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第三章 ヤマアラシとアリスの恋④

 デート当日。


 奈緒は玄さんが一番好きだと言ってくれた、アリス調のピンクのドレスを着こんでいた。

 「お、ねえちゃん、今日も別嬪さんだね」

 玄さんにそう言われ、奈緒はフリルが施された日傘を差しながら、軽くスカートを持ち上げ会釈して見せる。

 「その意気だ。頑張れよ」

 玄さんに励まされた奈緒。

 今日で終わってしまうかもしれない恋。

 昨夜は一睡もできずにいた。

 玄さんの言う通り、自分を隠してまで付き合っても、疲れてしまうだけ。

 奈緒は歩のまっすぐな瞳を思い返し、嘘はつけないと思うのだった。


 待ち合わせ場所についた、奈緒は泣き出したい気分で、歩を待つ。

 胸が張り裂けそうだった。

 かえでや望たちを待つのとは、違う。

 緊張で、気分が悪くなってきた。

 好奇の目に晒される。そんな事、一度も考えたっことがなかった。奈緒はそれでも真っ直ぐ、歩がやって来るだろう横断歩道を見据えていた。

 

 横断歩道の軽快なリズムが鳴る度、奈緒はそちらに目を向け、歩らしき人物を捜す作業を、30分ほど繰り返し、お互い約束した目印を見つけ、顔を強張らせ、歩を進め出す。

 奈緒は歩がどんな態度を取るのか、想像がついていた。

 一晩かけ、覚悟をしてきたのだった。

 返す言葉も、何度も繰り返し頭の中で練習済み。迷うことなく、奈緒は歩に向かってまっすぐ進んで行く。

 ブラブラと向こう側から歩いてくる歩に、奈緒は勇気を振り絞り手を振って見せる。

 歩の視線は、奈緒を通り過ぎ、合点がいかないように、目線を戻し、驚いた表情を浮かばせる。

 手を振られている相手が、ようやく自分だと気が付いた様子の歩の足が止まりかけ、奈緒は小走りで近づいて行く。

 「中田さん?」

 「もしかして、奈緒さん? 藤崎奈緒さんですか?」

 恐る恐る聞く歩に、奈緒は小さく頷く。

 「私、こんな洋服しか持っていなくって……、ごめんなさい」

 通り過ぎて行く人の視線が、明らかに奈緒の前で一回停止して行っていた。

 信号が変わる音楽に変わり、歩は奈緒の手を掴み交差点を小走りで渡り切る。

 「お姫様みたいだね」

 笑って見せようとするが、歩の顔が引きつる。

 「戸惑いますよね。こんな格好されていたんじゃ、引いちゃいますよね。いいんです。分かっているから」

 「いやそんなことは……」

 「無理しないでください。こんな格好で初デートに来られたら、困ってしまうって十分わかっていたんです。服、買いなおそうって、何度もお店にも行きました。でも、中田さんの前では、本当の私でいたかったから……。本当にごめんなさい。今日のデート、止めにしましょう。私、帰ります」

 目を伏せたまま、奈緒は踵を返す。


 泣きたい気持ちをグッと堪えて、行ってしまおうとする奈緒は、歩に手を取られ驚く。

 「デート。デートするって約束しましたよね」

 怒った口調だった。

 「怒らせちゃったのなら、謝ります。中田さん、本当に私、大丈夫ですから」

 黙々と歩く歩に、奈緒は思いつく言葉を並べる。

 「良いんです。私に気を遣わないでください」 

 奈緒は必死で歩の手を振りほどこうとするが、とうとう車の前まで連れて来られてしまい、戸惑いを見せる。

 歩はもう、何も言わずにいた。

 助手席のドアを開け、奈緒を座るように促し、強引に座らせると、一つ大きく息を吐き車を発進させる。

 奈緒は、何度も隣で運転する歩の顔を盗み見る。

 何回か信号待ちをしては発進していく車中、奈緒は涙がこぼれないように真一文字に結び、堪えるのに必死だった。

 喉が焼けるように痛んだ。

 一晩かけて考えてきた言葉は、すでに使い切ってしまって、思いつく言葉もないまま、車は見覚えのある風景の中を走り抜けていく。

 それさえ、奈緒には全く気が付けずにいる。

 車をバックさせようとする歩と目が合ってしまい、奈緒はドキッとしてしまう。

 助手席に手を回し、片手ハンドルで駐車させている間中、奈緒は顔を上げられずにいた。


 些細な仕草に、ときめいてしまう自分が悲しかった。

 あの日と、同じだ。

 こんな思いをするくらいなら、自分に嘘をついてまでも、一緒に居られることを考えれば良かった。いつも、こうなってしまうんだ。

 数十分だけのドライブも、奈緒には途轍もなく長い時間に感じていた。

 へんなところで、まじめさが出てしまう悪い癖。

 かえでに、もっと上手に生きなよと言われていたのに。

 強く握った手の甲に、ポツポツと涙が落ちる。

 ギアを引く音がして、二人を静寂が取り囲む。

 歩は、しばらく動こうとはしなかった。

 息がつまりそうだった。

 鼓動が痛いくらい胸を打っている。

 今すぐにもこのドアを開き、歩の前から消えてしまいたいのに、躰が鎖にでも縛られてしまったかのように、奈緒は動けずにいた。


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