第4話
新王国歴7267年9月12日
「……ふぅ」
この夜、俺は1人でとあるバーの奥の個室にいた。とはいえ1人で呑みに来たというわけではなく、人を待っている。
そして数杯呑んだ後、ようやく呼び出した人物が訪れた。
「やあ、待たせたかい?」
「いや、時間前だ。呼び出してすまないな、ラグニル」
「司令、そこはもう少し気の利いたことを言ってほしいけど……まあ良いや。それで、呼び出しの理由は何だい?」
「いきなりか。いや、そっちの方が良い」
無駄な世間話をする趣味はないからな。俺にも、ラグニルにも。
だからすぐに俺は本題、その前提条件について聞くことにした。
「ラグニル、帝国軍と連邦軍に関する戦闘データはまとめ終わったか?」
「終わってるよ。それだけのために呼び出したのかい?」
「違う。だが前提条件だ。2000年前ほどから出始めた手強い連中、それと同程度の戦闘能力を持ちうる奴のデータはあるか?」
「……キミは何を疑ってるんだい?」
「連邦軍との戦闘を見た感想だが、連中はどちらも思考加速装置の類いは使っていないはずだ」
「そうだね、僕の解析でもそう出てる」
「それなら、何故あの連中は俺達を圧倒できた?そうでなくとも、何故俺達を抑え込めた?」
「それは……ねえ司令、その前はいいのかい?」
「2800年前はまだ加速が少なかった。アレならやれる奴なら生身でも対処はできるだろう。俺もできる。だが2000年前の頃には、加速率は100倍を超えていた。それに対抗するには、最低でも10倍……いや、20倍の加速が必要なはずだ」
「そう、だね……僕としたことがうっかりしてたよ。すまないね」
「いや、気にするな。理由は分かるか?」
思考加速装置の性能が特に低かった最初の500年なら理解できる。だが、それ以降にもあれだけやられることがあった理由が分からない。
帝国も思考加速に近いものを持っているんじゃないかと疑っていたんだが……
「すぐに考えつくものとしては3つあるよ。荒唐無稽かもしれないけど、聞くかい?」
「もちろん」
「じゃあ1つ目だけど、思考加速装置そのものは持ってるけど使わない。貴重とか、何か制限があるのか、そんな理由で使わないんじゃないかな」
「貴重……いや、身分か?例えば、将官以上しか使えないとか」
「かもしれないね。帝国の詳しい内情は知らないけど」
「いや、少し入ってきてる。聞くか?」
「もちろん」
協力者の一部が連邦へ戻ったおかげで、手に入る情報の量と種類が格段に増えた。帝国についてだけでなく、連邦の軍についてもある程度情報が入り始めている。
ちなみに、今は情報組織の一部の乗っ取りの最中だ。
「帝国軍は合計60個の族軍で編成されているらしい。氏族軍が50個、皇族軍が10個だ。それぞれの族軍の艦艇数は100億……ただ、基本的には10億隻以上で動くことはあまり無いそうだ」
「それだと、氏族軍のトップか皇族軍あたりかな。皇族軍っていうのは近衛軍みたいな組織なんだよね?」
「名前から判断する限りだと、恐らくは」
合計6000億隻の大艦隊……いや、1個だけでも脅威だ。無人艦隊を使ったとしても、戦略艦隊全てを動員して勝てるかどうか……
真正面からだと勝ち目がないな。
「2つ目は純粋にAIの性能。そこの指揮官か誰かが組んだAIが優秀すぎるって可能性だね」
「できるのか?」
「一瞬で状況判断ができるから、作れたとしたら脅威だよ。ただ、それなら何でごく一部しかそういうのがいないのかって話にもなるけど」
「そうだな、それは不合理すぎる」
それに、帝国のコンピューター系技術は王国に劣っている。機動要塞に巨大コンピューターを搭載すれば解決できる程度だから、油断はできないが……ラグニルが作れないものを作ったとは思いにくい。
間違いを犯すとはいえ、人の経験と勘はAIが真似できるものじゃないらしい。個別での戦闘ならともかく、戦術・戦略レベルではAIは使えない。
「3つ目は1番荒唐無稽だけど、帝国人じゃなくて思考加速装置を持つ他の種族……占領された星の出身者が指揮官をやってるって可能性もあるね。その種族が思考加速装置を使ったのなら、だけど」
「それは……ありえるのか?」
「さあ。少なくとも僕は聞いたことないね」
「俺もだ。あの時代に同胞と戦ったなんて思いたくもないが……」
「それは無いと思うよ。占領地から誰かを登用したんだったら、それを喧伝するはずだ。目的は色々とあるだろうけどね」
「なるほど……それにしても、そういうことにも詳しいんだな」
「政治学も学問の1つだよ。でももしかしたら、一部の帝国人が占領地から奪った思考加速装置を使っているのかもしれないね。まあ、どれも仮説にすぎないけど」
「いや、それでもありがたい。ありがとな」
「どういたしまして。お代は奢りでいいよ」
「ピンポイントにキツいので来るな、お前」
その後もいくらか情報交換をしつつ、酒を呑む。こいつと呑むのも案外楽しいものだ。
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新王国歴7267年9月13日
「お兄ちゃん?」
「ん?ああレイ、どうした?」
と、昨日のことを思い出していたら声をかけられた。意識を記憶に飛ばしすぎていたか?
「どうした、じゃないよ。もうちょっとで着くんだもん」
「ああ、すまない」
「考え事?」
「まあな。流石に、色々と考えないといけないことは多い」
「そっか。でも、無理はしないでね?」
「それは当然だ。レイ達を心配させるつもりはない」
戦術・戦略に影響しても、レイ達を心配させるつもりはない。
それよりも、だ。
「うん。じゃあ、今日の打ち合わせでもする?」
「学年1つを相手にするんだったな。俺が艦隊、レイが機動兵器で」
「でも、実際に艦橋をシミュレートするんじゃないんだよね?」
「それは当然だぞ?生徒だけで艦艇を動かすなら、100隻程度が限界だからな。それで、俺達の方はAI制御のテストも兼ねるんだったか。生徒側も海軍用のやつのデータ取りとか言ってた気がするが」
「あ、そうだった。じゃあ、ちゃんとやらないとね」
「少しは手加減しろよ?」
「はーい」
今日、俺とレイは海軍士官大学へ行き、シミュレーター訓練の相手を務めることになっている。といっても王都の士官大学ではなく、第3惑星内にあるまた別の士官大学だ。
そこに着いた俺達を迎えたのは、少女から抜けたばかりといった感じの若い女……というか、生徒だよな?
「よ、ようこそ!シュルトハイン元帥閣下、シュルトハイン中将閣下!じ、自分は本学の自治学生会副会長を務めております、第3学年のアリア-フェルナンディと申します!」
「ガイル-シュルトハインだ。生徒が出迎えとは珍しいな」
「も、申し訳ございません!」
「別に責めているわけじゃない。そう緊張するな」
「そうそう。それで、どうして君が出迎えになったの?」
「は、はい!直前の試験で1位になった第3学年生徒が行うことに決まっていたと聞いております!」
「ありなの?」
「ありみたいだな」
学校ごとに特色があるとはいえ、これは珍しい。
まあ、これもある意味では実力主義なんだろうが。
「だが理解した。よろしく頼む、フェルナンディ」
「はい!」
そういうわけで、彼女の案内で会場へと向かう。
といっても……
「会場はどこなんだ?講堂に集まるのか?」
「いえ、シミュレートは各教室で行いますので、両閣下には専用の部屋をご用意しております。講堂は後ほど使う予定だと聞いておりますが……」
「あ、そうゆうこと」
「らしいな」
「閣下?」
「こっちの話だ。気にするな」
会場と言っていいのかは分からないが。まあ、会場でいいか。
ちなみに、この季節の4年生は卒業まで数ヶ月、どこの部隊に配属するか決まり始める時期だ。もしかしたら、このシミュレートの過程や結果が影響するのかもしれない。
特にそういった話は聞いてないが。
「こちらの貴賓室になります。開始までしばらくお待ちください」
「うん。お疲れ様」
「ご苦労だったな」
「い、いえ!任務ですので!……それで、あの……」
「ん?」
「サ……サインを、その、いただけないでしょうか?」
「何だ、そんなことか。もちろんいいぞ」
「あ、ありがとうございます!」
俺はこう言われて断るような人間じゃない。すぐに彼女のシュミルへサインデータを送った。パーソナルマーカー付きの偽造・転送不可仕様のものだ。
まあ、普通の軍人はこんなものを持っていることはないが、俺達はこんな感じで求められることもあるから所有している。
そしてサインを貰って嬉しそうな顔のまま、フェルナンディは退室した。
「それでお兄ちゃん、どうするの?」
「どうするもなにも、いつも通りだ。多少は向こうにも花を持たせてやるつもりだが、負ける気はない」
「あはは、流石お兄ちゃん」
「そうじゃない」
ただ負けたくないだけだ、まったく。
それで……俺の直接操作が500隻で無人艦が2000隻、レイは直接操作が2500機に無人機が2万5000機か。無人艦の挙動は……許容範囲内だな。
戦略艦隊に配備されるものより割合が高いのは気になるが……上限を知りたいとか、そんな感じか?
「レイ、まずは索敵を頼む。相手の数が分からない以上、慎重に動きたい」
「うん、良いよ。具体的に何かある?」
「いや、今はない。まずは好きに動いてくれ」
「分かった」
「頼むっと、始まるな」
「そのまま入ればよかったんだよね?」
「ああ。講評は後だからな」
「はーい」
そうして2人でセットした後、少ししてからシミュレーターは起動した。
普段の艦橋とは違い、人1人しか入れない少し広めのコックピットといった感じの場所だが、ここもまた慣れた場所だ。
そしてレーダーを見るが……どうやら有効範囲内には何もいないらしい。
「レイ、チェックは終わったな?」
『うん、大丈夫だよ。無人機の方は大変だけど、何とかできるから』
「なら任せる。偵察ユニットを付けて制空戦闘機で行け」
『りょーかい』
直接操作機も運用は無人で、無人機にも同じシステムが入っているので、直接操作機が2500機以下になることはない。それに100機200機の損失ならすぐに補填できる。
使い捨てにしたって痛くない。
『じゃあ、発艦するね』
「ああ、頼んだ。だが見つかるなよ?」
『大丈夫、ちゃんとやってくるから』
そしてレイの操作のもと、空母や要塞艦から500機の制空戦闘機が各方面へ最高速度で飛び立っていった。その上部には少し大きめの円盤が付いていて、広範囲を探知できるレーダーが入っている。
レイならすぐに見つけるだろう。まあ、距離はかなり離れているが。
「さて、と……」
ただし、俺の方にはいくつか懸念事項がある。
中核になる直接操作艦、80隻の戦艦と10隻の空母を中心としたこの艦隊なら学生程度蹴散らせるが、数が少ない。
無人艦にはある程度の数がいるものの、確実に向こうより少ないから運用には難がある。
これをどうするか、だな……
「敵側の数次第か……まあ、手段はある」
そんな感じで考えているとすぐに時間が経ち、レイからの報告が来る。
『お兄ちゃん』
「見つけたか?レイ」
『うん。でも……』
「ん?……そういうことか」
海軍士官大学の1学年の生徒は技術科と医務科を除いて約1万人、機動兵器科を除くと約3000人だ。
戦術管制科が全員旗艦にいたとすると約2500人、全員艦長でも2500隻程度しかいないはずだが……今見つけたものだけでも軽く5000隻はいる。
『どうなってるの?』
「無人艦だ。シミュレートをいいことに、無茶な設定の艦を混ぜてきたな……レイ、要塞艦はいるか?」
『えっと……いないみたいだね』
「なるほど、レーダーの範囲内なのに見つからなかったのはそういうわけか」
『ステルス装置?』
「ああ」
『そっか……それで?』
「あの中には木偶が多いはずだ。機動兵器も恐らく同様。着実にやれば負けはない」
『了解』
ラグニル達の話だと、生体義鎧用の無人機・無人艦の方が作りやすいらしい。陸海軍用、特に海軍艦艇は関わる人数が多く、満足な追従が難しいそうだ。
つまり、盾以外にはほとんど役に立たない。
「まずは敵の総戦力を知りたい。まだ索敵を続けてくれ。それと、罠に気をつけろよ?」
『罠って、ミサイルとか機雷とか?』
「ああ。ある程度状況を制限するのには使えるはずだ。そう数があるとも思えないが、注意するに越したことはない」
敵が向かいそうなところ全てを機雷で封鎖するにしても、人工衛星系レーダー設備に連動させたミサイル群を作るとしても、作り出すにはおそろしいほど大量の元素が必要になる。星系を完全に封鎖するなら、そこにある小惑星帯、もしくはいくつもの衛星を潰さないといけない。
まあ、元素さえあれば出来るんだが。
『あ、やっぱりあった。でも、早期警戒ってくらいしかないかな』
「そうか。機動兵器はどうだ?」
『この辺りにはあんまり来てないよ。直掩機は多そうだけど』
「なるほど……」
『どうするの?お兄ちゃん』
「それより、他に艦隊はいるか?」
『えっと……いたよ。もう3ヶ所、こっちも5000隻を超えてる』
「この布陣なら……レイ、この辺りを探してくれ。恐らく、7000〜8000隻規模の艦隊がいるはずだ」
『了解。でも、よく分かるね?』
「経験と勘だ。それより、早く見つけろ」
『はーい』
まあこれだけ絞り込めば、レイじゃなくとも発見は簡単だ。
そして、敵艦隊はほぼ予想通りのポイントにいた。
「よし、情報戦はこっちの勝ちだな」
『合計3万隻だね。多いけど……あ、そういえばお兄ちゃん、潜宙艦は?』
「こっちにはない。向こうにはあるだろうが……魚雷でソナー網を作ってある」
『そっか……でも、壊されない?』
「壊したらむしろこっちのものだ。発信機としての意味もあるからな」
『あ、そうゆうこと』
「ああ。だから、あとは正面から叩き潰すだけだ」
学生達を侮辱するつもりはないが、俺達にとってこれは遊びに過ぎない。相手を侮るつもりはないが、か細い抵抗を1つずつ潰すだけになるだろう。
今のこの学校に、俺へ情報が回ってくるような天才はいないのだから。
「各個撃破をする。まずはこいつだ」
『え……?』
というわけで作戦を送ってみると、レイが驚いたような声をあげた。
『真ん中をいきなり?本隊だよ?』
「だからだ。指揮系統の破壊、および敵最大戦力の撃滅。戦力が減っていない今のうちにやるべきだ」
『そっか。でも……ホントにこれでやるの?』
「当然だ。やれるな?」
『当然だよ。でも、お兄ちゃんの無茶を聞くのって久しぶりだね』
「まあ、今は全員指揮官だからな」
第1戦略艦隊を拝領してから、シミュレーターや訓練以外で機動兵器や戦闘艦に乗ったことはない。
ただし、腕はそのままだ。
「俺の指示したタイミングで行動開始だ」
『りょーかい』
「準備を忘れるなよ」
『分かってるって』
というわけで敵艦隊の索敵をかわしつつ、俺とレイは準備を進めていく。そして問題なく終了した。
まあ、レイがいないとこの手は使えないんだが。
『教科書通りの陣形だね』
「そうだな。仕方ないとはいえ、御しやすい」
『始める?』
「ああ。配置は……終わってるな」
『うん。大丈夫だよ』
「じゃあ、始めるぞ」
そうレイへと言った俺の目には、異次元へ送り込んだ魚雷の情報が映っている。
魚雷は普通、1回しか通常空間と異次元の境を通り抜けられない。だが……
「2発をくっつければ、2回通れる」
こういった裏技もある。
魚雷の側面にコネクターを作り、2発をくっつけて片方だけで異次元へ潜らせれば、もう片方は通常空間への攻撃が可能だ。エネルギー消費量が増えるから運搬役の魚雷に込められる炸薬量は減るが、対艦攻撃では問題にならない。運搬役に巡航魚雷を選べば、1000万km先でも実行可能になる。時間はかかるけどな。
そうやってレイに誘導してもらいながら散布しておいた魚雷群。それらを一斉に操ることで、8000隻の艦艇全てへの飽和攻撃を可能にしていた。
また、異次元に取り残された運搬役魚雷は対潜宙艦用に有効活用しておく。
「敵損耗率86%、レイ!」
『突撃ー!』
そして混乱する艦隊の近くに亜空間ワープを行うと一斉砲撃を開始、まだ統制を保っていた集団を1つずつ潰していく。
レイも飛行型機動兵器の8割を発艦させ、ボロボロの艦隊へトドメを刺す。
「よし、逃げるぞ」
『はーい』
そして終わり次第すぐに亜空間ワープ、その先で独自に亜空間ワープをした飛行型機動兵器を回収し、再度ワープ、追跡を不可能にした。
完全にやり方が昔の対帝国戦闘だが、実演としては申し分ないな。
「こんな感じだな。似たような感じで繰り返すぞ」
『了解。でも、正面からは?』
「勝てなくはないが、被害が大きすぎる。被害は最小限に、戦果は最大に、だ」
『はーい。あ、手加減しなくてもいいかな?』
「それは……手加減する意味が薄れたか。好きなだけやれ」
ただ、レイの本気は割とシャレにならないんだよな……俺も人のことは言えないかもしれないが。
まあそんなわけで、完全に殲滅するまで大した時間はかからなかった。
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『それではシュルトハイン元帥閣下、シュルトハイン中将閣下、よろしくお願いいたします』
そしてシミュレート終了後、講堂へ集まった4年生+@へ講評を行うため、俺とレイは登壇した。
つまり目の前には戦った……というかボロクソに叩きのめした相手が座っているわけだが。まあそのあたりは学生達も気にしてないだろう。力に差があることはわかりきってるからな。
「ガイル-シュルトハインだ。今日は付き合ってくれて感謝する」
「レイ-シュルトハインです。みんな、お疲れ様」
俺にとっては肩慣らし程度だったが……これは言わない方がいいか。
「それでは今回のシミュレートの講評に移ろう。まあ技術陣の実験という意味もあっただろうが、それは置いておく。今は関係ないからな」
そういうわけで、話を始めた。シュミルを使ってシステムを操作し、俺達が見ていたレーダー画面、その一部を映し出す。
同時に、シミュレーターが記録した両艦隊の動きも投影した。
「さて、今回のシミュレートでは俺達が2500隻に対し君達は約3万隻、完全な無人機と無人艦がほとんどで技量の差は少なかったにも関わらず、結果は俺達の圧勝だった。理由が分かる者はいるか?」
「お兄ちゃん、意地悪すぎ」
「っと、すまない。戦況分析も無しに分かるやつがいる方がおかしいか。まあそういうわけでこれから解説していくが、最初に1つ言えることは……今回のシミュレートは全て俺達の手のひらの上だった、ということだ」
勝敗を決めたのは個々の技量ではなく、戦術への理解だった。
そして、それに関してあの地獄を経験した俺に軍配が上がるのは当然のこと、当たり前すぎる結果でしかない。
「まずは初期配置、互いの距離は約500万km離れていた。互いに要塞艦がなく、またステルス装置が有効に働いていたため、互いのレーダーには何も映っていなかった。その間の君達の艦隊運動は悪くない」
「でも悪かったのは、ただ艦隊を分けたことだね。機雷やミサイルの配置とか、他にもあったのかもしれないけど、わたし達の場所が分からないと無意味だよ。多いのは直掩機だけだったし」
「だが君達の艦隊の1つを攻撃した時、俺達は既に艦隊の配置を全て把握していた。だからこそ、周到に包囲殲滅の用意ができたわけだ」
レーダー精度やら距離やらで索敵には時間がかかったが、警戒が少ないおかげで準備は簡単だった。
今のシステム的には仕方ないのかもしれないが……意識改革は必要だろう。
「俺達生体義鎧が索敵を特に重視していることは知っているか?これは過去の経験からなんだが……帝国に占領されていた時、当然だがシュルトバーン星系内にレーダー網は完備されていなかった。秘匿要塞周囲には濃密なレーダー網があったが、第4惑星より内側を調べるのは非常に困難だった」
「だからわたしみたいな機動兵器パイロットは偵察任務が多くて、その名残が制空戦闘機の偵察ユニットなんだよ」
「そして帝国銀河への侵攻作戦では、自ら敵を探さなければならないわけだ。必然的に索敵の重要度は上がる」
偵察ユニットは小型な割に対ステルス性能が高く、戦艦クラスならステルス装置を全開にしても200万kmまで接近すれば、ほぼ確実に発見はできる。
今回のステルス装置の出力は半分程度だったようで、レーダー範囲ギリギリの約300万kmで見つけていた。
これを上手く使われていたら、俺達ももう少し苦戦しただろう。
「今回のシミュレートで、君達は身をもってそれを知った。誇るべき経験だ。訓練なら何度だって失敗しても良い。必要なのは、1度だけの実戦で成功することだ」
訓練で負けても命が失われることはない。だが実戦での負けは死に等しい。
それは生体義鎧が1番よく分かっていた。
「そんな感じだから、今日のは失格って言われちゃうかもね」
「だが、これは海軍でも入隊直後の新人しごきに使われていることだ。今のうちに知れてよかったな」
「多分もっと酷かったと思うんだけど」
「そんなことはないぞ」
「こういう風に素っ気なく言ってる時は図星だから、覚えていいよ」
「おいこらレイ」
いつものノリをやらかしてしまったが、多少笑いも起こった。
固すぎるよりはこっちの方がいいか。
「まあ、大まかな話はこの程度だな。この後は各科ごとの話、それと質疑も受け付けよう」
「じゃあわたしから」
「いや、レイはダメだ」
「何で?」
「答える側だろうが」
「はーい。じゃあみんな、自由に質問してね」
「話が先だ」
「分かってるって」
「本当か?」
……漫才みたいになったが問題が起こることはなく、今回のことは学生達にとっても良い経験になっただろう。
漫才みたいになったが。




