどもが住んでいるのは、連星となっている第3惑星と第4惑星だ。その2つの惑星の真ん中でバランスを取るように鎮座する衛星には、非常に大規模な艦隊基地が存在する。
そして連星の周囲を含め、星系各地には小惑星規模や準惑星規模の基地があり、数多くの帝国軍艦艇が駐留している。戦力は十分、負けることは無いが……損耗を減らすには手間がかかりそうだ。
しかし、手はある。
「敵艦隊にはほとんど動きがない。恐らくはここに敵が来ることは無いと思っているのだろう。実際、ここは帝国軍と連邦軍の戦闘地点からは遠い」
「なるほど……」
「理由が異なる可能性はあるが、偵察結果は間違いのない事実だ。そこで、次のような作戦を立てた。まずは概略説明だ」
そこで俺は立体映像を投影させ、星系図と艦隊配置図を展開させる。
普段はあまりやらない作業だが、事前に準備してきたため不備はない。まあ……メルナやポーラに散々ダメ出しされたが。
「まず初手だが、戦略艦隊と海軍の潜宙艦隊の総力を上げ、小惑星規模基地と準惑星規模基地への魚雷攻撃を敢行、これら全てを殲滅する」
「可能ですか?」
「可能だ。重武装の基地とはいえ、兵装にもシールドにも限界がある。限界容量を超えるだけの魚雷を放つことも不可能じゃない。だが、ハーヴェ?」
「海戦には口出ししねぇよ」
「そうか。その後、艦隊は第3惑星と第4惑星の周囲へ直接亜空間ワープを行う。敵艦隊、および敵基地の早期撃滅が必要となるが、この作戦については後で説明する。そうして敵艦隊一定以上減らした後、揚陸作戦開始だ。以後の陸戦はハーヴェに任せるが……基本方針は立てておこう」
数を減らした後とはいえ、敵艦隊もまだまだ多いだろう。地上の基地が旗艦機能を持っている可能性も否定できない。
責任を押し付けるようで嫌いだが……任せるしかない。
「橋頭堡の確保は無人戦略艦隊に行わせる。損耗を気にせず、確保することに注力すれば良い。その後、揚陸部隊と陸軍は合同で各地の基地を制圧、この星系を確保する。現地住民は安全を確保しつつ保護、防備の整ったエリアへ移送しろ。具体的な作戦は後だ」
「了解」
「なおこの際、シュベールどもはある程度生かして捕らえておけ。特に非戦闘員は行動に支障がない限り全てだ。後で強制収容所に入れておく」
「確認しました。ですが、これで良いのですか?」
「ただし、事故死については何の問題もない。抵抗した場合も同じだ」
「分かってんなぁ、おい」
「当然だ」
これを否定するつもりはない。しかし、ハーヴェの言葉は自分というより、部下の代弁という方が強いだろう。揚陸参謀の中にもポーラに近い世代のやつはいる。
それに、これの恩恵にあずかる、という言い方もおかしいが……利用するのは俺も同じだからな。
「それでは、具体的な作戦に移る。最初の潜宙艦隊の配置はこれだ。1日かけて潜入し、時間まで最大深度で待機しろ。そして現実時間で10秒間、魚雷を全力で連射する」
「10秒、というと……」
「場所によっては億単位だ。余剰分は後に機雷として流用する」
「了解しました」
「続いて、第1戦略艦隊と第12統合艦隊先行戦闘艦隊の配置を表示する。配置としては中央の衛星を俺達、左右の惑星は第12統合艦隊だ。第12統合艦隊各部隊の配置についてはロイエンター元帥に一任する」
「お任せください」
海軍の部隊については海軍に任せた方が良い。陸軍も同じだ。
というか、陸海軍全部隊のことを知ってるわけじゃないからな……任せた方が効率は良い。
「この対艦戦闘では空母と駆逐艦の排除を最優先にする。揚陸部隊を展開するのに邪魔だからな。対地攻撃についても、戦闘艦基地と機動兵器基地を優先しろ。また戦闘中、隙が出来次第無人戦略艦隊の揚陸部隊を降下させる。降下地点はこの3ヶ所だ」
「多方面攻撃、ということですか?」
「確かに多方面攻撃の1種だが、今回は敵の対処能力ではなく、敵の指揮能力を飽和させることが目的だ。AIが動かすとはいえ、帝国軍へ指揮を出すのはシュベールども。生物である以上、限界はある」
「なるほど……揚陸については?」
「無人戦略艦隊については力押しで構わない。数に制限がかかりやすい陸戦では火力が物を言う。そうだな?」
「おう。無人機っても帝国軍の愚鈍な機械よりは強えし、損失は気にならねえぞ」
「戦術次第ではありますが」
「そこは上手くやれ」
「了解」
火力増強、そして被害担当のための無人艦隊だ。使い潰してこそ有効活用したと言える。
まあ、帝国軍と似たような戦法になるのはアレだが……贅沢なことは言ってられないからな。
「そして無人戦略艦隊の橋頭堡確保後、揚陸艦隊を亜空間ワープで投入し、第1戦略艦隊の揚陸部隊と陸軍を降下させる。その最中も艦隊戦は継続するが、余裕があれば陸軍の邪魔になる部隊や基地も破壊しろ。重力子砲とエネルギー制御力場を用い、正確にだ」
「何か理由があるのですか?」
「政治的な理由らしい。まあ、俺も無関係な連中から必要以上に恨まれたくはない」
「なるほど」
「敵艦隊の殲滅後、上空から帝国軍を全て叩く。その後は制圧戦に移行するが……前段階の陸戦についてはハーヴェが話す。準備はできているな?」
「当然だぜ。降下地点はガイルが言った通りの3ヶ所なんだが……第1戦略艦隊は第3惑星の衛星側、陸軍は他の2ヶ所になるけど良いよな?」
「はい。指揮官がもう1人必要ですが、当てはありますから」
「なら、問題ねぇな。その前にガイルがさっさと全滅させちまえば良いんだけどよ……ま、無理だろうから、宙から破壊できなかった基地は陸から叩くしかねえな」
「戦術はどういたしますか?」
「基本、戦車を前に押し出して敵を殲滅しながら進めよ。陸軍の常道を行くだけだからな。当然、超重戦車も出すぜ」
このために第2軍団を借りたんだからな。
ここは第1次攻撃作戦で最大規模の工廠、かつ最多の人口を持つ星系だ。住むのが少数シュベールのみなら殲滅するだけでも良いが……数が多く、さらに現地住民もいる。
効率を考えれば、抵抗を粉砕しつつ進むのが最も良い。
「そうやって基地を全滅させちまえばこっちのもんだ。残りは惑星全土を徹底的に制圧しちまうだけだぜ。山の上から海の底までな」
また、人口は2つの惑星を合わせて20億人、シュベールどもは約250万人。時間こそかかるものの、約80億の兵を使えば簡単に終わる仕事だ。
それが終わった時、仕事は技官を待っている。
「こんなところか?ガイル」
「ご苦労だった。そして戦闘終了後、全技官を動員して保護所と強制収容所を建造し、現地住民を保護所に移送、シュベールどもは強制収容所に押し込む。また海軍は俺達第1戦略艦隊と合同で、星系内にレーダー設備と共に大量の機雷と自動反応型ミサイルを設置しろ。必要なら、小惑星などを使い切っても良い」
「了解しました」
「それが終了次第、第2軍団と第12統合艦隊はシュルトバーン星系へ帰還しろ。俺達は数日留まった後、第2次攻撃作戦の目標星系へ向け出発する」
保護所と強制収容所では多少の説明が要るだろう。特に強制収容所はな。俺が行く必要もあるはずだ。
とはいえ作戦前にこれは関係ない。そして特に重要な質問もなかったため、軍議は割と早めに解散した。
「ハーヴェ、揚陸部隊の奴らに伝えておけ。好きなだけ暴れろ、だ」
「了解。ま、オレ達はやるだけだぜ」
「任せる。厳しい戦いになるだろうが、可能な限り援護する」
「むしろ気にしすぎて負けんなよ」
「了解だ」
そう答えると、ハーヴェは部屋を出ていく。
それに続いて俺も艦橋へ向かおうとした……が、図ったかのようなタイミングで通信が来た。
いや、いつも通りと言えばいつも通りか。
『貴方、久しぶりね』
「久しぶりだな、リーリア。そっちも着いたのか?」
『ええ。やっと今休憩に入れたわ』
「それなら半日前か。陸海軍はどうだ?」
『問題無いわね。集合も順調だし、練度も良いわ』
「こっちもだ。第9軍団だったか?」
『ええ。でも、元第10軍団が2ヶ戦団いるわ。元近衛軍も5ヶ師団ね』
「こっちより豪華だな」
『貴方の方は代わりに戦車系師団が多いじゃない。戦車師団も多いし、超重戦車もいるわ。そっちは大規模な陸戦になるってのも分かるけど、不満が無いわけじゃないわね』
「分かった。なら、お互い様だ」
リーリア達第4戦略艦隊の担当星系は第2惑星に住民がいるものの、全てシュベール、しかも少数だ。惑星の方は焦土にしても問題無い。流石に消し飛ばしたりはしないだろうが。
しかし、その衛星は異なる。そこは帝国軍の研究所の1つで、最新鋭のデータが多数存在する。20日ほど前に連邦スパイの協力者が1人だけ入り込むことができた場所だ。
入り込めた後の動きは早く、帝国内部に協力者を増やす拠点ともなっているが……協力者では送れないような大規模データも存在する。そのため、一度は無くなりかけた攻略作戦が実施されることになった。
また協力者の手によって自爆装置は秘密裏に解除されており、施設の性質のためかデータ削除の手間は多く、バックアップの場所も把握している。抵抗力さえ排除すれば、データ回収は容易だ。
そしてここを制圧、占拠するため、第9軍団は歩兵隊が増強された。
『それにしても、嫌になる数ね。あれだけ叩いたのにまだこんなにいるなんて』
「今さらだが……そうだな。王国軍だけなら、打てる手間は少なかった」
『そういう意味なら、連邦軍には感謝ね。囮としては良い餌よ』
「ああ。だがもう1つあるぞ」
『そう?』
「協力者の人選を勝手にやってくれることだ」
『あはっ、確かにそうね』
表向きは連邦軍優位、裏では王国軍優勢という違いこそあるものの、連邦軍と王国軍は互いに利用し利用される関係だ。協力者のおかげで楽にやれているが。
しかし、帝国軍相手で同じようにはできない。
「だがリーリア、協力者はまだ数が少ない上に、作戦前に半数程度は脱出させることになっている。助力は期待できないぞ」
『分かってるわよ。作戦段階でアレを当てにするつもりなんて無いわ』
「それなら良い」
『相変わらず心配性ね』
「生まれつきだ」
リーリアがよく知る通り、な。
『さて、貴方はそろそろ時間でしょ?』
「そうだな。流石に長時間抜けたままはマズい」
『じゃあレイによろしく』
「レイだけか?」
『心配なのはレイだけよ』
「まったく……それじゃあ、今度は作戦成功後にな」
『ええ』
そう言葉を告げ合うと、俺とリーリアはほぼ同時に通信を切った。
そして艦橋へ戻り、仕事を再開する。書類仕事はほとんどメルナが片付けていたが……足を向けられないな。
「メルナ、陸海軍とのデータリンクの監督を頼む。ポーラ、最新の星系図を出してくれ」
「ええ、良いですよ」
「分かりました」
「潜宙艦隊の浸透率は?」
「現在34%です。第12統合艦隊の潜宙艦隊が行動許可を求めていますが」
「第2ラインまでは許可する。探査の穴を埋めるように進ませろ。レイ、航空先行偵察隊はどうだ?」
「今は2ヶ所目だよ。順調だけど、まだまだかかっちゃうね」
「それは仕方ない。目的はあくまで、レーダー網での星系封鎖だ。奇襲を防ぐためのな」
「うん、分かってるよ。それに、みんな焦ってないし」
「そうか」
ここはシュルトバーン星系やアルストバーン星系のような例外的な場所ではなく、数光日から1光年の間に大量の小惑星が存在する一般的な星系だ。そしてその小惑星群はレーダー網を張るのに適している。
主目的はあくまで帝国軍戦力配置の調査。この空間に予備兵力がいないかどうかの確認だが……攻略完了後、奪還に来た帝国軍を察知させることも、レーダー連動のミサイル基地を設置することも計画している。
潜宙艦隊の潜入に時間がかかる以上、ゆっくり作業してもそう問題はない。
「……ガイル、これ」
「衛星の情報か。まだ足りないが……近くまで潜入した潜宙艦は?」
「小型潜宙艦8隻、大型潜宙艦3隻、潜宙戦艦1隻、潜宙空母1隻です」
「潜宙空母の機動兵器はどうだ?」
「制空戦闘機11機と戦闘攻撃機3機が潜入に成功しています」
「まだ少ないが……潜宙艦隊には引き続き隠密潜入、および情報収集を徹底させろ。シェーンは海軍の潜宙艦隊と合同でソナー網を作らせろ。第3ラインからだ」
「了解です」
「……了解」
作戦前の準備は多い。だがまあ、手早く済ませるとしよう。




