第12話
新王国歴7267年4月28日
「シュルトハイン元帥閣下、招待に応じていただきありがとうございます」
「気にするな。後進の育成に努めるのは先人の務めだ」
「いえ、休暇の最中である閣下にお越しいただいたのです。感謝の念が尽きることはありません」
「そうか、まあいい。それで、案内してくれるか?」
「は!」
王都海軍士官大学に招かれての戦術論、及び戦略論の講演。今日の予定はこれだ。
王国各所にある士官大学での公演は戦略艦隊将官の義務みたいなものだが、大抵はその星を護衛している艦隊の担当だ。そのせいかは分からないが、第1戦略艦隊の講演は参加者が多くなる傾向がある。
ちなみに攻撃的な戦略艦隊と異なり、海軍は防衛を重視している。そういった違いがあるとはいえ……基本は変わらないから、問題ない。
「この先でございます」
「感謝する。生徒達は?」
「参加するものは全員集まっております。生徒以外もおりますが、よろしいですか?」
「ああ、構わない」
士官大学の学長は将官が務めており、彼は中将だ。艦隊司令にもなれる階級だが……
いや、個人のことは考えないでおこう。どっちなのか分からないしな。
「それでは、小官の話が先にありますので、少々お待ちください」
「分かった」
そう言った校長の話は長いものではなく、かなり簡潔なものだった。俺を待たせないためだろうか。
『本日来ていただいたのは第1戦略艦隊司令長官、ガイル-シュルトハイン元帥閣下だ。諸君、大きな拍手を』
この人数の拍手となると、広さで減ってもまだまだ大きい。まあ、悪くない。
講堂は扇型で階段状となっていて、さらにそれが5段重なっており、無数の人が揃っている。最大収容人数は12万人らしい。ここの全学生と教員、それと多少の外部聴講者でいっぱいになる計算だ。
また、それぞれの机には立体映像投影機や範囲制限型音声拡大機があるらしく、全員に聞こえるよう気をつけなくてもいいそうだ。楽だな。
「諸君、集まってくれてありがとう。今日は未来の王国海軍を担う君達の糧となるよう、基本的だが重要な話をするつもりだ」
ただ、気楽なのは俺だけだ。現役の将官や佐官だけでなく、大勢の将来の士官達が座ってるが……表情が固い。
いつも通りか。
「それじゃあ、つまらなかったら寝てもいいからな。ああ、教官方もどうぞご自由に」
これで生徒の半分くらいが笑う。他の生徒も固さは抜けたみたいだな。
こんな感じでいいだろう。
「あまり固くなってると損をするぞ。特に、軍人ならな」
緊張しすぎて出した答えなど、良いものであるはずがない。初陣だったらまだ仕方ないが、ある程度の心構えは必要だ。
「さて、今日は戦術論と戦略論の講演だが、軍事論の専門的なことは教官の授業に任せよう。今回は俺がいた戦場で起こったことを中心に話す。時々ランダムに質問するが、成績には関係無いから心配するな。教官も、査定には無関係だからな」
生徒の緊張はだいぶほぐれたようだ。それと、苦笑いの教官も何人もいるな。
恐らく、俺が前に難しめの質問をした連中だろう。
「まず戦術と戦略の違いについてだな。歴史的な変遷も入れるが、これくらいなら授業でやったはずだ」
というか、この程度が分からなかったら論外だな。
「戦術とは1つの戦闘における作戦のことで、戦略とは戦争全体における作戦のことだ。簡単に言えばこれだけだが、意味は大きく違う」
まあ、1年生はまだやっていないかもしれないが、2年生以上は分かるはずだ。流石に追求なんてしないんだが。
「過去あった戦闘では、戦術的には勝利したが戦略的には負けたというものが多くある。もちろん、その逆もだ。一見矛盾しているようだが、軍人なら理解しなければならない」
自分だけじゃなく、その他大勢の命にも関わることだからな。
「例えば帝国との戦いにおいて。王国軍にはコロニーから国民を救出する作戦が多かったが、この作戦では陽動艦隊の勝敗は関係なかった。帝国艦隊をコロニー、及び救出部隊から引き離せればよかったからな」
当時、よく提示されていた作戦概要を再び出す。さらに出した3つの派生も、当時から変わっていない。
まあ、最初から陽動艦隊は壊滅しても問題ないなんて提示する連中もどうかと思うが。
「戦闘では勝利するべきだ。だが、その勝利条件は状況により異なる。敵を逃してはいけないものもあれば、一定時間そこに踏み留まるだけで良い場合もある。そういったことにも注意してほしい」
そして対帝国戦における主だった戦闘の、矢印等で簡略化した映像を100種類ほど提示する。それぞれで好きなものを拡大して見ているだろう。
一般市民向けでもあるから物足りないかもしれないが。
「とはいえ、戦略はこれだけじゃない。そうだな……そこの生徒、他に何か分かるか?」
『偵察ですか?』
「合ってるな。そっちのはどうだ?」
『昔だと……通信と補給?』
「それも正解だ」
適当に当てただけだが、どちらも正解とは驚いたな。よく勉強している。
「戦争に勝つには、ただ戦うだけではいけない。敵の位置を正確に判断するための偵察、部隊間で連携するための通信、万全の体制で戦闘を行うための補給、全てが大切になる」
どれかを欠かしていたために負けた軍の話は、歴史上に大量にある。
だが、今はこれが想像しづらいのだ。
「とはいえ現在では、全てを気にする必要は無い。技術の発展は偉大だ」
このせいで上の3つ、特に後の2つが出ないことも多い。
とはいえ、不要になったかといえばそうでは無い。
「空間波通信でほぼ不可能だった通信妨害は、ワームホール通信技術によって完全に不可能になった。元素操作装置により、補給は現地で元素を回収するだけで済むようになった」
これで、通信と補給が遮断される心配はゼロになったわけだ。
「また偵察も、無人兵器の発達により危険は少なくなった。それにシュルトバーン星系とアルストバーン星系は、至る所にレーダーやソナーがあり、わざわざ偵察する必要性は低くなっている。王国外ならともかく、王国内ではあまり気にしなくていい」
そしてこれにより、外に出る戦略艦隊くらいしか偵察の必要が無くなった。
大規模演習では偵察から行うが、その規模のものに参加した回数は少ない。軍団や統合艦隊規模だから、戦略艦隊の仕事は指揮か奇襲くらいしかないんだよな。
「結果的に、君達は戦闘の結果を注視すれば良くなった。だが、今言った3つを軽視して良いわけではない。そのことを常時頭に置いておいてくれ」
未知の技術でワームホールが閉ざされる可能性は否定できないし、元素は無限に補給できるわけではない。それに、外に出れば偵察は必須事項だ。
また敵がどれかを必要とする時、これらを知っていることが重要になる。帝国軍相手では必須だ。
「さて、もう1つ質問を出そう。戦術と戦略、双方を成功させる上で重要なことは何だ?そうだな、これは……そこの教官」
『計画におけるタイミングの管理、であります』
「お、正解だ。……って君には前にも聞いたか」
『は、その通りであります』
「いやすまないな、ワザとだ」
これでまた少し空気が緩む。これくらいの方がちょうど良い。
「計画というものは、いくつもの段階に分かれ、タイミングに応じて次へ進んでいく。これは別に、練りに練ったものだけの話じゃない。その場の問題を対処するために作った作戦でも、タイミングは重要だ。そのタイミングは一定の時間だけではなく、敵や味方の動きである場合も多い。奇襲や待ち伏せなんかが良い例だな」
タイミングは不変では無く、自軍と敵軍の動きによって刻一刻と変化するものだ。それを正確に読み解ける者が戦上手と言われ、読めなかった者は死ぬ。
その例が……
「そして、重要な点でタイミングを間違えると……」
帝国との戦闘にて、壊滅した艦隊の映像を出した。
「壊滅だ」
これらの映像で沈んでいる艦の乗組員の多くは、俺の命令を聞かずに先走ったり、上がいないのを良いことに俺に噛み付いてきた連中だ。
気にくわない奴らではあったが……死んでよかった連中なんて1人もいない。
「タイミングを間違えたがために、この結果が生まれた。だが、全てが無駄だったわけじゃない。彼らの犠牲は我々に危険を教え、迅速な対処の礎となった」
普通の帝国艦隊であれば、彼らは死ななかっただろう。少なくとも全滅は無かったはずだ。だが敵の指揮官が優秀、もしくは変わった奴だった場合、あの程度の意気込みでは逆効果になる。
そして残った者にできるのは、それを教訓とすることだけだ。
……親しい相手だと、それも難しかったけどな。
「死者は嘆いても戻らない。残った者達に必要なのは、失敗した原因を解析し、次からは同じ失敗をしないことだ。タイミングが悪かった、場所が悪かった、時期が悪かった、そういったものを変更し、次こそは成功させる。それが必要だ」
ただ、それが理不尽な蹂躙によるものなら……敵を滅ぼしてから、になるのかもしれない。
「そして、成功してから弔え。胸を張って報告しろ」
そのせいで、母さんやレイへの弔いは終わっているとは言い難い。
帝国から解放した程度で、終わったなんて言えない。
「っと、タイミングというよりも意気込みの話になっていたか。ただまあ、ちょうど良い。このまま意気込み、及び意識の持ち方について話を進めていく」
誰しも、先人から聞くことだろう。特に初陣の時はな。
「これは軍人だけに限ったことじゃないが、戦いへ臨むには心構えが必要だ。ただし、それは立場によって異なる。それを知っておいてもらいたい」
だが、俺がこれから話すことは少し違う。
初陣に限ったことではなく、効率的に勝つための話だ。
「例え話をしよう。君は100隻の戦闘艦で構成された分艦隊の指揮官で、とある戦闘を行なっている。さて、勝って生き残るためには普段からどうすればいい?」
『敵より優秀な兵器を敵の数倍の数集めることかと』
「いや、そういう話じゃない。そうだな……同じ艦、同じ装備、同じ練度、同じ士気の場合、残りは何が勝負を決める?」
『それだと……信頼関係ですか?』
「その通り。指揮の規模が小さい場合、必要なのは互いを信じることだ。信頼できない相手からの命令なんて、信用できるわけがないだろ?」
だから俺は信じられようとしたんだが……時代によっては無理だった時もある。その結果が壊滅だ。
そういう意味では、アレは俺の責任でもある。
「では、今度は大局的な話だ。君は1ヶ艦群の指揮官で、とある作戦を成功させなければならない。勝利のために必要なものは何だ?」
『同じく信頼では?』
「同じではない」
『局所的に数を集めることですか?』
「それは作戦の一部だ。ここで聞いているものとは違う」
『えっと……負けん気ですか……?』
「いや違う。答えは……命を切り捨てる覚悟だ」
そして俺も昇進し、生体義鎧も含めた技術が進歩し、数千からなる艦隊を率いるようになって初めて、この覚悟を決めなければならなくなった。
生体義鎧の操る無人機と一般人の操る有人機、数の上ではどちらも1機で、命の上では0と1。
だが、勝つためには同じとするしかない。
「これは戦術でも戦略でも変わらないが、どちらかといえば戦略の方で占める割合が高い。戦争において、命は数で管理される」
今でも海軍の艦群司令や艦隊司令、さらに統合艦隊司令なんかには確実に必要だ。
1人1人を覚えたりしていると、それだけで時間がかかってしまう。
「もちろん、信頼が駄目だとは言わない。だが、信頼するだけでは勝てるものも勝てなくなる。犠牲を少なくすることは重要だが、必要以上に犠牲を恐れるのは駄目だ」
戦術と戦略が相反するものではない以上、信頼と数が相反するわけではない。
部下に信頼され、部下を駒として扱う。矛盾するように見えるこれも、ちゃんと成り立たせられるのだから、そう教えるべきだろう。
「戦いにおける勝利というものは、犠牲の上に成り立っている。それを恐れては勝てる戦いにも勝てない。ある程度の死者は仕方がない、そう割り切ることが必要だ」
お前とお前、それにそこの2人。できないって顔をするな。
「とはいえ、こんなことを簡単にやれる奴は人じゃない。自分の命令で死んでいった者達のことを忘れるなんて、余程のことが無いと無理だ」
責任に押し潰される者もいないとは言えない。仲間を数として扱うことは辛いことだ。
だがそれでも……
「だが……それを理由に逃げるな」
これが逃げ道になることは無い。
「軍人とは、国や国民のために命を懸ける者だ。当然ながら、戦えば死ぬ者も出るだろう。それは当然のことではあるが、死にたくないと願うのも万人に通じることだろう」
軍人になるのであれば、足りないからと嘆くことは許されない。力が無いのなら鍛えろ、技が拙いのなら修練しろ、心が弱いのなら強くなれ。
嘆くのは全てが終わってからにしろ。
「だが、それでも死んでしまうのであれば、せめて役に立って死にたいものだ。それは家族のためでも良い、仲間のためでも良い、軍の、王国のためでも良い。理由無く死んでいった者ほど、悲しい存在はいない。他者にとっても、そして当人にとっても」
あの無為に過ごした3日間ほど、自分の無力を痛感した時は無かった。
生き残れたのは生体義鎧だから、また救助が来たからよかったとはいえ、あのまま朽ちていたらと思うと……そんな死はお断りだ。
「そして指揮官は、死んだ者達を肯定しなければならない。彼らの死が無意味なものではなく、役に立つものであったと。それは何も死者や遺族のためではなく、自身のためでもある。そのためにも、戦いには勝たなければならない。自責の念に押し潰されそうになったとしても、立ち上がれ」
自己満足かもしれない。だが、それの何が悪い?死者を貶すのは批判されるが、適度に賞賛するのは問題ない。むしろこうしないと、生者が保たないだろう。
講堂の中は静寂に満ち、全員に注目されている。俺はここで一旦言葉を止め、再度吐き出した。
「君達は卒業後、士官として部下を持つ。今の王国は平和だが、帝国が滅んだとは言えない以上、命を懸けて戦うことがあるかもしれない」
軍人である以上、士官候補である以上、当然のことだ。
俺達だけで終わらせられるとは限らないのだから。
「その際に心に留めておいてほしいのは、簡単に死のうとしない、ということだ。勇敢と無謀は違う。戦友とともに戦い、生きることへしがみつけ。そして生を確実にするために……敵を殲滅しろ」
生きるために敵を殺す。
当たり前の覚悟だが……俺から改めて言われると、生徒達の顔は固いものに変わった。俺は少しの間彼らを見渡し、丁度良い頃合いになってから再び口を動かした。
「俺達は国のための剣であり、盾だ。俺達の全ては国を、国民を、王家を守るために存在する。文字通り、命を懸けてだ」
まとめに入るも……やっぱり、慣れないな。
「と言っても、今は献身による死を美徳とする時代ではない。先に言った通り、生き恥を晒そうとも、手足を失ったとしても、生き残ることが大切だ。生きてさえいれば、また戦うことができるからな」
演説も鼓舞も扇動も、どれも得意じゃない。
「だが、運悪く死が訪れる可能性はある。その時に後悔が無いよう、王国へ、国民へ、そして家族へ、尽くしてもらいたい」
俺が得意なのは戦いだけだってのに。
「さあ諸君。肩を並べて戦える時を、心待ちにしているぞ」
ただ最後に増援を殲滅したってだけで格段の英雄扱い。間違えないように丁寧に選んだ言葉でこの騒ぎようだ。
義務とはいえ……やっぱり慣れない。
「ありがとうございました、閣下」
……終わった後の出迎えが歳下のおっさんなのもな。
帝国と戦ってた時はそんなに関わってこなかったせいか。
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。わざわざ講演の機会を作ってくれたのだからな。毎年と言えないのが残念だが……」
「滅相もありません。申し出を受けていただいた我々が感謝するのは当然のこと」
「そうか……では、礼は互いに済ませたということで良いな」
「は……了解しました。そして、この後は生徒達が……」
「ああ、分かってる。それまではここで待たせてくれるか?」
「は!」
ここも応接室みたいだし、他で待ってても変わらないだろ。
と、校長が部屋を出たタイミングでシュミルか震える。このタイミングは……リーリアだな。
『貴方、そろそろ講演が終わる頃よね?』
「分かっててかけてきたんだろ。完璧なタイミングだ」
『ええ。それで、どうだった?』
「今なら反乱を起こしても成功しそうだな」
『貴方が行けば毎回そうじゃない。私には無理ね』
「そうか?」
『1回見せてあげたいくらいよ』
「俺がいたら変わらないかもしれないぞ?」
『確かにそうね』
そういう状況も面白そうだが……最低でも後1年は会えないんだよな。
「にしても……30年に6,7年だけとはいえ、辛いな」
『それを言うなら貴方もね。1年で休みがどれだけあるのよ?』
「確かに。自分で望んだこととはいえ……」
『でも、仕方ないわ。そういう立場なんだもの』
「愚痴を言ってばかりか」
『いつものことじゃない』
辛くとも納得してる。というか、医官達からするとこの方が良いらしい。
俺にはよく分からないが……それなら、続けるとしよう。
『それにしても、どこにも艦隊がいなくて暇よ。誰かに相手してほしいわね』
「第2を送ってやろうか?さぞ楽しくなりそうだぞ」
『なんで第3惑星守護の第2を送るのよ。暇な第9で良いじゃない』
「あの若いのに務まると思うか?」
『……無理ね。見た目だけなら別だけど』
「見た目なら、俺達が1番下になりそうだな」
『それだったら第8のユーンクリブ元帥よ。あの子も古参側だけどね』
「逆転しすぎだな、本当に」
『そうよね』
そういう時代だったからな。そこまでしても、生き残れた奴は少ないが。
「っと、もうそろそろ時間だから切るぞ」
『早いわね』
「まだちょっとしたイベントがあってな。士官大学の軍楽隊に送られないといけないらしい」
『王都海軍だと名門じゃない。いいわね』
「両側で騒がれてもか?」
『諦めなさい』
「早いな、おい」
純粋な憧れっていうのも、悪くないからな。諦めるとしよう。
・バーディスランド王国軍士官大学
高校卒業資格を持つ18〜25歳が受験できる4年制の軍の学校。陸軍と海軍がそれぞれ複数所有している。前半の2年間はそれぞれの軍で共通の訓練が行われ、後半の2年間は希望兵科に合わせた訓練が行われる。
卒業後は少尉として任官する。