赤色とハロウィン
ハロウィンと赤色を題材にしたBL超短編です
わんこ系先輩×中二病眼鏡後輩です
二人にはいろいろ設定ありますが
気になった方は「フリーゲーム 中二病学園シリーズ」や「中二病スクールナイト」で検索してください
日が傾くのが早くなり、油断すれば帰路が宵闇に飲まれる。その前に帰宅するようにと先生が指導していたのを思い出す。
生徒達が徐々に冬服に切り替えている。夕暮れに吹く風は優しいと言うには冷たく、鋭いと言うには肌に刺さるものではない。
そんな生徒達に混ざって羽生秀一と黒田鏡は並んで歩いていた。
「会長、今日うちに来ませんか」貞淑で謙虚さを思わせる風貌に対して言葉はやけに明瞭だった。
その言葉の真意を掴めずとも、会長と呼ばれた秀一は喜びを心で踊らせていた。
会長は横目で鏡を見る。その自分より低い背をいとおしく思った。
鏡の片手にはビニール袋。一本のペットボトルが入っている。
中身はわからないが会長はそれをジュースだろうと推理する。確か彼の家にはお茶とブラックコーヒーしか置いてなかった。彼なりの配慮だろうと推測してまた心が躍る。
鏡と会長は時折日常的な会話をしたが、それが済むと小さな沈黙が訪れる。苦痛なものではなかった。むしろ二人の間には落ち着いた空気が流れていた。
「見てもらいたいがあるんです」
学校から離れ、自分達以外に生徒がいなくなったころ、鏡が口を開く。
「見てもらいたいもの?」
会長が復唱し、それから疑問を口に。
「学校とかでは見せられないものなんだ?」
その疑問は確証に近いものだった。
「ええ……まあ。家に来てもらえればありがたいなと」
鏡が戸惑いを示すように頭を軽く掻く。この反応が会長の理想通りで喜ばしいものだった。
俺にしか見せられない、プライベートなもの。会長はちょっとした独占欲が満たされるような気がした。
さもなくして黒田家の住宅。2階建てのこじんまりとした家には鏡とその兄二人しか住んでいない。
「愚兄は遅く帰ってくるみたいなんです」
愚かな兄と呼ばれた彼は恐らく外で遊び呆けてくるのだろうと鏡の口振りが示す。会長としては鏡を独占できるので好都合だった。
玄関の扉を開け、会長はお邪魔します、と穏やかな口調で誰もいない家に挨拶する。
俺の部屋で待っていてくださいと鏡に促され会長は部屋に入った。鏡は購入した飲み物を入れる容器を台所に取りに行ったようだ。
会長は鏡の部屋で真ん中にちょこんと座り、部屋全体を定めるようにじっくりと見渡す。
簡素な机、セットになる椅子、青い毛布のベッド。いずれも質は悪くない。
それより目を引くのは高さのある本棚。そこにはびっしりと本が並べられていた。
文庫本からハードカバーまで。世間で話題になったものから全く聞いたこともない無名の作品。鏡なりに好みで選んでいるのかまたは本ならなんでもいいのか図りかねる。
会長が文庫本の一冊を取り出してみるとその奥にも本が隠されていてさすがに驚愕を覚えざるをえない。
本を静かに戻したときに、鏡が部屋に入ってくる。
「飲み物、持ってきました。グレープジュースですが、大丈夫でしたか?」
律儀に聞いてくる鏡に会長は勝手に本棚を漁ったことに罪悪感を覚えながら
「あ、大丈夫だよ。ジュースなら基本なんでもおいしいから」
と答えると鏡はなんですかそれ、と飽きれによくにた小さな笑みを見せた。
まさか笑われるとは思わず会長は不意打ちを食らう。鏡の笑みはそれほどに貴重で眼福なのであった。
鏡は会長に飲み物を渡す。ありがと、と会長は言葉を返す。
「本棚見てたんですか?」
「いやぁ、相変わらずたくさんあるなぁって」
小さな図書館みたいだ、と会長が言うのを鏡は確かにと納得したかのように目を伏せる。
「これでもいらない本は処分してるんですけどね。でもやっぱり読んだ本は手元に置いておきたくて」
鏡の言葉を会長は反芻しようとするが会長は自分の手元に物を起きたがらないのでコレクション癖についてはいまいち理解しがたいのだ。
渡されたジュースを見る。葡萄味としては色合いが赤く見えた。
「会長は」
鏡が言葉を紡ぐ。
「赤い色は好きですか?」
赤。会長の手元のこのジュースも赤色だ。
赤。会長は思い出す。「羽生秀一」ですらなかった過去の記憶。赤に染まり地面に伏す姉の姿。
赤。自分が人間から解離し、組織に雇われ相反するものを処罰した時も、その景色は赤に染まっていた。
会長としてはあまり好きな色ではないが、鏡に何の考えがあってその質問をしているのか読めなかったので、あえて
「まあ、ものによるかな?」
と曖昧な返事を返した。
そうですか、と鏡は小さく頷き、会長に次の言葉を提示した。
「5秒……いや、10秒目を閉じてもらえませんか?」
「え?」
会長にはその案の意味がよくわからなかったが、鏡は至って真剣なようなので従うことにする。
「今から?」
「今から」
「俺が数字数えればいいのかな?」
「目さえ閉じてもらえれば」
「わかった」
会長は素直に目を閉じることにした。胸が脈打つ。これから鏡は何をしようと言うのか。
「じゃあ、数えるね。いーち……」
数える。その感前方で何かがさがさと音がしている気がした。
1、2、3、4、
我慢深くない会長はたまらず5の時にうっすらと目を開けてみた。
そこには服を脱いでいるのか、布がはだけて、なだらかな肩を晒している鏡の姿があった。
会長は驚き目を見開きそうになったが鏡がこちらを見た気がしたので慌てて目をつぶる。胸の高鳴りがばくばくとうるさい。
6、7、8、9
「じゅー。目を開くねー」
カウントが終わった会長は鏡の有無を聞く前に目を開いた。辛抱たまらなかった。
そして目の前にいたのは。
「宵闇に舞うは、崇高な魔の一族……」
漆黒と深紅を基調とした西洋の貴族風衣装。
だがそれはどこか闇を纏った邪悪でいて優雅な風貌。
口からは白い牙を覗かせ、爪は鋭く血のように紅い。
手元にはワイングラス。先程の飲み物がまるで鮮血を示すようだ。
静かなほど黒いマントの内側は力強いように赤く、彼が動くたびに翻る。
まさに深紅の吸血鬼……の、姿をした鏡がそこにたたずんでいた。
「……」
会長は唖然として言葉が出ない。
暫しの沈黙。耐えかねて先に口を開いたのは鏡。
「……えっと。今度のハロウィンのパーティのために用意した新衣装なんですけど。どうですかね……」
吸血鬼になりきるように気丈に振る舞っていた鏡が不安に縮こまる。
「え、えっと……」
会長は言葉に迷う。それほどまでに鏡は完璧すぎた。
そういえば彼の特技に早着替えたるものがあったのを思い出す。
「似合いますか?」
鏡の単純な問いにようやく会長は伝えたい言葉を見つけた。
「似合うよ!似合いすぎて本当に吸血鬼かと思っちゃった!それこそ言葉を失うくらい!」
会長の単純かつ明確な賛辞に鏡は自信を取り戻したのか清ました顔を見せる。
「ハロウィンと言えばオレンジのイメージですが……赤もありかなと思ったんですよ」
だから始めに赤について質問をしたのだ。
「うわー、すごい似合うなー」
会長の言葉に嘘はない。苦手である血の色のイメージを払拭するかのように鏡は優雅だった。
中二病も極めれば才能であり、黒歴史も現役ならば伝説である。
そして鏡はその新作を会長にだけに先行公開してくれたのだ。
すなわち信頼におけるものである。会長は嬉しくて顔を綻ばせた。会長はその可憐な吸血鬼の腰を掴み引き寄せる。
「うわっ?!」
凛とした顔が驚きに崩れる。
「で、吸血鬼さんは俺の血を吸ってくれたりするのかな?」
会長は鏡の顔を引き寄せ間近で見つめる。やはり彼の顔は秘めたる麗しさを感じさせた。
「……調子に乗らないでくれます?」
渋い顔から放たれる苦言がひどく面白くて仕方ない。
「あはは、鏡君はもっと調子に乗っていいんだよ?」
会長は自分より小柄な吸血鬼の唇を奪う。
「?! 突然何を……」
「味見、かな?あとはイメージの払拭」
「何を言ってるんですか……」
「しばらく二人きりなんでしょ?なら楽しもうよ」
会長は自然な動作で鏡を押し倒した
鏡はそんなつもりはなかったんだが……と解せぬ表情を見せた。
「ちょっと早いけど、ハッピーハロウィンだね!」
会長が笑顔で全く悪びれた様子を見せないものだから鏡は諦めてため息をついてこう言った。
「……ハッピーハロウィン」
おわり