第2話
新王国歴7267年8月27日
「流石だな」
宇宙を征く。この言葉は昔ほど、綺麗な意味を持たなくなってしまった。
だがそんな心情も、こっちの数十倍の数の敵も、いつものこととなっている。
そして、敵への対処は容易い。
「ただまあ……甘い」
数機連携でマイクロミサイルを放ち、編隊に穴を開ける。
そしてそこへ、制空戦闘機を突っ込ませた。
「なるほど」
何機か後方に回ろうとしているものの……数は少ない。
そいつらは後続の制空戦闘機に任せ、格闘戦を挑んできた帝国軍の人型機動兵器をレーザーソードで葬った。
「遅い……いや、これくらいか」
さらにマイクロミサイルを斉射、3機を粉砕し、2機を大破させる。
生き残りを前腕部固定の陽電子ガトリングで蜂の巣にしつつ、変形して突っ込む。
「ぬるいな」
その先にいたのは帝国軍の200m級駆逐艦、制空戦闘機1機でも十分な相手だ。
拙い対空砲火をかわしつつ、ハードポイントに造成した2発の対艦ミサイルと、100発近いマイクロミサイルを放つ。
「沈め」
さらに艦橋へ向けて重力子ロングライフルを発射、ミサイルとの合わせ技で駆逐艦は轟沈する。
「次は、っと」
隙をうかがっていたのか、先ほどまでいた所を戦艦クラスの主砲が貫いていった。
「2000m級戦艦か、ちょうど良い」
とはいえ、こいつを制空戦闘機だけで落とすのは面倒だ。
大人しく重爆撃機を呼ぼう。
「落ちろ」
そしてミサイル斉射。複数機での同時発射、対艦ミサイルの数は20を越える。
全て当たれば高速戦艦だって落ちる数だ。帝国艦なら……
「よし」
艦体の半分は消し飛ぶ。
ついでに両手のレーザーソードで人型機動兵器を細切れにした後、別集団へ飛んだ……のたが。
『貴方、今夜は魚の切り身がいいわね』
「よくそんな余裕があるな」
『あ、わたしはハンバーグ!』
「おい、それ真逆だろ」
『……分かった……どっちも、準備する』
『それはいいですね』
『分かりました、準備します』
「おいおい……」
まったくこいつらは……いつも通りか。
マイクロミサイルで人型機動兵器を蹂躙しつつ、会話は続ける。
「それで、調子はどうだ?」
『いいわね、しっかり動いてるわ』
『細かい所もちゃんとできてるよ』
「そうだな。俺も同じ感じだ」
『こちらでも確認しました。十分以上です』
3人の見立てでそうなら、問題はないんだろうな。
そして、750m級巡洋艦を攻撃機と共同で消し飛ばした。
「じゃあ、時間まで続けるぞ。競争だ」
レーザーソードでシールドを飽和させ、200m級駆逐艦をなます切りにする。
『うん、分かった!頑張ろ!』
近寄ってきた人型機動兵器にマイクロミサイルを放ち、陽電子ガトリングと重力子ロングライフルを撃ちまくる。
『まったく、レイったら』
数十機でよってたかり、2000m級戦艦や2500m級空母を中核にした艦隊をボコボコにした。
「変わらないな」
機動要塞は……他より少し時間がかかるが、数百機の集中攻撃で沈める。
『え、何?お兄ちゃん、リーリアお姉ちゃん?』
「いや、こっちの話だ」
『ええ、気にしなくて良いわよ』
『そうなの?』
『そうみたいです』
『ガイル、ちゃんと前を見てくださいね』
「ん?うお⁉」
『……危ない』
そんなこんなで、俺は宇宙を飛び続けた。
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『制限時間到達、シミュレート終了』
「ふぅ……」
機器が止まると、視界も元に戻る。
自分で思っておいてなんだが、ここは宇宙じゃない。王都の一角、戦略艦隊総司令部の一室だ。新しくなった訓練用シミュレーターの動作確認のために来ていた。
それで……落とされた数は84、まあまあだな。
「あ、お兄ちゃん。どうだった?」
「俺は88万6294点だ。レイはどうだ?」
「96万3468点だよ。やった!」
「私も負けたわね」
「リーリアか。疲れたみたいだな」
「ええ、久しぶりにやると疲れるわね。貴方より5000点近く低いし」
「ギリギリだな。危なかった」
「どこがよ」
これをやったのは俺とリーリア、レイの3人。他3人は機動兵器畑じゃないから、見学だけだ。
「お疲れ様でした」
「素晴らしかったですよ」
「……凄い」
「これくらい、いつものことよ。ね、貴方?」
「元エースとしては、レイに負けて少し悔しいけどな」
「ふふーん」
「上機嫌ね、レイ?」
「え?……えっと、リーリアお姉ちゃん?」
「何?」
「何で後ろに立ってるの?その手って何で?」
「さあ、何ででしょうね」
「や、あはははは!やめっ、ひぅっ!」
リーリアにくすぐられ、レイが跳ね回っているが……いつものことだ、放置しよう。下手に手を出すと痛い目に合う。
「騒々しいね。すぐに聞きたいんだけど」
「ラグニル、来てたのか」
「僕は元々こっちだからね。時々来てるってこと、君も知ってるだろう?」
「来るどころか、しょっちゅう通信してるだろ」
そのタイミングでやってきたのは、休暇でも研究をやめないことも多いラグニルだった。
それで、こいつと扉の向こうで別れたのは……誰だろうな。2人ってことまでしか分からない。
「まあ、そうなんだけど。それで、新型はどうだい?」
「良いな。最近の戦闘が上手く生かされてる。多少の問題点はあるが……そっちはレポートに纏めて出す」
「そうかい?ならよかった。彼女たちも喜ぶよ」
「これはやってないのか?」
「他にもあったからね。少し手伝ったくらいだよ」
「なるほど。それでそっちは?」
「順調だよ。見るかい?」
「ああ」
とはいえ、機密度の高いデータだ。いくら当人でもすぐには開けない。どうしても少し時間がかかる。
そのためか、少し離れた場所の会話が聞こえてきた。
「案外低いんだな」
「私だって1000点は超えるわよね。1万機なら1000万点」
「おいおい、お前ら知らないのか?」
「何が?」
「あれ、1機あたりだぞ」
「は?」
「え?」
「だから、1機あたりの平均値だ。じゃないとあの戦績にはならないだろ」
「げ、何だよあれ」
「沈めすぎっしょ」
戦略艦隊総司令部とはいえ、生体義鎧しかいないわけでは無い。見学者なのか、一般軍人のグループが外で見ていたようだ。
100万点を超えるエースどもに比べれば大したとこな……いや、俺達の基準がおかしいんだよな。
と、そんなことを考えているうちに、ラグニルのシュミルからデータが出されていた。
「まずは……そうだ、これこれ。新型機動兵器の青写真だよ」
「そんなことをする時間は……いつも通りあるのか。って、おい、これは何だ」
「え?機動兵器だけど?」
「全長500mってふざけてるのか?要塞艦くらいにしか乗せられないぞこんなもの」
「ああ、ごめん。それ昔の遊びのやつだった。一応、使えるように作ったけど?」
「却下だ。このサイズが良いなら駆逐艦でも作ってろ」
「そうだよね。それで、今回のはこっちだ」
「なるほど。それで……デカイな」
「超重爆撃機を小型化できないかって思ってね。重爆撃機くらいの大きさにしたかったんだけど……」
「そうか。ん?……設計を変えて、重爆撃機の後継にできないか?それなら重爆撃機より小さくできるだろ?上手くいけば、爆撃機の後継にもできるかもしれない」
「それだと大型対艦ミサイルを造成できなくなるんだけど……そうか、使えるね。超重爆撃機の方はまた考えるとするよ」
「どっちにしろ、次のコンペは早くても15年先だ。それまでに出せばいい」
それに、今コンペを始めたところで侵攻作戦までに更新を終えられるとは思えない。
中途半端な状態が1番マズいからな。数に負けるほど性能が優れていないわけではないし、コンペは予定通りとしよう。
「貴方、何2人だけで完結してるのよ?」
「っと、すまない。ラグニル、良いか?」
「いいよいいよ。他にもいくつかあるからね」
「そう?なら、同席させてもらうわ」
「……ガイル?」
「どうしましたか?」
「え、何なに?」
「またですか?先生」
「おいポーラ、またって何だ」
どうやら、女だけの話は終わったらしい。そのまま5人も話に加わる。
「それで、無人化戦略艦隊とアルストバーン星系要塞化についてはどうなってる?」
「順調だよ。まあ、いくつか問題はあるけど……」
「問題?」
「問題というより、方針の違いって感じかな。どれを重視するかで色々意見が出てるんだ」
「具体的にはどうなんだ?」
「司令達の意見があった方が纏まりやすいかな……じゃあ、こっちでやるよ」
投影装置の問題か?
どういう事情から知らないが、俺達が小さめの会議室へ入ってラグニルからデータを受け取ると、話はすぐに始まった。
「まずは要塞化の方だけど、今出てる主な構想は3つだね。細かいのはもっとあるけど、そこは割愛するから」
「それで頼む」
「じゃあ1つ目、これはオーソドックスな形かな。秘匿要塞のステルス能力を下げて、攻防に回した感じだよ」
「まあ、無難な感じね。支持者も多いんしゃない?」
「そうだね。ただ1番支持は多いんだけど、派生も多いから少し困ってるかな」
「そうでしょうね。多くの人が考えつく形式ほど、個人個人の考えが強く現れるものですから」
「まあ、そのあたりはどうとでもできるさ。それで2つ目は、特に基地能力を高めたタイプだね。全部で2ヶ軍団と3ヶ統合艦隊を常時収容できるよ」
「……多い」
「武装はどうなっているんですか?」
「最低限、かな。シールドは強固だけど、砲の数は少ないよ。フォルスティン級くらいだね」
「そうか……それで?」
「最後だけど、これは重度の攻撃型と言うべきかな」
「攻撃型って?」
「艦艇収容能力を犠牲にしてでも、攻撃能力を高めているんだよ。アーマーディレスト級以上の砲もたくさん使われるし、迎撃能力もとても高い。アーマーディレストと同じアレを配備するっていう意見も出てるね」
「アレ、か……」
「そうそう。まあ流石に、これを言った彼らは少数派のさらに少数派なんだけど」
「使いにくすぎるわ。何で却下しないのよ」
「一応、建設的な意見だったからね。欠点の方が多いけど、利点が無いわけじゃないからさ」
分からないわけではないが、アルストバーン星系だと使いにくいはずだ。
そしてなにより使わせたくない。
「とりあえず、3つ目は却下だな。要塞艦ならまだしも、固定要塞でこれは攻撃的すぎる。防衛用には不適格だ」
「そうだね。そう言っておくよ」
「それで残りの2つは……半々だな」
「そうね。1つ目だと軍団と統合艦隊1個ずつでギリギリだし、2つ目だと要塞にする意味が薄いもの」
「そうなると……容量は1ヶ半軍団と2ヶ統合艦隊分で、残りは武装とシールドに回すべきかな?」
「ええ。あ、重力子砲が多めの方がいいわ。射程延長の細工もして、ね」
「ああ。対空砲は少なくてもいいが、シールドは強固にしておいてくれ」
「分かったよ。それで、他にオーダーはあるかい?」
「機動兵器!予備機も合わせていっぱい!」
「内部に巨大なドックがあっても良いかもしれませんね」
「高出力な元素操作装置があると助かります」
「……一応、リンク機能」
「はいはい。ただ、仕様についてはバランスを取って決めるから、入らなくても恨まないでね」
「分かってる。そのあたりは専門家に任せるさ」
暴走しても、性能はちゃんとしたのを作るからな。使えるかは別として。
「それともう1つ、無人艦隊の方は順調だよ。まあハードはそのままだし、ソフトもそう難しいわけじゃないからね」
「そうなんですか?新基軸でしょう?」
「そうだけど、前から少しずつやってたことだからね。生体義鎧の並列操作のも多少は使えるし」
「……具体的には?」
「ハードの細かい設計変更が終わるまではあと数日、ハードが完成するまでは2週間。ソフトもそれくらいで終わるけど、調整とバグ取りでさらに1週間って所かな。戦術とかを入れるならもう少しかかるよ。慣熟訓練の方は……」
「そっちはもう立ててある。3ヶ月の予定だが、シミュレーターが完成すれば前倒しにできるぞ?」
「難しいかな。少なくとも一通り完成しないと、シミュレーターも動かせないしね」
「分かった。なら、少しでも早く完成させてくれ」
「分かってるよ。そうそう、数はアレでいいんだよね?」
「ああ」
訓練終了まで最短で4ヶ月、戦力化まではもう少しかかりそうか……侵攻部隊の方はまとめてやるとして、残りの2ヶ戦略艦隊はどうするかだな。
予定変更が必要かもしれない……1ヶ月で最低限までやって、そこから交代でやるか?
「そうだ司令、聞いた話なんだけど……」
「どうした?」
「帝国が惑星規模の大要塞を持ってるらしいんだ。ほら、例の協力者から」
「……確かか?」
「正確な情報じゃないと、学者の意味はないよ。確実だって」
「そうか……分かった、ありがとう」
気になるな……
「行くのね?」
「ああ」
というわけで、総司令執務室までやってきた。
「父さん、いるか?」
「いる。だがせめてノックしてから入ってこい」
「考えておくよ」
いなかったら開けないし、来たことは聞こえてるんだろ。
「さっきラグニルから聞いたんだが、帝国が惑星規模の要塞を持ってるってのは本当か?」
「本当だ。ミレニアス銀河内に9個あるらしい。まだ詳しいことは分かってないが……」
「データは逐次回してくれるよな?」
「当然だが……入ってくる情報そのものが少なそうだ」
「情報が?それだけ巨大ならむしろ分かりやすいだろ?連邦には交戦結果もあるだろうし」
「それがな、どうやらこの要塞はミレニアス銀河の奥にあるようだ。交戦回数は少なく、諜報網もそこまでは入り込めていないらしい。予想以上に重要な拠点なのかもしれない」
「そうか……分かった。現場での対処は俺達がやる」
「すまないな」
「父さんは部屋の奥で考え込んでる方がお似合いだ」
「その言い方は変な意味に聞こえる。言い直せ」
「それなら、次からは変える」
「その次がしばらく無いだろうが」
その次のためにちゃんと覚えておこう。父さんに怒られるとレイが気にする。
「あ、お父さん、元気?」
「元気だぞ。レイ、頑張ってるか?」
「うん。お父さんも頑張ってね」
「ありがとう」
「態度が違うな」
「親バカね」
「シスコンが何を言う」
「「あ"?」」
シスコンで何が悪い。侮蔑の意味で使うなら相応の手を取るぞ?1対1で父さんに負けたのはどれも50歳以前だけだ。
「ガイル、リーリア、大人気ないですよ」
「喧嘩を売ってきたのは父さんだ」
「おじさんの方が年上よ」
「……1%しか違わない」
「それでもだ」
「維持を張る必要はないと思いますが」
「それでもよ」
「お兄ちゃん、リーリアお姉ちゃん、わたし怒っちゃうよ?」
「「ごめんなさい」」
流石にレイに嫌われるのは嫌だ。
甘すぎる?……そうかもしれない。
「はっは、妹には頭が上がらないようだな」
「レイ」
「お父さんも、もうやめてね?」
「すまなかった」
それは父さんの方もだけどな。
「さて、それではお茶にしましょうか」
「……準備する」
「では、こちらを使わせていただきます」
「あ、新しい美味しいの見つけたよ。それで良いかな?」
「勝手に進めるんじゃない。こっちはまだ仕事中なんだからな?」
「ダメ?」
「許可する。義娘の頼みを無視する薄情者ではない」
「おい、息子はどうでもいいのか」
「義娘の方が可愛いに決まってる」
「ちっ」
「貴方、いつものことでしょ?」
「まあ、そうなんだけどな」
そういうわけで突如始まった家族の団欒……まあ1人増えただけなんだが、メルナやレイ達のおかけで楽しかった。
それに、父さんとこれだけゆっくり話したのも久しぶりだな。




