第11話
新王国歴7267年11月11日
「おい、それ6つくれ」
「へい。綺麗どころばっかり羨ましいねぇ」
「茶化すのか?」
「えっ、あっ……」
「気にするな。それより美味いな、これ」
「ありがとうございます。そう言っていただけるとは……」
「貴方、そんなにからかうのは駄目よ」
「酷い人ですね」
「遊んじゃダメだよ、お兄ちゃん」
「……意地悪」
「先生、それくらいにした方が良いと思います」
「悪い悪い。すまないな」
「い、いえ……」
今日は祭りだ。学校や民間企業はほぼ全て休み、軍でも最低限の人員以外は休暇となる。
その休暇の面々も、ただ休んでいるわけではない。ある者は屋台や露店を出し、ある者はグループでイベントを企画し、ある者はただただ全力で楽しんでいる。
俺達も変装して、時々眼鏡を外して正体をバラしたりしながら、適当に街をぶらついていた。
それで、これは何の祭りかというと……
「さあさあ!賭けた賭けた!」
「……アームレスリング?」
「私達は参加できないわね」
「当たり前だろ」
「毎年だよね、アレ」
「あるグループが主催しているようですからね」
「確か、陸軍の部隊だったはずです」
王国解放祭。503年前にようやく王国を解放できた日を祝う祭りだ。
「射的ね。貴方、やってみない?」
「荒らすのか?」
「1回だけよ。根こそぎ取るつもりは無いわ」
「ならやろう。楽しそうだ」
「頑張ってね」
「ああ」
「ええ」
そして年に3日しかない、自然食品を好きなだけ食べられる日でもある。
正確には全て養殖ものだが、気にする者は誰もいない。重要なのは、元素操作装置製でないものを食べられることだ。
それに基本的には無礼講で、街に王族が紛れ込んでいることも時々ある。国王がいた回数は……両手の指じゃ足りないな。俺が連れ戻しただけでも片手を超えてる。
「お、いらっしゃい!お2人で?」
「そうよ。銃はクレラ17マーチェントね」
「弾はプラスチック球だけどな。的も同じで、弾道特性は……なるほど」
「じゃあ、やるわよ」
「了解」
そのため、こういったゲームの景品は大抵食べ物だ。
稀に個人制作のモデルなどもあるが、それらもだいたいはお披露目程度。後日データはリールウェブで共有される。
だから、遠慮はいらない。
「うおっ!?」
「なっ!」
「スゲェ‼」
「何だありゃ!?」
「うわー、手加減無しだね」
「……大人気ない」
「酷いですね」
「えっと……すみません先生、フォローできません」
いやまあ確かに、1発で2つ3つ的に当てればそうなるだろうが……
けどな、レイ。そう言うならさっきの応援は何だったんだ?
「お、おお……」
「おい、大丈夫か?」
「ま、満点の数倍……け、景品はどうすんだ?この点数なら……」
「1つずつで良いわ。あなたに悪いでしょ?」
「そうだな、それで良い」
「おう……」
と、こんな感じで小魚のチップスとソーセージ盛り合わせを貰った。
当たり前だが分け合う用だ。
「お兄ちゃん、リーリアお姉ちゃん、お疲れ様」
「レイ、聞こえてたぞ」
「聞こえるように言ったもん」
「レイちゃん、もう少し工夫した方が良いですよ。例えば、いじめちゃダメだよお兄ちゃん、などですね」
「あ、そっか」
「おいこら、誰がいじめっ子だ」
「違わないわね」
「おいリーリア」
「事実でしょ?あんなこと、生体義鎧くらいしかやれないもの。まあ、何人かにはそれ以上にバレてたみたいだけど」
「また……あれだけ派手にやったんだ。騒動にならなかっただけ良かったと思え」
「そうするわ」
俺とリーリアは眼の色しか変えてないからな。眼鏡だし、分かる奴は分かるだろう。
「私達が気づかれることはほとんどありませんけどね」
「……凄く違う、から」
「ポーラお姉ちゃんも目だけだよ?」
「私は目立ちにくいので」
逆にメルナとシェーンは髪と翼の色、レイは肌の色を変えている。ポーラはカラーコンタクトだ。
リーリアも含めて5人とも、違和感や色調を気にしてかなり研究しているらしい。
「さて、次は……ん?」
「演劇、ですか?」
「そうでしょうね。ガイル、行きませんか?」
「演目は……公爵と次爵?」
「聞いたことがありません」
「自作かな?」
「そうかもしれないわね」
「学生のようですが……」
「良いんじゃないか?確か有名な所だぞ」
「……行こう」
「行きましょ。面白そうだしね」
「そうだな」
「はい、先生」
というわけで、俺達は仮設の劇場へ入った。
演じるのは高校生と大学生の合同グループらしく、まだ若いし未熟だ。だが、熱意は誰よりもあるという自負が凄い。演技に込められた熱が強い。
『けれど、私と貴方では立場が違う……許されないのよ』
『関係ない。これは俺と君の問題だ。他の事なんて関係ない』
『貴方はそうかもしれないわ。でも私には責任があるのよ。投げ出すなんて……』
『だったらその責任、俺が背負えるようになれば良いんだろう?』
この演劇が抽出した時代は第1次世界大戦の数十年前、若くして公爵位を継いだ少女と次爵家嫡男の青年の恋愛物語だった。
『どうだった?』
『凄い……本当に、やっちゃった……』
『それで……俺と婚約してくれないか?』
『……はい、喜んで』
青年はたゆまぬ努力、そして偶然できた王族の友人の力を借り、婚約者となる権利を勝ち取った。
そして少女はそんな彼を見て、想いを一層募らせる。
『ね、ねえ!』
『ん?』
『無理を言って教えてもらって、作ってみたの。その、良かったら……食べて?』
『ありがとう……うん、不味い』
『酷い!』
『けど、すぐに上達しそうだ。頑張れよ』
『何その褒め方……でも、ありがとう』
だがその頃、王国では隣国との戦争が発生していた。
そしてその戦争へ青年は士官として、少女の代わりに赴くこととなる。
『嫌よ!お父様もお母様もいなくなったのに、次は貴方までなんて……!』
『大丈夫だ。まだ婚約者だから、死んでも君に傷はつかない。安心して送り出してくれ』
『そんな言い方しないで!私はっ、私は!』
『ごめん、意地の悪い言い方だった。でも、これしかないんだ』
『そんなの……ねえ、死ぬのが怖くないの?今からでも……』
『怖いさ。でもここで行かなくて、君を行かせなきゃならない方がもっと怖い』
『それは……』
『大丈夫だ。必ず帰ってくる』
『うん……いってらっしゃいませ』
その後、戦争は1年近く続き、そして……
『ひっぐ、何でっ、帰ってくるって言ったのに……!約束したのに……!』
『約束を破られたのか?』
『うん……必ず帰ってくるって言ってたのに……』
『酷いやつだな、そいつは』
『酷いよ、本当に……』
『ところで、君は誰と話してるんだ?』
『それは……え?』
『ただいま。ちゃんと帰ってきたぞ』
『えぇ⁉︎な、何で⁉︎』
『何でって、戦争が終わったから。別に死んでないし、五体満足だぞ?まあ、しばらく行方不明になってた時期はあったけど……あ、それで戦死認定されたからか。訂正に苦労したんだよな、アレ』
『何それ……悲しんだ私がバカみたい……』
『でも嬉しいよ。俺のために泣いてくれたんだから』
『もう、からかわないでよ』
『ごめんごめん。さて、行こうか。そろそろ式も挙げたいそうだから』
『ふふ……はい、旦那様』
そんなハッピーエンドのフィクションだ。
「面白かったね」
「そうですね。上手にできていました」
「……脚本が上手」
「コメディ部分は笑ったな。思わず」
「でも、凄く既視感があるわね」
「はい、あります」
「そうか?」
「モデルの1人がここにいるからよね」
「絶対にそうです。モデルにするならそうなります」
「まあ、確かに……」
最後のあたりは俺だよな……あれ、そんなに広まっていない話のはずなんだが。
いや、調べれば出てくるんだから無意味か。
「さて、次はどうするか……」
「それなら、ここに行きませんか?」
「へえ、良いわね」
「どこどこー?」
「……遊園地、ですか?姫様」
「ええ。ですけどここは、古き良きな場所ですよ」
「本当に古いな……見た目だけなら第2次世界大戦あたりか」
「見た目だけみたいだけど。中身は最新よ」
「はい、その通りですね。そこの中で特に有名なのが……お化け屋敷、だそうですよ」
「「え?」」
レイとポーラの声だけがやけに大きく聞こえた。
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「ひっ!?」
「きゃあ!」
急に出てきたゾンビにレイが恐れおののき、天井から落ちてきた骸骨にポーラが腰を抜かす。
俺達4人は何のその、なんだが……忘れてたがこの2人、お化け屋敷は苦手だったな。
「大丈夫か?」
「まったく、だらしないわね」
「な、なな、何で平気なの……?」
「こ、怖い、です……」
「俺とリーリアは慣れてるからな」
「昔はよく行ったもの」
「それは少し違うと思います……」
「メルナ、お姉ちゃん、は……?」
「これくらいなら大丈夫ですよ」
「……姫様、度胸もある」
「そうだったね……」
王族だからな。度胸がなかったら、多分王族なんてやってられない。
というよりも、度胸がなければ認められない、と言うべきか。
「まあ、俺達でも気配を読めないってのは予想以上だが」
「遮音フィールドと……遮光フィールド?ホログラフと……いくつもあるからよく分からないわ」
「探らなくても良いだろ。というか、分かる気がしない」
「確かにね。私達は技官じゃないもの」
というか、俺達が知らない技術があるかもしれないしな。流石に民間のことまでは分からない。
それよりも……
「きゃっ!?」
「うひぃっ!?」
「ひぃ!」
「ヤダヤダヤダ!!」
「……大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ!」
「先生は驚かないんですか……?」
「驚きはするけどな」
「そこまでじゃないわ」
「それで……これでだいたい半分か」
「まだ!?」
「もう、よ。結構早いわね」
「いや、割と時間は経ってるぞ。暇がないから短く感じるだけだ」
「本当ですね」
「そんなぁ……」
2人とも怖がりすぎだぞ……ホラー系だけはダメだな。
それで、残り1割程度の頃には……
「もうやだぁ……」
「帰りたいです……」
「ああもう、泣くな」
「まったく、大の大人が情けないわね」
「……大丈夫?」
「クライマックスはまだですよ?」
「「ひっ⁉︎」」
「あー……大丈夫か?」
「大丈夫でしょ。苦手なだけよ」
いや、そろそろマズいと思うぞ?最後まではもつだろうが……
「お、終わりました……」
「もうヤダ」
「あら、レイちゃんは反抗期でしょうか?」
「どう見ても拒絶反応だ。ワザとだろ」
「ええ」
「まったく、相手にトラウマを植え付けるな。もっと上手くやれ」
そして、ようやく出られたと安堵するポーラと、雛を守る親鳥のように警戒心丸出しのレイ。
今回はまだマシな方だが、こうなると大変なんだよな……
「お兄ちゃん」
「どうした?」
「何か欲しい」
「分かった。それなら……向こうにあったアイスでも食べるか?確か、20種類くらいあったはずだが」
「うん」
「俺が選んでくれば良いか?」
「うん」
「それなら貰ってくる」
そう言って離れて、レイ用に3つ貰ってきたんだが……レイはすぐに全部食べてしまった。
そんなにか……
「ねえ、お兄ちゃん」
「どうした?」
「わたしがこんな目に遭ったんだから、同じ目に遭わせてもいいんだよね?」
「それはそうかもしれないが……」
で、そう来ると……できるだけ優しめのやつが良いんだが。
「じゃあ、リーリアお姉ちゃんはコスプレで……」
「ちょっと待って。何で私まで……」
「えー、だって心配してくれなかったんだもん」
「うっ、それは……ごめん」
「ダメ。メルナお姉ちゃんは……何が良いかな?」
「あら?コスプレをさせてはくれないのですか?」
「むしろノリノリだろ」
「……姫様……アニメも好き、だから」
「ノリノリでコスプレ……というよりも、成りきりそうです」
「うん。だからお兄ちゃん、どういうのが良いかな?」
「そうだな……何かあるか?」
「それでは、コスプレをしてイベントに参加するというのはどうでしょうか?」
「それはダメだ」
「……ダメです、姫様」
「メルナお姉ちゃん、それ楽しんじゃうじゃん」
「というか、元々それが仕事でしょ」
流石にこれは冗談だろうが、例えイベントに出たとしても罰にはならないだろう。王女として、時には見世物も仕事になる。
俺がこうなってから500年程度なのに対し、メルナは生まれた時からだ。
それはレイも分かっていて、別の案を求めている。
「レイ、2人へはシミュレーターで憂さ晴らしをすればいい。その辺りの調節はやっておく」
「いいの?」
「ああ」
「仕方ありませんね」
「それなら私も……」
「リーリアは思考加速装置を使わずに、だ」
「ちょっと!?」
「レイのためだ。それに、訓練にもなるだろ?」
「まあ、それもそうね……これで済むならこの方がいいわ」
「別にコスプレでも構わないぞ?」
「嫌よ」
リーリアはコスプレをさせると面白いんだけどな。
・変装道具
結構色々ある。
ファッションともみなされている眼鏡(瞳の色を変えるバージョン)だけでなく、瞳の色を完全に変えるカラーコンタクトや、髪や翼にダメージを与えず簡単に落とせる着色料、洗うまで肌の色を変えられるグリース系塗料などがある。
またシュミルのホログラフを応用すれば、瞳・髪・翼・肌の色を変えることも可能。使用者本人が違和感を感じることが多いため、やる人は少ないが。
なお、王国人は色で見分けることが多いため、どこが1色でも違えば別人と判断されることが多い。頭で分かっていたとしても、本能的に。
・王国解放祭
新王国歴6764年11月11日、帝国からシュルトバーン星系を取り戻したことを記念して、新王国歴6774年から始まった祭り。
この日は王国各地の食料コロニーで製造された自然食品が潤沢に配給され、国民は全員が好きなだけ食べられる。
また官庁や軍の一部以外のほぼ全ての企業が休みで、個人の仕事も大抵は休みになる。だが代わりに、趣味で屋台や舞台や芸などをやる人間は絶えない。超巨大で自由な学園祭というのが1番近い。




