第6話
新王国歴7267年4月17日
「では頼んだ。ミルティシュル元帥」
『お任せください、シュルトハイン元帥』
シュミルを通し、敬礼を返してしばらく託す。
彼女は第3戦略艦隊司令アイリス-ミルティシュル。そしてアーマーディレストに並ぶように、第3戦略艦隊旗艦が横にいる。
まあ、ステルス装置があるため光学的には見えないが。
「久しぶりのお休みだね」
「いつも久しぶりだけどな。もう少し増やしても問題ないと思うが」
「それだけ私達が重要ということでしょうね。我慢しましょう」
「そうだな。さて、近衛軍に通達、ワープ可能ポイントを聞け」
「了解」
このレベルの通信は俺達幹部陣、もちろん参謀総長にもやらせるわけにはいかない。適当なオペレーターに任せた。
「第3惑星第2衛星軌道への亜空間ワープを指示されました」
「時間は?」
「1分後です」
「分かった。タイミングを間違えるなよ」
「……当たり前」
訓練に比べれば簡単な内容、失敗するはずがない。
シェーンの指示とともにディルミッシ回廊へ艦首を向けると、そこへエネルギーが集まっていく。
「……ワープ」
その瞬間、ワームホールが艦首から艦体を包み込んだ。
そして亜空間ワープの終了と同時に、衝突事故を防ぐためステルス装置を解除する。
「……平和だな」
王国の本星、第3惑星シュルトヘインズ。俺達の故郷である緑の星。その左右にそれぞれ1つずつ、テラフォーミング済みの巨大な衛星も見える。
ここまで平和というのも、何だか感慨深くなるな。
「ええ。それにしても、混んでいますね」
「そういえば、今日って休日だっけ?」
「はい、その通りです」
「なら仕方ないか。それで、次のワープ場所は?」
「少し待ってほしいとのことです」
レーダーには多数の小型宇宙船の反応が映っている。
これから場所を作り出すのは少し手間か。
「来ました。王都軌道エレベーター第5軌道ステーションの上空、約200kmの地点です」
「そんな場所を取れたのか。時間は?」
「……もう良い」
「ならすぐに行くぞ。亜空間ワープ開始」
管理局の努力の結果……いやAIにやらせただけだろうが、そのおかげでできた空白地帯に艦を入れる。
ここは地上10万kmだ。影も問題無いだろう。
「転送機結合を始めろ」
「了解。転送機ネットワークの閉鎖を解きます」
「王都軌道エレベーター管理局との同期完了。ワームホール接続」
「……転送機結合、完了しました」
各所システムチェック……大丈夫だな。
「よし、じゃあこれから2週間は休暇だ。しっかり休めよ」
この一言に物凄い歓声で答えられた気がするが……まあ、置いておこう。
それより、俺も準備するか。
「さて、俺達も行くぞ」
「楽しみですね」
「……待ってた」
「はい、先生」
「うん、早く行こ!」
「レイちゃん、軍服は脱いでください」
「とりあえず変装してこい。降りるのはそれからだ」
俺達は有名人なので、変装しないとマトモに歩けない。
シュミルのホログラフを使ってもいいんだが、あれには何となく違和感がある。普通に変装しないとな。
ちなみに今、艦隊の転送機ネットワークに王都軌道エレベーターが接続されたことで、第3惑星の転送機ネットワークへ入ることも可能になっている。
だが俺達はそこまで行かず、王都軌道エレベーターの地上層へ降りた。
「賑わってるね」
「人の数からして違うからな。たった40万人であのモールがある方がおかしいんだぞ」
「えへへ……でも、お兄ちゃんだって楽しんでるじゃん」
「それはそれ、これはこれ、だ」
別に俺は反対していたわけじゃない。規模が大きすぎると言っただけだ。
「……あ……姫様」
「どうしましたか?」
「……あれ」
「え?ああ、綺麗な服ですね」
「確かに、メルナに似合いそうだな。着てみるか?」
「ええ」
「先生、その……私はあれが欲しいです」
「ポーラお姉ちゃん、おねだりするの?」
「えっと、あの、その……」
「レイ、せっかくポーラが積極的になったんだ。見ていてやれ。しばらくすれば元に戻るんだからな」
「せ、先生!」
メルナだけかと思ったらポーラが希望を出し、レイがそれに乗り、シェーンはメルナに誘われて、と、結局4人がそれぞれ試着することとなった。
まあ、まだ朝で空いているから問題無い。
「お兄ちゃん、どう?」
「どうでしょうか?」
「……良い?」
「似合いますか?」
「ああ、全員似合ってるぞ。ポーラ、この間作ったアクセサリーも付けると、もっと良いんじゃないか?メルナは向こうのアクセサリーを見てみないか?ネックレスあたりが似合いそうだ」
「わたしは?」
「……ん」
「レイは……イヤリングをつけると良いかもな。シェーンは薄手のカーディガンを合わせてみるか?」
俺のアドバイスが100%正しいわけではないので、互いに話し合いながら着替えていく。
何故か俺も試着するはめになったが……楽しかったからいいか。
「こんなに良かったの?」
「先月は使わない分が多すぎたからな。それに、増築する物も無い」
「じゃあ、少し食べていきましょうか?」
「……欲しい」
「良いですね、先生。あのお店にしますか?」
「ポーラ、任せる」
引き継ぎ作業が少しあり、朝食はまだだったからな。
適当にフードコートで食べた後地上階まで降り、正面ゲートから出る。
「オートビークルはどうしますか?」
「もう呼んである」
食べ終わった頃に呼んだからそろそろ……来たか。
「……ちょうどいい」
「お兄ちゃん凄いね」
「流石は先生です」
「褒めても何も出ないぞ。それに、たまたまだ」
家に置いてある6人乗りオートビークル、2年前に出たばかりのモデルだ。今は1人足りないが、まあ仕方ない。
「さあ、早く乗れ」
「じゃあ、わたしはお兄ちゃんの隣!」
「ふふ、レイちゃんは仕方ないですね」
「……姫様……どうしますか?」
「いつも通りで良いですよ。分かってますよね?」
「リーリア先生が足りないですけど」
「あいつとはまた今度埋め合わせをする」
ちゃんとやらないと後が大変だからな、あいつは。いつになるかは分からないが。
っと、確か……
「そういえば、今日は4人とも予定があったか」
「うん。同期のみんなとだよ」
「はい、お茶会のお話が来ていますから」
「……付き添い」
「士官高校に呼ばれています」
「じゃあ、お兄ちゃん暇だね」
「そうなんだよな……あそこに行くか」
「……好きだね、ガイル」
「数少ない家族との思い出だ。浸らせてくれ」
「……ごめん」
「いや、気にするな。未練がましいのは俺の方だ」
「ですが、それと同じくらい私達も大切にしてくれています。誇っていいことです」
「そうですよ。そんなに卑下しないでくださいね」
「……ありがとな」
そして家に着いた後1人乗りのオートビークルに乗り換え、それぞれの目的地へ向かった。
1人寂しく……というわけじゃないぞ?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やっぱり、今日も混んでいるな」
王都中央博物館。1つだけでなく30の建物が集まったここは、王国歴の頃から世界最大の博物館群と呼ばれていたらしく、王国の歴史全てが見れると言っても過言じゃない。昔は俺も父さんや母さんに連れられて、よく遊びに来ていた。
ここは1度破壊し尽くされた後、元以上の規模で復旧されたんだが……確か、父さんも色々と関わっていたらしい。
正面ホールに吊られているアーマーディレストの模型が良い例だ。
「はい、次はこちらです」
「おい、見ろよあれ」
「うわ、でけぇ」
「あれで6万分の1なんだって」
「わたし、本物を見たことあるよ」
所々に修学旅行中の高校生らしき子ども達もいる。
帽子と眼鏡で変装しているが、ファンにはバレる可能性が高いな……視線には注意しよう。
「これは……はは、何だよこれ」
偶然目を向けたお土産コーナーの中、そこに戦略艦隊の有名人のデフォルメ立体映像投影機が並べられていた。しかも、ちゃんと艦とセットになるように、だ。
こんなものの許可を出した覚えは無いぞ。
……いや、父さんか?確かに俺達のプライバシーなんて、あってないようなものだが。
「今日は……人気の無い所にするか」
何百回とここには来てるが、毎回何かしらの面白い催しが開かれていたり、新しい展示エリアが追加されていたりする。
同じ所を見るだけでも楽しいが、これもまた良い。
「さて、古代から近代のあたりに「あの」……ん?」
後ろを振り向くと、そこにいたのは気の弱そうな少女。その後ろには少年1人、少女2人もいる。
全員が見覚えのある制服……ってことは、さっきの生徒と同じ高校生か。
「間違っていたらすみません……シュルトハイン元帥閣下、でしょうか?」
「ああ、やっぱりこれだけだと変装には足りないか」
「も、申し訳ありません!」
「いや、責めてる訳じゃない。気にしなくていいからな」
「ほらキュエ、シュルトハイン元帥は優しい人だってあっただろ?」
「うん……」
……予想以上に見つかるのが早かったな。だが、まあ良い。
「それで、修学旅行で来たのか?」
「はい。閣下はどうされたんですか?」
「俺は暇だったから来た。4人とも用事があったからな」
「4人というと、メルナ様?」
「何でメルナしか出てこないんだ」
「あっ、ごめんなさい」
「ああいや、別に怒ったわけじゃない。気にするな」
やっぱり、立場というのは難儀だ。同胞、特に同郷なら気にしないでくれるが、一般人だとそうはいかない。
だが、仕方ないことなんだろう。
「それで、ここで会ったのも何かの縁だ。名前を教えてくれるか?」
「あ、はい、俺はジン-ゴーディアスです」
「わたしはアリス-ゼーグルハットです」
「エリ-ナッツバーレンです、お願いします」
「私はキュエ-ハールシュエッドです。よろしくお願いします」
「知られてるが、ガイル-シュルトハインだ。よろしく。それで、どうしてゴーディアス達は俺に声をかけた?特にハールシュエッドは興奮していたが」
「えっ、その……」
「俺とアリスとキュエは海軍士官大学を受験する予定なんです。それと、名前で呼んでいただけますか?その……」
「分かった。ちなみに、エリは違うのか?」
「あたしは、その……お医者さんになりたくて」
「エリのお父さんもお母さんも、凄腕の医者なんですよ」
「ん?医者でナッツバーレン……シュクルレスティア卿の分家か?」
「え、知ってるんですか?」
「うちの医官事務長がその家の出だ」
「知らなかった……」
家によって対応は違うんだが……いや、これは今はいい。
それにしても、ミーンの家の子孫か。後で教えてやろう。
「で、何の話が聞きたい?」
「できれば、昔のお話を伺えたらと……帝国との戦いを生き抜いた方に会ったのは初めてなので」
「それに閣下は生き字引だから、聞いたらどうだって」
「生き字引と言われるほど大層な人間じゃない。ただ戦って、生き長らえただけだ。無数の犠牲の上にな」
「でも、それが聞きたいんです。王国民として、知らなきゃいけないから……」
「……分かった、話そう」
こういう気概の若者もいるなら、一般講演も増やすように掛け合っておこう。本国滞在の連中なら暇だろうしな。
「ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます」」」
「お、ジンは良いな。アリス、キュエ、軍人になりたいならもっと早くしろ」
「はい」
「分かりました」
「それとジン、恋人達のことはしっかり見てやれよ」
「分かりまし……え?」
伊達に長い間生きてないからな。若い連中は特に分かりやすい。
一般人の男女比はだいたい1対1.8だから、一夫多妻も許されている。色々と制約があって、利害関係だけで結ぶ連中は少ないが、恋愛結婚したパターンはよく見る。
戦略艦隊は利害関係なんてものが100%無い分、余計にな。
「気付かないと思ったか?」
「そんな素振りを見せたつもりは無かったので……」
「俺だって同じだからな。それに、何万何億と見てきてる」
「確かにそうですね」
「できるだけで良いが、平等に相手してやれ。女の嫉妬は怖いぞ」
「は、はい」
もちろん、最後だけは小声だ。
どこからかメルナ達の耳に入る可能性を否定できないからな……
「それなら……あそこに行くか」
「どこですか?」
「軍事の歴史のエリアだ。説明するなら、そこが1番良い」
順序立てて話せるからな。最初の方は余分かもしれないが。
・オードフィランシェ
バーディスランド王国の基幹インフラの1つで、数人から数十人が利用するための小型宇宙船。大気圏内の航行も可能。
デブリ、及び宇宙線対策に限定的ながらシールドを持つ。
国家の中枢コンピューターが行う完全自動運転で、採用されてからの485年間無事故。全国民が利用できるだけの数を国が保有しているが、個人で所有することもできる。
国家所有のものはシュミルで呼び出すことが一般的。個人所有はそれぞれ異なる。
・軌道エレベーター
エレベーターとあるが、上下の移動は転送機で行う。ただし転送機を使用するためにケーブルは繋がっており、人工衛星ではない。名前はまだ実際にエレベーターだった頃の名残。
地上から5万〜10万kmの位置に3〜5基の軌道ステーションがあり、全ての軌道ステーションには宇宙港が併設されている。
デブリ、及び宇宙線対策に限定的ながらシールドを持つ。
・転送装置
バーディスランド王国の基幹インフラの1つで、ワームホールを利用した長距離移動方法。
常にワームホールが開いているわけでは無く、1回ずつ作り出し、ワームホールを動かして対象を転送する。ネットワークシステムが構築されており、基本的には中継機も含めた連続転送になる。
ただし使用可能距離に制限があり、1対の無線式の転送機では最大でも3万km。軌道エレベーターは特殊な有線式だが、それでも最大10万km。
なお、亜空間ワープとは違いワームホールは生体に影響を与えないようなものを発生させているため、シールド無しの生身で利用可能。
・オートビークル
バーディスランド王国の基幹インフラの1つで、地表移動用の小型車両。ただし自由に飛行できる。シールド等は無いため、潜水は不可。
オードフィランシェと同じく国家の中枢コンピューターが行う完全自動運転で、採用されてからの490年間無事故。全国民が利用できるだけの数を国が保有しているが、個人で所有することもできる。
国家所有のものはシュミルで呼び出すことが一般的。