第2話
新王国歴7267年4月2日
炎が巻き上がる。
「…イ……」
天まで届く塔が、根元から折れる。
「ガ…ル…」
空から、次々と落ちてくる。
「ガイル…」
そして最後まで見ることなく飛び起きた。
隣で声をかけてくれていたが……俺を覗き込んでいた瞳は、翠ではなく金だ。
「は!……はぁ、はぁ……」
「ガイル、大丈夫ですか?」
「メルナ……ああ、気にしなくて良い」
それにしても、またアレか……畜生。しかも仰向けになってたせいで、翼も少し痛い。
メルナが上目遣いに見上げてくるが、これは彼女に相談しても意味がないしな……とりあえず起き上がり、手っ取り早く洗浄機で体を洗う。
「先に食堂へ行く。急がなくて良いぞ」
「ですけど……」
「大丈夫だ。心配するな」
「……はい」
白と赤を基調とした配色の軍服、数え切れないほど着たこれが、戦略艦隊の正装だ。近衛ほどじゃないとはいえ、軍服とは思えないほど派手なんだよな……
ちなみに、翼があるから背中は開いている。まあ、これはほぼ全ての服で同じなんだが。
そうして軍服を着た後、右腰にハンドガン、左腰にサーベルを差し、髪を整えれば終わりだ。
それにしても……しっかりシーツで胸元を隠すあたり、いくら軍に染まっても変わらない。
「後から来るか?」
「はい。少し整えてから向かいますね」
「分かった。食堂で待ってるぞ」
「分かりました」
そして部屋から出ようとした時、呟く声が聞こえた。
「私では、駄目なんですね……」
残念ながら、その通りだ。
けどなメルナ、そんな悲しげな顔をしないでくれ。
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「司令、おはようございます」
歩いて食堂に着く。
ここの内装は無機質だが、食事をするだけだから問題ない。内装までこだわった場所が良いなら、モールのレストランに行けばいい。
シュミルもあるし、食うだけなら十分だ。
「シュルトハインさん、おはようございます!」
「ガイル、おはよう」
「おはよう。何か報告したいことがあるのか?」
この食堂は高級将校の居住区画に近いから、俺に仕事を持ってくる奴も多い。
食事はゆっくり取れるようにしてるから、軽くなら打ち合わせだってできる。
「いえ、ありません」
「あたしもー」
「ああガイルさん、ここの部分ってどうしますか?」
「ん?……確かこれはこっちだったな。詳しいことはメルナに聞いてくれ」
「了解」
いくら書類仕事が得意じゃないとはいえ、俺はこの艦隊のトップ。俺が決済しないといけない案件も大量にある。ある程度メルナに手伝ってもらっているとはいえ、一応1人でもできる。時間はかかるけどな。
そういうわけで部下から貰ったデータをホログラフで確認していると、シェミルにメールが届いた。これは……舞踏会への招待状、俺とメルナにか。今度の休暇、予定が入りすぎだな……っと?
「通信……あいつからか」
こうして話すことはよくあるが、実際に顔を合わせるのは何年間してないだろうか。
流石に喜びを抑えきれず、急いで空中に画面を投影する。
『おはよう、貴方。顔色が悪いわよ?』
彼女はリーリア-メティスレイン。第4戦略艦隊司令長官の元帥で、俺の幼馴染。そして数少ない生き残りでもある。
見慣れた銀の翼とポニーテールに纏めた髪、紅色の肌に映える翠色の眼。本当、昔から変わらない。
「おはよう、リーリア。朝からだが、仕方ないだろ」
『……アレね』
「ああ、アレだ」
『貴方の女の中で、アレを生き残ったのは私だけだものね』
「そんな言い方をするな」
『実際そうじゃない。1番は私だけど』
「そこは変える気は無いのか」
『もちろん。貴方だって分かってるでしょ?』
そりゃあ、付き合いは1番長いからな。
分かってないなら、頭がどうかしてる。
「独占欲が強いのはな。それでよくポーラを許したもんだ」
『いつまでそれを言い続ける気よ?』
「死ぬまで、かな」
『それじゃあ永遠じゃない』
「おいおい、俺だって殺されれば死ぬんだぞ?」
『そう言って生存確率10%以下の任務ばかりやって、生還してるでしょ?』
「それはそうだが……お前だって、俺が本当に死にかけた時には号泣してたくせに」
『そ、それは……』
こう言い返されるのもいつものことだろうに、事あるたびにこの話を振ってくる。俺も飽きるを通り越して、流れるようにセリフが出てきていたりする。
さて今日のセットは、1つ目がカウリンド肉入りのノーラスにスープとサラダ、飲み物はドルか。
他は……いや、これにしよう。
「昏睡してた時は知らないが、起きた時は面白かったな。怒りながら泣きながら笑うなんて、珍しいものを見たもんだ」
『あの時は本当に心配したのよ!』
「……リーリアだけじゃなくポーラや父さんも、相当心配してたそうだな」
『ええ。貴方があんなことになるなんて、初めてだったからね。毎日行っても起きないから、気が狂いそうだったわ。これはポーラも同じよ』
「ああ、知ってる。その後散々泣きつかれたからな」
宥めるのも大変だった。必要だったとはいえ、俺の無茶のせいだ。悪いことをしたな。
そんな風に話しているうちに装置の前に着き、選んだセットメニューが光とともに出てくる。これも初めて見た時は感動したものだが……見慣れすぎて感慨も何処かへ行ってしまった。
『そうだったわね……あの子はまだ付き合いが短かったし、仕方ないわ』
「短いと言っても、普通なら十分過ぎるほど長いぞ」
『私達に比べたらよ。でしょ?』
「確かに」
『そういうこと。さて、そろそろ後ろの人とも話をしなさい』
「ん?……メルナとシェーンか。すまない、気付かなかった」
「リーナと話していましたからね。気付かれないのはいつものことですよ」
「……もう、慣れた」
「すまない。そう言えば、メルナには企みが効かなかったな」
「……姫様……そうなのですか?」
「ええ。ガイルとリーリアは突発的に言うことが多いでしょう?あれは全部計画していたんですよ」
『でも、企んだうちの半分くらいは事前に見つかってるわ』
「何も悪いことはやってないのにな」
『本当よ。驚かせたかっただけなのに』
「そのために何回仕事を押しつけてきましたか?書類仕事が苦手とはいえ、許せませんよ?」
「『はい、すみません』」
一言一句完全に同時になった。まあ、幼馴染で付き合いも1番長いから、そして一緒に怒られることも多いから、当然か。
「……歳上なのに」
「こういうことだとメルナには勝てないんだよ……生まれ持った素質か?」
『でしょうね。私達を言い負かせる相手なんてほとんどいないのに』
「他には父さんと……あと数人くらいだな。何でこうなったのか」
「2人に付き合わされていればこうもなりますよ。では、私達も取りに行ってきますね」
「分かった。席は取っておくからな」
「はい。では、お願いしますね」
「……お願い」
ちょうど4人がけのテーブルが空いていたのでそこに座る。
まずはドルを一口。そしてノーラスを千切って食べ、スープを口に含む。やっぱり美味い。
「これだけは敵わないな……」
『いつも、こういう時だけは負けるわね。貴方のせいで何回イタズラがバレたことか……』
「そういうリーナもだろ。プライベートだと、重要なところでいつも失敗してるじゃないか」
『何よ。それは貴方が失言するからでしょ?』
「いや、リーリアが書類の残りを間違えるからだ」
俺がリーリアの失敗を言うと、リーリアは俺の失敗を言ってくる。
その結果、口喧嘩になるが……この程度、いつものことだ。
『まったく、変わらないわね』
「リーリアこそ。昔のままだ」
『変わるわけ無いわ。私達の時間は……』
「あの時のまま止まってる、か。ああ、そうだ」
『悲しいけど』
「これは変えようがない」
アレを生き延びた者だからこそ、こう思う。
だからこそ、っ……頭を小突くな。
「何故2人だけでしんみりとしているのですか?ここは食堂ですからね?」
「……みんな、離れてくよ……?」
『うっ……』
「すまない……って、誰も離れてないだろ」
「……バレた?」
「流石に、その手にはかからないぞ」
「シェーン、もう少し上手にやりましょう」
「……ごめんなさい、姫様……」
『謝るのがそこ?』
「まったく……ああそうだ。メルナ、今度の休暇に舞踏会へ来てほしいそうだ」
「それは……あの立場で出るということですね?」
「そっちだ。というか、それ以外にない」
『仕方ないわよ。どれだけ年月が経っても、生まれは変えられないわ』
「はぁ……今の暮らしの方が気に入ってるのですが」
『諦めなさい。貴方もついていくんでしょ?』
「招待状は俺とメルナの2人分だ。まあ、当たり前だな」
「仕方ないですね……生まれの義務ですから」
こう言っているが、メルナの顔は嫌そうではない。
慣れているというのもあるだろうが、俺と行くのが好きなんだろうな。
『それはそうと、昨日またあったらしいわね』
「ああ。ザコにも程があるけどな」
『データは見たけど、あれは仕方ないわ。むしろ良くアレで喧嘩を売れたわね』
「無知だからだろうな。繰り返し攻めてきて、滅ぼした文明もあったか」
『私は外回りもあるから、よく分かるわ。未発展の文明や中で小さな国同士が対立する星はともかく、未熟な状態で大まかに統一された星は攻撃的な所が多いわね』
「強権での統一だったか?嫌な所だな」
「私達の星でも昔はそういう国があったそうですけど、長続きはしなかったそうですね」
『食料の制限や武力で抑えつけながらの発展なんて、正常にいくはずもないわ。どこかは必ず歪になって、壊れていくものよ』
「実際に見たのか?」
『ええ。ちょうどその途中でね、電波を使ってたから簡単に分かったわ』
「……聞いたことない」
「こっちに報告は上がってませんね。何も無かったのですか?」
『内乱を見てきただけよ。記録はしたけど、報告書の重要度は低いわね』
「そんなのが……あった、これか。確か、少し慌ただしかった時期のだぞ」
「本当ですね。1ヶ月に3回も来て、警戒体制の時でしたか」
『そういえばそうだったわね。それの後に1つ攻撃してきたわ』
「お疲れ様」
『貴方達ほどじゃないわよ』
俺達の役割は休暇の時に他の艦隊に任せることもあるが、俺達は他の艦隊の仕事をしたことは無い。
特に、今の第4の仕事はな。
『それじゃあ、そろそろ切るわね』
「その様子だと、今日は探索なのか?」
『ええ、3つの星系を一気に調べるわ。でも、昨日までの調査の結果だと……いなさそうよ』
「そうか……」
『残念そうね』
「当たり前だ。お前だって同じだろ?」
『もちろん。さっさと見つけて、借りを返してやりたいわ』
「その意気だ。じゃあ、またな」
『ええ、またね』
画面がブラックアウトし、リーリアの顔が消える。
当たり前とはいえ……やっぱり寂しい。
「……いつもだけど……寂しそう」
「分かるか」
「もちろんですよ。リーリアには負けますけど、私も長いですから」
「2人……いや4人には悪いが、リーリアは1番辛い時に一緒だったからな。どうしても特別だ」
「……知ってるから……大丈夫」
「私達だって、半年も昏睡されてたら辛いですよ?」
「あんなことはもう起こさない。だから安心してくれ」
「……信じる、から」
「信じてますよ」
裏切るつもりは一切ない。むしろ今の立場だと、裏切る状況が想像できないんだが……そういう問題ではないか。
と、そこで後ろからまた小突かれた。
「よおガイル、今メシか?」
「ハーヴェか。ああ」
この筋骨隆々の大男は第1戦略艦隊揚陸参謀長のハーヴェ-カーグシュルティス。後ろには揚陸参謀達も控えている。帰還して、そのままメシに来たようだ。
ただ本来なら、この星系の第4惑星から帰ってくるのは今日の昼頃だったはずだが……
「報告は見たが、予定より早いな」
「陸軍の連中が優秀だったからさ。手加減もしていたが、厳しい条件だったんだぜ?」
「精鋭でも何でも無かったよな?今の一般人もなかなかやる」
俺達程では無いとはいえ、やはり一般人の練度も高いようだ。
これなら、今の第11も期待できる。
「それなら、俺達が出ていっても問題ないか」
「問題は、その相手がいないことですね」
「わたし達以外がずっと探してるのに……1回もない」
「何処かに隠れちまったんじゃねえかって噂が出るくらいだ。もし本当にそうなら、探し出すのは不可能だぜ?」
「まあ、もしそうだとしても……」
国として、それが駄目なのは分かってる。
アイツらからなら、色々と取れることも分かってる。けどな……
「見つけたらすぐに滅ぼしてやるんだが。星系ごとでもな」
「それは駄目ですよ」
「……やりすぎ」
「流石にそれはありえねえぞ。つうかいくら王国軍でも無理だぜ」
「それだけ恨んでるんだよ。お前達が分からないのは仕方ないけどな」
「それは……そうだよ?」
「司令と同じってなると……上にメリーアがいるが、他には数人だもんな。少ねえよ」
今名前の出たメリーア-ハルシュバインは、第1戦略艦隊の艦隊参謀長で、話の通り俺やリーリアと同じだ。
そして想いも同じ。そんな同志はもう100人もいない。
だからこそ、こいつらの力を借りないといけなかった。不甲斐ないことにな。
「だとしてもだ。というか、分かって言ってるだろ?」
「ええ、そうですよ」
「……ずっといるから」
「知らないのなんて、若い連中くらいだぜ。そいつらだって察してるだろうがな」
それに、俺達の怨念が国を動かしてきたようなものだった。俺達のやりすぎを心配する声はあっても、反対する声は無い。
それだけのことが、あったからな。
「さてと、メルナ、シェーン、行くか」
「……艦橋だよね?」
「演習の調整と報告書だ。そろそろ技術報告のまとめが上がるはずだしな。俺もやるが、メルナ、頼むぞ」
「はい。ですが、ガイルもちゃんとやってくださいね」
「分かってる」
「そうだな……オレも艦橋に行くか」
「ハーヴェ、お前は今日非番だろ」
「非番は艦橋に入ってはいけない、なんてルールはねぇよな」
「まったく……後でしっかり休めよ」
「おう」
プレート等を廃棄ボックスに入れ、食堂を出る。同じように食べ終わっていたので、2人もついてきた。
なお混雑した時に困るので、食堂から転送装置までは若干の距離があり、話をするにはちょうど良い。
「調整と報告書が終わったら、今日やることはほとんど無い。一緒に何処かに行くか?」
「片付けないといけないものがありますので、ちょっと無理ですね」
「そうか。シェーンは?」
「……特に無い……視察?」
「じゃあ、どこかの格納庫だな」
デートというには無骨だが、まあ、よくあることだ。
流れでモールにも行くだろうしな。
・カウリンド
バーディスランド王国で最もよく食べられている家畜。美味しく、調理しやすく、部位によって味や食感が異なり、生でも大丈夫で、栄養価も良いという最高の肉。育て方や環境によって味等が変わるので、市民用から高級品まで網羅する。
地球で言う所の、豚と牛と馬を足し合わせて6本足にしたような動物。
・ノーラス
バーディスランド王国の国民食。ほぼ毎日食べている。むしろ食べない日が珍しい。
もち米に似た粘り気のある穀物を蒸してすり潰し、そこに肉や魚や野菜や香辛料などを使ったスープを加えてこねて焼いた、パンのような食べ物。
味付けは無数にあり、おにぎりに近い感覚で色々試す。なので好みでしばしば喧嘩になる。
・ドル
コーヒーのような飲み物。独特の苦味と若干の甘味があり、多くの大人が好んで飲む。
だが、原材料は植物の葉で、これを焙煎してから抽出する。