第四章 星は何でも知っている⑤
冷却期間を置くのに、ちょうど良かったのかもしれない。
劇団マーブルは順調に興行を成功させていた。
その分、バイトに穴をあけてしまったらしく、劇団の方がひと段落すると、その埋め合わせに歩はがむしゃらに働いていた。
奈緒と会う時間がまったくとれず、引っ越しも白紙に戻されたまま、月日が過ぎて行く。
桜が咲き始めるころ、ようやく二人の時間を持てるようになり、奈緒は歩と一緒に、叔父夫婦の家へと出向いていた。
奈緒の気持ちが晴れたわけではない。
芝居の話になると相変わらず、歩は逃げ腰になっていた。
それでも、この会えない時間がとても辛く、奈緒にも歩にも堪えていた。
二人で真新しいスーツを着込む。
歩のその姿を見て、奈緒は不安色を濃くする。
髭で覆われていなければ、この人はきっと自分の手が届かない人である。目を見れば分る。
「奈緒、緊張している?」
奈緒は小さく首を振る。
歩も緊張しているようだった。
チャイムを鳴らす前、深呼吸を一つする。
そして奈緒を一度見て、微笑んだ。
もう一人の礼儀を果たさなければならないという、叔父夫婦が笑顔で二人を出迎えてくれる。
歩から聞かされていたのとは、昇のイメージは少し違っていた。
やわらかい笑みで、家の中に招き入れてくれた昇は、二人を先導するように前を歩いて行く。
美津子は想像通りだった。
通された居間には先人がおり、パッと顔を明るくさせ、奈緒に積極的に話しかけてきていた。
「私、薫子といいます。へぇあなたが歩のね~。こういう人がタイプだったんだ」
興味深いまなざしで、まじまじと見られてしまい、奈緒は目のやり場に困る。
横にいる歩も、始終やられっぱなしで、薫子は言いたいことだけを言ってしまうと、さっさと自室へと戻って行った。
それと入れ替わるように現れたのが、由紀子だった。
由紀子は薫子とは、全く真逆の雰囲気を醸し出しながら、奈緒を吟味する。
何が気に入らないのか分からなかった。
きっと奈緒がすることがすべて気に入らないのだろうと思う。
何かにつけ、つっかかってくるのだ。
これには正直、奈緒は参ってしまっていた。
その態度を咎められてしまった由紀子は、本音をぶちまけて二人の目の前から飛び出して行ってしまう。
苦笑する歩を見て、奈緒は心が折れそうになっていた。
自分は相応しくない。
きっと歩と居る限り、ついて回るその言葉だろう。
胸を苦しくなる。
困り果てたように、叔父夫婦は互いのかを見合っていた。
重い空気が流れ、それを打ち破ろうと昇は昼食を二人に進めてくれるが、歩はそれを断る。
時間に余裕がないのは確かだった。
すぐにバイトへ出掛けなければならない。
その後は、家に帰ることもなく、劇団へ顔を出さなくてはならないらしい。
「あまり、根を詰め過ぎるのも良くない。躰は大事にしなくては」
昇から忠告を受けた歩は、苦笑いを返すだけだった。
玄関先、昇は先程とは違う厳しい顔で歩を見ていた。
親の話になり、歩は話を濁そうとする。
昇の言うことは、奈緒にも当てはまることで、耳がいたんだ。
父親が亡くなった時のことを思い出した奈緒は、そっと歩の手を取る、
玄さんのように言えるか分からないが、拗れてしまっているなら、一度、会わせたいと思った奈緒は、二人で行ってみないかと提案してみた。
結婚するわけではない自分が行くのは筋違いだとは思ったが、歩を説得する言葉がそれしか見当たらなかった。
答えは、ノーだった。
桜の花びらが風に吹かれ、舞い散る4月の暖かな日に照らされ、歩は、いつか一人前になったらねと微笑む。
心がチクリと痛んだ。




