第3話
新王国歴7268年4月15日
「第18偵察艦隊より報告。星系番号1000000430240、帝国名アルボー星系の探索終了。敵影は認められず」
「第37偵察艦隊より報告。星系番号1000000201304、帝国名クルト星系の探索終了。帝国軍は未確認」
「第4偵察艦隊より報告。星系番号1000000083013、帝国名シュルボロ星系の探索終了。惑星上に生命体を発見したものの知的生命体ではなく、帝国との関係は発見できず」
「第4と第18の星系へ工作艦と輸送艦を200隻ずつ派遣しろ。護衛艦は500隻だ。レーダーの設置場所は200から400ヶ所を目処に、アーマーディレストが選定しろ」
「了解です。星系データ取得、選定を開始します」
「第5戦略艦隊から通信、1万隻程度の帝国軍艦隊を発見。旗艦は2000m級戦艦、潜宙艦隊からの一斉射で殲滅」
「戦艦が旗艦?珍しいな。第5戦略艦隊に詳細なデータを送らせろ」
「は!」
俺達第1戦略艦隊の目標星系は近い。推定される敵戦力は多いが、準備の時間はたっぷりある。ある程度のレーダー網を整備できるくらいだ。
綿密な計画を立てて敷くのと比べれば稚拙だが、これでも多少の効果はある。対処するか連邦軍に知らせるかはその時に決めるけどな。
それよりも、今はこっちの方が重要だ。
「哨戒艦隊……いや、この編成なら輸送艦隊か?」
「戦艦と空母の割合が高いですね」
「輸送物資を戦闘艦に載せていたのかもしれません。帝国軍は潜宙艦以外ミサイルを使いませんから、可能性はあると思います」
「直掩機の数が少ないってあるし、そうなんじゃないかな?」
「……じゃあ、どこに?」
「そうだな。ポーラ、第5戦略艦隊へ命令だ。その周囲の星系を念入りに、かつ慎重に探索させろ。探索後は亜空間ワープの距離を増やしても構わない」
「了解です」
「輸送先が近いということですね?」
「ああ、周囲に基地がある可能性がある。攻略するとしても後だが、位置は記録しておくぞ」
近くにある確率は60%程度だけどな。離れた場所にある可能性も、そもそも輸送艦隊ですらない可能性もある。
だが見つかればこっちのものだ。奇襲で殲滅しても良いし、わざと連邦軍にぶつけてやるのも良い。
場所と時間の選択権は俺達が持っている。戦術的に見れば、数の不利など有って無いようなものだ。
「第5戦略艦隊への伝達は終了しました。偵察艦隊における潜宙艦の割合を増加、同時に100個の星系を調査するそうです」
「決断が早いな。必要なら情報支援もすることを伝えておけ」
「了解です」
「シェーン、亜空間ワープ用意。第13と第21偵察艦隊の結果次第で、星系番号1000000201304へ亜空間ワープを行う。ただし変更もあり得る。ワープアウト座標はいつでも変更できるようにしておけ」
「……了解」
「ガイル、そろそろ第5と第32の作業が終わる頃ですよね?」
「そうだな……レイ、第5と第32偵察艦隊の収容を監督しろ。それとアーマーディレストの亜空間ワープ終了後、第2、第11、第29を発進させる。そっちも頼む」
「はーい」
偵察艦隊は任務終了ごとに入れ替え、星系を1つずつ調べ、レーダーを設置していく。
この方法だと時間がかかるが、これからも着実にやっていくつもりだ。慢心して羽を切られたくはない。
「そろそろ時間だな」
「そうですね」
「来ました、司令。第21偵察艦隊より報告。星系番号1000000245003、帝国名フルス星系に小規模な帝国軍基地を発見。機動兵器は少数、戦闘艦は確認されず。単独で殲滅可能とのこと」
「警戒基地か?それとも……ポーラ」
「はい先生。詳細なデータは……こちらです」
「これなら良いか。第21偵察艦隊へ伝達、単独での敵基地攻撃を許可する」
「了解」
「……ガイル、亜空間ワープの準備、終わった」
「ワープ装置は?」
「……アイドリング中。ジェネレーターも、全力稼働目前……いつでも、変えられる」
ジェネレーターは半永久的に大量のエネルギーを供給する反面、生み出されたエネルギーを上手く使い切らなければならない。全自動でやることもできるが、慣れた生体義鎧なら手動でそれ以上の効率を出せる。
アーマーディレストなら、操縦要員の何人かがそうだ。彼女達に任せておけば問題は無い。
それに、今いる場所なら問題ない。
「了解だ。ここなら多少派手にエネルギーを出しても問題無いぞ」
「……了解……使わない、けど」
星系と星系の間、周囲数光年に何も無い空間にいる俺達を見つけるのはほぼ不可能だ。たとえ派手に実弾演習を行ったとしても、近くの星系が知るのは数年後、その時俺達はここにはいない。
その代わり、座標情報が亜空間奔流からしか得られないんだが。解析を間違えると迷子になる。今回は仕方がなかったが、オペレーター達の疲労も考えると……なるべく使わない方が良いな。
「第21偵察艦隊より報告。攻撃成功、敵基地崩壊を確認。残敵無しとのこと」
「第13偵察艦隊より報告。星系番号1000000082047、帝国名アルター星系の探索終了。敵影無し」
「分かった。第13、第21偵察艦隊に工作艦隊を合流させた後、予定通り星系番号1000000201304へ亜空間ワープを行う。座標設定後、亜空間ワープ開始」
「了解。艦隊全艦へ通達」
「工作艦400隻、輸送艦400隻、護衛艦1000隻、発艦完了。2つに分かれて亜空間ワープを開始します」
「亜空間ワープ座標の設定、終了しました」
「……亜空間ワープ、開始」
連邦軍の監視下にあるわけではないため、亜空間ワープの距離はいくらでも取れる。だが、跳ぶのは数百光年だけだ。
これには時間調節といった意味合いもあるが、帝国への警戒の方が強い。もし大軍に奇襲された場合、長距離亜空間ワープの直後だと逃げられなくなってしまう。
そのためアーマーディレスト級だけならともかく、他の戦闘艦や要塞艦も展開している現在、500光年以上の亜空間ワープは実質的に不可能だ。
「亜空間ワープ終了しました。現在座標は星系番号1000000201304、第3惑星から2400万kmの距離です」
「レーダー圏内に敵性反応無し。デブリ密度は正常値」
「偵察艦隊の、2と11と29は発艦開始だよ」
「了解。3ヶ偵察艦隊、発艦開始」
「星系内走査を始めます。偵察機として偵察ユニット搭載型制空戦闘機、および偵察機母艦として空母5800隻、発艦開始」
「工作艦、輸送艦、5000隻準備完了。護衛艦も3万隻準備完了」
「ポーラ、レーダー設置場所を選定、工作艦隊を編成して送れ」
「了解です。設置場所の選定を開始します……選定終了、合計で1735ヶ所です。工作艦2隻、輸送艦2隻、護衛艦8隻の工作艦隊を派遣します」
「工作艦隊発艦開始。また、偵察機が該当箇所の情報収集を始めます」
「偵察機展開率73%、100%まで残り57秒」
「潜宙艦隊、最大深度まで展開終了。ソナー全てに反応無し」
偵察は終わっているが、その後に入ってこないとも限らないため、最大限の警戒態勢はとっておく。
まあ、半分くらいは様式美みたいなものなんだが。
「第5戦略艦隊より報告。星系番号1000000895027、帝国名リュクルス星系に帝国軍基地発見。所属艦艇数は推定5000万隻、哨戒の潜宙艦を3000隻発見」
「第5戦略艦隊へ当初の作戦に戻るよう命令。連邦軍へは伝えるな。必要に応じ、王国軍で処理をする」
「了解」
「工作艦隊、指定座標へ到着しました。レーダー設置作業を開始します」
「偵察機展開完了。全機レーダー正常稼動、偵察網に問題無し」
「空母は少し離れてるし、戦闘攻撃機もいるから……お兄ちゃん、大丈夫だよ」
「分かった。悪いが、レイはそのまま偵察機を見ていてくれ。メルナは潜宙艦隊の方を頼む」
「はーい」
「良いですよ。シェーン、この艦は頼みますね」
「……任せて、ください」
「第3戦略艦隊より報告。星系番号0000000000037、クリュリアバーン星系近傍に建造途中の帝国軍基地を発見。第8戦略艦隊および海軍第12統合艦隊が破壊作戦を実施するとのこと」
「近いな。ポーラ」
「はい」
クリュリアバーン星系はアルストバーン星系から12光年しか離れていない。シュリベルンクの傘から生まれたと推測される星系群の1つだ。
あの辺りは特に濃密にレーダーを敷いていたはずだ。それに察知されずに基地を……どうやった?
「現在の推定駐留艦数は1億8000万隻ですが、この基地が完成した場合、最大で10億隻の艦艇が駐留する可能性があります」
「規模は大きいが、現状の戦力に対しては十分か……星系近傍はどういう意味だ?」
「自由浮遊惑星らしき天体に基地が存在するそうです。運搬されてきた可能性もあるとユーンクリブ元帥は推測していますが……」
「そうだろうな。見逃していた可能性もあるが、戦争ではそれが正解だ。敵は少し過大評価する程度でちょうど良い」
手間が多すぎてやらないが、王国軍にもできることだからな。ありえない話じゃない。
「……でも、それなら……基地ができてから、ワープした方が、良い」
「そうですね。他にも可能性はありますから、ガイルの仮説が100%正しいということは無いでしょう」
「それは分かっている。だが仮説だけなら、建造途中でないとワープさせられない可能性もある」
予想は常に悪い方へ考えるべきだ、とはよく言われる話だ。特に戦争で楽観的になった者は死ぬ。
最悪を想定しても、それすら下回ることさえあるのだから。
「とはいえ、戦力は十分だ。任せても問題無いだろう」
「そうですね。ガイルには別に王命もありますからね」
「待て、何だそれは」
それは初耳だぞ。
「はい?聞いていませんか?」
「聞いてないな。だが、ザルツが言い忘れるとも思えない」
「ではわざと言っていないのでしょうか。驚かしたいのかもしれませんね」
「いや、王命に驚かすもなにも無いだろ」
「ありますよ?けれど……この辺りで良いでしょう」
「ん?」
「あれ?」
「もしかして……」
「……姫様?」
「ふふ、冗談ですよ」
「だろうな、まったく」
本気で何かあるのか疑ったぞ。そして何かあってもおかしくない……というか王命くらい、メルナならいくらでも出せる。
メルナは王女殿下で、王族の長だからな。
「それでは、本当に王命を出してみましょうか?」
「乱用するな。俺達が積極的に政治に関わるのは良くないことらしい。それはメルナの方が詳しいだろ?」
「大丈夫ですよ。ガイルはこの後の休憩の間、私達の相手をするというだけですからね」
「……はい、姫様」
「良いと思います」
「さんせー!」
「まったく……分かった。だがメルナ、それなら少し手伝え。俺だけだと時間がかかる」
「もちろん良いですよ。ガイルは苦手ですからね」
「すまないな」
仕事さえ終われば休みは取れる。非戦闘エリアとはいえ戦場だが、シフト制なので問題ない。
まあ、俺達全員が同時に取れる休息時間は30分程度なんだが。働き詰めとはいえ指揮官クラスが長時間、しかも5人も抜けるのは流石にマズい。
そういう意味でも、生体義鎧がこの役割を担うのは適切だ。極論、眠らなくても良いからな。
「っと、終わりか」
「はい。お疲れ様でした」
「じゃあお兄ちゃん、早く行こうよ」
「少し待て。ポーラ、統合指揮システムは上手く動いているか?」
「はい先生。ですが、管制していなければ精度は下がります」
「その程度は問題ない。それに、人は他にもいる」
「分かりました。それでは引き継ぎも終わりましたので、行きますか?」
「用意周到だな」
「予想通りでした」
「お兄ちゃんのことだもんね」
「……分かりやすい」
「ポーラもか……まあ良い。お前達、何か事態が急変したらすぐに伝えろ」
「了解」
厳重な警戒態勢を敷いているとはいえ、帝国軍に奇襲を受ける可能性もゼロではない。念のためだ。リーリアは……しばらく通信で我慢してくれ。
そうして今ある仕事を終わらせた俺は4人を伴い、艦橋を出た。
「……ガイル、どうする?」
「部屋でゆっくりするか?変に動く気にはなれないからな」
「良いのではないですか?30分では、何かやるには少し短いですからね」
「賛成です」
「レイはどうだ?」
「それで良いよ。でも、ゲームやってもいい?」
「良いぞ。熱中しすぎなければな」
「やった!」
「……久しぶりに、あれ?」
「うん、やるやる」
「リーリアが参加できないのは残念ですね」
「はい」
「リーリアお姉ちゃん怒ってそう」
「リーリアならこの程度で怒ったりしない。ただ、俺が埋め合わせをする時間が増えるな」
「それって怒ってるよね?」
「まあ……もしかしたら、そうかもしれないが」
「その時は私も説得しましょう」
「助かる」
まあ、本気で怒ったりはしないだろうが……説得はできないだろうな……
・羽を切られる
予想外のことに不意をつかれること。「足をすくわれる」とほぼ同じ意味。




