YUUNA:2016
「ねぇ、ユウナとマナ!駅近の最近人気のカフェ行かない?」
今日は日曜。友達のミキとマナと文化祭の買い出しを任されていた私は、買い出しは早くに終わらせて、ミキとマナと最近買ったばかりのお揃いの制服を着て3人でデートしようという約束をしていた。
文化祭の買い出しを午前中に済ませ、暇潰しにプリクラを撮ってきた。プリクラも撮り終えたところで、私達はミキに話し掛けられた。
「え?あの雑誌に載ってたとこ?」
マナが目を輝かせながら、ミキに尋ねる。
「そうそう!あそこのカフェ、従業員がイケメン揃いらしいしさ!」
この間学校で、ミキとマナと読んだ雑誌に載っていた麻布十番の駅からかなり近いカフェ。写真に写っていた従業員さん達がかなりのイケメンで、3人できゃあきゃあ騒いだっけ。
クラスメイトの女の子達も何人かカフェに行ってきたって言ってて、皆また行きたいとも言ってたな。
「今昼過ぎだし、日曜だけどランチタイムは過ぎたし、甘い物でも食べに行こうよ!」
「そうだね。暇だし、行こっか。」
ミキとマナと世間話に花を咲かせながら、お洒落なカフェに訪れた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
雑誌の写真通り、かなりのイケメンな従業員さんの一人が私達を出迎えてくれた。
「3人です」
「畏まりました。では、こちらの席へどうぞ」
従業員さんに案内され、3人ほぼ同時に席に着く。店内は昼過ぎだからかガラガラで、私とミキとマナ、それからカウンターで一人、コーヒーらしき物を飲んでいる男の人とカップルらしき男女が向かい合ってテーブル席に座っているだけだった。
メニューを開いて、結構な品数に目移りしながらも、大好きなココアとモンブランを注文して、2人もそれぞれ飲み物とケーキを注文した。
「今日は人があんまり居ないみたいだね。」
私が出された水を飲みながらそう言うと、ミキも同調して、頷いた。
「そうだね。雑誌に載っていた従業員さんの中で、目当ての人が居たのに、今日はお休みらしくて残念。」
落胆したように言ったミキに、私とマナはくすくす笑う。
学校であった出来事を話していると、あっという間に注文した物が運ばれる。
「ごゆっくりどうぞ。」
従業員さんの優しい微笑みに、ミキとマナは少し頬を朱に染めた。
「さっきから思ってたんだけどさ、あの従業員の人、超恰好良くない?」
「ミキ、さっきまで目当ての人が居ないって落胆してたくせに」
「さっきはさっき!今は今!」
目を輝かせるミキに、調子良い奴とは思いながらも、そこがミキの良いところでもあるからなと、ココアを口に含みながら考える。
そんな時、突然男の人の大声が店内に響き渡った。
「だから、もう無理なんだって!」
思わず驚いて肩を揺らした私達は、男の人に目を向けた。
その男の人の言葉は彼女らしき女の人に向けたものだったらしく、向き合って座っている女の人は顔を俯かせていた。長い髪が邪魔をして表情は見えない。
「どうしたんだろうね。」
「別れ話じゃない?」
「さぁ。」
私達はその光景に釘付けになりながら、思い思いの言葉を口にする。
やがて男の人は女の人を取り残して、カフェから立ち去った。
女の人は顔を俯かせたままで、その姿は何だかとても悲しげで寂しげだった。
「…何もこんなカフェで言わなくても良いのにね」
ミキは独り言を呟くように言う。私もそれには同じ気持ちだと頷く。こんなお洒落で素敵なカフェでゆっくりしている時に別れ話なんて結構辛いと思う。他にも客が居るのに。
「そうかな?私はこういうカフェだからだとも思うけど。まぁ、あの男の人の気持ちなんて、全然知らない私には分からないけどさ」
マナがカフェモカを両手で持ちながら、言った。マナがそんなことを言うとは思っていなくて少し驚いた。でもマナの言ったことを考えた時、ある出来事を思い出す。私が彼氏を振った出来事を。
私にはつい最近まで、一個上の優しい彼氏が居た。結構格好良いし、仲も良いと思っていた。
でも、ある日彼氏の浮気現場に遭遇してしまい、その日の夜に彼氏をファミレスに呼び出して、他の客も居る中、怒りに冷静さを忘れた私はドラマのように彼氏の頬を引っぱたいて振った。
彼氏は必死に謝ってきたけど、私は「もう無理。」の一言で、お金だけをテーブルに突き出してその場を立ち去った。
そんな私の出来事は今の女の人の状況と少し似ているかもしれない。いや、正確に言うと、振った人を置いていったあの男の人とだ。悲しげに俯いている女の人はきっとあの時の彼氏と同じ。
こんな他の客も居るところで…なんて、同じことをした私に言えたことじゃなかった。
彼のことは許せないけど、冷静さを失ってあんな場所で振った私も私。女の人の姿を見つめながら、私に置いていかれた彼はどう思ったんだろうと、少し反省してしまう。
そんな女の人に従業員さんが飲み物を持ちながら近付き、何やら差し出していた。
女の人と一言、二言言葉を交わすと、女の人は小さく笑った。良かった。少し元気出たみたい。関係無いはずなのに心から安堵してしまう。
私と同じようにその光景を見ていたミキとマナも安堵したように、女の人から視線を外して、3人で顔を見合わせた。
「何かちょっと気まずくなっちゃったけど、女の人も落ち着いたみたいだね。私、飲み物のお代わりでも頼もうかな」
ミキは苦笑いを浮かべながら、「すいませーん。」と手を上げて従業員さんを呼んだ。
従業員さんは女の人から離れ、呼び出したミキの元へと近付いてくる。
ふと何気なくカウンター席に目を向けると、カウンター席に一人で座っていた男の人は、女の人を見つめながら微笑んでいた。
私はそれを見て何となく、女の人はきっとすぐに立ち直れるだろうなと思った。
そして、今度こそは私も彼もお互いに良い人と出会って、その人をちゃんと大事に出来るといいなと思えた。
まだ少しだけ残っている冷めてしまったココアを飲み干す。冷めても美味しいココアの甘い味に癒される。
この3人でまたこのカフェに来ようと、密かに決心した。
オムニバス企画
「KASIWAGI:2016 甘い香り」作者 ちや。
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