第2話
新王国歴7268年4月13日
『おお、おお!素晴らしいですぞシュルトハイン閣下!』
「お褒めに預かり光栄です、アルクルド閣下」
この日、ようやく到着した連邦の艦隊を迎え、ついでに惑星に作った基地を見せてみた。その結果があの感動だ。ただ、俺が喜ぶわけにはいかない。
王国軍は前線に元帥が8人以上いる。その状況が面白くなかったのか、連邦はわざわざ俺と同じ元帥を送り込んできた。
連邦の階級は大将の上に上級大将、その上に元帥なので、俺より上と言えるのかもしれないが。なお、上級元帥はいないらしい。
『それで内部はどうなっておりますか?』
「貴国の補給に不具合が生じぬよう、全て貴国の基準通りに建造いたしました。武装は何を使われるか分からないため区画だけ、ジェネレーターも我が国では作れないため現在は軽水素型核融合反応炉を用いております」
『なるほど。ですが貴国のジェネレーターは用いないのですか?随分な高性能と聞いておりますが』
だが彼、フィルド帝国方面総軍司令長官ブレスト・アルクルド元帥は政治畑出身のようで、こういったことまで聞いてくる。
面倒だが、付き合わないといけないんだよな……
「なにぶん連邦政府及び連邦軍にはアレの整備能力がありませんから。暴走してはいけませんので」
まあ、使ってるんだけどな。それに元素操作装置を使えば整備なんてオートでいい。
渡す気は無いが。使うのは爆弾だけだ。
『では貴国が管理するというのはどうでしょうか。貴国の兵器には全てそのジェネレーターが使われていると聞きますし、問題はないでしょう?』
「寡兵の我が王国にはそのような余裕がありません。前線に可能な限り多くの兵を割かねば、帝国に押し切られますので」
『ですが拠点は……』
「連邦軍とは異なり寡兵なので。拠点とラインは有機的に変更しなければ、付きやすい弱点となります」
寡兵ではラインが単線となるため、絶たれやすい。補給だけでなく、哨戒や索敵もそうだ。
まあ、拠点なんていらないんだが。
『それでは……』
「それより、内部を確認してはどうでしょうか。こちらの設計に不具合があってはいけませんので」
『ふむ……ではそうしましょう。シュルトハイン閣下はどうされるおつもりで?』
「すぐさま作戦行動に入ります。もっとも、最初は索敵行動になりますが」
『なるほど。それでは、神の加護があらんことを』
「ありがとうございます。そちらこそご武運を」
データによると、彼は宗教国家出身らしい。
別に祈られなくても困らないが、律儀なところだけは評価できる。
「ふぅ」
「お疲れ様でした、先生」
「まったく、ああいう手合いの相手は疲れるな」
「仕方ありませんよ、ガイル。そういう立場なんですから」
「それでも、だ。外交官の真似事は最小限にしたいっていうのに」
「お兄ちゃんが1番偉いんだもん」
「……当たり前」
「仕方ないです」
「擁護くらいはほしいんだが……」
仕方ないか。連邦と繋がりができたことで、バーディスランド王国総帥府には約7200年ぶりに外務局と外務局大臣が設置されたが、実務経験はほぼゼロの部署だ。まだ過去実例の解析と外交官の育成で忙しいらしい。
それまでは俺達がやるしかない。一応、経験はあるからな。全てマトモじゃないが。
『貴方、そろそろよ』
「っと、すまない。こんな時間か」
『まあ、貴方だけ仕事が多いから仕方ないけど。でも必要よ』
「分かってる。行くぞ、ポーラ。メルナ、しばらく任せる」
「ええ、任せてくださいね」
そうして俺はポーラを伴い移動した。会場はアーマーディレストの戦略会議室だ。
集まっているのは知っていたが、あれとの通信中だったからな。
「すまない、遅くなった」
「問題ないですよ。時間まではまだありますかり」
「こんなことで責めるやつなんていないっての」
「そうよ。それより、早く始めましょ」
「いや父さんが……」
『ここにいるぞ』
「通信は繋いでたわ」
「だったら姿も見せろよ……まったく」
8つの戦略艦隊、それぞれの司令長官と参謀総長、そして父さんが集まる軍議。場合によっては他の面々、また陸海軍の者も来ることになる。
定期的に開く予定だが、やはり最初が肝心だ。最初だからと父さん以外が実際に集まったのも、それが理由だったりする。
『ガイル、司会を頼む』
「了解。予定通り、俺達は帝国銀河に到着した。事前通告の通り、この会議では侵攻作戦の詳細について決定する。概要は前の総会議で決めたことと概ね同じだ。ポーラ」
「はい先生」
そして、俺は帝国銀河の概略図を前に説明を始めた。
この数十日に集まった情報の結果、前に出したものより詳しくなっている。
「作戦目標は予定通り、工廠星系になる。そして第1次攻撃作戦では、この8ヶ所を同時に叩く。帝国戦力の多くがこの惑星に向けられている今、後方の守りは厚くない。また連邦は帝国軍主力を撃破した後ら小規模な工廠星系を順次攻撃する予定だそうだ。どうやら、向こうには規模の違いに関するデータが無いらしい」
「みたいだけど……」
「何か問題でもある?」
「違うんですけどー、連邦が不甲斐ないな、と」
「それは分かってたことでしょ?」
「そうそう。協力者を簡単に増やせたのだってそうだし?」
「そうだな。なおここを選んだ理由だが、特に規模が大きい11ヶ所の中で、防備が薄いためだ。防衛施設こそあるが、大規模な基地は確認されていない。元主力だから、なのだろう」
「よろしいでしょうか」
「何だ?アッザーディア元帥」
「これらの情報を独自に検証した結果、これらの星系における敵艦隊は多くて3億隻と見積もりましたが、シュルトハイン元帥はどうお考えですか?」
「こっちも同じだ。ただし1ヶ所だけ5億隻の場所がある。そこは俺達が担当する」
「了解しました」
「また攻撃目標は決めるが、そこまでの進軍経路は各自の好きにしろ。制限さえ守れば特に言うことはない」
「はい」
そのあたりまで拘束するつもりはない。それに、道中の敵基地を攻撃する任務も入っている。拘束する方が成功率は下がるからな。
とはいえ、第1攻撃作戦は成功するだろう。確実に成功できる場所を選んだ。問題は次だ。
「第2次攻撃作戦ではここ、帝国銀河外縁部で最大規模を誇る工廠星系を攻略する。周囲には重度の要塞化を施された星系が3つ存在しており、攻め落とすのは簡単ではないだろう」
そんな構造のため、工廠惑星だけでなく要塞惑星を落とす必要もある。必要な戦力量は第1攻撃作戦より多い。
そして奇襲要素を無くさないためには、残りも同時に落とす必要がある。
「だが同時に、この2ヶ所も攻撃する。この2つは研究開発が主な施設のため、規模に比べて防備が厚いようだ。これにはそれぞれ第1と第4を主力にする。残りの戦力分配はまだ決定していない」
「3ヶ所同時でもいけるのか?」
「現在推定されている敵戦力から、5ヶ統合艦隊もあれば十分だ」
「その後も予定通り?」
「ああ。外縁部の工廠星系を一掃した後、バルジ内へ侵入する。惑星規模要塞についての情報はほとんど無いが、突破することになるのは確実だ」
「分かりました」
「了解了解」
「場合によっては戦略艦隊の全力を投入する。良いな?」
そう説明し、了承を得る。
まあ、予定通りと言えばその通りなんだが。
「父さん、これで良いか?」
『それで良い。戦略的な決定がある場合、その時に連絡する』
「了解。むしろこっちから聞くんじゃないか?」
『その場合の解答もだ』
「分かってる」
「貴方、時間がない時は任せるわよ?」
「ああ。それくらいは俺にもできる」
「先生、そろそろ……」
「すまない。これで会議を終える……が、その前に1つ言っておく」
もはや、呆れられているのかもしれない。
この言葉は何度も言った。何度も実感させてきた。違う秘匿要塞にいる面々でもある程度は知っているほどだ。
だがそれでも、俺は言っておきたい。
「俺達は生体義鎧、本来であれば過去の存在だ。巻き込んだ俺達が言えたことじゃないが、たとえ全滅したとしても……奴らを殲滅できれば、王国の勝利になる」
「当然ね。巻き込んだのは本当に悪いけど」
「ったく、何言ってんだか」
「自覚はしてる。だが、これは性分だ」
「分かってますよ?でもー、信頼してほしいって思うけど」
「信頼はしてるわ。ただ、私達がこう思ってるだけよ」
「自分達では理解しきることはできないですが、仕方ないと諦めます」
「助かる。じゃあ父さん」
『ガイル、お前達もご苦労だった。最前線は任せたぞ。全ては王国のために』
「「「「「「「「全ては王国のために」」」」」」」」
感謝する。俺達第1世代は最も壊れた者達だ。壊れないと戦えなかった。こんな俺に、俺達についてきてくれる部下達に、仲間に、感謝する。
会議が解散してもそれは変わらない。だが、最も信頼できる人間はまた別にいる。
「ポーラ、先に戻っていてくれ。リーリア、少し良いか?」
「はい、先生」
「もちろん。このまま部屋に行っても良いわよ?」
「そこまでは時間がない。流石にな」
「分かってるわ。それで何か用?感謝でも伝えたい?」
「それもあるが、もう1つ相談したい」
まあ言いたいとは思うが、今聞きたいことは別だ。
「珍しいわね」
「だが必要だ」
「まったく、強情なんだから。あの要塞でしょ?」
「半分は、な」
「もう半分は……情報ね」
「ああ」
帝国と連邦、双方のスパイ網には入り込んでいる。特に連邦は諜報系部員の半数を取り込んでおり、帝国銀河へ入り込んだ者も多い。
だが、帝国側は真逆だ。
「連邦の中にいた帝国の諜報員、あいつらが持っている情報が少なすぎる。そもそも、どうやって諜報員にしているかが謎だ。現地協力員だけじゃなく、帝国と直接繋がっている連中には連邦の種族もいる。帝国からの亡命種族が中枢に入りにくいのは分かるが……洗脳か?」
「そうとは限らないわよ。情報通りなら金銭を受け取ってるのもいるし、帝国が勝った場合に権力者にする約束もあるわ」
「確かに……方法を知っている奴がまだ連邦の中にいるかもしれないな。帝国の上層部が潜伏している可能性はゼロじゃない」
それを捕らえられれば、色々と得られるものは多いだろう。この点について、王国は後進国だ。
この侵攻の間に探し出し、乗っ取りを仕掛けるのも良いかもしれない。
「帝国人でも下っ端だと情報は少ないものね。私達はセオリーを無くしてるわけだし」
「そうだな……洗脳って言うのは流石に無責任か」
「無責任ってほどじゃないけど、私達の仕事とは違うわ。そのあたりは諜報部に任せるべきね」
「すまない」
「それと貴方、心配しすぎよ」
なっ……
「分からないとでも思った?貴方のことなら黙ってても分かるわよ」
「まったく、敵わないな。だが……」
「大丈夫。ここにいるのは、貴方だけじゃないわ。貴方だけを残して死んだりなんてしないわよ」
「うおっ⁉︎」
リーリアにそう言われて返答に困ったが、俺が何か答える前に唐突に抱きしめられた。
「貴方がそう思うのも分かるわ。生き残ってきた、というより死に損ねてきたのは私もよ。でも、心配する必要なんてない、信じればいいのよ。それでも不安なら、安心するまでこうされてなさい」
「ありがとな……だが、自分がしたいだけじゃないのか?」
「否定はしないわね」
「まったく」
その後5分ほど経ってから、俺は艦橋へ入った。
「戻ったぞ」
「おかえり、お兄ちゃん」
「お帰りなさい、ガイル」
「あー、おかえりー」
「よ、遅かったな」
「……どうかした?」
「リーリア先生と何かありましたか?」
「そういうことは気にするな」
まったく、こいつらは。
……まあいいか。
「ポーラ、監視網の状態はどうだ?」
「順調です。連邦軍フィルド帝国方面総軍第1次派遣艦隊合計約100億隻、全てソナーに捉えています」
「こちらが発見された恐れはありませんね。予想通り、対潜宙艦技術は低いようですよ」
「持っていないと検証は難しいからな。さて、偵察艦隊を出す。予定通りの編成だ」
「数はー?」
「同時に最低8つ、交代を含めて40だ。各艦隊1人ずつで合計40人だが、準備はできているな?」
「はい、大丈夫です」
フリゲート12隻、軽駆逐艦12隻、重駆逐艦12隻、軽巡洋艦6隻、重巡洋艦6隻、高速戦艦2隻、軽空母1隻、小型潜宙艦16隻、大型潜宙艦8隻、潜宙空母2隻、合計77隻の偵察艦隊。全て無人艦隊から選んだ、巨大重力子弾頭搭載型だ。
飛行型機動兵器を多めにし、異次元も活用すれば、1つの星系を数時間で調査することが可能だ。制空戦闘機に偵察ユニットを装備させれば尚更だな。
戦闘が目的ではないため、数百光年離れていても問題は無い。
「だが、最初は240光年先の星系番号100100413、帝国名はクルジャント星系だったか?そこへ1時間後に亜空間ワープを始める。準備しておけ。偵察艦隊はその先だ」
「……了解」
「お兄ちゃん、レーダー網は敷くんだったよね?」
「ああ、最低限は敷く。かける時間は1時間くらいだな」
帝国軍への警戒も込めて、他の戦略艦隊が来る前に周辺星系は偵察しておいた。各戦略艦隊はその中から方面ごとに最初の目的地を決めている。
そしてレーダー網については各司令長官と参謀総長、最高技術顧問とで会議を出発前に開いた。ファルトス銀河ほどの密度では無いが、帝国軍の探知には使える、その程度で十分なはずだ。
「ポーラ、連邦軍の様子はどうですか?」
「あ、わたしも見せて!」
「はい。連邦軍は全体としては警戒態勢のままですが、何隻かの戦闘艦が惑星へ降りたことを確認しました。基地の調査、および運用用ジェネレーターとして活用する模様です」
「……連邦軍の増援、は?」
「それは確か……」
「ポーラ、これだ」
「ありがとうございます、先生。連邦軍の第2陣150億隻は既にシャルバート双銀河を発ち、10日後に到着します。第3陣も編成中で、予定では150億隻とのことです」
「第4陣を含めると合計500億隻だったか?」
「はい。今のところはそうなっています」
「少ないよね?」
「そうですね。いずれ、さらに援軍が来るでしょう」
「可能性は高いだろうな。特に外縁部を制圧すれば、嫌でも増やすしかなくなる」
「補給線が要るもんね」
「ああ。まあ、俺達には関係ないな」
とはいえ、数が違いすぎるんだが。銀河を舞台に戦うのも、王国の戦力だとギリギリだ。
真正面から組み合ったら負けるしかない。
「……ガイル、準備完了」
「偵察艦隊もいつでも出発可能です」
「分かった。亜空間ワープは同時に行う。準備させろ」
「了解しました。他の戦略艦隊も準備を終えたようです」
「了解、各戦略艦隊は司令長官の判断で亜空間ワープを開始しろ。第1戦略艦隊、亜空間ワープ開始」
そうして、俺達の戦争は本格的に再開された。
帝国の諜報技術に関して、基本部分は現代地球と同じです。別に特別な方法があるわけではありません。
必要なくなってからの歴史が長いため、王国からしたら魔術かマジックかのように見えていますが。王国がアレに頼るのはそういった知識と経験がほぼ失伝しているためです。自分達が特殊だと自覚するだけで知識が得られるわけではないですし。




