第16話
新王国歴7268年1月14日
『ひぃ!』
『うわぁ!?』
『よ、避けっ!』
「無駄口を叩く暇があるなら機体を動かせ。止まれば死ぬぞ」
『『『りょ、了解!』』』
『ひいっ!死ぬっ、死んじゃう‼︎』
「安心しろ、これは訓練だ。何度撃墜されても戦死はない」
『んな無茶苦茶なっ!』
『鬼教官!』
「その程度で練度が上がるなら安いものだ。それだけ元気なら、少し難易度を上げるぞ」
新年が始まって2週間。俺は今日、海軍一般幹部候補課程機動兵器科後期課程の訓練に特別ゲストとして参加していた。
「次、敵艦隊への攻撃。2000隻を殲滅しろ」
『えっ!?』
『多っ!』
「大丈夫だ、問題ない」
『問題大ありですよ!』
まあ俺はゲスト、そして相手は候補生なのだから、まだ優しくするつもりだ。この訓練も、いつものメニューから多少難易度を下げたものにしている。
「シュルトハイン元帥閣下の訓練は厳しいですからな……」
「容赦がありませんよね」
「演習であれば、優しい言葉をかけられますが……」
「訓練教官となると鬼だよな」
「これを普通と言うのもどうかと思いますけれど……」
「パイロットは1000名なんですよ……」
ただ、候補生どころか教官達にも不評だ。
まあ確かに、候補生には多少厳しい内容だろう。だが……
「これは訓練だ。撃墜されてもすぐに復帰する。問題はない」
「ですが、過酷すぎるものは……」
『そうです!』
『教官っ、お願いします!』
「戦場で死なれるよりは遥かにマシだ」
彼らの生存率を高めるためなら何でもする。
生き残った生体義鎧は、戦いの道具でしかない俺達は、あくまで過去の人間だ。
例えどう思われていようと、未来を守るための努力は惜しまない。
「再開した対帝国戦では既に、500万人以上の戦死者が出ている。戦う以上当然のことだが、軍事的にも感情的にも、死者は少ない方が良い。お前達も死にたくはないだろ?」
『まあ、それは……』
『早死には嫌です』
「それなら行け。訓練はまだ終わってないぞ」
そんな感じで発破をかけつつ、ゲストとして求められた訓練を終了させた。
「まだまだだな」
だが、予想通りとはいえ結果は散々なものだ。
「訓練課程の2年目、機動兵器科の前期を修了した慢心があったか?自惚れるな。お前達はまだ新兵ですらない」
だから厳しいことも言うし、訓練は厳しくする。
「あの程度の訓練なら、海軍でも時々やってる。もちろん、アレより良い結果が出る」
だがここまで言うと、彼らには自分達の努力を否定されているように聞こえるだろう。実際、俺も半分はそんな感じだ。
「このままならお前達は全員、初陣で戦死することになる。どうだ、そうなりたいか?」
しかしこう言えば、強い拒絶の雰囲気を感じ取れる。若者らしい、生気に満ちた目だ。
「まあ、嫌だろうな。俺も無駄死にだけは絶対に御免だ」
反骨精神を煽るのは好きじゃないんだが……必要なことでもある。
「死にたくなければ腕を磨け。訓練を繰り返せ。どんな死地からでも生還できるような戦士になってみせろ。それが確実に生き残る唯一の方法だ」
戦場で死なせないために。戦いで生き残らせるために。
「来年、お前達が一流の戦士となり、俺の隣に立つことを期待する」
そして、王国を守るために。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ……」
そして訓練の行われた建屋の一部、貸切にした応接室の中で俺はため息を吐いていた。
後から部屋に入ってきた2人は……
「難しそうな顔をしてるわね、ガイル」
「厳しいことを言ったと聞きました」
「ああそうだ。まあ、いつも通りだけどな……」
ほぼいつも通りの声かけをしてきた。まあ毎回じゃないが、半分くらいはこんな感じだからな。
「また自己嫌悪になってるわけね。正しいことをしてるのに、面倒な人よ」
「自己嫌悪というか……いや、自己嫌悪だな。厳しいことを言っていいのか、いつも悩む。それでも慕ってくれるんだが……」
「それで良いのよ。それが貴方らしさなんだから」
「みんな先生に悪気がないことは分かっていました。いえ、私達のためだということを知っていました」
「そうだな。だが、これも性分だ。すまない」
「それも知ってるわ」
「はい」
この日、リーリアは艦艇科と艦内科、ポーラは戦術管制科への訓練を行っていた。
詳しい内容は聞いてないがこの顔だと……どうやら向こうも似たような感じだったらしい。
「それで、出来はどうだった?」
「まあまあね。何人かは見所があるけど、全体的には例年通りだと思うわ」
「こちらもほぼ同じです。特別目立つ者はいませんでした」
「見所があるなら、先に俺達の耳に入るからな。この世代は別の場所だったか?」
「はい。この世代では士官大学からの報告が多いです」
「でも、経験不足だからまだまだよね。それに、侵攻作戦には間に合いそうにないわ」
「数年単位になるとは思えないからな。それに、そうする気はさらさらない」
「ええ」
「はい」
王国の目的は帝国の打倒、ただそれだけだ。
占領をするつもりはなく、破壊すれば良いだけだから、時間のかかる要素はない。
「そうそう、カリキュラムについては問題なかったわ。多少の変化はあるけど、許容範囲内ね」
「カリキュラムは各部隊に任されていますが、基本部分は海軍司令部の決定によるものです」
「それに、士官学校や訓練課程のカリキュラムについては父さん達も目を通してる。問題があるなら、先にそっちから聞くからな」
「分かってるわ。ただ、自分の目でも確認しただけよ」
こんな風に雑談をしつつしばらく待つと、ようやく待ち人がやってきた。
「また呼び出してすまない、セルファルト上級元帥。それと久しぶりだな、レックス元帥、ミーシャ元帥」
「お気になさらず。シュルトハイン元帥閣下」
「はっ、シュルトハイン元帥はお変わりがないようで何よりです」
「はい!リーリアさんもお元気そうで良かったです。お久しぶりです!」
「ええ。久しぶりね、ミーシャちゃん」
「どうぞ、お座りください」
海軍総長のセルファルト上級元帥、そして第5統合艦隊司令のレックス-アウシュトレイと第9統合艦隊司令のミーシャ-アウシュトレイが部屋に入ってきた。まあ、呼んだのは俺だが。
ちなみに俺達は、アウシュトレイ兄妹それぞれの元帥就任に立ち会っていて、ミーシャ元帥の就任式の時に名前で呼んで欲しいと言われていた。俺としても楽だからそうしてる。というか、名字で呼んだら区別できないからな。
またリーリアはミーシャ元帥と個人的な交流があるらしく、こんな感じだ。
「リーリア、ミーシャ元帥、話す時間は後に取ってある。今は仕事の話をするぞ」
「そうね、分かったわ」
「は、はい!すみませんでした!」
「ああいや、そこまで気にする必要はない。それでアウシュトレイ兄妹が最初に1つずつ、派遣する統合艦隊の指揮をとるんだったな?」
「はい。名称上は第5統合艦隊と第9統合艦隊のままですが、中身は他の統合艦隊からの出向艦群も含めた精鋭となっております。名前を派遣艦隊に変えることも考えましたが、書類の都合でそのままとなりました」
「総長、そのようなことは……」
「構わない。書類仕事は楽な方が良いからな」
「貴方が大の苦手だからよね」
「うるさいぞ、リーリア」
「先生、事実です」
「それはそうだが……それで、編成状況はどうなっている?」
「来月までに6ヶ統合艦隊の予定でしたが、彼ら2人の2ヶ統合艦隊に加え、第4統合艦隊と第14統合艦隊が編成を完了しているため、早まる可能性が高くなりました」
「具体的には?」
「2月の頭、閣下が出発される前までには、8ヶ統合艦隊の編成が完了するかと」
「予定では合計で10ヶ統合艦隊だったわよね?」
「はい。シュルトバーン星系防衛の第1とアルストバーン星系防衛の第16を除き、第3、第4、第5、第6、第9、第10、第12、第13、第14、第15統合艦隊を派遣編成とする予定です」
「陸軍が第2、第3、第6、第7、第8、第9の6ヶ軍団だから……問題ないわね」
「自分の第5統合艦隊には第16統合艦隊の揚陸艦群と強襲揚陸艦群の一部も含まれておりますので、より強固な艦隊となっています」
「これなら大丈夫そうだな。第2軍団も任せられそうだ」
機甲教導師団と機甲打撃師団、10ヶ機甲師団と4ヶ機歩混成師団、そして第16に出向中の超重師団を抱える第2軍団は陸軍の鷲の子。今は多数の機甲系師団や機歩混成系師団も加わり、より強力な戦力になっている。これを揚陸戦力として使うなら、やはり精鋭に任せた方が良い。
第5統合艦隊の教導艦群は水雷だが、レックス元帥は揚陸作戦も上手い。彼とその部下達なら、効率的な運用ができるだろう。
「残りの問題は運用ね。どんなタイミングで陸海軍を使うかによって、効果と被害が分かれるわ」
「戦略艦隊の作戦もまだ大まかなところしか決まっていないが……大きく分ければ3つだな」
「3つ、ですか」
「ポーラ、前に使ったモデルを出してくれ」
「はい先生」
言葉の通りにポーラはシュミルを介して部屋のホログラフ投影機を操作し、架空の星系図を出す。
ちなみにこのモデルの元はシュルトバーン星系だが、特に意味はない。
「あくまでこれは例えだ。実際は状況に応じて変更する。それはいいな?」
「もちろんです」
「理解しています」
「はい、大丈夫です」
「これの前提は、陸海軍が戦略艦隊と一緒に目標星系から数光年の場所に布陣することね」
「ああ。そして1つ目は、戦略艦隊と陸海軍が同時、もしくは少しの時間差で星系へ亜空間ワープを行い、敵戦力を一気に粉砕する方法だ」
「敵戦力の分散が目的なんですね?」
「そうよ。恐らく敵主力正面に私達、他の敵艦隊や拠点に陸海軍が行くことになるでしょうけど」
「海軍の方が数が多い、ということからですね?」
「そういうことだ」
戦略艦隊は囮とするのも有効だ。アーマーディレスト級は機動要塞を数十隻まとめて消し飛ばせるようなバケモノだからな。便利に使っておいてアレだが。
代わりに海軍は数が多く、多方面に同時に展開できる。適材適所だ。
「2つ目は戦略艦隊が敵艦隊へ打撃を与えた直後に、陸海軍が亜空間ワープをする方法よ。これの目標は敵艦隊、もしくは惑星か衛星でしょうね。どっちも包囲殲滅を目的にしてるわ」
「まあ、これは1つ目に似てるな。追撃を任せるだけになるのは悪いと思ってるが」
「いえ、構いません。余程の数が相手でなければ、戦略艦隊の打撃力は当てにするべきです。1ヶ統合艦隊全てを1つの戦場に投入するわけにもいきませんし。不可能ではありませんが、戦略的に不合理なので」
「はい。そして圧倒的な数の帝国軍を相手にするのであれば、損耗の削減は必須事項です。その点において、多数の無人艦と無人機を用いる戦略艦隊が最も合理的だと考えます」
「それに、1番確実ですから」
「そう言ってくれるのは助かるわ」
ただし、戦略艦隊が前に出る理由の半分は個人的なものに近い。死者をできる限り減らしたいのと、復讐心だ。
彼らにも多少の不満はあるようだが、そのことを理解して気を配ってくれるから話しやすい。
「最後の3つ目、これは戦略艦隊が敵艦隊に穴を開けて後方に布陣した後、ゲラスリンディ級とラファレンスト級のワープゲートで一気に戦力を投入する方法だ」
「ゲラスリンディ級をわざわざ使用するのですか?亜空間ワープでも良いと思いますが」
「確かに亜空間ワープで直接侵入してもいい。だが亜空間ワープでは事前に場所が分かり、攻撃を受けやすい。ワープゲートはそこからしか出撃できないが、要塞艦が守るからな」
「なるほど」
「それと同時に、揚陸艦や揚陸艇も守られるわ。敵艦隊がまだ残ってるなら、こっちの方が良さそうね」
「ただ、これを使う場面はほぼ無いだろうな。強引に揚陸する必要がある場所は……帝国本星くらいか」
父さんの予想通りなら本星にいる艦艇数は多いだろう。そのため、こういった手法が必要になるかもしれない。それ以上だったら……やっぱり、アレの出番か。
「惑星を破壊するわけではないのですね。閣下達であれば……」
「まあ本心としてはそうしたいな」
「だけど、連邦との取引に使いそうだからとりあえずは生かして捕らえろって言われてるのよ。何人か見せしめに殺すのはいいけど、皆殺しはマズいらしいわ」
「そうでしたか」
「あれ?でもそんな命令は聞いたことがないですけど……」
「俺達だけらしい」
「感情的になって殺す可能性はゼロじゃないわね」
揚陸して片っ端から捕らえて全員惨たらしく殺すことさえ考えてるくらいだ。昔の処刑法について調べたこともある。
だから父さんとザルツに釘を刺されたんだろうけどな……
「まあ、この話はどうでもいい。それより、12ヶ統合艦隊全てを出しても王国の防衛体制に問題は生じないか?」
「問題ありません。アルストバーン星系の第16統合艦隊と第10軍団、第3戦略艦隊と第8戦略艦隊であれば、100億の敵艦隊からでも守りきれるでしょう。またシュルトバーン星系には5ヶ統合艦隊と3ヶ軍団、第11戦略艦隊もおります。彼らも動員すれば、守りきることは可能です」
「そうだな、分かった。お前達になら、俺達がいない時も王国を任せられる」
「自分達も派遣される身なので、そう言っていただけると安心できます」
「そうよね。ミーシャちゃん」
「はい!何でしょうか?」
「あなたも安心できるわよね?」
「も、もちろんです!」
「リーリア先生、少し意地悪です」
っと、まあこんな感じで色々と話をして、終わった。
「さて、俺の話はこれくらいか……そっちは何かあるか?」
「いえ、ありません」
「それならこれで終わりだな。わざわざ呼び出して悪かった」
「閣下、全ては王国のために、ではないのですか?」
「そうだな。レックス元帥、ミーシャ元帥、お前達もご苦労だった」
「これからも頑張ってね」
「はい、ありがとうございました」
「頑張ります」
そして3人が部屋から出ていき、俺は肩の力を抜く。
リーリアとポーラも同じような感じで、俺の肩に体重をあずけてきた。
「ふぅ……リーリア、この後呑みに行くか?」
「いいわね。ポーラは行く?」
「私は、その……」
「それなら普通のレストランにするか。薬は無しの方が良いよな?」
「はい」
「仕方ないわね。私もそれでいいわ」
「リーリア、そんなに怒るな」
「怒ってないわよ」
「少しは怒ってるだろ」
機嫌取りも必要だな……まったく。
・鷲の子
虎の子と同じ意味。