表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/42

第一章 謎の住人玄さん⑥

 久しぶりに会った父親は、小さく縮んでしまったように、棺の中に収められていた。

 道々考えた、父親への罵声。

 顔を見たらなくなって消えて行ってしまい、代わりに涙がとめどもなく流れ落ちる。

 仲たがいをしている母親とも、ぎこちはなかったが話すことが出来ていた。

 かえでが手伝いにやって来て、意味もなく涙を流しているのには、奈緒は笑ってしまう。

 玄さんの言う通りだった。

 出る話は、あまりいいものではないけど、母親はそれを嬉しそうに頷いて聞いている。

 あんな奴、別れちゃえばいいのにって、何度も思った相手なのに、どうしてそんな顔をしていられるのか、奈緒は不思議で仕方なかった。

 「奈緒」

 「ああかえで、今日はありがとうね」

 「んん」

 そう言って首を振ったかえでは、親戚にビールを継いで歩く母親の方を顧みる。

 それにつられて、奈緒をそちらに目をやる。

 「おばさん、幸せだったのかな?」

 「そうだよね。生活費も満足に入れてくれない人だったのにね」

 「私なら、耐えられないな」

 「だよね」

 「夫婦には、夫婦にしかわからないものがあるって、ウチの親もよく言うけど、きっとなんかあるんだろうね」

 「そうだね。あんなろくでなしでどうしようもない夫なのに、私がいくら言っても別れなかったんだからね」

 庭へ抛り出した足をぶらぶらさせながら、奈緒は空を見上げる。

 幼い日々のことを思い出していた。

 手先が器用で、折り紙でいろんなものを作ってくれた。自転車の乗り方を教えてくれたのも父親だった。夜中、母親と二人ここに座って、酒を酌み分けていた。喧嘩はたえなかったけど、ほんのわずかな隙間を埋めるように、笑顔があったのも確かだ。そんなささやかな幸せを支えに、母親は頑張れていたのだろうか。

 玄さんと父親が重なり、奈緒の胸が苦しくなる。

 玄さんが見せた表情が気になった。

 踏み入れてはいけない場所。

 それはもしかしたら、家族なのかもしれない。


 翌週の水曜日、奈緒は久しぶりに花柄のお姫様ルックで、玄さんが店を開く路上へ向かっていた。

 「よ、ねえちゃん。今日もきれいだね」

 その言葉に、ニコッとした奈緒が近づいて行く。

 スカートを摘まんでのあいさつに、玄さん、またあの笑顔を作る。

 「親父さんとは、きちんと別れられたかい?」

 「おじちゃんの言った通り、会ってよかった。ありがとうね」

 「それは良かった。そんなおしゃれして、今日はどちらにお出かけだい御嬢さんよ」

 「ゴスロリは、私の趣味じゃないから、気晴らしに原宿でも行ってこようかなって」

 「そっか。気ぃつけてな」

 「ありがとう。行ってきます」

 さり気ない会話が心地よかった。

 振り返り、また手を振る奈緒に玄さんは満面の笑みで見送ってくれている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ