第二章 出会いは雷のごとし③
たっぷり芝居を堪能した奈緒は、いそいそと楽屋口に集まっていく人の群れを横目に昨日は帰ったが、これでしばらく海外へ行ってしまうことを小耳に挟み、意を決し群がる人の交尾に身を置くことにした。
しばらくして、赤いポルシェが出てきて、黄色い歓声が上がる。
しかし、それはすぐにどよめきに代わってしまう。
どうやら間宮と思ったが、別人の車だったらしい。
あちらこちらで違う情報が流れる中、急に人の波が前へうねり始める。
「あれ、間宮さんじゃない」
「キャー、間宮さん」
「握手、してくれるんじゃねーあれっ」
「キャーうっそー」
「マジ」
そんな声に、奈緒は胸を高鳴らせる。
近いようで遠い存在の人と握手できる。
背伸びをして前を確かめようとする奈緒に、前の人がよろめきぶつかって来ていた。
一瞬、何が起きたか分からなかった。
気が付くと地面にぺたんと座っている状態になっている自分がいて、恥ずかしさで顔が熱くなる。
腰を強く打った奈緒が涙目で地面に座り込んだまま立てないでいると、目の前にスーッと手が伸びて来る。
驚きながら目を上げると、ヤマアラシの様な男の人が手を差し伸べてくれていた。
思いもかけないことだった。
間宮とは比べようがないくらい容姿が違う、目の前の人が輝いて見える。
奈緒は目を見開き、ジッと見詰めてしまっていた。
髭を生やし、髪がぼさぼさなのに目が優しいその人の周りには、バラの花がちりばめられ、漫画の中の一コマを見ているような……。
一目惚れだった。
ずっと憧れていたシーンに奈緒の頭はボーっとし、話しかけられているのも気がつけずにいた。
「……大丈夫? 怪我はありませんか?」
夢見心地の奈緒は数秒掛けて言われている意味を理解し、大きく首を振る。
「立てますか?」
もう一度聞かれた奈緒は自分が発した言葉に、自分で驚いてしまっていた。
「好きです!」
目をぱちくりさせながら立たせてくれたその人は、自分を指しながら尋ね直す。
「オレ?」
ニッコリと微笑んで聞くその男性に、奈緒はコクリと頷く。
「おおお。やりますね。中田にもついにファンが出来ましたか?」
すっかり舞い上がってしまっていた。大勢の人に注目を浴びてしまい、自分が自分で何を言っているのか、この時の奈緒は分かっていなかった。
じんわりとした痛みが足に感じられ、気が付くと目に涙が滲んでいた。
立たせてもらい、荷物を拾って渡された奈緒は、改めてその男性に微笑まれ、顔から火が噴く。
目の前には、その男性と並んで、憧れの間宮徹が間近に立っている。
それだけで、奈緒は卒倒しそうだった。
ムッとした中田と呼ばれたその男性が睨むと、間宮はおどける仕草で怖がってみせる。
「この子が転んだのは、間宮さんのせいでしょうが。まったく、もう少し、人の迷惑とか考えてくださいよ。僕のファンなわけが、ないでしょう。早く握手してあげてください」
「おお。すいません。お嬢様、お怪我は?」
「間宮さん! 冗談はなしですよ!」
しょ気た顔をした間宮は奈緒の手を握ったまま、ニッコリと微笑んだ。
「こいつは、中田歩。24歳で独身。うん、君は実に目が高い。こいつは劇団マーブルを背負って立つ男だよ」
間宮はそう言うとパッと歩に奈緒を引き付けると、じゃぁと笑って行ってしまった。
「……嘘です。名前は本当だけど。年齢は22歳だし。オレは裏方だから……」
顔を赤らめながら否定する歩を見て、奈緒はクスッと笑ってしまう。




