終章④
ドタバタと子育てに奮闘している奈緒の元へ、手紙が届けられる。
差出人名を見て、顔を顰めた奈緒を、寝起きでボケッとした歩が、首を傾げ見る。
奈緒が差し出す封筒を見て、歩も同様の表情を浮かべる。
そこに書かれているのは、以前二人で暮らしていたアパートの住所だった。
「たぶん、この名前って大家さんだよね」
二人は顔を見合わせる。
奈緒が封を切ると、もう一通、封筒が入れられていた。
どうやら、二人宛に舞いこんだ手紙を、わざわざ送ってくれたらしい。
それにしても、中から出された封筒の差出人にも、心当たりがない二人だった。
中の手紙を読んで、初めて、それが玄さんの娘さんからのものだと気が付く。
二人で驚いてしまう。
内容はこうだった。
玄さんの本当の名前は、見澤之二。
群馬の方にある大きな鉄鉱工場で働いたらしいが、古い友人からたのまれ保証人になってしまい、その友人に逃げられ、多額の借金を背負わされてしまったらしい。家族に迷惑が掛かるのを恐れ、離婚届を置いて失踪。それから何十年も連絡が取れなかったそうだ。もう死んだものと諦めていたのだが、ひょっこり、そんな父親が帰って来たと書いてある。
奈緒は目を大きくして、歩を見る。
あんなに明るく、楽しそうにしていた玄さんに、こんな秘密が秘められていたんて、想像もつかなかった。
それから、ポツリポツリと交流が始まったそうだ。
嫁ぎ先の沖縄にも、何度か足を運んでもらったと書いてある。
そのくだりには、奈緒にも心当たりがある。
考えてみれば、やたら、嬉しそうにしていたような気がする。
長年の不用心で、肝臓を悪くしてしまった玄さん。
一人アパートで倒れているところを発見されたが、身元が分からず、ひと月前に、やっと家族の元へ戻って来たそうだ。
何一つ、手掛かりになるものを持っていなかったそうだ。
自転車修理用の道具と、簡易研磨機。それとこけし。
おそらく、借金のことで、迷惑がかかることを恐れたのでしょうと記され、もうとっくに免除してもらっていると話したのに。と付け加えられている。
お骨を引き取りに行った時、うっかりこけしを落としてしまい、中に住所が書かれたメモと手紙が出て来たらしい。
そして、娘さんは気が付いたそうだ。
遊びに来た玄さんが、可愛らしい娘さんと知り合って、良くしてもらっているから、心配いらないと話しているのを。
言葉が見つからなかった。
涙で、文字が滲んで見えなくなる。
最後の便箋は、明らかに違うもので書かれたものだった。
ねえちゃん、元気にやっているか。
おいらは、いつでもねえちゃんの味方だから、いつでも話に来な。
たどたどしい文字で書かれた手紙。
歩も涙をいっぱいにして、その手紙を読んでいる。
あの日、街で見かけた人は、やっぱり玄さんだった。と奈緒は確信する。
玄さん……。
ねえちゃん、今日も別嬪さんだね。話聞いてやっから、話してみん。
そんな声が聞こえた気がして、奈緒は、その手紙を抱きしめた。
子育ては大変だ。
明日歩の成長は著しく、反抗期も始まっている。
奈緒は再びあの場所へ出向き、姿のない玄さんに話しかける。
あなたがいてくれたから、私は笑っていられた。
あなたがいてくれたから、今の私たちがある。
「おじちゃん、私、頑張るから」
「おう。ねえちゃんなら大丈夫だ」
クスッと笑った奈緒は、その場所に一礼してから、立ち去る。
それは、秋深まる10月の終わりの出来事だった。
(おわり)
promise。の部分も食いこませた話になってしまいました。
よろしかったら本編の方もお楽しみくだされば、何よりです。




