第18話
新王国歴7267年5月14日
「骨格、筋肉、神経系、異常なし。ナノマシンも正常に稼働中……ふむ。ガイルよ、もうよいぞ」
「ありがとう。それで、どうだった?」
「何処にもおかしな物は存在しておらん。健康そのものじゃ」
「そうか……」
「何か気になることがあるのかの?」
「アレを気にしないわけがないだろ。自分の体だ」
「そうじゃの」
彼女の名前はミーン-ナッツバーレン=シュクルレスティア、第1戦略艦隊医官事務長で階級は医務准将。まあ早い話、第1戦略艦隊にいる医官達のトップだ。また俺達のすぐ下にいる第3世代生体義鎧で、最初以外のほぼ全ての地獄を共に戦い抜いてきた。いや、助けられてきた。
話し方がかなり古い感じだが、これは当時のシュクルレスティア家の教育がこうだったそうだ。どういう意図があったのか、こいつにも分からないらしいけどな。
そして俺は今日、定期検査を受けていた。医療検査ポッドから起き上がりつつ、ミーンの話を聞く。
「幸い、再生治療を行った部分も他と変わらぬ。考えすぎじゃろ」
「そうか?」
「医学的に見れば、再生治療をされた部分は若干他に劣る。培養でテロメアが減る上に、鍛えるということが無いからの。生体義鎧とて、それからは逃げられぬ」
「ああ、知ってる」
「そしてそれゆえ、崩壊するのであればその部分からじゃと考えられておる。これは妾だけの仮説ではないぞ?」
「それも何度か聞いたな」
「なら何故じゃ。お主に実感があるわけではなかろう」
「軍人は、最悪の事態を想定して戦う。指揮官なら尚更だ。その癖がここでも出たのかもしれない」
「そうか……職業病じゃな」
「その通りだ」
度し難い、そう思うかもしれない。
だが、俺が色々と経験してこうなったのは、紛れもない事実だ。
「職業病と言っても、悪いことだけではない。それは分かっておるな?」
「ああ。自分に一本の芯が出来た、そういうことだよな?」
「そうじゃ。公私を分けることも必要じゃが、2面性を保ち続けるというのは、本来人には難しいことなのじゃ。公の要素が私に入るというのは、切り替えの負担を少なくするという意味を持っておる」
「だが、公私を分けるのは軍人に必要なことだ。いつまでも公を続けているのは己を律せていない証拠だし、何より人として保たない」
「後半はその通りじゃ。じゃが、前半は違うぞ。職業病というものは、ただの癖でしかない。特に軍人は公の間、己を律するよう努めておる。それが私に流れ込んだとして、己を律せていないと言えるかの?」
「……いや、言えないかもな」
「そうじゃ。じゃから、そう己を責めるでない」
「そうだな……」
頭で理解しても、心が受け入れない。それは……
「むう、お主は悩みすぎじゃ。今のも根源ではないのじゃろ?」
「バレバレか」
「当然よの。妾とお主が何年の付き合いじゃと思っておる」
「もう少しで3000年だな……なら、少しいいか?」
「任せよ」
こいつも知ってる。話を聞いてもらったことは1度や2度では無いのだから。
本当に……すまない。
「俺は……ただただ不安なんだ」
「不安じゃと?お主のような英雄がか?」
「英雄なんて柄じゃない。俺はただやれることをやった、それだけだ」
「だから英雄と呼ばれるのじゃが……それはよかろう。続けよ」
「俺達は帝国に抗おうとして、この体を手に入れた。守るための力として、奪い返すための力として、俺達は体を作り変えた」
「あの地獄を生き残るには、これが最善じゃったのじゃろう?」
「だがこれは……生物としての在り方に反している。どうしてもこう思い、そしてどうしても気になるんだ」
「ほう?」
「肉体の健康は維持されるだろう。それだけの科学力を王国は持っているし、国防の要を捨てるような国じゃない」
「そうじゃな。それで?」
「だがそれでも、精神を観測することはできない。俺達の心がどうなっているのか、直接診ることは誰にもできない。生体義鎧になったばかりの時だけじゃない。今この瞬間に狂うかもしれない。誰が狂うかも分からない……そんな爆弾を、俺達は後輩達に、もちろんミーンにも、そしてあいつらに、使わせてしまったんだ……」
これが第1世代の罪。犠牲になるのは、本来であれば俺達だけで十分だった。それを……
それにしても、興味深そうに聞いていたはずが……何で今はそんなに呆れてるんだ?心当たりはありまくりだが。
「お主はまだそんなことを言っておるのか。少なくとも、1000年は前から言っておる気がするの」
「そうだったか?」
「そうじゃ。はぁ……第1世代の考え方は知っておるが、そこまで悩んでおるのはガイルくらいじゃと思うがの」
ミーンは頭痛を堪えるかのように、左手を頭に当てていた。
自覚はあるっての。
「お主は考えすぎじゃな。心配しすぎ、とも言うかの」
「そうか?」
「そうじゃ。第1世代ほどでなくとも、生体義鎧が狂う可能性は十分あり、皆それを理解して成ったのじゃ。妾達も、第38世代達もの。それを心配するというのは、侮辱にもなりかねぬぞ」
「確かに……決意したんだよな、お前達も」
「それにの、例え今お主が狂ったとしても、他の者全てが同時に狂うことなどないじゃろう。むしろ、生体義鎧となってからの時間が関係しておると考える方が自然じゃ。それなら妾には48年、長い者には2500年近い時間が存在しておる。お主ら第1世代のおかげで、妾達は己の最後を決めることができるのじゃ。何度も言ったであろう」
「ああ……何度も言われた。何度も、何度も……」
「じゃから、お主は胸を張っておれば良い。狂ってしまったとしても、止めてくれる女達がおるのじゃ。あやつらに任せたくないのであれば……妾が渡してやるぞ」
「そう、だな……ごめんな、カウンセリングまでさせて」
「よいよい。これも妾の仕事じゃて」
ミーンはリーリアと違った意味で、俺の弱さを知っている。だからこうやって本音で話し合え、リーリアとは違った弱みを見抜いてくる。
敵わないな、まったく。
「悩みがあるのであれば、誰かに相談すればよいのじゃ。お主が女達に言いにくいことを抱えているのであれば、妾に言えばよい。何なら、夜の相手をしながらでもよいな」
「すまないが、子どもは相手にできない」
「子どもと言うでない!じゃったら、レイはどうなのじゃ!」
「ミーンよりは背が高いな」
「背がどうしたのじゃ……胸は妾の方が大きいのじゃぞ!」
「はいはい」
「子ども扱いするでない!」
こんな感じだから、同郷の第1、第3世代生体義鎧からは子ども扱いして遊ばれている。
ミーン自身も笑い話にしてるんだが……少し本気か?これ。
「なあミーン、本気で悔しがってないか?」
「それは、その……妾だって……恋人とか、欲しいのじゃ……」
「作ろうと思えばいつでも作れたんじゃないか?」
「変なのばかりに好かれておったじゃろうが。今もそうじゃ。あんなの無理じゃぞ」
「いや、違う奴らもいたぞ?」
「え?」
「純粋なやつもいた。自分のことに気づいてない奴も何人かいた……もう二度と、会えないけどな」
「そう、じゃったな……妾も見る目がないの。お主もおるというのに」
「俺は流石に無理だな」
いや……もしかしたら、そうなっていた可能性もあることにはあるか。仮にそうなっていたら、俺はまた違ったのかもしれないな。
だが、今となっては戦友だ。それ以上でも以下でもない。そう想うことは、もう絶対にない。だから涙を見せられても、もう動くことはない。
「む、何故妾がカウンセリングを受けておるのじゃ」
「俺の感傷につられたか?」
「そうかもしれぬ。医者失格じゃの」
「すまないな」
「謝ることではないぞ。じゃが、悪いと思っておるのであれば、今度酒に付き合え。お主ほど気楽に呑める相手はおらん」
「分かった。付き合おう」
もしかしたら、俺は狂っているのかもしれない。いや……それを言うなら、第1世代は全員狂っているんだろう。
そんな中で人間らしさを保つのも、重要なことなのかもな。
「それにしても、お主の心配性は治らんの」
「おいこら、また蒸し返すな」
「事実じゃろ?いくら精神が変わっていなかろうと、生体義鎧は常々強化されておるのにの」
「マイナーチェンジは続いてるな」
「妾達の体は、武器で破壊することは出来ぬ。殺すには兵器が必要じゃ。じゃが、そんな場所に妾達が生身で行く訳もなく、兵器を纏えば一騎当千の勇者となろう。そんな者達が、簡単に死ぬはずなかろうて」
「武器と兵器って分け方は正しくないんだが……」
「そんなもの、どうでもよかろう。それと、ラグニルに聞いておるじゃろうが、今の者達もかなり意欲的な研究をしておるの。負傷した際の再生や宇宙空間における機動性を確保しようとしておるし、レーダーを生体で再現しようとしておる者もおる。それに、精神の研究をしている者達もおるの」
「そうなのか?」
「知らぬのか?まあ、あれの規模は小さいゆえ、仕方なかろう。その者達の現在の目標は、生体義鎧が狂う原因の特定じゃ。最終目標は完全な不老不死の実現とか言っておったが……まあ、今は気にせんでもよい。じゃが、これだけでもお主は安心できるよの?」
「まあ、な……」
そういった副作用が無くなれば、アレは罪の結晶ではなくなるかもしれない。いや、完全にアレと分離してしまうだろう……そして俺は、多分それを割り切ることはできないだろうな。
それにしても、完全な不老不死なんてできるとは思えないんだが。
「じゃからこそ、お主があんな心配をする必要は無いのう。今の者達の心意気を無駄にする、という意味でもの」
「生体義鎧の新造は禁止されてるのにな……まったく」
「それは正確には、お主ら第1世代への配慮じゃ。軍の中には生体義鎧の施術を行うべき、生体義鎧の施術を受けたいという者は少しはおるがの。そして、それらは全て……」
「万が一2度目が起きた時、速やかに王国を解放するため」
「そうじゃ。全ては生きるため、生かすためじゃ。忌避するでないぞ」
「それは……難しいな。これは俺達の怨みの結晶だ」
帝国から独立するためというのは、方便に近かった。俺達を支えていたのは、帝国軍を皆殺しにしてやりたいという、ただの復讐心だ。
最初はそんな感じだった。
「そう考えているのは第1世代だけじゃぞ……罪というものでもなかろうに」
「いや、アレに直接関係しなかったお前達まで巻き込んだんだ。こんな業を背負わせたのに、罪が無いなんて言えない……ある意味では、自虐なのかもな」
「頭が固いのう」
「俺達の根源って言えることだ。個人差はあるが、仕方ないだろ」
「では、そういうことにしておくとしようぞ」
「そういうことなんだよ」
「ところで、時間はよいのかの?」
「何がだ?特に用事は……」
「迎えが来ておるぞ」
ミーンがシュミルを操作して見せてくれた映像の中では、レイが扉の前で待っていた。
あいつ、来るんだったら先に言えよ。まったく。
「っと、すまない。検査の詳細はまた後で送ってくれ」
「分かっておる。酒のことは忘れるでないぞ」
「分かってる」
医務室の扉を出ると、すぐにレイが駆け寄ってきた。
表情的に、かなりの時間待ってたな?
「あ、お兄ちゃん」
「レイ、どうしたんだ?何か用でもあるのか?」
「ううん。来ただけだよ」
「そうか。そういえば、レイも今非番だったな」
「うん。だから、デートしよ」
「分かった。それで、どこか行きたい所はあるか?」
「うーんと……じゃあ、水着が欲しい」
「まだ早くないか?確かに、アーマーディレストにもプールはあるが……」
「甘いよ、お兄ちゃん。驚かせたいからお兄ちゃんがいない時に行くことも多かったけど、みんなこれくらいの時に探し始めるもん」
「そ、そうか……分かった」
「うん。じゃあ、行こ♪」
そのままレイに引っ張られ、モールの一角までやってきた……確かに水着だらけだな。本当だったのか。
「どこにしようかな?」
「決めてなかったのか?」
「うん。一緒に来れないかもって思ってたから……あっ、お兄ちゃんが決めてくれる?」
「いやいや、流石に店の違いまでは分からないからな?」
「そっか。じゃあ、わたしが探すね」
「そうしてくれ……って何だこれ」
とある店舗の外に出されていた3Dモデルには、全身真っ黒な水着……らしき物が出ていた。一見ウェットスーツのように見えるが、翼が別個で覆われている上に何か機械が付いている。使用方法がよく分からない。
「あ、これ見たことある。雑誌に載ってたよ」
「どんなやつなんだ?」
「翼の所にあるウォータージェットで、水の中を凄いスピードで泳げるんだって。ルージョみたいだって書いてあったよ」
「へえ、面白いことを考えるやつもいるんだな」
「欲しいの?」
「いらない。というか、俺達なら生身でできる」
「そうだね」
生体義鎧なら海底2万mだろうと平気で潜れ、1000km/hを泳いで突破することだって可能だ。
というわけで、レイが求めるものは純粋なオシャレ品のみとなる。
「じゃあ、ここにするね」
「ここか……少し露出が多くないか?」
「え、駄目?」
「いや、似合うならいい」
「じゃあ、これとこれと……」
「あれは外に出てたやつだけか。中は普通だな」
「うん。外のやつなんて、メルナお姉ちゃんくらいしか似合わないもん」
「いや、リーリアやポーラも似合いそうだが……まあレイには合わないな」
「だからこんな風に……」
そう言ってレイが広げたのは、白を基調としたフリルのあるワンピースタイプの水着だ。
確かに、こういう物の方がいい。
「可愛い感じの水着が良いよね?」
「ああ、似合いそうだ。もう着てくるか?」
「うーんと……もう少し集めてからにするね」
「……何着集めるつもりだ?」
「20くらいかな?」
「多すぎだぞ」
「全部作ったりはしないもん」
そう言って、レイはまた水着集めに精を出す。そしてレイが満足した頃には、籠は水着で山盛りになっていた。
人がいないから良いものの、集めすぎだ。
「これくらいかな。じゃあ、試着室に行くね」
「いや、多すぎだろ」
「そうかな?」
「そうだ。他に人がいる時は気をつけろよ」
「はーい。あ、お兄ちゃん」
「どうした?」
「試着室の中なら、遮光遮音だからバレないよ」
「馬鹿なことを言ってないで早く着替えてこい」
「はーい」
そう言ってさっさと行かせ、俺は前で待つ。
しばらくして出てきたレイが着ていたのは、フリルがいくつか付いたビキニタイプの水着だった。
「どうかな?」
「可愛いぞ。良く似合ってる。それにしても、最初がそれか」
「だって、最初じゃないとお兄ちゃん驚かないじゃん」
「……いや、そんなことはない」
「嘘でしょ?顔が赤いよ?」
「あー、早く次を着ろ」
そんな感じで着替え続け、俺はその度に評価していく。割と過激なやつもあったが、あれは完全にお遊びだったな。恐ろしいほど似合っていなかったし、レイも笑っていた。
それにしても……似合うものはトコトン似合っている。
見慣れたはずなのに、未だに見惚れてしまう。
「じゃあ、これとこれと、これかな。後は……これとこれも」
「多いな」
「1回だけじゃないもん。じゃあ、行ってくるね」
「いや、俺が出す」
「だーめ。配給量は同じなんだから、わたしにも出させてよ」
「……変える気はないのか?」
「うん、ないよ」
「はぁ……分かった」
こうなったレイを説得するのは難しい。何で変に強情な所も似てるんだか。
「あ、そうだお兄ちゃん。今日はお兄ちゃんの部屋に泊まってもいい?」
「おいおい、勝手に順番を変えるとあいつらが怒るぞ」
「大丈夫、お姉ちゃん達はもう説得したから」
「……手際がよすぎないか?というか、最初からそれが目的か」
「うん。じゃあ、水着はお兄ちゃんの部屋で造成させてね」
「分かった」
「夜にまた見せてあげるから」
「まったく」
そうしてレイは手続きを終え、俺の所へ駆け寄ってくる。
そして手を繋いで歩き出した。
「そういえばお兄ちゃん、またミーンさんに何か言ってたの?」
「……分かったのか?」
「だって、少しだけ顔が暗かったもん。あれを見れば、お姉ちゃん達だって分かるよ」
「……敵わないな」
「だってお兄ちゃんの彼女なんだもん。それで、どうしたの?」
「ちょっとした不安を話してただけだ。心配しすぎって言われたな」
「それだけ?」
「ああ、それだけだ」
本当のことなど言えないので、誤魔化す。
弱みを見せたくないという、ただカッコつけたいだけだ……少し怪しまれたか?
「ふーん、そっか。じゃあ、そういうことにしてあげるね」
「そういうことなんだが……助かる」
「代わりに、デザート奢って?」
「おい、それが目的か」
「違うよ。これはただの口止め料だから」
「よくそんな言葉を知ってるな……」
「昔のことをやってるドラマで出てきたもん。こういう使い方なんだよね?」
「ああ、合ってる。ただ、そんなに使うんじゃないぞ?」
「はーい」
その後、色々と買ってやったんだが……少しは遠慮しろ、レイ。
・ルージョ
2対4枚の翼で水中を飛ぶように泳ぐ鳥。反面、地上ではあまり素早く動けず、空は飛べない。シュルトヘインズに生息する、ペンギンのような鳥類のこと。ただしペンギンよりずっと速く泳ぎ、荒波もものともしない。




