第3話
新王国歴7267年5月24日
「うう……腰は痛いし足は震えるって……生体義鎧はあの程度で壊れたりしないでしょ……」
「どうやら肉体的なものじゃなくて、脳、もしくは精神が原因らしいぞ。あくまで予想らしいが」
「それでも、貴方はやり過ぎよ……」
リーリアは俺の腕に掴まりながら、ゆっくり歩いている。だが足元はおぼつかず、まだフラフラだ。
そんな彼女を支えながら食堂にやってくると、そこではポーラが待っていた。
「おはようございます」
「おはよう。すまなかったな」
「おはようポーラ……何か飲み物を貰える?」
「はい、リーリア先生。リュルでいいですか?」
「お願い……」
リーリアはポーラからリュルを貰うと、机に倒れこみながらも少しずつ飲んでいる。
場所はリーリアが俺の隣で、ポーラが対面……なので、リーリアの頭を撫でた。相変わらずサラサラで気持ちいいな。
「先生、遠慮はしましたか?」
「……」
「先生?」
「いや、その……」
「せ、ん、せ、い?」
「……すまん」
「それはリーリア先生に言ってください」
聞いてるぞ。机に突っ伏しているが、絶対聞いてる。そして多分笑ってる。
声を出してないのは辛いからかもしれないが、絶対に笑ってる。
「まったく、先生は調子に乗ると自制が効かないんですから、そうならないよう気をつけてください」
「ああ、分かってる」
「本当ですか?これが軍事ならいいんですけど、先生はプライベートにまで入っているんですよ?私やレイちゃんだって……」
おいこらリーリア、肩を震わせてたらいつかバレるぞ。
……いや、今のポーラだと気づかないかもな……
「先生、聞いてますか?」
「大丈夫だ、ちゃんと聞いてる」
「ならいいです」
そんな風だからからかわれる、と言いたい。
だが、絶対にやぶ蛇だから言いたくない。
「それでポーラ、頼んだ件はどうなってた?」
「今までにファトス銀河中へ配備されたレーダー施設のデータを調べましたが、微小な反応をいくつかの星系で確認しました。現在は精査中です」
ポーラに頼んだことがこれ、今まで外の星系に設置したレーダーなどを確認し、帝国軍の動きがないか探す作業だ。常時監視しているとはいえ、常に精査しているわけではない。そのため、大規模な反応以外は改めて調べないといけなかった。
それに、これには時間がかかるから、両司令長官が丸1日非番でも大丈夫だった。というか、こういったことはメルナやポーラ、ヘルガに任せた方が効率が良い。
まあ、メルナに任せた仕事は違うんだけどな。
「1日経ってもか?」
「はい。それだけ弱い反応でしたから、まだ半日はかかりそうです」
「つまり、艦隊規模じゃないと……まだ編制中かもな」
「そこまでは分かりません。ですが、動きがありそうなのは事実です」
「なるほど……これだと、確定情報になるまでは動かない方がいいな」
「そうね……反応を間違えて王国に到達された、なんて笑えないわ……」
「リーリア先生!」
「大丈夫よ……かなり落ち着いたわ。ありがと」
おいリーリア、何今起きたみたいに言ってるんだ。何でそんなボロボロみたいに装ってるんだ。ワザとだろ。完全にタイミングを見計らってただろ。
というかポーラが目を離した瞬間にウインクをするな舌を出すな。
「それで情報は精査待ちとして、決めないといけないのはこれからの動きだな」
「見つけた帝国軍を全て殲滅する……それでいいと思うわ」
「それは俺も同意見だ。問題は、具体的にはどうするかってことだな。戦略艦隊だけでやるのか、海軍も動員するのか。戦略艦隊だけにしても何ヶ艦隊を使うのか、決めるべきことは色々ある」
「それは……総会議にかけましょう。私達だけで決めていいことじゃないわ」
「まあ、そうだな……ただ、意見だけは決めておくぞ」
「ええ」
「それについてですが……先生、メルナに頼んで御前会議を招集しないんですか?」
「そうだな……いや、まだ戦略艦隊の持つ自由裁量の範囲内だ。御前会議の前に、帝国軍の目的を知る必要がある」
「ラグニルに頼んでいたことですか。捕虜はもう無理ですし、データも取れないと思いますけど……」
「推察でいいのよ。王国への侵攻が目的なのか、支配領域を広げるのが目的なのか、それが分かるだけでも動きは変わるわ」
「リーリアの言う通りだ。今は精査部分以外に何かないか、情報収集に努めるぞ」
「はい」
「ええ」
情報が無いから待ちになるのも仕方がない……とはいえ、結構辛いな。
居場所さえ分かれば、連中を殺し尽くせるのに。
「……あ、ガイル……起きたんだ」
「シェーンか。アレについてはどうなってる?」
「……今も、姫様がやってる……アクティムバーン星系と、ケンティスバーン星系は、もう終わって……今は、近くの星系10個」
「まだそれだけ……いや、本来は数日かかるものだったな。急がせすぎたか」
「大丈夫なんですか?」
「外回りの時は、必要以上に丁寧にやってるのよ。不要な所を除去すれば、1日もかからないわ」
「……でも姫様、大変そう」
「分かった。早めに行こう」
「私も手伝うわ。どっちでやっても変わらないからね」
メルナに頼んだのは、周囲の星系へのレーダー設置だ。ついでに、帝国軍艦艇のデブリ回収も任せている。
潜宙艦と軽巡洋艦以下の戦闘艦を使って索敵を行い、工作艦で設置する。輸送艦も、必要元素の調整用に持っていかせた。
情報処理量はポーラの方が多い……とはいえ、あの癖の強い技官連中を制御するのは簡単じゃないな。
久しぶりの帝国艦だからか、相当はしゃいでそうだ。
「簡単に想像できるな……」
「え?ああ……確かにそうね」
「時折、子どもかってくらい好き勝手する奴らだ……ああそうだ、シェーン」
「……何?」
「今日はお前だからな」
「……いいの?リーリアは……」
「気にしなくていいわ。連続はルール違反なんだもの」
「……そっか……ありがとう」
そしてこの少し後、俺達3人は艦橋へ上がった。シェーンの休憩は始まったばかりだったからな。そうして行った艦橋にいたのは、オペレーターと参謀達を除けばメルナだけだった。
レイは寝てるらしいが……メルナ、俺達が来ることに気づいてたな。
どうやら、広域警戒担当だったメリーアと、そのサポートのハーヴェにも休憩に行かせたようだ。
「ガイル、遅いですよ。リーリアも来たんですね」
「ええ。隣にいるなら、どっちでも変わらないのよ?」
「すまない。それでポーラ、何か変化は?」
「大きなものはありません。ですが、若干の反応の増大が確認できます」
「それってどういった感じ?反応のある星系が増えたってこと?」
「いいえ。既に反応があった星系にて、別の反応が発見されている方ですね」
「メルナも見てたのか」
「はい。少し落ち着きましたので」
「それより、この反応について重点的に調べるべきよ。ポーラなら、もうやってても驚かないけど」
「既に私がやりましたよ」
「メルナでも驚きはしないな。その結果がこれか」
「はい。残念ながら、確定情報にはなっていませんね。それでガイル、褒めてはくれないんですか?」
「メルナが優秀なのは分かりきったことだからな。信頼してる」
「それは少し違いますけど……でも、それも嬉しいですね」
そういった笑顔を向けられると、俺も嬉しいな。だが、それに比べてリーリアの顔は暗い。
「それはそうと、もどかしいわ」
「こればっかりはどうしようも無いからな。宇宙だと、探し回って動いたところで見つけられない可能性の方が高い」
「分かってるわよ。それでも……」
「それは俺も同じだ。だから落ち着け」
「ええ……」
第1世代が持つ、消えない過去。この状況で思い出さないわけがない……
っと、この雰囲気は早く霧散させないとな。第3世代以降は、この話題に結構気を配ってるんだから。
「メルナ、俺が代わる。休憩に行ってこい」
「本当ですか?ありがとうございます」
「というか、今代わらないとシェーンに怒られそうだ」
「そうかもしれませんね。シェーンは今も、私との関係を大きく変えようとはしていませんので」
「そんな大層な関係でも無いからな。無二の親友以外の言い方、俺は知らないぞ」
「主従関係、というのも未だ続いていますよ?」
「どこがだ。俺と会った時には、そんなもの有形無実だったろ」
「そうですね」
クスクスと笑いつつ、メルナは艦橋から出ていった。
そしてその直後、リーリアが肩にもたれかかってくる。
「さて、これでまた貴方を占有できるわね」
「リーリア先生、私もいます」
「分かってるわ。だから、2人でしましょ」
「おいこら」
ポーラまで巻き込んで何をするつもりだ。
「別に。ただ一緒にいるだけよ」
心を読むな、まったく。
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「……ん……ガイル、上手」
「それだけ長くやってるからな。というか、リーリアに練習させられた」
「……ふふ……リーリアらしい」
「小学生の頃からだぞ?ただまあ……懐かしいな」
俺の部屋で、シェーンの髪と翼を乾かしていた。
風呂でも既にシャンプー、リンス、トリートメントで順に手入れをしていた。そして今はタオルで水気を取り、櫛で梳かしながらドライヤーを当て、整翼油で滑らかに整えていく。
「……ガイル、そこ……んっ」
「おいこら、そんな色っぽい声を出すな」
「……誘って、る?」
「何で疑問形だ」
「……何となく?」
「はぁ」
にしても、1人で手入れするのは大変だよな。根元近くなんて自分の手はほとんど届かないだろ。丁寧にやらないと、跳ねがどうとか枝毛がどうとかって言ってたな。
多少は油が出てるとはいえ、これは小雨の時にも飛べるようにするためだけのものだ。綺麗にする効果は無い。
男はそんなに気にしなくていいのに……
「……だって、綺麗な方がいいから」
「心を読むな」
「……分かるもん」
そんな嬉しそうなオーラを出さなくても分かるぞ、まったく。
背中全部を覆うほどの赤紫色の髪も、同色の大きな翼も、どれも綺麗だ。
「……ありがとう」
「心を読むな、まったく。終わったぞ」
「……じゃあ、次……マッサージ」
「分かった。うつ伏せになってくれ」
「……足を広げちゃっても、良いよ?」
「今からだともったいないぞ」
「……ん」
普段はあまり感情を出さないシェーンも、俺と2人きりになるとかなり甘えてくる。というか、レイより甘えん坊かもな。
ただし、バスローブ姿でそういうことを言うな。襲うぞ。
「……いい、よ?」
「さっきも言っただろ、まったく」
「……んっ……はぁ」
「おいこら」
「……えへへ」
そんなふざけるな。だったらマッサージしてやらないぞ。
と、それも分かったのか、本格的に始めたら静かになった。なので、まあ真面目にやる。足から腰へと上がっていく。それと、翼の根元あたりはよく凝るからな。
ここを強めに押すと……っておい。
「シェーン」
「……何?」
「また食べすぎたな」
「……えっと……生体義鎧、だよ?」
「戦闘に関係ない程度なら、普段の生活に影響されるっていつも言ってるだろ。気をつけろ」
「……ごめんなさい」
「まあ、シェーンの料理好きは知ってるし、突き詰めたい気持ちも分かる。食べたなら動けばいい。そういうのにも付き合うからな」
「……うん」
デリカシーが無いとか言われようが、シェーンが綺麗でいてくれる方がいい。リーリアに怒られたりメルナに呆れられたりしたが、まあこれは変わらないだろう。
そう話している間にもマッサージは続け、肩と首、腕もやっていく。まあ、こんなところか。
「終わったぞ。これでいいか?」
「……うん……次、抱っこ」
「ん?」
「……ガイルが、座って……わたしが、その上……抱き寄せて」
「分かった。何か見るか?」
「……ガイルが好きなやつ」
なら……アクション系にするか。シェーンも好きなのは……これだな。
壁の立体映像投影装置にデータを中継し、ちゃんと投影できるか確認する。そして正面のソファに座ると、シェーンが膝に乗ってきた。
なおこの姿勢だと、俺の顎はちょうどシェーンの頭の上にくる。レイだと少し小さいし、他の3人だと大きい。抱きかかえるのに本当に丁度良いな。
「……あ、これ?」
「ああ。シェーンも好きだっただろ?」
「……うん……10回は見た」
「多いな」
「……そう?」
「それは……いや、配信開始は1年前だから、普通か?」
「……うん……それと、ん……当たってる」
「今さら気にするような仲じゃないだろ?」
「……エッチ」
「シェーン、今お前が誰の腕の中にいるのか、分からせた方がいいのか?」
「……きゃー、襲われるー」
「棒読みで言うな」
「……えへへ」
まったく。可愛いな、おい。リーリア相手みたいに自制が効かなくなっても知らないぞ。
まあ、あんなのはそうそうできないけどな。
「……ガイル……ゆっくりしてて、いいの?」
「情報精査はコンピューターの仕事だ。警戒人員以外は休ませた方が、後の戦いのためになる」
「……そっか……わたしもまだまだ」
「こういうのは俺の仕事だからな。苦手とはいえ、努力はするさ」
「……書類……姫様に、任せっきり」
「いや、まあ、それは……」
「……ん?」
「努力はしてる」
「……ん、よろしい」
前半の殊勝な態度はどこ行った。
「……んー……上書き?」
「だから心を読むな。そんなに分かりやすいか?」
「……うん……ずっと一緒だったから」
「だから背中を向けていても分かるのか」
「……それに……くっついてるし」
「なら、もっと抱きしめてやろう」
「……えへへ……あったかい」
そんな感じで、映像の前半は話しながら見ていた。
そして見せ場のアクションシーンに入ると、シェーンは映像に集中し始める。
「……そこ、頑張れ」
「何回も見てるのに、まだそんな感じなんだな」
「……だって、好きだから」
「なら、仕方ないか」
「……ねえ、ガイル」
「ん?」
「……大好き」
「ああ、俺も大好きだぞ」
「……むー」
「俺に不意打ちをしたいなら、もっと上手く偽装しないとな」
リーリアとのやり取りで、その辺りは慣れたからな。子どもの頃の話がほとんどだが。
「……終わった」
「終わったな。何でそんなに悲しそうなんだ?」
「……好きだから……もう1回?」
「駄目だ。明日に障るぞ」
「……寝なくても、大丈夫なのに……」
「それに、この後のこともあるからな」
「……じゃあ、運んで?」
「ああ」
「……ん」
「まったく」
唇を触れ合わせつつ、シェーンをベッドに降ろす。
いつもと変わらぬやり取り、なのだが……新たな帝国艦隊を発見したという報告を聞いたのは、この翌朝のことだった。
・リュル
王国でよく飲まれる飲料の1つ。
お茶のようなものだが、原材料はとある種類の穀物。発酵時間で色々と味が変わり、好事家も多い。
・他星系レーダー施設
戦略艦隊が探索した星系に置く、帝国軍探知用のレーダー・ソナー・望遠カメラなどを複合させたもの。1つの星系に50〜100ほど置く。小型の割に探知範囲は非常に広く、アーマーディレスト級に次ぐレベル。
小惑星や衛星などの内部に埋め込むもので、質量や重心などを細かく調整し、内部に関しては高出力のステルス装置を使うため、知らなければ王国軍でも発見することは困難。
なお、レーダーの探知範囲の方を優先したため、要塞艦と同等レベルのコンピューターで精査しないと、詳細データを素早く得ることはできない。




