第6話
新王国歴7267年10月4日
「ふぅー……」
「やっぱり良いですね……」
「……気持ちいい」
「ねえお兄ちゃん、これ飲む?」
「レイちゃん、泳いではいけません」
昨日、任務から帰ってきた俺達は今朝移動し、昼から温泉に入っていた。ここは俺達が所有する別荘の1つの中、王都のある島の火山地帯にある露天風呂だ。
一般的に温泉といったら第5惑星第3衛星のことを指していて、第3惑星で温泉に入れるのは余程運が良いか相当な実力を持つ必要かある。俺達は……まあ、そういうことだな。
そして、ここにいるのはもう1人。
「貴方の方も大変だったみたいね」
「リーリアの方もだろ。まったく、2人そろって」
リーリアの第4戦略艦隊も同じ日程だったため、同じように休暇が取れた。
だからここに集まれたのは6人、誰1人欠けていない。こういう意味では、帝国と連邦に感謝してやってもいいかもしれない。
「……ガイル?リーリア?」
「シェーン?どうした?」
「今はそんなことを話している時ではありませんよ」
「紅葉も見れるんだから、もっと楽しもうよ」
「そうだな、分かった」
「そうね。悪かったわ」
「謝る必要はないと思いますけど」
「そこはまあ、性分だ」
この別荘の標高は1000mほど、今の季節なら紅葉も楽しめる。せっかくの露天風呂なんだから、楽しまないと損だな。
「貴方」
「っと?」
と、声とともに視界に入ったそれを俺は掴む。
それはリーリアが投げた徳利で、酒が入った瓶だった。
「おいおい、乱暴に扱うな」
「貴方なら掴めるって分かってるからやったのよ。それくらいなら良いでしょ?」
「まったく。それで……清酒か」
「こういう時はこっちの方が良いのよ。ワインも悪くないけど」
「確かに。猪口は?」
「ここよ」
準備がいいな。俺の分の猪口を受け取りつつ、リーリアのものに注ぐ。
そして俺の方にも注いで……
「あー、また2人だけで呑んでる!」
「先生、抜け出しですか?」
「……ズルい」
「私達にも貰えますよね?」
「バレたぞリーリア」
「むしろバレない方がおかしいわよ」
まあ当然か。同じ温泉に入ってるんだしな。
そう言ったリーリアはすぐに別の猪口を取り出す。最初からそのつもりだったようで、それらはちょうど4つあった。
「リーリアお姉ちゃん、ありがと」
「良いわよ。からかおうとしたのは事実なんだから」
「先生達の悪い癖です」
「……悪い人?」
「そう言われると傷つくわね」
「冗談ですよ。それではガイル、お願いできますか?」
「俺か?」
「ええ。ちょうどいいでしょう?」
「分かった。それなら……緒戦の勝利に」
「「「「「乾杯」」」」」
その俺の言葉と共に、6人で猪口を掲げる。
勝ったわけではない。帝国は未だ健在、敵討ちはできていない。だが……少しの息抜きくらいなら、あいつらも許してくれるだろう。
……ってリーリア、酔わせてくれないのか。
「お兄ちゃん」
「貴方」
「ん?」
「変な顔をしてたよ。何か思い出してた?」
「難しい顔をしてたわね。どうせ、昔のことを考えてたんでしょ?」
「正解だけどな……悪いか?」
「悪くはないわ。でも、貴方は考えすぎなのよ。昔からだけど」
「そう言われても、これはな……」
「ガイル」
「メルナ?」
すると、不意にメルナが後ろから抱きしめてきた。
「私達はずっと一緒にいますからね。安心してください」
「……わたしも」
「先生、私もずっとついて行きます」
「シェーン、ポーラ……」
「ほら、お姉ちゃん達も同じだよ」
「貴方は1人じゃないんだから、そんなに悩まなくて良いのよ」
「悩みやすいのも俺だぞ、まったく……だが、ありがとな」
1人じゃないから、ここまで来れた。これは事実だ。階級とは逆に、俺が助けられている方が圧倒的に多い。5人には感謝しかない。
ただ、いつものパターンで……
「それで先生、どうしたんですか?」
「一応聞いておきたいわね」
聞いてくるんだよな、こいつら。
「別に大したことじゃない。ただ、最近は少し考える暇があったからな」
「え、あったの?」
「一気に休暇が増えたからな。1人で呑みたい時もあるんだぞ?」
「分かっていますよ」
「……それで?」
「もし俺が父さんみたいに1人だったら、そんなことだ。無意味な仮定とはいえ、考えたら止まらなかった」
母さんを亡くした後も父さんは強かった。他に頼れる人のいない俺とリーリアを守る、その意思が強かったのかもしれない。
だが俺は違う。父さんに守られ、リーリアに支えられ、最初から恵まれていた。そしてポーラに、メルナとシェーンに、レイにも、何度も元気づけられた。
もし誰もいなくて1人だったら、俺は俺でいられただろうか。
いや、リーリアがいないだけでも……
「俺は父さんみたいに強くない。リーリアより弱い。果たして1人で耐えられたのか……そんなもう無意味なことだ。忘れてくれ」
「まったく……貴方はいつも通りね」
「おい、今呆れたか?」
「ええ、当然よ。そんなの無意味すぎるわ。それに、そこから派生して戦死者について?変わりすぎよ」
「これは性分だ。まったく」
お前が1番よく知ってるだろ、リーリア。
「ええ、だから言ってるのよ」
「心を読むな。まあ、そんなところだから気にしないでくれ」
「いいわよ。代わりに……」
「代わりに?」
「後で一勝負するわよ」
「はぁ……どれだ?」
「分かってるでしょ?」
「分かった」
リーリアが得意なやつなんだな。まったく、少しくらいは遠慮しろ。
「無理ね」
「無理ですね」
「……無理」
「無理じゃないかな」
「無理だと思います」
「全員そろって心を読むな!!」
こいつらは……まったく。
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「ねえリーリアお姉ちゃん、何やるの?」
「レイちゃん、いつものものです」
「……コーレス?」
「そうよ。いつもやってるでしょ?」
「そうですね。リーリアが好きですから」
「好きというか、得意だからだ。ただし……」
「本気は出さない、でしょ?分かってるわよ」
「壊れるからな」
生体義鎧が本気でやっても壊れないものを作るとしたら、分厚い装甲板が必要だ。
作れなくはないが、面倒だし置く場所にも困る。重いからな、装甲。
「ルールは?」
「1点先取で良いわよ。時間をかけすぎるのもあれだから」
「分かった。準備は?」
「いつでも良いわ」
水平部、傾斜部、鉛直部に分かれた台を前に立つ。他のラケットを使う球技とはかなり違う形だが、だからこそ面白い。
そこで反対側にいるリーリアの方へ球を投げると……
「ほいっ」
いきなり打ち返してきた。もちろんこれは正規のルールではない。
「おい、ちゃんとサーブをしろ」
「良いでしょ、これくらい」
「まったく」
互いにラケットで打ち返し合う。水平部だけでなく傾斜部も鉛直部も使い、色々な軌道でだ。
速度は……軽く600km/hは出ているか?
「おー」
「……速い」
「普段通りではありますけど」
「一般人と比べれば速いですね」
「そんなの当たり前だろ」
「ええ、当然すぎるわ」
「生体義鎧だもんね」
この程度ならまだ会話をする余裕もある。ラリーの回数は……100を超えたところか。
「よく続きますね」
「お2人ですから」
「……いつも長い」
「お兄ちゃんとリーリアお姉ちゃん、息ピッタリだもんね」
「まあ、伊達に幼馴染はやってないからな」
「そうね。むしろ知らないところの方が少ないわ」
「お、言うなぁ」
「当然でしょ?速くするわよ」
「よし来い」
流石に被害が大きいので、音速は超えさせないが。
「ふっ」
「はっ」
それと、ここまでくると会話をする余裕もあまり無い。
たとえ遊びでも、負けるのは嫌だからな。
「……本気?」
「違いますが、ある意味ではそうかもしれません」
「読み合いでは本気でしょうね」
「どっちも負けず嫌いだもん」
「レイちゃんもそうですよ?」
「うん」
「似たような性格ですから」
「……子どもっぽいけど」
「シェーンお姉ちゃん、何か言った?」
「……子どもっぽい」
「そんなことないもん!」
「ありますね」
「あります」
「あるな」
「あるわよ」
「……ほら」
「もうっ!」
そのせいか、他の4人は会話がやけに進んだりする。プレイしている2人は相槌程度なのに、普段以上の速度だったりするものだ。
なお、ラリー回数はもう少しで400になる。
「それにしても」
「ん?」
「貴方とも随分長いわね」
「何だいきなり。余裕だな」
「無いわよ。そんな、のっ!」
「っと、油断も隙もない」
「当然でしょ。勝つためよ」
「なら、さっきのもか?」
「違うわ。本心よ」
「そう、かっ!」
まあ確かに、リーリアとは3000年以上の付き合いになる。長いと言うか、最長だ。
だが、今さらどうした?
「私だって、色々考えるのよ」
「それで?」
「貴方は私のことを強いって言ったけど、そんなことは無いわ」
「それで?」
「私達も支えられてるのよ。貴方にもだし、お互いに。私1人だと、1000年もしないで倒れてたわね」
「なるほど。だがそれでも、俺が1番弱いんじゃないか?」
「まあそうだけど」
「認めるのか」
「事実よ?」
視界の端に映る4人も頷いてる。いや、自覚はあるけどな……
それと、今の状態で話すのはキツいんだが……それはリーリアも同じだ。
「なるほど」
「ええ」
「本音を聞けたのはありがたい。だが……」
「え?」
「油断だ、なっ‼」
「あぁ!?」
音速を超えないギリギリで叩きつけた球は左の鉛直部に直撃し、リーリアが取れない位置へ跳ね返り、反対側の鉛直部の少し上を飛んでいく。
そして部屋の壁に当たり、床に落ちた。
「あー、リーリアお姉ちゃん負けちゃった」
「残念でしたね」
「ええ、残念よ」
「さてリーリア、罰ゲームを受けてもらおうか」
「え……そんな約束してないでしょ?」
「いつものことだぞ?それに、俺が負けた時はやる気だったんだろ?」
「くっ……早く決めてよ」
「分かってる。そうだな……」
いくつかパターンは決めているが今回は……
「恥ずかしい格好での撮影会でもするか。コスプレでもいいぞ?いや、コスプレだな」
「え、いや、それは……」
「勝負の結果から逃げるのか?」
「うっ……分かったわよ」
「なら、適当に調べて作っておくか。1時間後だぞ」
「ええ……」
1300年くらい前、コスプレにはまった友人にリーリアが巻き込まれたことがある。最終的にはヤケになってノリノリだったが……リーリアにとってはかなり恥ずかしい、抹消したい黒歴史だそうだ。
まあ、羞恥心にまみれた珍しい顔を撮るのも楽しいから、今でも時々罰ゲームで使ってるけどな。
こんな風に。
「うぅ……着たわよ」
「それなら早く出てこい。もう全員待ってるぞ」
「待ってなくていいのに……」
「リーリアお姉ちゃん、早くー」
「リーリア先生、大丈夫ですか?」
「待ってますよ」
「……まだ?」
「分かってるから……もう!」
意を決し、部屋から出てきたリーリアの格好は、普段と180度変わっていた。
原型は軍服だろう。黒に近い紺色だ。だがその胸元は大きく開き、下はギリギリ隠れる程度のタイトスカートで、さらにストッキングをガーターベルトで吊るしていて、まあ……かなり色気が強い。
青少年向けアニメから持ってきたが……ありだな。
「お、結構似合うぞ」
「似合わない方がよかったのに……」
「……似合ってる」
「肌の色とか、髪の色は違うけどね」
「雰囲気でしょうか」
「恐らくそうだと思います」
「好き勝手言って……後で覚えておきなさい」
「なら、明日の朝までその格好でいてもらおうか」
「ひ、卑怯よ」
「何とでも言え。それで、色は変えるか?」
「変えないわよ!」
悪役のコスプレのはずが、これだと捕まったヒロインみたいだ。
まあそうだとしても、遠慮はしない。
「さて、じゃあ撮影をするぞ」
「ちゃんとポーズもとってくださいね」
「あ、セリフも言ってね」
「……見本は、ある」
「リーリア先生、その……頑張ってください」
「うっ……」
覚悟を決めたのか、リーリアはシュミルに送られたセリフ集を見始めた。メインに近い役柄のようでセリフは割と多いが……どうやら選んだらしい。
「わ、私を捕らえたところでどうにもならん。もう全て終わっておるわ!貴様らの破滅は免れん!」
「いきなりそれか」
「適当に選んだだけよ……」
「ピッタリだけどね」
「おいレイ、ピッタリってどういうことだ」
「えー、分かんない?」
「まあ、分かるけどな……まあいいか。リーリア、次だ」
「貴方ね……なっ⁉貴様らには戦士の誇りは無いのか!」
「ちょっと待った。これ、どういう状況だ?」
「ええと……このキャラが組織の内乱で捕らえられた時のようですね。ですけど、その相手には相当な問題があるようで……女性相手では特に」
「理解した。ということは……リーリア?」
「くっ、殺せ!」
「やっぱり定番か」
「ノリノリですね」
「違うわよ!」
「……そう?」
「楽しんでるよね?」
「そんなことは……」
リーリアの雰囲気的にも似合ってる。認めないだろうが、からかうととても楽しい。
だが……
「や、やめぬか!それを近づけるでない!やめっ……いやー⁉」
「強引に話題変換するな!」
「楽しんでないわよ……」
「分かった分かった。」
「それなら、辞めても良いわよね?」
「それはダメだ」
「ふん」
まったくこいつは……まあ、俺達も楽しんでるから、目を瞑るか。
ちなみに、アニメの中で近づけたのはただの拷問用具だそうだ。あまり傷がつかないタイプのものらしい。この辺りは青少年向けだな。
で、この一連のシーンのラスト。
「こ、こんなことで恩義を感じたと思うでないぞ……覚えておくがいい!」
「助けてもらっておいて捨て台詞ってところか?」
「ええ」
「ツンデレ?」
「……そんな感じ」
「でしょうね。リーリアにもこんなところがあるともっと可愛いですよ」
「いや、リーリアにもこんな時期はあったぞ?まあ、俺とポーラしか知らない頃だけどな」
「はい、ありました」
「貴方!ポーラ!」
顔を真っ赤に……元から赤い顔をさらに赤くしたリーリアだが、俺に迫ってくることはなかった。多分普段の服と違いすぎて走りにくいからだろう。好都合だ。
ただやりすぎた感はあるので、司会はレイに譲る。レイ相手の方がまだ機嫌が良いからな。
「ガイル」
「メルナ?」
「ちなみに、このキャラが最終的にはメインヒロインになるようですよ」
「……は?」
……合っていたのか。
・第5惑星第3衛星
第5惑星の衛星で、多くの活火山がある星。温泉が数多くあり、多くの国民が訪れている。
またシダ系植物が生い茂る原生林も数多く、そちらの観光客も多い。
・清酒
米ではないが、それと似た穀物から作られる酒。
王国ではワインが主流だが他の酒も人気があり、特に清酒は一部にコアなファンを持つ。また、温泉で呑む人も多い。
なお猪口は少し形が違い、中央部に半円形の取っ手のようなものがついている。
・コーレス
直径2cmほどのボールと全長20〜30cm程度のラケットを使った球技。卓球のようなもの。なお、ラケットは2つ持ってもいい。
ただし台はエゲツなく、中空の正八角柱を縦に半分にして側面だけ残したような形で、水平部の両側に同サイズで45度傾いた傾斜部、さらにその上に半分のサイズの鉛直部がある。しかも弾性に富んだ素材でできている。
バウンドについては色々とルールがあるものの、バーディスランド王国人の反応速度だから成立する競技であり、連邦に所属する大抵の種族は一部の精鋭しか勝負にならない。おそらくやることは無いだろうが。
なお、生体義鎧が本気でやる場合、台も部屋も、球すらも装甲板やその類似素材で作られる。そして球は音速を軽く超える。




