第4話
新王国歴7267年4月3日
「多いな……何か思うところでもあったか?」
アーマーディレスト第0001機動兵器格納庫。
ここには俺達の祖先、鳥をイメージした飛行型機動兵器が並び、離れた所には武骨な地上型機動兵器が並んでいる。
最初見た時、ここもまた壮観だった。
「よぉガイル、見回りかい?」
「ラミエスか。どうやら……いつものアレの後みたいだな」
彼女はラミエス-シェリアス少佐、第1戦略艦隊航空部隊の圧倒的エースだ。こんな男みたいな口調だが、艦隊でも有数の美人でもある。
まあ……ちょっと遊びすぎなのが玉に瑕だが。
「そうさ。あたいもさっきの演習見てて、思うところがあったからなぁ」
「やっぱりか。それでシミュレーターを?」
「20人でもあんなんじゃ駄目だ。もう長いこと20対1だし……人数増やしてやろうか?」
「お手柔らかにな」
この通り、暇さえあればシミュレーターで他のパイロットをボコボコにしてる。それも1対1じゃなくて、10人以上を相手にして、だ。ちなみに、無人モードだと暇つぶしにすらならないらしい。
この艦隊、特にこの艦の搭乗員は全員歴戦の猛者、普通の部隊なら最低でもエースクラスなんだが……人のことは言えないが、化け物だな。
でも、こいつのためだけにエースを1ヶ所に集めるのも……軍事的に不合理だから、我慢させるしかない。
「にしても、ガイルが1人かぁ」
「そんなに珍しいか?」
「大抵、メルナかポーラも来るだろ?……もしかして愛想尽かされたか?」
「無い無い。いつからの付き合いだと思ってるんだ。愛想を尽かされる時は俺だけ死んだ時だ」
「だなぁ。じゃあ、忙しいのかい?」
「メルナは演習データを纏めてるし、ポーラは警戒用ネットワークを見直してる。俺は追い出されたってとこだ」
「ふぅん、やっぱりガイルは弱いねぇ」
「おい、それはどういう意味だ」
「男は女に弱いということよ、ガイルさん。いつもでしょ?」
突然会話に入って来た彼女はリエル-ゼスティレン、階級は中佐。アーマーディレストの揚陸部隊トップエースだ。そして、ラミエスの親友でもある。
リエルには暇つぶしの趣味は無いが、数十人を同時に相手どれるのは変わらない。
「まあ……それは否定しないが」
「自覚があるんだったら、早く直した方が良いよ」
「性分なのは理解しているだろ。第一、直せるんだったらとっくに直してる」
「ほらリエル、あたいの言った通りだろ?」
「ラミエス、この話は前にもしたよ」
「そうかぁ?」
「……少しくらいは否定してくれないか?へこむぞ」
「はぁ?」
「しないでしょ?」
「お前ら……」
「やあ、キミも来たのかい?」
ナイスタイミング、助かった。
今来た彼はラグニル-シェイブァン技術少将。第1戦略艦隊の最高技術顧問で、学問に関しては誰も太刀打ちできないレベルの天才。物理学、量子学、化学、異空間学、工学のほとんどを網羅しているどころか、生物学や社会行動学まで学会のトップを走り続けている化け物だ。
一部の者達は軍事の天才ガイル-シュルトハインと学問の天才ラグニル-シェイブァン、王国を守る双璧の天才とか呼んでいるな。
俺はこいつほど圧倒的な才を持つわけじゃないってのに。
「ああ。メルナとポーラに追い出されてきた」
「追い出されただけかい?」
「お前まで何を期待してる。2人にはやることがあったから、手持ち無沙汰な俺は出てきただけだ。別に何かあったわけじゃない」
「平時はやれることが少ないのが、ガイルさんの欠点だよね」
「はは、キミの女の子はみんな賢いからね。仕方ないさ」
「うるさいぞ、このハーレム野郎」
「それはキミもだろう?」
……そして艦隊きってのイケメンで、第1艦隊最大のハーレムを築いていたりする。確か10人以上。
噂だと一般人の中にもいるとか聞くんだが……流石にそれは無い、よな?
「……それで何の用だ。お前もシミュレーターか?」
「そうだよ。良いデータが取れそうだったからね」
「またデータか」
「仕方ないだろう?僕は技官だ。戦闘そのものは専門外だよ」
「……それで、上手く取れたのか?」
「今は代わり映えのないデータしかないかな……そうだ、ガイルがやってくれよ。久しぶりだから、面白いものが取れるかもしれない。ちょうど相手もいることだしね」
「相手?」
「目の前にいるでしょ?」
「……あたいか?」
「いや待て、俺の本分は艦隊だぞ」
「でも、昔は使ってたじゃないか。良いデータ、期待してるよ」
「おいこら、待て!」
だが、ラグニルはさっさとシミュレーターの方へ行ってしまった。やるしかないのか……
「はぁ……ルールは?」
「そうだなぁ……殲滅戦だとあたいの勝ちしかないだろ?拠点破壊が良いんじゃないかねぇ」
「拠点破壊戦か。それならまだ善戦できそうだ」
「船団護衛じゃないんだ」
「それだと見つかった瞬間に終わる。俺にはラミエスを正面から止められるような実力は無い」
「そんなわけないだろ」
「そんなわけある。俺の専門は艦隊戦だ。そして指揮だ」
無茶を言うな、まったく。
まあ取り敢えず、シュミルを通して決めておくか。
「他のルールは……俺が決めていいか?」
「もちろん。どんなのにするんだ?」
「なら……初期間隔は3000km、位置はランダム。強力な空間微細変動によりレーダー有効範囲は1%、小惑星帯でデブリ多数。拠点以外に兵器は無し。それと……こんな所か」
「……とてつもない条件になってるね」
「面白いなぁ、ガイル」
「善戦するために必死だからな。それで編成は……制空戦闘機と戦闘攻撃機を中心に攻撃機を少数……重爆撃機も3機入れるか」
「あたい相手に重爆撃機?何考えてるんだい?」
「それは戦ってからのお楽しみでいいんじゃないか?」
「そうかい。なら、楽しみにしとくよ」
「じゃあ、頑張って」
そうして3戦した結果の損耗率は、俺が86%・94%・73%に対しラミエスが12%・8%・19%と散々だった。
3戦目は上手く嵌めたと思ったのに……流石ラミエス、強すぎる。
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『なるほど、なかなか面白い手を使ったものだな』
「それを破られたのは俺だぞ?やめてくれよ、父さん」
『任務中だ。今は上司と部下だぞ』
「了解いたしました、総司令官閣下」
『わざとらしい』
「先に言ったのは父さんだ」
あのシミュレーションが終わった後にやってきたここは戦略艦隊司令長官の執務室、つまり俺の部屋の1つだ。
そして通信の相手は父さん……戦略艦隊総司令官、アディス-シュルトハイン上級元帥。王国に4人しかいない上級元帥の1人で、俺達の代表、そして稀代の戦略家だ。
俺達戦略艦隊の幹部陣には得意不得意はあるものの、全員が戦略眼を持つ者で占められている。だが父さんは誰よりも戦略に長け、数年がかりの大きな計画も修正しつつ達成させる。
そういうわけで上司なので、左手の肘を曲げて指先を右肩に付け、左胸の階級章が見えるように敬礼する。ふざけていても、これが乱れることは無い。というか、体に染みついていて乱しようがない。
と、そこにレイが入ってきた。
「お兄ちゃん、敬礼なんかしてどうしたの?……って、お父さん?」
「父さんに演習の結果を送って、ついでに少し話してただけだ」
『おおレイ、元気か?』
「うん、元気だよ。お父さんも元気?」
「ったく……それでレイ、どうしたんだ?」
「あ、機動兵器のシミュレーションデータ、新しいのができたから。かなり良くなってるよ。これ、お父さんに送るんでしょ?」
「確かにそうだが、わざわざ来る必要はなかっただろ」
「お兄ちゃんに会いたかったんだもん」
『懐かれてるな』
「今さら言うことじゃない」
「お兄ちゃんが大好きなのは昔からだよ?」
『変わらないか。それで、ここにはこいつがさっき「見せて見せて!」よし、なら送ろう』
「父さん!ちょっ、それは待っ!」
残念ながら映像はレイのシュミルへ送られ、すぐさま再生されてしまう。
シミュレーターは思考加速装置を使った場合と同じように、全てのスピードを500分の1にしていたが、レイはそれを100倍速にして見ている。要点だけなら、それで十分なんだろうな……1つに1分もかかってない。
っと、観終わったか……
「……お、お兄ちゃんだって頑張ったよ!」
「なんだその唐突な励ましは」
『エース相手だ。善戦と……まあ、言えるんじゃないか?』
「結果は惨敗だろ」
「でも、最後のは凄いよ。あんなに上手にできるなんて、わたし考えもしなかったもん」
「ただただ全機を小惑星に隠しただけだ。誰でもやってることだろ」
『あれは艦隊戦の要領だ。同じなのは見た目だけだぞ。お前、あの為にどれだけ改造した?』
「それに、重爆撃機もレーダー目的で使ったんだね。ジャミングも強いみたいだし、これなら使えるよ」
「そんな環境、実際にはほとんどないけどな」
『それはガイルが設定したらしいぞ』
「お兄ちゃんが?」
「できるだけ善戦できるようにな。ラミエスには効かなかったんだが……ん?レイ、シェーンが呼んでるみたいだぞ。何かあるのか?」
「あ、そうだった。お兄ちゃん、お父さん、バイバイ!」
「ああ、後でな」
『次の休暇で顔を見せろよ』
「うん!」
そしてレイは慌てて部屋を出て行く。それを俺は笑って見送った。
父さんは映像越しだが、懐かしげ……そういうことか。
『……元気になったものだ』
「本当に、アレから立ち直ってくれてよかった。あの2人も喜んでくれてるかな」
『恐らく。頼まれていたんだろ?』
「ああ、最期の最期に。もちろん頼まれていなくても、妹として引き取ったはずだ。あの時から懐かれてて、俺も家族みたいに思ってたからな」
『まあ、義理の娘が実の娘になるなんて、最初は思いもしなかったぞ』
「戸籍上は一応義理だ」
その戸籍が意味をなしてないと言われたらそれまでだが。まあ、立ち直ってくれて嬉しいのは事実だ。
そんな風に思い返していたからだからだろうか……
「レイも、生きてればこんな風だったんだろうか」
つい、口に出てしまった。
『ガイル、それは……』
「分かってる。これは俺とリーリアと父さんだけの秘密だ」
レイが自分を否定しないよう、3人で言わないと誓ったことだ。
今なら言っても大丈夫だろうが……俺としては恥ずかしいから言いたくない。
「さて父さん、これで良いか?」
『ああ。レイとも話せたからな』
「おいおい、息子はどうでもいいのか」
『娘の方が可愛いに決まってる』
「ちっ、もう切るぞ」
『分かった。これからも頼むぞ』
「国を守るのが俺達の努めだ。全力を尽くさないわけがない」
シュミルの立体映像を切り、俺も部屋を出る。目的地は近くの転送装置だ。
「さてと……そろそろ艦橋に行くか」
シミュレーションの結果から、新戦術を考えることくらいならやれるからな。
・機動兵器
パワードスーツ以外の小型兵器のこと。基本的には1人で操るが、複座の機体も存在する(そしてそれ以上のものも……)。
飛行機に対応する飛行型(大気圏内の飛行も可能)と、陸上兵器に対応する地上型(といっても遅いだけで、飛行は可能)、厳密には機動兵器では無いが惑星・衛星攻略用の揚陸艇やほぼ非武装の輸送艇が存在する。
そして、大半の機体が人型へ変形可能。移動方法はスラスターではないので、速度や機動性などは変わらない。だが大抵の場合、近接戦では人型形態が用いられる。
・シミュレーター
普段の訓練時は基本的にこれを使っている。高い処理能力を持ったコンピューターと脳波操作装置を使用しているので、仮想空間でリアリティの高い戦闘を行うことが可能。
思考加速装置は使用不使用を選択できるが、不使用の場合機動兵器などの動きは500分の1になる。そのため機動兵器でも艦隊でも、思考加速装置を使わないことはあまり無い。外野がリアルタイムで応援したい時くらい。
・通信技術
ワームホールを使って2つの地点を繋ぎ、数百から数万種類の周波数のレーザーを1本に混ぜたレーザー通信機を複数器使用してデータのやり取りを行う。軍用で機密レベルの高い通信ほど、周波数の数は多い。
通信方法としてはメールのようなメッセージ系と、テレビ電話のようにリアルタイムのものがある。
リアルタイムの方はシュミルを介したものも、他の機器を介したものも、平面映像通信とホログラフ通信の2種類。どちらも基本的には、空間に投影される。基本的には平面映像通信を使用し、ホログラフ通信は会議等で実際に出席できない者が使用する場合が多い。