第19話
新王国歴7268年2月6日
「ガイル-シュルトハイン元帥」
「はっ」
「バーディスランド王国国王として命ずる。フィルド帝国、我が王国に仇なす者を討ち滅ぼせ。2500年間の苦痛を、嘆きを、思い知らせよ」
「謹んでお受けいたします、陛下。王命、我が力を持って成就させてみせましょう」
「頼むぞ」
「全ては王国のために、この命に代えましても」
翌日。王城の謁見の間、それも最上級の場所で、俺は対帝国侵攻作戦開始の号令を受けていた。
壮行会と言っても、まあ間違いじゃない。流石にパーティーは無いが。
「メルナ様」
「はい、陛下」
「頼ることしか出来ぬこの身をお許しください。余は力を持たぬ者、軍人とはいえ民達に頼ることしかできません」
「許しましょう。陛下だけではなく、全ての力無き民達のために」
「ありがとうございます、メルナ様」
「ですので陛下、吉報をお待ちください。ここへ再び凱旋いたします」
「お任せください」
またこれには、俺達が後を託すという意味合いも込められている。
ザルツが希望したことでもあるが、俺の要望もあった。戦死する可能性は、万が一ではあってもゼロじゃないからな。
「それでは参りましょう、シュルトハイン元帥」
「はい、殿下」
そして式典の終了後、内装を専用のものにしてテラスに横付けされた輸送艇に乗り、俺達2人はアーマーディレストへ向かう。
周囲には護衛の制空戦闘機4機と戦闘攻撃機2機の編隊が飛んでいて、近衛軍の戦闘艦が作った花道を進んでいく。
「ガイル、準備はもう良いですか?」
「ああ、大丈夫だ。艦隊にエラーは無く、情報も集められる限り集めた。これ以上は……」
「いえ、心の準備の方ですよ。昨日リーリアと話して、解決できましたか?」
「はぁ……お見通しか」
「ええ」
「まあ、解決できたかどうかと聞かれれば、出来てない。だが、昔から折り合いはつけてある。俺とリーリアの2人で、な」
「やはりそうでしたか」
「すまないな。どうしても、これは変えられそうにない」
「分かっていますよ。そうでなければ、あなたの女になったりはしませんから」
「言ってくれる」
そんな話をしつつも輸送艇は上昇を続け、大気圏を突破した。
「ようやく、か……」
「今さら……と言っても無意味でしょうね。ガイルとリーリアの想いは強いですから」
「ああ。心配か?」
「そう言われれば、心配ではありますよ。でも、私が入る隙間は無いでしょう?」
「無いわけじゃないが、リーリア程かと言われれば……すまない」
「謝る必要はありませんよ。同じ経験をしてないのですから」
「ごめんな」
「いえ」
そしてさらに飛行し、アーマーディレストへ着艦する。
そのまま転送装置で艦橋へ移動した。
「準備は?」
「システムチェックは全て完了しました。ですが、点検用再起動は今からです」
「分かった。開始しろ」
「了解です」
「……了解……シャットダウン、開始」
俺とシェーンの声に合わせて通常のシステムが切断され、電源は非常用の反物質電池に切り替わる。
「緊急システム展開を確認」
「反物質電池からの貯蓄エネルギー伝導チェック、完了。システム長期展開に問題なし」
「シールド緊急展開用意完了」
「三重チェック終了、問題なし。どうしますか?」
「シールドの展開を開始しろ。展開時間は1秒だ」
「はい、分かりました」
「展開準備、全て終了。いつでもいけます」
「シールド展開」
「シールド、展開します」
「シールド、第1から第10まで展開……終了。誤差はゼロコンマゼロゼロゼロゼロ以下です」
「システム再チェック……問題は認められず」
「外部観測データ、100%受信完了」
「解析を開始します」
「解析……完了しました。異常なし」
防御の要、10層に渡るシールドのチェックが終了した。
「レーダーとソナーのチェックを開始する。準備はどうだ?」
「いけるよー」
「……大丈夫」
「それなら始めろ」
「了解。レーダー及びソナー、起動開始」
「レーダー起動、周辺座標の走査開始。取得空間情報は他艦と完全一致。問題ありません」
「ソナー起動、異次元の走査開始。各種オブジェクト……王国の監視用衛星を確認。位置情報に誤差なし」
「外部監視カメラ複合映像チェック、艦艇以外にてレーダー情報との差異はありません」
「複合情報処理システム、個艦統合戦闘管制システム、同期型戦闘指揮システム、緊急用データリンク、全てエラーなし」
外界を知るために必要なレーダーやソナーのチェックも行う。
「……空間機動、確認」
「空間機動、確認。半亜空間への同期に問題は無し」
「半亜空間奔流へのアクセスも確認しました。奔流操作テスト……終了。規定通りです」
「エネルギーパルスとエネルギー制御力場も確認しろ。非常用だが重要だ」
「了解。各エネルギーパルス推進器、段階的に出力上昇。10、20、30……」
「エネルギー制御力場の出力チェックを開始」
「80%で出力上昇停止。各種試験の後、100%へ上昇」
「80%到達、試験開始」
「試験項目35%達成。問題なし」
「試験項目……100%達成しました。オールグリーンです」
「エネルギー制御力場検査完了。問題ありません」
「エネルギーパルス推進器、出力低下開始。反応誤差は許容範囲内」
「全エネルギーパルス推進器、出力0%。空間座標は想定通り」
足となる空間機動、予備のエネルギーパルスも欠かせない。
「了解だ。貯蓄エネルギー残量は?」
「現在の残量は約93%、規定の範囲内です。異常はありません」
「分かった。次は武装の確認だ。重力子砲、重粒子砲、陽電子砲、対空レーザー砲、およびミサイル、全てのチェックを開始しろ」
「……武装チェック、開始」
「了解。各種武装起動、旋回テストを開始します」
「元素操作装置出力上昇、準砲撃態勢へ」
「重力子砲、重力子生成に問題なし。仰俯角変更も想定通り、エラーは存在せず」
「重粒子砲、重元素の生成過程に誤差はありません。砲塔部についても異常は認められず」
「陽電子砲、陽電子は規定通りに生成されています。対空射撃モードも正常に稼動中」
「対空レーザー砲も同様で、異常は確認できません」
「各ミサイル発射口も正常稼動を確認。ミサイル、および魚雷の造成も問題はありません。誤差はゼロコンマゼロゼロゼロ以下」
「レーダーおよびソナーとのリンクを再チェック……問題なし」
「砲口部のシールド制御も正常、問題ありません」
そして武装、俺達にとって最も重要なものの試験もしっかり行った。
「……アーマーディレスト、検査終了」
「各要塞艦もー、戦闘艦も終了ー、問題なーし」
「揚陸部隊も終わったぜ」
「航空部隊も大丈夫だったよ」
「第1戦略艦隊全艦全機のシステムチェックが終了しました。貯蓄エネルギー残量は64%です」
こうしてシステム切断時のテストは全て終わる。
次は起動させてから。
「了解だ。システムを再起動させろ」
「はい、システムを再起動させます」
「……システム再起動、開始」
「了解、システム再起動開始。メインコンピューター、全機能セットアップ」
「サブコンピューター、全機稼動開始。コンピューターネットワークを構築」
「レーダー、ソナー、カメラ、空間機動、エネルギーパルス推進器、エネルギー制御力場、全武装、ネットワークとのリンク接続を開始。各種管制システムの制御下に置きます」
「戦術データリンク、および統合戦略データリンク、接続確認。全要塞艦、戦闘艦、機動兵器との高密度通信網を完全確立」
「戦闘艦および機動兵器制御システム、全艦全機エラー無し」
「総合自己診断システムオールグリーン、全て正常」
システムを起動させれば、自己診断システムを使用できる。
そして方法はこの総合自己診断システムだけじゃない。
「……個別診断システムは?」
「レーダーは異常なし」
「ソナー、全て正常です」
「空間機動、エネルギーパルス、双方共にエラー無し」
「亜空間ワープ、ワープゲート、システムチェックに異常なし」
「ジェネレーター出力、最大出力の25%を維持。誤差はゼロコンマゼロゼロ以下」
「エネルギー制御力場自己診断システム、返答はグリーン」
「各種武装も同様、全て正常です」
こうしてアーマーディレストと第1戦略艦隊の診断は完了した。
また、今回から追加された無人戦略艦隊のチェックもする。
「無人戦略艦隊管制システム、全機能チェック開始」
「第101無人戦略艦隊、システムチェック完了。問題はありません」
「第102無人戦略艦隊、システムチェック終了。異常なし」
「第103無人戦略艦隊、全システム検査終了、オールグリーン」
「無人戦略艦隊統合管制システム、正常に稼動中」
「同期型戦闘指揮システムおよび戦術データリンクとの接続確認。誤差は許容範囲内です」
「無人戦略艦隊、全システムの検査完了しました。問題なし」
そして最後は亜空間ワープ、それの実践テストだ。
「次は短距離亜空間ワープのテストを行う。目標はアルストバーン星系第3惑星、上空100万kmだ」
「短距離亜空間ワープテスト了解。目標、アルストバーン星系第3惑星上空100万km」
「座標入力完了」
「海軍情報確認。当該座標に他艦、および微細デブリ以外の構造物なし」
「ジェネレーター出力安定、亜空間ワープ機関へのエネルギー供給も問題なし」
「微小ワームホーム展開、重力変位に異常なし」
「安全確認完了。いつでもいけます」
でもまあ、500年間使ってきた艦、自己診断システムでも問題はなかった。
緊張する必要なんてない。
「始めろ」
「……ワープ、開始」
「了解、ワープ開始」
「ワープ開始……終了。システム異常はなし、座標誤差は許容範囲内」
「総合自己診断システムもオールグリーン」
「無人戦略艦隊、3ヶ全て正常に稼動しています」
「システムチェックは全過程が終了しました。異常はありません」
そして点検が終われば、あとは進んだけだ。
多少の時間は貰ったが。
「ご苦労だった。これより1時間後、最初の長距離亜空間ワープを行う。それまでは第3と第8に管制を任せ、全員休息だ。王国領域内で過ごす最後の時間、有意義に過ごせ」
そういうわけで、休息だ。艦橋に詰めている参謀やオペレーター達は次々と席を立ち、どこかへ向かっていく。
俺達5人も艦橋を出て、モール内のとある料理店へ入った。
「お兄ちゃん、よかったの?」
「……すぐに行きたい、よね?」
「どのみち、ワープの性能を隠すために遅くする必要がある。1時間くらいなら誤差だ」
「やっぱり甘い、いえ優しいですね、ガイルは」
「そんなことはない。それより早く注文しろ。時間が無くなるぞ」
「はーい」
「分かりました」
せっかく焼肉屋に入ったんだ。楽しまないと損だろ。
「……ガイル」
「ん?」
「……それ、焼くの?」
「嫌いか?」
「……嫌いじゃない、けど……そんなにはいらない」
「いや美味いだろ」
「いえ先生、好きな人は限られます」
「まあそうだが……食べないのか?」
「少しは頂きますけれど、そんなに沢山は食べられませんよ?」
「……無理」
「いつも通りか。美味いのにな……ホルモン」
小学生の頃にハマってから、焼肉になると半分はホルモンを食べている。ただ、俺しか食べないだとか、そんなには食わないだとか、色々と文句を言われてきた。
美味いのにな……
「お兄ちゃんも物好きなんだよね」
「いや、これは物好きとは違うぞ?」
「物好きだと思いますよ。焼肉でホルモンばかり食べるなんて、ガイル以外にほとんど聞いたことがありませんからね」
「はい。他には数名しか知りません」
「……ガイルだけ」
「味方がいない……っと」
『貴方、激励してあげるわ』
まあ、激励は嬉しい。だが……分かっててやってるよな?
「いやリーリア、昨日も話したばかりだろ」
『それはそれ、これはこれよ。良いでしょ?』
「まあ、問題はない。メルナ達も聞いてるけどな」
『それくらいは良いわよ。家族、って言っても間違いじゃないわ。でも焼肉……嫉妬しそうね』
「羨ましいか?」
『ええ。でも、味方がいない貴方の味方になってあげるのも良いわね』
「ちょっと待て」
おいやっぱりか!
『なに?』
「分かってやってるだろ?」
『ええ』
「やっぱりか……」
「そうでしょうね」
「……当然」
「お兄ちゃんとリーリアお姉ちゃんだもん」
「リーリア先生も同じようなものですが」
『まあそうね。でも、私の方が上よ?』
「俺が不利すぎるからな……」
男女差か、それとも俺が読まれやすいだけか……まあ、実害は無いから気にしてないが。
「それよりも、食べましょう。この辺りは食べごろですよ」
「……はい、姫様」
「それでは、いただきます」
「はーい、じゃあ……」
「レイ待て、それはまだだ」
「えー?」
『まったく、仕方ないわね』
だがこんな風に楽しんでいれば、1時間なんてすぐに経つ。
「ジェネレーター出力上昇、臨界出力まで5秒」
「シールド出力正常、システムオールグリーン」
「エネルギー制御力場も問題なし」
「微小ワームホーム展開……重力変位は許容範囲内です」
「……準備完了」
「分かった」
さて、行くとしよう。
「第1戦略艦隊、発進。亜空間ワープ開始」
俺達の居場所を守るために。




