第11話
新王国歴7267年4月24日
「よかった、まだだね」
「……当たり前……時間、余裕だった」
「違うもん。これだよ」
「前座か。レイはこっちの方が好きだったな」
「うん!」
この部屋へ入った直後、レイは壁一面を覆う窓へ走っていく。生体義鎧だからこそ、この距離でもちゃんと見えるのだ。普通は窓や天井の投影機を使うらしい。
まあ、流石に音はスピーカーで聞くんだが。
「今日はサーカスなんですね」
「聞いたことない団名だな」
「……去年できたばっかり、みたい……でも、人気」
「上手だもんね」
「それに、演出も上手い。人気があるのも納得だ」
「まだ30分は続くそうです」
「やったぁ!」
「まったく……」
今回の前座をサーカスだが、他には芸人だったりアイドルだったり……珍しい時は劇団も来たりする。
時間は1時間程度とはいえ、毎回結構盛り上がっているな。
「レイ、本題に入るのはいつがいい?」
「これが終わってからじゃダメ?」
「ガイル、できますか?」
「問題は無い。今日俺達がここにいることは秘密にするように言ってあるからな。時間は自由に使える」
「さらに言うのでしたら、このサーカスが終わってから試合が始まるまで少し時間があります。いつも通りならこの間に終わるはずです」
「なら、そうするか」
「はーい」
レイのわがままに付き合うのも慣れている。というか、思考が固まりがちの俺達には良いものだ。
年齢差が孫どころじゃなかったとしても。
「あ、お兄ちゃん、ご飯は?」
「試合が始まってからでいいな。というか、そう言ってある」
「それなら、時間も良い頃合になっていますね」
「……良いよ」
「なら、今はこれを楽しむか」
そういうわけで、別の角度から見た絵も窓に投影する。どこから見ても映えるようにできた演技だが、方向によっては違った印象にも見える。
まあそんな風にしているうちに、つつがなくサーカスは終了した。
「凄かったね!」
「ええ、綺麗でしたね」
「はい。流石、呼ばれるだけはあります」
「……今度は、劇場で見たい」
シェーンがそう言うのも珍しいな。なら、今度の休暇に予定を入れておくか。同じように思った者は多いらしく、スタジアムは拍手喝采だが……
これは前座。本題は、俺達にとってもこれからだ。
「さて、本題に入るぞ。ポーラ、出してくれ」
「はい、先生」
この部屋は実は軍が所有する場所で、スタジアムを一望できるだけでなく、極秘の会議なども行える。主な使用目的が軍高官の福利厚生なのは……それだけ平和だからということにしておこう。
使用方法が間違ってるわけじゃないし、下級士官以下へのチケット配布もある。こっちは家族同伴オーケーだ。
「まずはミーンからの報告だ。医学的に調べられる限り、今現在の生体義鎧全てに異変は無いらしい」
「……そっか」
「次はラグニルからの報告。生体技術的にも異変は無いそうだ」
「よかったね、お兄ちゃん」
「ああ」
今はまだ、かもしれないが、4人をおいて逝かずに済む。
それに、帝国への報復もまだだしな。
「そして次は、他の戦略艦隊がファルトス銀河探索で得たデータだ」
「帝国軍、及び帝国の影響を受けたと思われる文明は……見つかっていません」
これは分かりきっていたことで、誰も驚かない。
「やはり、更新はありませんか」
「第4と第7がこの1ヶ月で調べた星系は合計50。文明は1つにあったらしいが、宇宙艦隊まで持ってないそうだ。今までと変わりようがない」
というか今まで何も無かったのに、急に出てきたらこっちがびっくりだ。
「……難しいね」
「何でこんなに見つからないの?」
レイの人生の大半は王国解放後、帝国を捜索する時代が占めている。長いように感じるのも仕方ないか。
「もともと、帝国軍は何処から来たのかも分からない連中だ。簡単に見つかるものじゃないだろう」
「ですが、王国を2500年も占領していたにしては、ファルトス銀河内での痕跡が少なすぎます。先生、何か隠していませんか?」
「4人とも、機密情報は全て知ってるだろ?」
戦略艦隊の将官が持つ機密レベルは陸海近衛軍の元帥並、中将だと上級元帥と同レベルだ。
誰1人として、除け者にはされていない。されていないんだが……
「ガイル、あなたがリーリアと共有している秘密があることは知っています。その中に何かありませんか?」
「……機密、じゃなくても……言ってないこと、ある?」
「お兄ちゃんもリーリアお姉ちゃんもお父さんも、何か隠してるよね?」
「先生?」
「お前ら……」
……仕方ないか。
「……分かった。ただしこれは、第1世代生体義鎧の将官、及び直接関係した者にしか開示されていない。誰にも言うなよ?」
「はい」
「……もちろん」
「うん」
「ええ」
「よろしい。それならリーリアも呼ぶか」
やっぱり、リーリアに後で伝えるのは嫌だしな。
責任を負わせるつもりはないが、情報の共有はしたい。
『貴方、急にどうしたの?』
「機密番号0000-0000、マイナス100をメルナ、シェーン、レイ、ポーラの4人にのみ開示する」
『それって……本気なのね?』
「ああ。こいつらなら問題ない」
『おじさんへの説得は?』
「バレたら俺がやる。リーリアは気にするな」
『私がそれを許すと思う?』
「はぁ……すまないな」
『いえ、いつものことよ』
正式な機密情報として認定されているわけじゃないから、認められさえすればなんとかなる。まあ……説得相手が相手だけどな。父さん、義娘相手には甘いんだよ。
っと、それより本題に入るか。
「帝国軍の艦艇、及び施設は、戦闘後にデータを取ろうとしても全てのデータが破壊され、いるはずの人員も自爆装置によって消し去られている。それは覚えてるな?」
「はい。ハッキングは基本的に撹乱か、事前察知にしか使えませんでした」
空間波通信の傍受で多少のデータは得られたものの、大局に関するものは一切無かった。
あの時はこれが当然だったが、何故そこまで徹底する?そう考えたりもした。
『それが何故かは考えたことがある?』
「え?」
「王国軍に知られては……いえ、当時であれば、大きな影響は無いとも言えますね」
「……確かに」
「帝国には敵がいる、これならどうだ?」
「もしかして……お兄ちゃん?」
「約1200年前、とある歩兵が帝国軍の基地に潜入、データを断片だけだが採取することができた」
「それを何故機密に?しかも最重要を超えるようなものですよ?」
『内容が内容だからよ。扱いを間違えれば軍の動きが大きく変化するし、被害も確実に増えるもの』
「……凄いこと?」
「断片だから、少ないぞ」
情報自体はそんなに凄いものじゃない。
「帝国は広大な領土を持つが反乱も起こっており、巨大な国力を持つ敵対国家も存在する。それだけだ」
「それだけ?」
『直後にデータが破壊されて、それ以上は無理だったそうよ。消されたらどうしようもないし、引き返させたわ』
「……そう」
というか、中途半端なデータだからこそ機密指定されたとも言える。もっと詳しければ軍内のみの機密、もしくは公開されていただろう。
共有対象が第1世代だけなのは、戦前を知っているからに他ならない。故郷を取り戻すことにと執着しているのは、俺達だけだったのだから。当時はまだ怨みより、こっちの方が強かった。
「それで、誰がデータを取ったの?」
『アッシュよ。貴女達は知らないはずだから、聞いても駄目だからね?』
「ちなみに、機密条件も当時は第1世代の佐官以上だった。戦略艦隊を作る時、階級を調節しつつ変えたな」
「やったんですか……」
「父さんが総司令なんだぞ?不可能じゃない」
上級元帥である父さん、さらに元帥である俺とリーリア。俺達3人の持つ影響力は絶大だ。試したことは無いが、王国の基本政策を変えさせるのも簡単だろう。
「……でも、帝国に敵がいるなら……こっちに来ても、いいはず」
「味方だって思わなかったんじゃないのかな?」
「まあ確かに、敵の敵が味方とは限らない。こっちからしたら当然だし、向こうにとってもそうかもしれない。だが、協力くらいはできそうだろ?」
「利用の間違いですよね?」
「まあな」
「ですがそれなら、来てもおかしくはありません」
『でも、そんな勢力と接したことは無いわ。ファルトス銀河内で戦争があったなら、帝国の敵が王国へ来てもおかしくないものね』
「アルストバーン星系で止められていた可能性はありませんか?」
「それなら、俺達王国軍以外に傷つけられた帝国軍艦艇がいるはずだ。修理するのであれば、外に比べて安全なシュルトバーン星系内でするだろう。だが、そんな報告は1度も無い」
「そうだね……」
「そして、そこから俺達が出した結論は……帝国の本拠地はこのファルトス銀河には無い、ということだ」
「え?」
「……嘘……」
「そうなんですか?」
まあ、信じたくない気持ちは分かる。俺達が結論に至ったのは帝国がいた時だから、そんなに驚いたりはしなかった。
だが、今は思い知っている。苦労、という形だが。
「ほぼ間違いない。それと、ポーラは薄々気づいていたんじゃないか?」
「……はい。帝国の行うことを考えれば、明らかにおかしいと思っていました」
『最初の500年を知っているもの。違和感くらいは感じるわよね』
メルナやシェーンが知っている時代は、最初と比べればまだ優しいものだ。王国の奪還は無理だったが、 戦闘での犠牲は減っていた。
帝国によって奪われ続ける日々というのは、あんなものではない。
「それじゃあ、何でずっと探してるの?この中にはいないんでしょ?」
「他の銀河に行くとなると、王国へすぐに帰れないだろ?」
『ファルトス銀河だけなら、どれだけ離れていても10時間もあれば着くわ。でも、他の銀河まで行くと近くても半日以上、別の銀河団では最低でも1ヶ月はかかるわね。王国を守るのに、そんな無駄なことはできないわよ』
「だからこそ、ファルトス銀河内で帝国の痕跡を調べることになった。結果は散々だけどな」
500年経ってもいまだに結果は出ていない。この身が滅びるまでには……いや、そんな風に考えるべきじゃないな。
少し感傷的になり、ふと窓の方に目を向けると、もう試合が始まる所だった。
「っと、時間が過ぎてたか」
『じゃあ、私はもういいのね』
「ついでに見ていくか?暇ならだが」
『ええ暇よ。見ていくわ』
せっかく来たラッガスの試合なのだから、見ないと損だろう。
リーリアだって好きなものだ。
「楽しみですね」
「……トップチーム同士だから」
『貴方、今日はどんな試合なの?』
「まとめたデータがこれだ」
『本当ね。観客の人数も凄いわ』
「まあ、そんなものだ」
「あ!始まるよ!」
審判の合図と同時に、ボールがフィールドの中央から打ち上げられる。
斥力発生装置ならもっと速度が出るが、ここは安全のために圧縮空気が使われている。上がってる最中に取るような選手もいるからな。
「行け行けー!」
「赤が取った……」
「ですが、青が奪い返しましています」
ラッガスは他のスポーツに比べて、特に動きが激しいため人気が高い。
ボールを手に持つことはキーパー以外禁止というルールのせいで、ボールの保持が難しいというのもある。取り合い合戦だ。
「あぁー!!」
「……惜しい」
「いえ、まだチャンスはありますよ」
「いけます。そこです!」
レイはここでも大はしゃぎ、それにつられて3人も熱中し始めた。
全員推しチームは無いため、どちらかに。というか、ボールを保持しているチームを応援している感じだ。子どもの頃は安心して娯楽に打ち込めなかったから、それもあるのかもしれない。
というか、食事が運ばれたことにも気づいてないな。
『楽しいわね』
「ああ」
産まれた時から戦いが身近だった4人には、報酬としては足りないのかもしれない。
だが、俺達も笑顔は絶えなかった。
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「ん?」
帰り道、ついでのデートで大通りを歩いていると、上を大きな影が通っていった。
ただ……数がおかしい。
「陸軍の装甲車ですね」
「何かあったんでしょうか?」
「ただの出動にしては多いな……行くぞ」
「野次馬だね」
「いや、場合によっては指揮権を貰う」
「見逃すつもりは無いのですね」
「……向こう、集まってる」
「あそこはオードフィランシェの展示場か?……すまない、通してくれ」
民間人の壁を抜け、陸軍の封鎖線に近づく。
ここは権力を使って押し通るとしよう。
「どうなってんだよ!」
「おい入るな!危ないぞ!」
「あんたらも……へ?」
「いいか?」
「は、はい!」
「え?うそ!」
「マジか⁉」
「いよっしゃー‼」
「閣下ー!」
野次馬の叫びを聴きながら、俺達は中心へ近づいていく。
そして、指揮装甲車の近くに立っている、60代か70代くらいの准尉に話しかけた。
「状況は?」
「おい、民間人は……な⁉し、失礼しました!」
「気にするな。名前は?」
「バクラ-ハルトレース准尉であります、閣下!」
「ガイル-シュルトハイン元帥だ。それで、状況は?」
「は、こちらであります」
そして、ハルトレース准尉のシュミルからデータが送られてきた。
起こってすぐみたいだが、かなり詳細まで分かってるみたいだ。
「犯罪集団による立てこもり……それにしては多くないか?1ヶ准隊はいるだろ?」
「いえ、ここに来ているのは本部准隊のみですが、周囲には残りの4ヶ准隊が包囲網を敷いております」
「1ヶ小隊?この程度にか?」
「それが……」
言い淀む、か。何かあったみたいだな。
しばらくして、准尉から新たなデータが送られてくる。前のより踏み込んだ内容みたいだが……
「……なるほど」
「……何が?」
「メイ-メラニアス少尉。国立王都中央大学工学部量子工学科卒業後、一般幹部訓練過程を経て、第1軍団第26戦団第083機動歩兵師団第3旅団第2連隊第5強襲歩兵大隊第4中隊第5小隊小隊長として任官。君達の指揮官か」
「は、その通りであります」
「……その人が中心?」
「これによると、そうらしい」
陸軍から離反者か……ゼロではないが、滅多にいないはずだ。しかも、問題はこれだけじゃない。
「しかも、機動歩兵が盗まれてる。基地からの強制停止はできないのか?」
「偶然基地にいた技術少尉に調べていただいたところ、不可能ということです。ワームホールが内側から閉じられているとのことで」
「機動歩兵がそうなら、シュミルもだろうな……こういうことを防ぐためのプロテクトやサブシステムがあったはずだが、上手く解除されたみたいだ」
「それじゃあ、無理なの?」
「いや、やりようはある。ポーラ、第103師団の基地にあるワームホール通信装置を介して、この機動歩兵への通信回路を開けるか?」
「シュミルだけでは難しいです。ですが、アーマーディレストのコンピューターを介することができれば、可能です」
「許可する。やってくれ」
「了解しました」
アーマーディレスト級に搭載されている量子コンピューターは、国家基幹システムの中枢に引けを取らない。
1つの基地システムに介入するなど、1つのシュミルへの回線をこじ開けることなど、造作もないことだ。
「それにしても、何故彼女が軍を離反したんだ?データを見る限り、反社会運動に参加するような人物には見えないんだが」
「自分もそう感じております。自分達のような歳上の部下に対して敬意を払ってくださる、それでいて不必要にへりくだったりしない、立派な上官です」
「何か理由がありそうですね」
「そうみたいだな」
かなり頭のおかしな人物か余程の理由がなければ、軍から離反するなどあり得ない。
彼女はまず後者だろう。
「ちなみに、何で連中はこんな何も無い場所に立てこもったんだ?意味無いだろ」
「不明です。ですが、機動歩兵が人質を取り、生身の者はそれに少し遅れていたとの証言があります」
「……連携、できてない……?」
「少尉さんの独断なのかな?」
「分からないですね」
「そればっかりは、本人に聞かないと分からないな。ポーラ、残りはどれくらいだ」
「あと少しです」
本来は想定していないルートでの通信回路開通だが、ポーラならできる。
あと少しってことはもう……ほらな。
「先生、できました」
「機動歩兵の内部とのみ通信を開いてくれ。外部には出すなよ」
「はい、もう終わっています」
「流石だ」
ポーラから通信権限を受け取り、機動歩兵に繋げる。
ついでにいくつかデータを確認……各種生体反応は正常値、薬は使われてないな。
「メイ-メラニアス少尉、聞こえるか」
『誰!』
「第1戦略艦隊司令長官、ガイル-シュルトハイン元帥だ。今、バクラ-ハルトレース准尉とともにいる」
『か、閣下⁉』
「機動歩兵を弄ったみたいだが、こっちの方が上手だったな。ああ、この通信は外に出ないから安心しろ。外部スピーカーは切っておけよ」
『は!』
「その様子だと……望んで軍を離反したわけじゃなさそうだな。どうしてだ?」
『それは……』
「さっきも言ったが、この通信は外に漏れてない。言ってみろ」
『……人質を取られました。妹です』
「周りの犯罪者の仲間にか?」
『はい』
「そうか……分かった。それについてはこちらで対処するから、後でまた連絡する」
『了解しました……閣下』
「ん?」
『妹を、リンを助けてください……!』
「任せておけ」
そういう訳か……ふざけやがって。
「このことを上に連絡しろ」
「は!ん?……中隊長からです」
「ちょうどいいな。繋げろ」
『ハルトレース准尉、新たな情報だ』
「大尉、こちらも進展がありました。ですがその前に、閣下をご紹介します」
「ガイル-シュルトハイン元帥だ。偶然だが通りかかったから、関わることにした。君は?」
『は、自分は第083機動歩兵師団第3旅団第2連隊第5強襲歩兵大隊第4中隊中隊長、コレスタ-アルトマーラ大尉であります』
「ご苦労。それで、連絡してきた理由はなんだ?」
『メラニアス少尉が離反した原因についてです』
「妹が人質になっていることは少尉から聞いた。その件か?」
『その通りです。少尉の私室を調べたところ、民生品のシュミルを発見しました。これを解析すると、犯人グループとの通信記録が見つかりました』
「場所は分かったか?」
『はい。少尉は通信記録だけでなく、ワームホールの接続先についてもデータを残していました。また、キリア-ヤルマティス技術少尉が脱走に協力したと自白しました』
「准尉、誰だ?」
「機動歩兵について調べていただいた方です」
「つまり、そこまでは計画通りってことか」
『技術少尉によると、その通りだそうです。そして技術少尉の協力で少尉の妹、リン-メラニアスの監禁場所を発見、現在2ヶ小隊が向かっております』
「なるほど……そちらは任せる。それと、ここの指揮権はもらうぞ。いいな?」
『は!』
「では頼む」
戦略艦隊と陸軍で完全に組織が違うが、この程度なら許可される。むしろ協力し合うことが美とされており、海軍だろうと近衛だろうと同じだ。
形式としてはオブザーバーみたいなものだが……遠慮は無しでいこう。
「准尉、小隊各員に通達。これより俺が指揮を取る」
「は!」
ハルトレース准尉が小隊へ連絡をし始めたのを見て、俺は再びメラニアス少尉への回線を開いた。
「少尉、妹の場所が判明した。現在、2ヶ小隊が救出に向かっているそうだ」
『ほ、本当ですか!?』
「ああ。ここの犯人達の制圧は救出の後だ。いいな?」
『了解』
「それで、少尉はどうやって犯人達と連絡を取っている?自室にあったシュミルだけじゃないんだろ?」
『は、現在は犯人から受け取った違法品のシュミルを使用しております。そちらを使いますか?』
「いや、それは機動歩兵からアクセスできるようにしておいてくれ。通信ネットワークにはこちらが対処する」
『了解しました。シュミルの中にはいくつか違法品製造ルートの情報も入れてありますので、よろしくお願いします』
「了解した」
予想以上にしたたかだな。さて、こっちも動こう。
「ポーラ、聞いていたな?」
「もちろんです、先生」
「なら話は早い。メラニアス少尉の機動歩兵を介して犯罪グループネットワークに侵入、ここの犯人達とリン-メラニアス監禁者達をネットワークから遮断しろ。それと、違法品製造ルートの情報を中隊本部に送ってやれ」
「了解です」
「メルナはこの准隊の指揮だ。准尉と協力して、突入時の配置を決めろ。シェーンは指揮装甲車に入って、残りの4ヶ准隊の包囲網を管理しろ。1ヶ准隊くらいなら、野次馬を抑えるのに使ってもいい」
「任せてくださいね」
「……了解」
「それで准尉、小型無人偵察機は持ってきているか?」
「は、小隊全体で100機ほどあります」
「ならレイ、それを使って建物を包囲、誰も逃げられないように監視しろ。同時制御に対応してなかったら、アーマーディレストのシステムを介しても構わない」
「はーい」
シェーンだけでなくレイも指揮専用装甲車へ入っていく。とはいえ……厄介なことになったな。
違法品、民間所有が禁じられた武器の類いの生産ルートが複数か。かなりデカイのを見つけたようだ。ただ、普通の1ヶ師団にできるかどうか……第999特務師団に要請するか?……いや、信じてやろう。
それより、少尉との通信を再度開くか。ちなみに、今回はメルナとレイの方にも中継してある。
「少尉」
『は』
「今は突入の準備段階だ。だが人質に被害を出さないため、内部の状況も動かしたい。少尉ならどうする?」
『それは……犯人はドアの近くや窓際に行かせ、人質の周りは自分だけにします』
「どうやってだ?」
『人質は自分が監視する、と言えば』
「無理だ。妹を人質にしているとはいえ、少尉は本来部外者、そういう者の言葉は信用されない」
『ですが、それ以外には……』
「もう少し追加するんだ。動きたくなるようにな」
『はあ……』
「もう少し考えろ。ちなみに、犯人達の武装は何だ?」
『個人携帯火器ばかりです。一部の者は100年前の機関銃も持っていますが、こちらもパワードスーツ無しでの運用を前提にした物なので、軽装歩兵にすら通用しません』
「なら、パワードスーツを先行させるのは無理か。小型無人偵察機を理由にする」
『どういうことでしょうか?』
「あれは個人携帯火器程度だが、武装もできる。それに、小型だから侵入可能場所も多い。立てこもってる連中には効果的だろ?」
『なるほど。では、どう言えば?』
「軍の小型偵察機が来ている。あれは武装も搭載可能で、この中に突入されたら排除できない。数が多いだろうし、撃ち合いになる可能性があるから全員行ってくれ、ってな」
『ですが、それでは自分が前に出ない理由がありません』
「人質は中央にいるんだろ?なら、不利になった場所に応援に行くためだと言えばいい。その時に、協力するのは妹の安全のため、って言えば完璧だな」
『なるほど……』
「人質を取っている側は、それが絶対だと思うものだ。妹のために軍を離反した心優しいお姉さんが言うんだったら、油断してくれるさ」
『か、閣下!』
「家族を大切にすることは悪いことじゃない。それより、頼んだぞ」
『は!』
オードフィランシェの展示場は広いから、犯人達も分散しなければならない。屋内だけでも俺の家くらいあるし、外の展示も見るために窓は大きく多い。
はっきり言って、立てこもるには向かない……やっぱりわざとか。彼女、案外近衛でもやっていけるかもな。
「先生、終わりました」
「流石、早いな。それで、どうだった?」
「通信ネットワークの遮断は問題ありません。いくつか罠がありましたが、気付かれていないと思います」
「まあ、アーマーディレストのコンピューターを使えば当たり前か。それで?」
「違法品製造ルートは合計3つ、いずれも生産は企業活動を隠れ蓑に行われています」
「ダミー企業……潰しても問題ない所か?」
「はい。一般には小型生活機器の販売業者として知られていますが、使用者は少ないため問題ありません。また製造の元になったデータは、100年以上前に使われていた警察のものばかりです」
「個人携帯兵器にすぎないってことか。さっきの話もそれで納得だ。規模は?」
「かなり大きいです。直接関係する人員だけで、少なくとも2000を超えるかと」
「中隊じゃ処理しきれないな。大隊……いや、師団長に連絡を取る。准尉、繋いでくれるか?」
「了解しました」
師団長も状況は知っていたようで、連絡自体はすぐに終わった。他の師団に応援を頼むとも言ってたし、明後日までには全て片付いているかもしれない。
『閣下、リン-メラニアスの救出が終わりました。彼女に怪我は無いそうです』
「分かった。ではこちらも始める」
『よろしくお願いします』
「任せておけ」
さて、妹が心配なお姉さんに知らせてやろう。
「少尉、妹の救出は終わったそうだ。怪我も無いらしいぞ」
『本当ですか!?』
「ああ。今アルトマーラ大尉から連絡があった」
『良かった……』
「よって、突入作戦を実行する。犯人達の様子はどうだ?」
『軍に包囲されて余程焦っているのか、出入り口になり得る場所全てに張り付いています。ですが、機動歩兵を使えば簡単に突破できるかと』
「了解した。じゃあ作戦データは後で送るから、その通りに動け」
『了解しました』
作戦は……メルナなら全てできてる頃だな。
「メルナ、突入作戦は?」
「これです。今聞いた通りなら、不意をつけますよ」
「なるほど……場所も問題無いな。よし、これで行くぞ」
『お兄ちゃん、何かやることある?』
「いや、指揮と監視以外は他の連中に任せる。元々、これは陸軍の管轄だからな」
『そっか、分かった』
というか、生体義鎧が万能とはいえ王国全てをカバーできるわけではない。協力は大切だが、出しゃばりすぎないようにな。
シェーンから他の准隊も準備完了と連絡が来たので、メルナとポーラを連れて指揮専用車両に入り、2人に合流した。その際、メラニアス少尉との通信回路を仲介させておく。
「指揮を執るガイル-シュルトハイン元帥だ。状況は知っての通り、犯人は君達の上官に対し、人質を取ることで従わせていた。だがそれも終わりだ。これより突入作戦を開始する。突入後の内部は状況が流動的に変化する可能性が高いため、指揮は各班長、及びメラニアス少尉に一任、こちらは情報提供に専念する。作戦目標は人質全員の解放と全犯人の逮捕。だが無理はするな、人質のためなら射殺も許可する。では……行け!」
合図と同時に、頭部のスリットから溢れた緑の光を残し、機動歩兵が動き始めた。
スリットは目を横一線に結ぶようにつけられており、そこにはメインカメラ等がある。また、動いているかどうかが分かるように発光している。そしてその色は、部隊や個人によって様々だ。
ここは少なくとも、准隊単位で統一されているみたいだな。
「第3分隊、陽動準備完了」
「第5分隊が突入地点に到着しました。進捗率24%」
「第4分隊が遅れています。遅延2%」
「急がせなさい。必要なら、この指揮装甲車のコンピューターを使っても構いません」
「第3分隊の動きに敵が気付いた模様。正面に集まっています」
「好都合だ。第2分隊の第4、第5班をいつでも援軍に出せるようにしておけ」
指揮装甲車に乗る指揮分隊、それを護衛する第2分隊以外の分隊が配置につき、作業を始めた。このうち第3分隊はステルス装置を解除して前方に陣取り、第4第5分隊はステルス装置をつけたまま側面に展開している。
作業自体は簡単なので、すぐに終わるはずだ。
「第3分隊、準備完了」
「第4分隊、準備完了」
「第5分隊、準備完了」
「第2分隊の第4班及び第5班、第3分隊の後方につきました」
「……他の准隊も、できた」
「メラニアス少尉より、準備完了との報告です」
「全部隊準備完了ですね。ガイル」
「ああ。全隊、突入!」
俺の合図で第3分隊が展示場の正面に出て、犯人達との銃撃戦を始める。
その隙に第4、第5分隊は簡易携帯型元素操作装置を使って薄くした壁を突き破り、突入した。
「第4、第5分隊突入完了」
「第3分隊、敵半数を撃破しました」
「麻酔銃か?」
「テイザーガンもあります。他の武装は使用していないため、死者はいないと思われます」
「事故死なら許容内だ。あの情報通りなら、最低でも終身刑だからな」
「突入部隊に伝えます」
「メラニアス少尉が行動を開始、人質を密室に集め、護衛しています。犯人への発砲も確認しました」
「早く援軍を送りなさい」
「第4分隊の第3班が近い。すぐに向かわせろ」
「了解」
准隊は装甲車以外全て機動歩兵で構成されており、武装は通常のものの他に捕縛用の斥力麻酔銃や斥力射出テイザーガン、手榴弾はフラッシュバンやスモークを装備している。捕縛のために手加減をするから最高速度までは出せないが、問題は無い。
また、メラニアス少尉は通常の武装しか無いはずだが、上手くやっているようだ。
「人質の確保完了。周辺からの敵排除、完了しました」
「残存はどこに行った」
「敵が撤退を開始、裏口から逃げ出しています」
「シェーン、逃すな」
「……了解」
「レイ、小型無人偵察機を使って追い込め」
「はーい」
「中の状況はどうなりましたか?」
「排除率87%です。残りも隠れており、戦闘は終了しました」
「逃げた連中の処理が終了次第、犯人の拘束、人質の護送を開始する。シェーン、状況は?」
「……あと1人……終わった」
「なら始めるぞ。2ヶ准隊を中に投入し犯人を完全拘束、本部准隊が人質を護送しろ。残りの2ヶ准隊は外で野次馬の対処だ。マスコミも近づけるな」
現場の安全が完全には確認されていない以上、民間人を入れるわけにはいかない。とはいえ、160人もいれば大丈夫だろう。
それで……
「メラニアス少尉」
『は!』
「2ヶ准隊が犯人の拘束を開始次第、本部准隊を率いて人質を護送しろ。入り口に機甲装甲車を配置する」
『了解しました』
「その後機動歩兵を脱ぎ、指揮装甲車に来い。1人で、だ」
『……はい』
覚悟は決めてるみたいだな。なら……こいつらの期待に応えてやろう。
護送自体はすぐ終わり、命令通り1人だけでメイ-メラニアス少尉が入ってきた。ちなみに、アルトマーラ大尉も通信先で待機している。
「シュルトハイン元帥閣下、アルトマーラ大尉、申し訳ございませんでした。この事件は自分が私情で動いた結果であり、全ての責任は自分にあります」
「少尉……」
『閣下、どうなさいますか?』
このままだと軍事法廷だが、情状酌量の余地はある。というか、大元まで解決できるようにしたんだ。
ここで終わらせてやった方がいいに決まってる。
「アルトマーラ大尉」
『は』
「メイ-メラニアス少尉は妹を誘拐されたが、これを利用して犯罪グループに潜入、そして派手に事件を起こすことで早期に軍に包囲させた。さらに民間人を自ら保護し被害を出さず、キリア-ヤルマティス技術少尉と協力することで正確な情報を提供、事件を被害者ゼロで解決に導いた。これでいいな、大尉?」
『了解しました』
雑さも多かったが、功績は大きい。この評価は妥当だろう。
とはいえ、飴ばっかりだと対処しづらい連中もいるからな。
「ただし、事前の情報提供が無かったため、両少尉は1ヶ月間配給量を半減させる」
「閣下の判断に服します」
「事前に部隊内で相談をして作戦にできていれば、中尉に推薦してやっても良かったんだが」
『ですが、彼女の功績は大きいです。大規模な犯人グループを壊滅に追い込め、闇ルートも相当数を摘発できるので、推薦しても問題無いかと。それに、民間人の被害もありません』
「そうか……そうだな。それなら、追加だ。ガイル-シュルトハイン元帥はメイ-メラニアス少尉を中尉に、キリア-ヤルマティス技術少尉を技術中尉に推薦する」
「え……あ、ありがとうございます!」
「気にするな。正当な評価だ」
俺の采配なら、誰も文句は言わないだろう。問題を追求されるとしても、その前に事実を隠してしまえばいい。
多少この後のことを考えている間に、メラニアス少尉とハルトレース准尉は指揮装甲車から出ていった。
ああそうだ、忘れるところだったな。
「それともう1人、的確な状況判断で事件を解決に導いたため、コレスト-アルトマーラ大尉を准佐に推薦する」
『か、閣下?』
「不服か?」
『い、いえ、滅相もございません』
「俺がこう評価したんだ。素直に受け取れ」
『了解しました。ありがとうございます』
そう言って、アルトマーラ大尉は通信を切る。
俺達も指揮装甲車から出て、オートビークルを呼ぶために少し離れた。
「甘い判断だと思うか?」
「いいえ、的確な判断だと思いますよ」
「……問題ない」
「軍事法廷でも、同様の判決が出ると思われます」
「お兄ちゃんは優しいもんね」
「ありがとう。それでレイ、それは励ましてるのか?」
「うん!」
「はぁ……ポーラ、頼んだ」
「分かりました」
「え?ポーラお姉ちゃん?」
「レイちゃん、軍隊の役割について思い出してもらいますよ」
「お、お兄ちゃん……」
「流石に、アレは軍人としてどうかと思うぞ」
まったく、それは口に出すものじゃない。
ああそうだ。メラニアス少尉を近衛軍候補一覧に入れるよう、こっちにも推薦を出しておくか。
・ラッガス
少し硬めのボールを使った球技で、サッカーのようにゴールへシュートを決めると1点。体のどこにボールが当たっても良いが、ボールの保持はキーパー以外禁止。選手達は翼を使って空を飛び、ボールを蹴ったり弾いたりする。
フィールドはゴール方向に180m、横に80m、上下に200mで、ゴールは直径10mの円が高さ100mの位置にある。21人のチーム2つでプレー。
日本でいうところのプロ野球やJ1,J2のようなリーグ戦で、チームやリーグは無数にあり、ファンもまた多い。経済力の関係が無くなったので、選手達は人気や縁などで自由に所属チームを選び、監督等も実力で選手を選ぶ。
結果、地元のチームの人気がとても高い。
・バーディスランド王国陸軍
約2000億人が所属する、地上最大の政府組織。10ヶの軍団と各所の基地、そして揚陸専用艦を保有している。なお、直接の戦闘人員は約95%。
普段は警察から指示を受けたもとでの機動隊のような活動や、消防活動、災害救助など、民間人にはできない仕事なども行なっている。
階級は上級元帥から三等兵までの全29段階。
トップは陸軍総監で、階級は上級元帥。
1ヶ軍団は100ヶ戦団で、約200億人で構成され、軍団長の階級は元帥。
1ヶ戦団は200ヶ師団で、約2億人で構成され、戦団長の階級は大将〜中将。
1ヶ師団は4ヶ連隊で、約100万人で構成され、師団長の階級は少将〜准将。
1ヶ旅団は5ヶ連隊で、約25万人で構成され、旅団長の階級は大佐。
1ヶ連隊は5ヶ大隊で、約5万人で構成され、連隊長の階級は中佐。
1ヶ大隊は5ヶ中隊で、約1万人で構成され、大隊長の階級は少佐。
1ヶ中隊は5ヶ小隊で、約2000人で構成され、中隊長の階級は准佐〜大尉。
1ヶ小隊は5ヶ准隊で、約400人で構成され、小隊長の階級は中尉〜少尉。
1ヶ准隊は5ヶ分隊で、約80人で構成され、准隊長の階級は准尉〜二等曹長。
1ヶ分隊は4ヶ班で、16人で構成され、分隊長の階級は三等軍曹〜二等伍長。
1ヶ班は4人で構成され、班長の階級は三等伍長〜三等兵長。
また、機動兵器のパイロットは最高でも少佐まで。
・一般幹部候補過程
民間の大学を卒業した22〜37歳が受験できる、陸海軍の士官を募集する過程。3年間の訓練の後、少尉として任官する。




