第12話
新王国歴7267年8月16日
「これより、御前会議を開始します。国王陛下、御入来」
文官の代表として発言した総帥閣下の言葉に合わせ、俺達は最敬礼を取る。そして玉座に国王陛下が座り、王国の最高意思決定機関である御前会議は始まった。
専用の部屋に集まった人間は軍官合わせて100人以上。何人かはホログラフだったりもするが、これだけの面々が集まることは滅多に無い。
「皆の者、大義である」
「これは王国に仕える者として当然のこと。まして本日の議題を聞いたならばなおさらでございます」
文官の代表が総帥なら、軍人の代表は戦略艦隊総司令。対を成すわけではないが、形式上はこんな感じだ。
「忠義ご苦労。それでは本題に入ろう。ウェンディス総帥、頼むぞ」
「かしこまりました。本日の議題は先日のザーハロッパ連邦より提案された、フィルド帝国共同戦線構築に関してです」
提案してきた使節とは今、アルストバーン星系で事務レベルの協議中だ。というか総帥府が忙しすぎて、今日以外にできる日が無いらしい。
そんな事情はさておいて、会議は進む。まあ、100人以上いると進行も大変だけどな。
「これに関して、我々戦略艦隊は賛同の意を表する」
「陸軍同じく」
「海軍同じく」
「近衛軍としましては、守りだけで防衛しきれるのであればそちらの方がよいと考えます。ですがそれが不可能な以上、賛同いたします」
軍からの出席者は上級元帥と元帥の全員、合計43名。
「王国議会、出席全議員の可決をもって賛同する」
立法府、王国議会からは議員の代表者50人。政党の議席数比に合わせたメンバーだ。
「王立裁判所はこれが全ての法に沿ったものだと認定します」
司法府、王立裁判所からは裁判長と上級裁判官12人。
彼女らは政治や軍人に関わらないが、法律に則ったものであるかの判断のために呼ばれている。
「この場に集まった王族を代表して、私メルナ-ファルトルム=ティア-バーディスランドがこの提案を肯定します」
そして王族。御前会議には国王陛下と王妃殿下以外に王族の識者3人、国王の従妹のアリス-コルシュファ=ニーネ-バーディスランド殿下、伯母のリネア-メルティリス=ミリス-バーディスランド殿下、兄のクルト-アンティルス=ベン-バーディスランド殿下。そして長老扱いの特別枠としてメルナがいる。
本当なら王太子も参加するんだが、シュンはまだ未成年だから無しだ。
「総帥府も賛同いたしますので、本議案は満場一致で可決されました。それではどうぞ、シュルトハイン上級元帥閣下」
最後に総帥府より、総帥及び20人ほどの大臣達。時々軍は総帥府や王国議会と揉めたりもするが、今回は問題なく可決された。
そしてここで文官の関わる部分が終わり、進行役が軍に移る。
「感謝する、ウェンディス総帥閣下。皆様もありがとうございます。それではこれより、大戦略の決定を行う」
「海軍より提案があるのだが、よろしいか?」
「どうぞ、セルファルト上級元帥」
「感謝します」
アッシュ-セルファルト=ニティレアランド。海軍総長の男で、現在のニティレアランド卿でもある。根っからの軍人で、訓練やシミュレーター等の結果も良いが……政治家も向いているような気がする。それがどうしたってことじゃないが、感覚的に少し、な。
また、彼は現役のニティアランド卿。第5次世界大戦まで独立国の王族だったからか、カリスマ性の高い人物が多い家の家長だ。その例に違わず彼の人心掌握術はかなりのもので、海軍内での評価は非常に高い。
で、そんな人物の発言は……
「我々海軍内部にて、新規の生体義鎧化の提案が出た」
「なんと⁉」
「いや、しかし……」
……は?
「現在王国が持つ技術では、200万光年以上の距離は遠い。それは純然たる事実だ。そこを進むために必要なのは大軍より機動力であると考える」
「確かに……」
「だが最も機動力に富む戦略艦隊の数は少なく、実数が圧倒的に足りない。それでは帝国には勝てない」
それはそうだ。だから俺も考えた。
「そのための新規生体義鎧化だ。陸海近衛軍の精鋭から新たな戦略艦隊を作り出し、対帝国戦に当てる。無人戦闘艦が主な戦略艦隊なら、損耗した戦力の補給も容易い。そしてかねてより、海軍内には生体義鎧化手術を求める声は多かった。今までは必要ないため行われなかったが、今は必要な時だ」
だが……
「なるほど、それなら使える」
「時間はかかるでしょうが……」
「やってみる価値はあるのでは?」
陸軍も……
「どう?」
「考慮の余地はあるかと」
近衛軍も……
「良いですな」
「良いのですか?」
「志願するなら構わんだろう」
総帥府の大臣連中も……
「良いのでは?」
「いや、しかし……」
「ですがこれなら……」
「だとしても……」
王国議会の議員どもも……
「良いんだよね?」
「数が足りなくてはどうしようもない」
「だからこういうのは……」
1500歳以下の生体義鎧まで……
「それでは陛下、ご採決を……」
どいつもこいつも……ふざけるな。
「駄目だ!」
「駄目よ!」
俺と同時にリーリアも怒声をあげる。同時に殺気も出したせいか、参加者の大半が静まり返った。というか、前に出て最敬礼を取った今も、殺気はダダ漏れだと思う。
少し力を入れすぎて、実は装甲板でできている床にヒビが入ったが、そんなことを気にしている場合じゃない。
「陛下……生体義鎧は3000年前の怨念の結晶、私達が生み出した負の遺産、それ以外の何物でも無いのです。今の者達に背負わせてはいけません」
「友人を、隣人を、仲間を、親友を、家族を、兄弟を、恋人を、子を、親を……殺された怨みを、自分達は子らへと押し付けてしまいました。だからこそ、平和を知る今の者達に押し付けることだけは、あってはなりません」
あんなことがなければ、生体義鎧は生まれなかった。あれだけの怨みがなければ、俺達が生き残ることはなかった。
「だけど……」
「1000年も生きてない若造は黙ってろ!」
「ひっ⁉」
「これは怨みだ!呪いだ!本当なら俺達だけで無くすべきだったものだ!だが不甲斐なかったからこそ、お前達に押し付けるしかなかった。それを理解してないのか!!」
出しゃばったレスティニア元帥を一喝し、半分叫ぶような口調になりつつ俺は続ける。
責任と義務を果たせず、俺達だけでは終わらせられなかった。仕方ない情勢だったとはいえ、その感情は根強い。
だから、こいつらだって被害者だ。だからこそ、繰り返させることはできない。
もちろん、これがただの感情論だってことは分かってる。だが、ここだけは譲れない。俺は、俺達は、あいつらは……
ただ感情的になりすぎて、俺とリーリアは少し浮いてしまっていた。そんな状況で助け舟を出してくれたのは、父さんだった。
「申し訳ございません、陛下。息子達は当時子どもだったため、この話については感情的になりやすいようです」
「父さん、二言余計だ」
「今は静かにしてろ。そして私も、新規の生体義鎧化については反対です。感情的な意味もありますが……」
「そうか」
「ですが、それだけだと説得にはなりません。そのため、反対する2つの理由を挙げさせていただきます。まず1つ、生体義鎧化したとして、すぐさま戦略艦隊と同等の戦力になるわけでは無いということです」
父さんの説明が始まったあたりで、俺とリーリアは元の場所に戻る。
それと、段の上からメルナが心配そうに見ていたので、大丈夫だと目で答えておいた。俺達の想いを知っていても、心配なものは心配らしい。
「現在の陸海軍も精鋭無比、それは息子達の報告からも知っております。ですが、あの地獄を戦い抜いたわけではありません。練度が劣ってしまうのは仕方のないことでしょう。そして戦略艦隊として最も必要な並列思考についてですが、これは生体義鎧になって日の浅い者が習得できるようなものではございません。恐らく、実力の1%も出しきれないと考えられます」
「ふむ、それで?」
「そしてもう1つ。どれだけの精鋭を無駄死にさせることになるのか、ということになります」
「……」
その言葉が出た途端、セルファルト上級元帥の気配が揺れた。
動揺するんだったら最初から言うな。
「例え1%だったとしても、100万人に施術を行えば1万人が死亡します。無駄死に以外の何物でもない。そういった理由で、仕方なく使われていたとはいえ、嫌われておりました」
だから生体義鎧は発狂者をどう減らすかを、さらに言えば性能向上より生存率を重視して開発されていた。
確かに、俺達は母星をこの手に取り戻すことを目的していた。帝国を追い出すことを望んでいた。
だがそれと同時に、もしくはそれ以上に、仲間を失うことを忌避してもいた。あれ以上、失うのは避けたかった。
「だからこそ、私は海軍の提案に反対します。連邦との共同戦線を張ることになる以上、準備に時間はかけられません」
「ふむ……汝らの主張は分かった。だが帝国相手に戦略艦隊だけでは足らぬだろう。どうするのだ?」
「それについては、自分に腹案がございます」
「ガイル」
「大丈夫だ、父さん。任せてくれ」
「分かった。任せよう」
「ありがとう。リーリア、手伝ってくれ」
「ええ、いいわよ」
ただまあ、今はこの感情を表に出す必要は無い。さっき荒げてしまったのだから、むしろ隠すべきだろう。
リーリアに説明用ホログラフの展開を任せ、俺は事前に用意しておいた話を始める。
「現状の戦略艦隊では戦力が足りないというのは事実だ。だが、生体義鎧を増やさなくともこの問題は解決できる」
「では、どうすると?」
「1つ目は無人の戦略艦隊の使用だ」
「無人?」
「それは?」
連中の真似をするのは癪だが、もう慣れた。潜宙艦がそうだし、機動兵器の変形だってそうだからな。
使えるものは何でも使う、それだけだ。
「無人艦隊といっても、帝国軍のようなハリボテじゃない。高度な戦闘AIを使った艦隊だ。生体義鎧と連携することでAIの弱点も補え、被害担当としても使える」
「可能なのですか?」
「既に第1戦略艦隊最高技術顧問、ラグニル-シェイブァン=アルティアイズン技術少将に確認してある。使用上の各種制限はあるが、問題ないそうだ」
ラグニルが出来ると言った、それだけで非常に強い説得力を持つ。
有名人を使えるのは楽で良い。
「ただし、これでも戦力を10倍にすることはできない。技術的な問題もあるらしい。だからこそ、2つ目がある。ゲラスリンディ級要塞艦とラファレンスト級要塞艦の利用だ」
「どういった……?」
「この2つの共通点は何だ?正確には、アーマーディレスト級要塞艦にもあるものだが」
「ワープゲート搭載艦ですね」
「その通りございます、コルシュファ殿下。これらのワープゲートを利用し、ここから陸海軍を帝国銀河へ送り込むことができる」
戦力としては今の陸海軍でも十分。というより、いきなり慣れない操作法で戦場へ行くよりはるかに良いはずだ。
まあ、問題がないわけじゃないけどな。
「当然のことだが、同じ戦力比であれば戦略艦隊だけの時よりも戦力損耗率は高まるだろう。戦死者は確実に増える。だが最も短い期間で準備は全て終了するはずだ。それに、それを拒否するほど両軍とも弱くないだろ?」
「当然ですとも」
「戦うことが我らが務め、皆そう言っております」
「もちろん、できる限り死者が出ないような作戦を立てる。そこは許容してくれ。不要な死は避けたい」
戦死者が増えれば、それだけ王国の力は落ちる。それにいくら死に慣れているとはいえ、同胞を散らせることは嫌いだ。
「まとめると、俺の提案する作戦はこうだ。無人の戦略艦隊、つまり無人艦化させたアーマーディレスト級要塞艦を複数引き連れ、帝国銀河へ侵攻する。そして星系の攻略など戦力が必要な場合、陸海軍をワープゲートを通して連れてくる。連邦軍との兼ね合いもあるが、それで大丈夫なはずだ」
「攻略終了後はどうしますか?占領を?」
「いや、星系の維持をする必要は無い。機雷や自動防衛装置で完全に封鎖するか、破壊し尽くせば良いだろう」
「よろしいので?」
「王国に新たな領地なんて必要ない。陛下、それでよろしいでしょうか?」
「余は構わぬと考えるがウェンディス総帥、どうだ?」
「シュルトハイン元帥の仰る通りでしょう。国民の居住区についてはコロニーにより十分な面積が保たれておりますし、そのコロニー建造用資材についても、近隣の星系から回収することができます。テラフォーミングに適した衛星も残っておりますので、必要性はほぼ無いと考えられます」
「そうか……」
「陛下、学務局より申し上げたいことがございます」
「構わぬ。何だ?」
「国民生活としては必要ありませんが、学術的には非常に重要となる可能性が存在いたします。異なる銀河ということで、天文学者などが調査を申し出ると考えられます」
「ふむ……シュルトハイン元帥、どうだ?」
「それに関しては今まで通り、戦略艦隊が持ち帰ったデータで我慢していただきたく存じます。戦場へ兵士以外を連れて行くつもりは毛頭ございません。また戦後ということになりますと、どのように終結するか分かりませんので……」
「理解した。ガルバーシュ学務局大臣、それで良いな?」
「学者達が何を言うかは予想できませんが……説得いたします」
「助かります」
どうせ俺も行くことになるんだろうが。まあ、ある程度楽になるならそれでいい。
っと?
「陛下、少しよろしいですか?」
「リーリア?」
「どうしたのだ?メティスレイン元帥」
「はい。私達が帝国銀河へ向かう前に、アルストバーン星系の防衛体制を整えるべきだと考えます」
「ああ、そうか」
「ええ」
「それは……つまり?」
「どういうことでしょうか?」
「帝国軍が攻めてくる可能性があるってことよ。戦略艦隊全てが行くわけじゃないし、陸海軍も残ってるけど、確実に守りきれるようにした方が良いでしょ?それに、連邦と敵対する可能性もゼロじゃないわ」
「となると……」
「アルストバーン星系の高度要塞化、これは絶対ね。駐留部隊も増やして2ヶ戦略艦隊と……軍団と統合艦隊1つずつが理想ね」
「いくつかの惑星、衛星については簡易のテラフォーミングをするのも良いかもしれないな。海を作ればある程度のカモフラージュにはなる」
「そうね。海上艦もあると便利だし」
「ラグニルにも話をしておくか。嬉々として参加しそうだ」
「お二方、説明をお願いします」
あ……忘れてた。
そしてこの後、リーリアとのアイデアを出席者全員へ説明し、色々と出た意見を纏めながら完全な計画にしていった。
「陸軍からは第10軍団を出しましょう。いくつかの部隊は他と交代させる必要がありますが」
「では海軍は第16統合艦隊だ」
「近衛軍は出しませんが、よろしいか?」
「当然だ。父さん、こっちはこのまま第3と第8か?」
「そうだな。交代で休暇は取らせるが、まずはそれで良い」
「分かった。場合によっては俺達も動く」
「外回りも頼むだろうから、必要時以外は出来るだけ休めよ」
「分かってる。無理はしないから、任せてくれ」
戦略艦隊の外回りも続く。というか前に言ったように、ファルトス銀河のことを連邦に任せっきりになんてできないからな。
後は……
「皆の者、これでよいか?」
「はい、陛下」
「そうか。では第1戦略艦隊司令長官、ガイル-シュルトハイン元帥」
「は!」
「汝を帝国侵攻部隊の最高指揮官に任ずる。帝国を討ち滅ぼせ」
「了解いたしました、陛下。我が忠誠、勝利を持って証明いたしましょう」
「頼むぞ」
「全ては王国のために」
そして俺達のために、帝国を討つ。
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「お疲れ様でした。シュルトハイン元帥閣下、メティスレイン元帥閣下」
「やめろよメルナ。もう御前会議は終わったんだぞ」
「そうよ。もういつも通りで良いわ」
「そうですね。では皆様、ご苦労様でした」
「は!」
俺達2人、そして近衛の何人かが見守る中、メルナはオートビークルへ乗った。
「ご苦労だった」
「お疲れ様」
そして俺とリーリアが前部に乗り込み、発車する。ようやく終わった。
「2回目ですけど、お疲れ様でした」
「ああ、疲れた。まだこの間よりはマシだけどな」
「外交なんて慣れないこと、したくないわね」
「この会話、あの時もやったよな?」
「お互いによ」
繰り返すくらい疲れてるってことか……生体義鎧には精神的な方しか無いとはいえ、キツいことに変わりはないからな。
本業ならいくらでも大丈夫なんだが。
「それで、この後はどうしましょうか?」
「まずはさっき出た通り無人の戦略艦隊とアルストバーン星系要塞化……っと、ラグニルに連絡しておかないとな」
「そうだったわね。あとは海軍の工作艦部隊と……」
「第16の工作艦群も動かすかもな。まあ、その辺りは海軍が決めることだ」
「口添えもできますよ?」
「いや、大丈夫だ」
俺があれこれ言わなくても、上手く動かしてくれる。例え寿命が違っても、信頼できる仲間達だ。
それと、ラグニルに文書で今回のことを送っておく。あいつなら、これだけで上手いことやってくれるからな。
「それで他には……休暇中の過ごし方か。明日からしばらくだからな」
「どこかへ行くのもいいわね。別荘とか」
「いえ、明日は多分ありますよ」
「え?」
「それは……っと、げ」
「やっぱり来たようですね」
「国民議会への説明か……まあ、まだ楽な方か」
「でも面倒よ……任せて良い?」
「まったく……分かった。ただし、アルストバーン星系についてはリーリアに答えてもらうからな?」
「ええ、もちろんよ……って、任せれてない気がするんだけど?」
「まあ、それ以外に聞かれないだろうからな」
確かに、無人戦略艦隊と全体戦略については俺に来るだろうが、アルストバーン星系については提案者のリーリアに行くだろう。
そうなると……ん?メルナの笑顔が……あ、ヤバ。
「放置ですか?」
「「ごめんなさい」」
まだ本気では怒ってないが、怒らせるのはマズイ。味方がいなくなる。
「2人だけで話し合わないでくださいね。時間はあるんですから」
「はい……」
「すまない……」
リーリアとだと、ついつい話し込むんだよな。それでこうなって……って、学習能力が無いわけじゃないぞ。
「さて、シェーンに夕食をお願いしましょうか。何か希望はありませんか?」
「それは……どうするか。悩むな」
「任せた方が賢明だと思うわ。私達が悩んだって、シェーンが決めた以上に良いとは思えないもの」
「そうだな。メルナ、お任せって返しておいてくれ」
「ガイルは錠剤1つよ」
「そうですね」
「おいこら待て」
リーリアめ……ただまあ、普段通りで楽になれるのはやっぱりいいな。




