嗚呼、派遣社員
「鶴崎さーん、これお願いできる?」
「はい」
「鶴崎さーん、それ終わったらこっちもいい?」
「……はい」
「いやー、鶴崎さんホント、仕事早いよね」
「……どうも」
「鶴崎さんてさ、言ってみれば事務のプロだよね」
「…………いや、そんなんじゃないですよ」
時計を見れば午後20時。今日も残業だ。あれ? うちの会社、定時って何時だっけ? いや、考えるのは止めよう。自分が辛くなる。今日は早く帰ってリアルタイムで大好きな時代劇を見る予定だったのに……
鶴崎弥生は深くため息をつく。そして、首をグルグルと回し、腕を回し、パソコンに向かう。何でも許される世であれば「おめーら、自分でやれよ!」と声を特大にして言いたいところではあるが、それはできない。いや待てよ? 言ってもいいんじゃないかな? だって派遣だし。なんて考えてる間も時間は過ぎてゆく。勿体無い、勿体無い。だから無心でキーボードを叩く。残業代、出るからいいや。
最後の仕事を終え、パソコンの電源を落としながらディスプレイに表示されている数字は23:05。くっそう、テレビ、見たかったのに。
録画しておけばいいのでは? と誰もが同じことを思うだろうが、あいにく弥生はそっちはからっきしダメ。機械音痴というやつだ。取扱い説明書なんて読んだこともない。まあ、煩わしいという理由から読まないのだが。そんな人間であるから、録画はできないし、やらない。リアルタイムで見てこそなのだ。
「あーあ。くっそ、くっそ」
肩にバッグをかけ、コンビニで買った缶ビールを手に、もう片方の手で持った細長いチーズ入りのかまぼこを齧りながら、道に転がる石ころを蹴っ飛ばす。
「いくら派遣だからって、酷使しすぎだっつーの。アタシだって万能じゃねーんだよ。あーかまぼこ美味い」
残業のおかげでリアルタイムでお気に入りの時代劇が見れずやさぐれる。これが25の女のすることか? する。鶴崎弥生はそういう人間だ。
鶴崎遥香、25歳。大卒であるが、その性格故に就職活動の結果は芳しくなく、現在、派遣社員として働いている。
性格は、一言で言うと『怖い』
愛想がない、言うことはキツい。だが頭はいい。顔は美人の類だが、視力がすこぶる悪く、ついつい凝視してしまう。眼鏡をかけていても、だ。それもあり、怖いという印象を与えているのだ。それでも社会人として働くにあたって、必要最低限の社会人スキルは身につけ、会社内では大人しくして黙々と仕事に励んでいる。
好きなものは時代劇。特に好きなのは、必ず悪が裁かれるやつ。言いたいことも言えない、理不尽なこともたくさんあるこんな世の中で、弥生にとって時代劇こそが癒しなのだ。悪人どもをバッサバッサと薙ぎ倒すのは、さぞや爽快なんだろうな。
あの使えない管理職や、すーぐに人に仕事を振る同僚、まとめてぜーんぶバッサバッサとできたらいいのに。なんて物騒な考えまで浮かぶあたり、疲れているのだろう。
「あーあ、面白いことないかなー」
「……あるよ」
自分の呟いた声に誰かが答えた。いたずらな子供を彷彿とさせる声。
「えっ?」
そして、世界が真っ暗になった――