第14話
新王国歴7267年12月19日
「うわー」
「完全に凍ってるな」
「冬だもの。当たり前よ」
「いえ、例年より分厚いそうなので、多少のことでは割れないそうです」
「……スケート、する?」
「明日やるのも良いかもしれませんね」
今日俺達6人は、とある高地にある別荘へやってきた。すぐそばには湖があり、雪と氷の湖面を見せている。
夏は避暑地としても有名な一帯だが……冬もまたある理由で有名だ。
「さて、準備はできたか?」
「はい。全て持ちました」
「それじゃあ……真ん中当たりだな。歩いていくぞ」
「はーい」
帝国戦前とはいえ休みが多い……なんて気もするが、昨日までの2週間は銀河内の探索と対帝国艦隊戦闘の繰り返しだった。
こんな風に感じるのは、比較対象が500年間の暇なアルストバーン星系待機だからかもしれない。
「それにしても、休暇が重なってくれて助かるわね」
「父さんが気を利かせてくれたからな。今さらだが、感謝の言葉でも送っておくか」
「そう言うと思って、もう送ってありますよ」
「そうなのか。ちなみにいつだ?」
「9月の初め頃ですね」
「対処が早すぎるぞ……」
この言葉の通り、父さんの計らいで俺とリーリアがセット扱いされた結果、第1と第4の出撃と休暇のタイミングはほぼ完全に一致していた。
そしてこれは俺達だけじゃなく、他にも何百組かいる第1と第4に分けられた連中にとっても嬉しいことだろう。完全に配慮し切ることはできなかったからな。
まあそんな話は置いといて、俺達6人は荷物を持ち、氷の上で雪をかき分けながら進んでいった。
「っと、この辺りか」
「そうね。まあ、詳しいポイントなんて分からないけど」
「お遊び程度ですから」
「……その方が良い」
鞄の中から取り出したのは氷に穴を開ける専用の元素操作装置だ。昔はドリルでやったらしいが、今はこっちの方が労力も音も少なくて済む。
「さて、競争だな」
「時間までに1番多く釣った人が優勝よ」
「はい」
「負けないからね!」
「……勝つ」
「それでは、始めましょうか」
こういった湖にはハウリーシェと呼ばれる小魚が多数いて、冬は氷に穴を開けて釣るのが娯楽の1つとして大昔から定着している。
なお許可されているのはスポーツフィッシングだけであり、釣った魚は全てリリースしないといけない。
実は監視もいるんだよな……長時間待機訓練って名目で。
「それで……リーリア?」
「何?貴方」
「近すぎないか?」
「良いでしょ?2週間ぶりなのよ?」
「別に良いけどな。だが、糸が絡んだらどうする?」
「その時はその時よ」
「回収が大変なんだけどなぁ……」
肩が触れ合うような距離にいるからな、今。というか翼は当たってる。糸が絡まった場合の手順は知ってるが、少し手間取ると面倒になるんだぞ?
「それに、他のみんなも同じようなものよ」
「リーリア以外は節度があるな」
確かに全員近くにいるが、それでも1〜2mほどは離れている。流れがほとんどない冬の湖なら、糸が絡まることはないだろう。
「リーリアは近すぎですね。ガイルが少し困惑していますよ」
「迷惑とは言わないんだな」
「先生なら迷惑だとは考えないと思います」
「嬉しいよね?」
「……いつもそう」
「まあ……それは否定しない」
それはまあ、なぁ……好きな女が近くにいて嫌がる男がいるか?
「あっ、釣れましたよ」
「1番ね、メルナ」
「……わたしも」
「シェーンもか」
「釣れたよー!」
「レイも……」
「私も釣れました」
「……なあ、リーリア」
「何?貴方」
「何で釣れないと思う?」
「分からないわよ……」
4人が連続して釣れる中、アタリも何も無いのは何を言えばいいのか困る。
そしてその後も……何故か俺達だけは釣れなかった。
「やった、10匹目!」
「おめでとう、レイ」
「釣れるのって良いわね……」
「まだ釣れませんか?」
「ああ。何でだろうな……」
「……ねえ」
「シェーン、どうしたの?」
「……これ」
シェーンが持っていたのは、練り餌用針や撒き餌といった必要なもの一通りつけられた、釣り糸の先に付けて使うタイプの仕掛けだ。
今俺達が使っているそれが、ちょうど2つ。
「待てシェーン、何でそれを持ってる?」
「そうよ。それは6本しかないはず……」
そこであることに思い至り、慌てて巻き取ってみると、そこには錘だけが付いていた。
大物釣り用の方と間違えたか……しかも疑似餌すらつけ忘れて。
「釣れないはずね……」
「疑似餌すらないからな……」
「これ、餌を付けないと使えないのに。分かりそうなものなんだけど」
「どこで間違えた?」
「あれよ、別荘で準備してた時。話をしてて手元を見てなかったじゃない」
「そういえば、2つずつセットにしてた覚えがあるな……」
「それね。でもそれより、早く付けなおしましょ」
「ああ」
少し手間取りながらも仕掛けを交換し、再度糸を垂らす。
さて、再挑戦だ。
「釣れたけど、雑魚が1匹ね」
「小さいな……」
「やった!大きい!」
「この子も大きいですね」
「……3匹同時」
「私も釣れました」
「「……」」
これは、何というか……
「天に見放された、か?」
「運が悪すぎるのね……」
「そうかもしれませんね。ここまで釣れないのは珍しいでしょう?」
「はい、その通りです」
「お兄ちゃん、リーリアお姉ちゃん、大丈夫?」
「まあ、一応大丈夫だ」
「若干自信喪失してるけど」
「……そんな顔してる」
「大丈夫ですよ。珍しいですけど、時々あることですから」
「ですが、先生達だけなのは疑問です」
「殺気が漏れちゃってる、とか?」
「さあな。流石に魚の感情までは分からない」
「1つだけ分かるのは、私達に勝ちの目がないことね」
俺達が1匹ずつなのに対して、メルナ達は20匹目に入ってるからな。
これで逆転できたら奇跡だな。安い奇跡だが。
「でも続けるんだよね?」
「ここで止めたら怒るだろ?」
「ええ」
「うん」
「……そう」
「はい」
「やっぱりね。あなた達のためだから、心配しなくていいわ」
「心配はしていません。感謝しています」
「そういうわけだから、時間一杯まで釣ってていいぞ」
まあ、追いかけるのをやめる気はないけどな。
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「あー!?」
「……負けた」
「ふふ、ごめんなさいね」
「好きなだけはあるわね」
「先生、おかわりしても良いですか?」
「もちろん。他にはいないか?」
そして釣りを終えた後、俺達は別荘に戻った。
今やっているのは釣り果の確認……ではない。
「次はどうする?」
「さっきはあそこで抜かれたから……急カーブの少ないとこ!」
「では、アルフィアサーキットの第3コースにしましょうか」
「……姫様、わざと?」
「そこは途中までは緩やかですが、最後にヘアピンカーブが3連続であるコースです」
「レイの要望通りなら、ガルティスサーキットの第2コースか、ガーデルンサーキットの第4コースね」
「ユルトラドサーキットの第1コースもそんな感じだぞ。レイ、どうする?」
「うーん……ユルトラドかな」
釣り果はメルナとレイとポーラが3人同着だった。そして決着を付ける、という名目でのゲーム大会だ。
そして、前にゲームセンターでやったレーシングゲームの本家本元……と言っていいのかは微妙だが、そのシリーズのファルムゲームをやっている。
電子機器のゲームができたばかりの頃からあるシリーズなんだよな、これ。
「それでは、始めます」
「3」
「……2」
「1」
「スタート!」
純粋なレーシングゲームじゃないから、派手にやることが多い。爆発系のアイテムが多い設定だと特にな。
今回みたいに。
「うおっ!?」
「油断大敵よ、って!?」
「……油断大敵」
「後方不注意ですね」
「すみません先生、抜きます」
「お兄ちゃん、おさき、わぁっ!?」
「油断大敵だな、レイ。リーリア」
「ええ、ちょうど出たわ」
「きゃぁ!?」
「……酷い」
吹き飛ばされたり、吹き飛んだり。巻き込まれたり、巻き込んだり。カオスな惨状だ。
アニメ調だから、アレよりはマシだけどな。
「あー、また負けちゃった」
「油断する方が悪い」
「貴方、大人げないわよ」
「リーリア、負け惜しみか?」
「言うわね……それなら次は圧勝してあげるわ」
「やれるものならやってみろ」
「楽しそうですね、ガイル」
「……子どもっぽい、かも?」
次第に勝敗がどうでもよくなってくるのも、いつも通りだ。
楽しめるのが1番だからな。
「これで終わりにしましょうか」
「あー、楽しかった」
「……準備、してくる」
「そういえばそんな時間か。頼む」
「私も……」
「シェーンに任せれば大丈夫よ、ポーラ。時間はあるんだから。それに、軽食以外だとシェーンの邪魔になるでしょ?」
「分かりました……」
「そう落ち込むな。リーリア、言い過ぎだ」
「本当のことよ」
そんな感じで数時間ぶっ通しでやり続け、夕方になってようやくゲーム熱は収まった。自分でやっといてアレだけどな。
「さてと、テレビでも見るか?」
「うん!決めていい?」
「レイはダメだ。メルナ」
「ええ。レイちゃん、この時間は私が優先させてもらう約束ですからね」
「はーい。それでメルナお姉ちゃん、何見るの?」
「……これ、ですか?」
「そうですよ。これが今日で助かりましたね」
「さっきやったばかりだからな。っと、父さんからか」
「おじさんから?」
「何の用だ?まあいい、少し席を外す」
そういうわけで俺は廊下に出て、通信を開いた。
「父さん、急に何だ?」
『また休みか。いい身分だな』
「昨日までは14日連勤だぞ。それで?」
『帝国軍の大規模な基地が見つかった。だが、既に連邦が動いているようだ』
「データは?」
『今送る』
で、父さんから送られてきたデータは……なるほど、前のアレと同じか。
要塞は惑星ではなく大型の衛星を改造したものだが、意味合いや戦力はほぼ同じみたいだな。
『帝国軍の規模は以前のものと同じだ。そして、連邦軍が動員した戦力は30億隻を超えると予想されている。だが』
「今回は見物、か。偵察はどれくらいだ?」
『第2の潜宙艦隊が潜んでいる。そして諜報部の協力者が相当数だ』
「高官の中にもいるか……問題はなさそうだな」
『順調に増えているからな』
協力者についてはこの間新設された諜報部に管理が移管され、俺達の仕事は少し減った。まあ諜報部の規模も、協力者の人数もまだ少ないから得られる情報には限りがあるが、しばらくすれば問題はある程度無くなるだろう。
帝国の方はまだほとんど構築できていないが、諦めるしかないか。侵攻作戦中に進めるのも良いかもしれないな。
『ガイル、お前の方はどうだ?』
「こっちも予定通りだ。無人艦隊の扱いについてはかなりマシになってきた」
『その様子なら、戦力化は完了しそうだな』
「俺もアレの特性に慣れてきたからな。使い方が難しくても有用な駒だ。上手く使う」
『頼む。その方が戦略的にもやりやすい』
「戦略となると、やっぱり例の?」
『帝国と王国は違う。その違いは存分に利用するべきだ』
「それは俺も同意だ。だが……」
せっかく長距離を亜空間ワープで跳び越えられるんだから……
『奇襲の利点を活かすべき、か?』
「ああ。帝国の本星を吹き飛ばせば、帝国軍の混乱は避けられない。アレを使わなくても十分に……」
『指揮を取れる場所が機動要塞だけとは限らない。そして失敗した場合の損害が大きすぎる。ガイル、油断はするな』
「それもそうか……分かった。父さん、今のは聞かなかったことにしてくれないか?」
『安心しろ。通信を録画する設定にはなっていないし、他に誰も聞いていない』
「助かる。って、他に?」
『後ろを見てみろ』
後ろ……って、10個の目があるな。
「……いたのか」
「私も関わってそうだったからよ」
「私としても、重要な情報を見逃すことはしたくありませんからね。後で報告は来るでしょうけど」
「わたしも同じだよ。それに、お父さんのことも気になったもん」
『レイ、久しぶりだな。元気か?』
「うん、元気だよ。お父さんも元気?」
『元気だぞ。それで……』
「父さん」
「おじさん?」
『……すまない』
父さん。レイ相手だと色々言いたくなるのは分かるが、業務連絡のための通信で話すなよ。
そういう話はプライベートでやれ。流石のレイも苦笑いだぞ。
「そうだ父さん、例のアレはどうなった?」
『ん?ああ、アレか。ガイルの頼んだ通りになっているはずだぞ』
「それなら大丈夫か……」
「貴方?」
「……アレ?」
「何なに?」
「それは……父さん?」
『言ってしまえ。別に隠す必要のあることではないはずだ』
「そう、だな。まあ父さんの言う通り、大したことじゃない。民間の作成中のゲームに口を出しただけだ」
「それって十分大したことだと思うわよ。秘密にできたなんて」
「ガイルが私達に隠し通せたということは驚きですね」
「そうだよね」
「ちょっと待て、そんなに驚くことか?」
「はい」
「ええ」
「うん」
「……驚く」
「そうね」
「いやいやいや……」
ワザとだろうが、この程度で驚かれると俺が困るんだが。
『それでガイル、それとリーリア、覚悟はいいか?』
ん?
「覚悟?急にどうしたんだ?」
「そうよ。いきなり言われてもわけがわからないわ」
『帝国銀河侵攻作戦、その開始日が決まった』
「いつだ?」
『早まるな。連邦との調整の結果、2ヶ月後……来年2月の初頭だ』
そうか、ようやく……!
『具体的なことはまた後日の会議で決める。それで良いか?』
「ああ、問題ない。それに、戦略は父さんの担当だからな」
『そうだな。ではガイル、今後も頼んだぞ』
「ああ」
そう答え、俺は通信を切った。だが……
「侵攻作戦の開始日が決まったのは嬉しいが……連邦軍の方が動く、か」
「やっぱり侮れないわね。手を抜いたつもりはなかったけど……」
「銀河全体にレーダー網を張ったわけではないのですから、仕方のないことですよ」
「王国に対する諜報網構築の動きもあるようです。現在は全て防いでいますが……」
「取り込まれる奴がゼロとは限らないな。その辺りの対策も必要か」
「……どうする?」
「基本的には必要ない。王国民の大半は俺達の声をよく聞いてくれる。問題は……反体制派の馬鹿どもだな」
「そうだよね。勝手なことばっかり言うもん」
「半数ほどはまだ話ができますが、残りは意味が分かりません」
「あんな連中の言うことを真面目に聞いたらダメよ。しっかり考えたりなんてしてないんだから」
「考えられるなら、他にいくらでもやれることはあるからな。まあ、ごく稀に道を間違える馬鹿もいるが」
「お掃除しちゃう?」
「その辺りは警察の陸軍の仕事だ。捜査はプロに任せるとして……強制捜査の準備協力はできるか」
「そうですね。それでは、いくつか話を通しておきましょうか」
王国を守るためなら、王国に牙を剥きかねない連中の掃除も仕方のないことだ。
つけ込まれるような隙はできるだけ減らすに限る。
・ハウリーシェ
要するにワカサギ。生態も姿形もほとんどワカサギで、冬の湖上での釣りはほぼワカサギ釣り。
ただしスポーツフィッシングしか許可はされておらず、釣ったらリリースが決まり。釣っている間なら容器に入れておいても問題ないが。
そして数匹ならバレないだろうと初心者が食べ、即刻捕まるのが毎年のお約束。期間が決められた最大の娯楽なだけに、自然食品への制限は厳しい。
なお、湖には体長数十cmの魚もおり、そちらのスポーツフィッシングも人気。
・バーディスランド王国軍諜報部
国家統合以来諜報部というものが存在しなかったバーディスランド王国が、この度の対帝国戦争のために新設した組織。陸海軍を母体に、近衛軍と戦略艦隊のサポートを受けて設立された。
情報源は主に洗脳した協力者で、連邦の軍関係者や諜報関係者を中心に増殖している。帝国側でも増えているが、そちらはあまり芳しくない。




