第五章 夢の行き先④
少しずつ身の回りを片づけ、奈緒はその時の準備を待った。
能天気に暮らす歩は、相変わらず忙しさに身を任せ、動き回っている。
そんな歩に、奈緒は不満を漏らす。
滅多にない愚痴に、歩はおどけながら、明日の誕生日には一緒に時間を過ごそうと約束し、バイト先へと出かけて行った。
奈緒は腕によりをかけて、歩の好きなものばかり作り、テーブルへ並べて行く。
その間中、涙が止まらずにいた。
顔を何度も洗い流し、歩の帰りを待つ。
半日で戻る予定の歩は、夕刻になっても戻って来なかった。
幾度か連絡を取ろうとしたが、それも繋がらず、奈緒の胸に不安が募る。
料理はすっかり冷め、真っ暗になってしまった外をぼんやり見ていると、やっと歩からいっつのメールが届く。
(ごめん。今日少し遅くなる、先に寝ていて)
悪気なんてないんだろう。夢中になってしまうと周りが見えなくなってしまう性格も、よく分かっている。
小さく笑った奈緒は、私たちらしくっていいなと思う。
ガランとした部屋に目をやる。
涙がこみ上げて、初めてこの部屋の鍵を二人で開けた日のことを思い出す。
二人正座して、よろしくおねがしますと頭を下げた。
玄さんに遊びに来てほしくって、誘いに行ったのは二週間ぐらいしてからだっただろうか。
引っ越し祝いをしてやると、中島さん達が言ってくれて、それなら玄さんも呼ぼうよと歩と意見があったんだ。
玄さん、目を細めて本当に嬉しそうに、その話を聞いてくれていた。
「その気持ちだけで充分。おいらは遠慮すりゃ」
「どうして? いいじゃありませんか」
「あんたは本当に優しいな。ほんだけど、本当においらは良いんだ。店もあるしな」
頑なに断られ、それでも引っ込みがつかなかった奈緒は、料理をタッパに詰め、玄さんに届けた。
あの喜びようったらなかった。
一口食べるごとに、美味しい美味しいって言ってくれていた。それが嬉しくて、奈緒はまた来ますねと、約束をして別れる。
それから間もなく、初めて玄さんから電話を貰ったんだ。
公衆電話から、照れ臭そうに話す玄さんに呼ばれ、奈緒は仕事帰りに玄さんの店へと立ち寄った。
7時を過ぎてしまっていたののも拘らず、常夜灯近くまで移動させていた玄さんの店を発見し、駆け寄る奈緒を見て、あの笑顔を見せる。
「これ、返したかっただけなのに、わざわざ来てもらっちゃってすまんかったな。あしたからちと、遠くまで行かなきゃならんでな。その前にって思って」
「わざわざ良かったのに」
「まぁこんなもんだけど、ねえちゃんに渡しかったしな」
タッパに入れられたものを見て、奈緒は顔を綻ばす。
かわいらしいブローチだった。
「これ玄さんが?」
「まぁな。暇だったからよ。良くここへ遊びにくるばぁさんに教わって作ったんだ。良かったら使ってくれ」
「大事にするね」
ブローチを自分の胸に付けて見せた奈緒を、玄さんは目を細めて見ていた。
あれから、玄さんとは一度も会えていない。
今頃どうしているんだろう。
奈緒は、胸に付けてあるブローチに触れてみる。




