第17話
新王国歴7268年2月1日
「こんな感じで、高官の中にいた反対派は一掃しておいた。よかったよな?父さん」
『ああ、十分だ。よくやってくれた』
「ちょうど耳に入ったからだ。俺としても、こっちの方が都合が良い」
『だろうな』
「ただ、一般人の間には反対派の支持者は多い。そっちはどうする?」
『しばらくはお前を頼るだろうが……出撃後は俺がやっておく。安心して戦ってこい』
「父さんの本業は戦略だろ。俺としてはそっちの方が重要なんだが?」
『それも分かっている。戦略に関しても抜かりはない。それで、他には何かあるか?』
「いや、業務連絡はここまでだ。父さんの方は何かあるか?」
『特に無い。レイによろしく伝えておいてくれ』
「プライベートで散々話してるだろ」
『それはそれ、これはこれ、だ』
「便利な言葉だな、まったく」
論破の記録は全部送ったため、長話はせずに父さんとの通信を切った。
テレビの収録で聞いた他にも別の意見を言う連中はいたが、論理も証拠も経験も名声も俺の方が上だ。1人ずつ説得するのは面倒だったが、確実にできたから良しとする。
それで……ん?
「お兄ちゃん、ちょっといいかな?」
「レイ?」
急に部屋にレイが入ってきた。
勝手に入ったところで怒るやつはいないが、この時間に来るのは珍しいな。
「どうした?急に訪ねてきて」
「その……聞きたいことがあるんだ」
「何だ?」
「うん。お兄ちゃんとリーリアお姉ちゃん……何かまだ隠してるよね?多分わたしのことで」
「それは……」
レイ……流石に隠しきれなかったか。
「いつから気づいてた?」
「やっぱりあるんだ……初めて感じたのは、生体義鎧の施術を受けるって言った時かな。何となくだけど……わたし以外の何かを気にしたような気がしたんだ」
「そんな前からか……鋭いな、レイは」
「お兄ちゃんが分かりやすいんだよ。それで、話してくれるんだよね?」
「そう、だな……ああ、ちゃんと話す」
ここまで分かってるなら、誤魔化す方が悪手だ。
全部話すしかないだろう。
「ただ、少し長くなるぞ。仕事は大丈夫か?」
「うん。ちゃんと終わらせて休憩にしたから大丈夫だよ」
「偉いな」
「えへへ、ありがと」
「それで、話は3000年前になるが……」
回想といっても、良い思い出なんかじゃない。むしろ苦く、苦しいものだ。
だがレイのため、全て思い返して話すとしよう。
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新王国歴4266年4月9日
「何でこんなことに!」
「それよりおじさんの船、向こうだよね?」
「そう言ってた。今はあの宇宙港だって」
3000年前、帝国による攻撃の日。俺達は崩壊する王都の中を走っていた。
数ヶ月前に父さんが配置換えと昇進で、王都近くの宇宙港を母校にした巡洋艦艦長になってたから、俺達はそこを目指していた。
だがあの日、一緒に逃げていたのはリーリアだけではない。
「待ってよ!お兄ぃ!お姉ぇ!」
「急げ、レイ!遅れるな!」
「速く!頑張って!」
「でもぉ!」
「急がないと死ぬぞ!」
彼女はレイ-シュルトハイン。この時は義妹じゃなく、3つ歳下の血の繋がった実の妹の名前だった。
「そっちはダメだ!瓦礫で塞がってる!」
「だ、誰か、助けて……!」
「お父さん!お母さん!いやー!!」
「へっ、もう終わりだよ……」
「逃げろ逃げろ逃げろ!」
既に都市機能は崩壊し、人々はパニックに陥り、帝国軍から激しい攻撃にさらされていた王都を、俺達3人は走り続けた。
ただ生きて、家族に会うために。
「このまま真っ直ぐ……きゃっ⁉︎」
「ここがダメだと……こっちだ!」
「う、うん!」
障害は多い。帝国軍の攻撃はいたる所に行われているし、倒壊したビルも道を塞いでいた。そして空を飛べば、帝国軍の人型機動兵器に殺される。
そんな末期的な状態だった。
「そんな、こんなの……」
「諦めるな!」
「っ!?」
「諦めないで、生きるんだ!」
「そうだよ、お姉ぇ。おじさんとおばさんもきっと避難してるよ」
「そう、だよね。ごめん、ガイル、レイ」
だがそれでも、それを理解していても、俺達は走り続けた。
生き残るには、それしか方法が無かったから。
「くっそ、ここも!」
「お兄ぃ、落ち着いて」
「あ、ごめん。だけど……」
「こっちだよ!ガイル、レイちゃん!」
「お姉ぇ、ありがと!ほら、お兄ぃ!」
「リーリア、ありがと!」
「どういたしまして」
俺達3人は協力して逃げ道を探し、3人一緒に逃げていた。
俺とリーリアに比べるとレイの体力はかなり劣っていたが、少し遅れつつもしっかりついて来ていた。
そして俺達も家族を見捨てるなんてことは考えず、走れなくなったら背負ってでも逃げるつもりだった。
「よ、よけっ!」
「なっ……」
だが……
「うわぁぁぁぁぁ!?」
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
「ひぃ!?あっ……」
そんな俺達を衝撃波と爆風が包み込んだ。多分、離れた所に落ちたミサイルのものだったんだろう。
そして、それは俺達3人にも被害をもたらした。俺とリーリアは吹き飛ばされる程度に。そして……
「大丈夫か?リーリア、レイ」
「何とか……」
「良かった。レイも……レ、イ?」
レイは両足を、膝から下を失う程度に。
多分あれは瓦礫か金属片にやられたんだろう。俺とリーリアにも擦り傷や切り傷はできてたし、レイの脇腹には金属片らしき何かが突き刺さっていた。
だが、そんな事実は何の慰めにもならない。
「レイ!おい、レイ!」
「あ……お、にぃ……お、ねぇ……」
「大丈夫、だから、ほら、走ろう……!」
「だめ、だよ……」
後から考えると、いやあの時でも、レイの命が長くないことは理解できた。けど、俺達は見捨てようとはしなかった。見捨てられなかった。
だが……
「もう、だめ、だから……逃げ、て」
「何を言ってんだ!妹を見捨てるわけないだろ!早くお医者さんに……」
「み、見捨てて。今は、みす、てて……」
「何でそんなこと!」
「お兄ぃ、と、お姉ぇ、だけ、でも、逃げ、て……おね、がい……生き、て」
「だ、だめ、ダメだよ、レイちゃんも一緒に……!」
「おね、がい……おにぃ……!」
「……レイ、ごめん」
「あっ……お兄ぃ、あり、がと……大好き、だよ」
「俺も大好きだ、レイ……リーリア、行こう!」
「ちょ、ガイル、いや!レイちゃん!レイちゃん!」
後悔はしてない。あの時の俺には、俺達には、何もできなかった。それは変わらない。
でもあれは、俺の中に棘として今も残っている。
「走れ!止まるな!」
「でも……ガイル!」
「行くんだ、早く!」
「でも!レイちゃんが!」
「レイに頼まれただろ!」
「っ!?」
「レイは優しいんだ。俺達の方が頭はいい、レイだってそんなことは知ってた。だけど、 レイは俺達の負担にならないよう、頑張ってたんだ!嫉妬しないで、いつまでもお兄ぃお姉ぇって……!」
「ガイル……」
「そして最後まで、レイは俺達を気遣ってたんだ……それを無駄にするな!リーリア!」
「うん……うん!」
その後については知っての通り、俺とリーリアは生き延びて、父さんの巡洋艦に乗り込んで助かった。
だが父さん以外の親族全員を失い、友達も大半が死んだあの時、俺とリーリアは生きた屍と言っても過言じゃなかった。配給食を食べる以外の行動をほとんどせず、路地に存在する人形のようだった俺達。その間の記憶はほとんどない。
壊滅的被害を受けた王国軍の立て直しと、宇宙に取り残された避難民の救助を終えた父さんに蹴り飛ばされるまで、1週間はずっとそんな感じだったらしい。
だが、完全に立ち直るには……いや、帝国への怨みを生きる方向へ振り向けるまでには、さらに半年の時間が必要だった。
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そして、あの崩壊した王都から脱出して約2300年後。
「トール-シャルハート訓練生です!」
「ミュルナ-ファレーン訓練生です」
「ガイル-シュルトハイン准将だ。今日から君達の短期訓練教官を務めることになった。半年程度の間だがよろしく頼む」
「同じく、リーリア-メティスレイン准将よ。厳しくいくけど、途中で諦めないでね?」
俺やリーリアがレイの実の両親、トールとミュルナに初めて会ったのは、あいつらがまだ訓練生の頃だった。
第3惑星は帝国に占領されていた当時、俺達は第6惑星第11衛星にいた。
そしてこの訓練の名目は訓練生に対する実戦形式での講習、実際は優秀な連中のヘッドハンティングだった。
「次、トールとミュルナ。戦場は帝国支配下のコロニー近郊、敵勢力の偵察を行う。威力偵察は厳禁、隠密偵察を心掛けろ」
『はい』
『了解しました』
「なお、AIのレベルは最高位に設定されている。もしかしたら、実際の帝国軍より強いかもな」
『げっ』
『うそ……』
「まあ、流石にそれは冗談だ。それでは、訓練開始」
そしてあいつらは機動兵器の操縦に優れていて、特にバディを組んで偵察機に乗り込んだ時なんかは、俺やリーリアを上回る時もあった。
訓練の評価は最上位、即戦力として期待する声も大きかった。
「トールも、ミュルナも、凄いわね」
「な、何とか生き延びた、って感じです……」
「戦術目標は達成できていません……」
「アレは失敗させるためにあるものだ。というか、アレで戦術目標達成率50%なんて初めて見たな。空母や偵察の連中からウチにくれって要望が殺到してるぞ?」
「え?うそ、こんなに……」
「凄いですね、准将」
「凄いのはお前達だ。俺やリーリアを超えてくるんだからな」
「本当にそうね。これならトップエースも狙えそうよ」
2人が実戦部隊に配属されてからも親交は続き、戦場でも何度もあいつらを頼りにした。
そして、個人的な相談も受けることになる。
「それで、話ってのは何だ?トール」
「実は、その……」
「ミュルナか?」
「はい、彼女のことが……って、えぇ!?」
「気付かないとでも思っていたのか?当人以外は全員知っているぞ」
「え、じゃあミュルナは……」
「当人以外、だ。あいつ、こういうのには鈍いからな」
「そんな……」
「まあ、手伝いはしてやる。お似合いだぞ」
「えっと、じゃあ、彼女が僕をどう思っているかは……?」
「さあ?リーリアに聞けば分かるんじゃないか?」
「殺す気ですか?准将……」
「死にはしない。からかわれて同期の笑いの種になるだけだ」
「それでも十分酷いです……」
まあ、あいつの扱いに慣れた俺だから大丈夫なのかもな。こいつらには少し厳しいか。
で、ここから告白まで持っていくのに何故か半年近くかかったが、俺達や同期の協力でどうにか交際まで発展した。
というかトールのやつ、1回断られてるんだよな。まあ、あれはミュルナをパニックにしたあいつが悪いんだが。
そんな失敗もあったが、交際してからは順調だった。元々仲も良かったからな。
「結婚おめでとー!」
「良かったね、ミュルナ」
「おめでとう!」
「良い身分だなぁ、おい!」
「同期1番の花を取ってきやがって!」
式を挙げたのも約1年後、予想より半年ほど早かった。あの謎の半年も加えれば予想通りと言うべきか?
要塞とはいえ巨大な衛星の中、土地は余ってるし、元素操作装置があるから、誰でも立派な式を挙げることができる。
またこの頃は冠婚葬祭に関してのみ特別に、造成ポイントが追加支給されていたので、人を多く呼んでも問題ない。
トールとミュルナみたいに参列者が100人単位の結婚式も、そう珍しくはなかった。
「まったく、騒々しいぞ」
「あ、准将、わざわざありがとうございます」
「すみません、急な話だとは思ったんですが……」
「いや、気にするな。今は何もない。それに、教え子の門出だ。来ない方が失礼だからな」
「そうね。貴方、楽しそうに1日ずつ数えてたわ」
「おいリーリア、それは今言わなくていいことだ」
日頃の鬱憤を晴らすかのように、数百人の参列者達は飲めや歌えやの大騒ぎだった。そしてある意味、これは俺達の予定通りだ。
冠婚葬祭に対する造成ポイントの追加支給も、終わりの見えない戦争から人々の目をそらす方法の1つでしかない。
第1世代ですら長い戦いに疲弊していて、一般人達の不安と不満は多かった。帝国から攻撃を受けていないだけ、はるかにマシだったが。
だから……
「産まれた、産まれた!やった!ミュルナ!!」
「よかったな、トール」
「ミュルナも頑張ったわね」
「はい……ありがとう、ございます」
だから、新しい命が生まれてくれることは本当に嬉しかった。
俺達が守ってきた命がまた繋がった、そう思えたから。
「羨ましい?貴方」
「まあ、正直に言えば。人の親になる気持ちなんて、俺には分からないからな」
「欲しいなら、養子をとっても良いわよ。ちゃんと育てるわ」
「俺が向いてないのは分かってるだろ。こうしていられても……俺は戦場がないと生きられない。そう変わったんだ。俺には父親になる資格なんてない」
「そうは思わないけど……まあ、無理強いするのもアレね」
「いや、だから……」
「准将!ほら、産まれましたよ!」
「分かってる。おめでとう」
「はい!あ、そうだ。准将、抱いてあげてください」
「え?いや、俺は……」
「ほら、この子のためにも。お願いします」
興奮しすぎているトールに押し切られ、俺は赤子を抱きかかえた。毛も翼も生えていない、生まれたばかりの女の子。教え子の娘。
ただ、肌と目の色があまりにも似ていて……
「レイ……」
そう、呟いてしまった。俺はレイ-シュルトハインという妹を、教え子の娘へ重ねてしまった。
だが、それだけで済めば苦労はなかった。しかし……
「良いですね!」
「は?」
「この子の名前、レイにします!ありがとうございます!」
「ありがとうございます、准将」
「いや、俺は……」
トールがそれに乗っかからなければ。
さらにミュルナも乗り気で、もう否定できる状態じゃなかった。
「貴方?」
「すまない。俺は、あの子に……」
「自分を責めちゃダメよ。今のは不可抗力、貴方に責任は無いわ」
「ありがとな、リーリア。ただ……」
レイ-シャルハート。そう命名された赤子。迂闊な行動に対しては多少の後悔もあったが、トールとミュルナ、そして幼子を責めたりはしない。
それに名付け親になった、というかさせられた俺との親交も続いている。
「パパ!パパ!」
「ただいまレイ。ほら、ママにも」
「ママ!」
「ただいま戻りました。それでは准将、少々お待ちください」
「にぃに!」
「おいこら、何で俺をそんな風に呼ばせてるんだ」
「自然と、ですよ」
「にぃに!にぃに!」
「まったく、仕方ないな。ほらおいで」
「にぃに!」
「はは、幼子相手では准将も形無しですね」
レイは成長が早くて、言葉を喋り始めるのも早かった。そして、何故か俺のことを「にぃい」と呼んでいた。
この頃にはトールやミュルナよりも俺の方が見た目は若くなっていたが、実年齢が実年齢だ。
こんな風に呼ばれることには慣れてない。
「まったく。騒いでるの、貴方だったのね」
「あ!ねぇね!」
「こんにちわ、レイ。今日も元気?」
「うん!」
「リーリア、来たのか」
「ええ、私も招待されてたのよ」
「なるほど。まあ、今日だからな」
「ええ」
「にぃに?ねぇね?」
「すぐに分かる」
「別に怖いことじゃないわ」
なおこの時のレイは、メルナ達とはあまり交流がなかった。
メルナは旗印としての王女活動、シェーンはメルナの付き人兼副官、ポーラもこの時はメルナの近くでオペレーターをやっていた。そのため前線組の俺やリーリアと違い、訓練生と関わる機会が少ない。
それにポーラはともかく、メルナが来るとトールやミュルナが緊張しすぎる。1回だけ会わせたことがあったが、面白かったな。いつも通りのレイとは凄く対照的だった。
と、この時はそんな考えをしつつレイの遊び相手をしていたが、ミュルナがケーキを持ってきた。
「できました、レイ」
「わぁー!パパ?ママ?」
「今日は特別だよ」
「3歳の誕生日ですから」
「たんじょうび?」
「私達がレイにありがとうって言う日のことよ」
「わーい!ありがと!」
「それはこっちのセリフだぞ。ありがとな」
家族3人の中に時々俺やリーリアが混ざり、団欒を続ける。幸せな家庭の一コマがそこにはあった。
とはいえ戦略艦隊の計画はまだ始まっておらず、本星奪還なんてまだ考えられなかった時代だ。
この時代でも、生体義鎧は1人でも多く求められていた。検査は厳しくなっていたが、募集は多い。だが、人口増の必要性も大きく高まっていた。
そのためこの時代、正確には1000年前より後の生体義鎧は、子どもができてから施術を受けた者が大半だ。中には第1世代以外では稀だった、親子二代や三代続けて生体義鎧になった者達もいる。
そしてトールもミュルナも、ある任務の後に生体義鎧の施術を受ける予定だった。
だが……
「早く逃げろ!今ならまだ逃げられる!」
『できたら、良かったんですけどね……』
「馬鹿野郎!お前達がいなくなったら誰がレイを育てるんだ!絶対に死ぬな!」
『もう、無理です……』
トールとミュルナにとって簡単な、いつも通りの偵察任務のはずだった。
だが運悪く帝国艦隊がすぐそばにワープアウトしてしまい、トロヤ群の奥へ隠れる羽目になったそうだ。
そして、どうやら完全に包囲されていたらしく、逃げられる確率はゼロだった。
「諦めるな!俺達が今から……」
『無理、なんです。武装はほぼ全部壊れて、それにジェネレーターもおかしく……被弾した時にやられたみたいです』
「まだ生きてるだろ!脱出してでも何でもいいから生きろ!」
『もう、包囲は縮まっていて……』
『准将……レイを、よろしくお願いします……』
『あなたになら、任せられる』
「この大馬鹿が……何で、何で俺より先にいなくなる!俺達より先に!」
『あとは、お願いします』
『それとレイに……愛している、とお伝えください』
「断る!お前達が自分で伝えろ!俺は、俺は!」
『准将、あなたに会えて、本当に……』
俺は願った。2人が生きていることを。昔信仰されていたという神にだって、この時は縋った。
だがその想いは届かず、通信画面が爆炎に包まれ、真っ黒になる。
「あ、ああ、ああぁぁぁー!!!」
何人目だろう。俺より後に生まれたやつを見送るのは。
何人目だろう。俺より先に戦場で死んでいったのは。
何人目だろう。俺へ託して死んでいった奴は。
「貴方!救援部隊の用意ができたわ!早く……!」
「もう、遅い……リーリア、救援部隊は解散させろ。救出対象は……もういない」
「そんな、それだとレイは……」
「……俺が行く」
「貴方?ちょっと、まさか」
「俺が、俺が行かなかったら、誰があの子を助けられるんだ……!」
あいつらの最期の願いを叶える、って考えも確かにあった。
だがそれよりも、俺の気が収まらなかった、許せなかったからだ。2人を助けられなかった、俺自身を。
足取りは重い。だが2人の家へ、レイが1人で健気に待っている家へ、1歩ずつ足を進めた。
「あ、にぃにだ!」
「レイ……」
「にぃに、レイ、いい子にしてたよ。褒めて褒めて!」
「ああ、偉いぞ。よくやった」
「あれ?にぃに、パパとママは?」
「それは……」
「ねえどこ?レイ、いい子にしてたよ?」
「……」
「にぃに、どこ?」
純粋で、健気で、幼くて……親の死を知らず、そして忘れていくだろう。
そんなレイを、俺は抱きしめた。
「俺がお兄ちゃんになってやる」
「にぃに?」
「俺が本当にお兄ちゃんになってやる」
「どうしたの?にぃに、泣いてるの?」
「あいつらの分まで、あいつらのためにも、お前を幸せにする」
あいつらの最期の願いのために。そして俺のために。
「だから、だから……!」
だから、生きてほしい。
それが唯一、俺がレイへ願ったことだった。
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「そうだったんだ……」
「レイはまだ3歳だったから、ほとんど覚えてないかもな。そうしてレイを引き取って、父さんの養子にしてもらった」
「義娘じゃなくて?」
「ここでも重ねてたんだろうな……実妹と義妹を」
無意識下だろう。義娘にしようという発想は無かった。
父親失格って考えもあるにはあったが、子育ての割合は父さんより俺の方が高かったし……やっぱり重ねてるな。
「それでお兄ちゃん、何でこれを隠してたの?そんなに重要じゃないよね?」
「最初はレイが壊れないためだ。本当は全部、20歳になったあたりで教えようと思ったんだが……レイが15歳で生体義鎧になったせいで伝えられてなかった。何が原因で発狂するかは分かってないからな」
「その後は?」
「それは……恥ずかしかったんだよ。人の娘に妹の名前を付けた、なんてことが。猶予ができたせいで、俺は……」
「恥ずかしくなんてないよ」
「レイ……」
「パパとママのこと、話してくれてありがとう。お兄ちゃん、ステキな名前をくれて、ありがとう」
「……俺こそ、ありがとう。生まれてくれて、生きてくれて」
嬉しいことを言ってくれるな。こう言われると、俺は自分を責めることすらできなくなる。
3000年の付き合いだ。自分の性格くらいは把握してるからな。600年程度のレイにまで把握されているのはアレだが……
「なあ、レイ。1つだけワガママを言ってもいいか?」
「うん、いいよ」
だからこそ……
「これからもあいつの、あいつらの分まで生きてくれ。強く、元気に」
生きてほしい。その願いは変わらない。
知られていても、知られているからこそ、俺は告げる。
「うん、分かってるよ。パパとママのためにも、お父さんのためにも、お兄ちゃんのためにも、死なないから」
「ありがとな、レイ」
「でも」
でも?
「お兄ちゃんも一緒に、だからね?」
「はは、やっぱり敵わないか」
「お兄ちゃんの彼女なんだもん。お見通しだよ」
「色々と予想外だったからな?夜中に押し倒してきたこととか」
「悪かった?」
「驚いた」
「じゃあ、一本取れたんだね」
「ん?ああ、そうなるか」
敵わないな。本当に、色々と。




