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ワンバイト''クラウン  作者: ネコの舌。
悪を背負う王冠。仇討ちの英雄。
5/5

燐光が差し込む魔皇都

 ぐぅぅぅぅうううう……。


「う……?」


 魔王の住まう城の一室。

 病院にもなっているその部屋で、水の精霊ティリーナは自分の腹の音で気がつく。


「ん……うっ……はっ!?」


 温かい毛布かなにかの感触、それと同時に目の前には見慣れないレンガの石材が映り込む。そして先ほど自分の身に起こったことを少しずつ整理していくと、完全に目が冴えてティリーナは飛び起きた。


「起きた?ごめんね、こんな無理やり連れてきて」

「あ、あんた……魔王!?」


 ベッドのすぐ傍には思い出した時に必ず浮かぶ姿の男、今は悪趣味な骸骨をイメージされた仮面を被っては居なかったが、その網膜の黒とオッドアイで同じ人物だと気づいた。

 気がついたティリーナはすぐさま右手をオリトの方へと向けた。

 すると、先ほどからオリトの後方で行儀よく直立していたフィリスが、前に出た。


「魔王さま、まだ水の精霊に闘志が残っていますが……」

「あ、やめてあげてフィリス。流石にコレ以上傷めつけるのは穏やかじゃないよ」


 オリトの前に守るように現れたフィリスを、オリトは肩を掴んで制する。


「えっと、大丈夫?」


 今度はフィリスを押しのけてオリトが前に出て、ティリーナを刺激しないよう、心配するように声をかけた。フィリスが一瞬眉を潜めたが、オリトがひと睨みすると、すぐに体裁を正した。

 ティリーナはオリトの行動を見て、右手を戻さないまま問いた。


「アタシを捕まえてどうするつもりなの?」

「うん。まぁそうゆう風に警戒するのはもっともなんだけど……少し肩の力を抜いてくれないかな? って言っても無理かな?」


 そう行って、オリトはティリーナの右手にそっと手を載せ、コップをもたせた。

 ティリーナがコップを持って中身を見ると、その中身はココアだった。


「何のつもりなの?」


 ココアを零さないように気を使いつつ、目を向ける。

 その目線に、先ほどまでの警戒感は感じさせなかった。

 程よく肩透かしを食らったのを見計らったオリトは、腰に手を当てた。


「実は君にお願いがあって魔王城に連れてきたんだ」

「お願い?力をくれって言われても無理なのだけど」

「違う違う。お願いしたいのはもっと簡単なことなんだけど……」

「なんなの?」


 ティリーナの言葉に、オリトはティリーナの傍のベッドに寝かせている、オリトの母、アイリスへと、その顔を向けて言う。


「君の水魔法の治癒術で、僕の母を病から救って欲しいんだ」

「え?」


 ティリーナの口から、マヌケな声が出る。

 そして、オリトの視線を追って病気に苦しむアイリスへと視線を向ける。ティリーナの目から見ても、明らかに辛そうだった。顔色は悪く、今にも死にそうな表情。

 オリトの頼みに、フィリスも頭を下げて、ティリーナに頼みを乞う。


「私からも頼みます」

「え?もしかしてそれだけのために連れてきたわけ?」

「そうだよ。僕達の種族に癒しの力を持つ種族なんていないからね、それと、敵陣のど真ん中に居る精霊の手を借りるにはこれしか方法がなかったんだ」


 オリトもフィリスに習って頭を下げると、ティリーナは困ったように頭を掻いた。


「……あのね、私だって癒しの力がメインってわけじゃないんだから」

「そうだけど……それでも頼みたいんだ」


 真剣なオリトの表情。オッドアイの目の端に涙が溜まっていくのが分かる。

 元々黒い網膜をしているため、泣いているというのがよくわかってしまった。

 それを見たティリーナは……さらに困ってしまう。


「期待、しないでね?」


 その声に、オリトの表情が一気に明るく、そして快活な物に変わる。


「っ!やってくれるの!?」

「あぁもう!いいわよ!魔法陣展開!」


 温くなったココアを飲み干したティリーナは諦めて魔法陣を展開する。

 癒しの力を行使するためには、ティリーナという水の精霊でも魔法陣が必要だった。

 フィリスの青色の魔法陣とは違う、色の薄い水色の魔法陣がアイリスを包む。


「母様……!」

「つらそうね……体力回復も兼ねるから、ちょっと集中するわよ」


 そう言って、ティリーナは出力を上げると、少しずつアイリスの顔が緩んでいく。

 効果は少なからずあるように見えた。


「どうかな?」


 ひと通り治療に専念して、ティリーナが魔法陣を消すと、オリトは心配そうに声をかける。オリトの期待に反して、ティリーナは首を横に振った。


「駄目……これは病の類だけど、それにしてはあまりにも酷い……消しても消しても底の方から溢れてくるみたいに、根が深い病気みたいなの」

「そっか……」


 オリトが落胆したように声音を下げる。

 その声に、ティリーナは思わず謝罪の声が出た。


「ごめん」

「いや、いいよいいよ。無理やり連れてきたのは僕だし、気にしないで」


 そう言っているオリトだったが、その顔は残念そうに落ち込んでいた。

 そんな顔をしているオリトを見たら、ティリーナの心に申し訳無さが溜まった。


「本当に、貴方のお母さんを助けるためだけに、アタシをつれてきたの?」

「うんそうだよ……魔族には、人を救うためだけの力を持つ人がいないから……」


 そう言って落ち込んでいるまま、母を優しく見つめるオリト。

 魔王という悪の存在そのものと呼ぶには、あまりにも優しげな瞳だった。


「貴方は、本当に何がしたいの?」


 だから、思わずティリーナは聞いてしまった。

 オリトはティリーナの問いに、母から目をそらさずに口を開いた。


「……うんとね。僕にはフィリスや母様みたいな大切な人がいるんだ」


 そう言って手を握りしめる……大事な者、それはオリトの背後にも、目の前にも存在しており、彼の心の支えになっている存在だった。


「僕は悪だ」


 ティリーナにもそれはわかる。

 戦いの時に見た片鱗、それは今のオリトからは少しも感じられない。威圧感もない。


「行く先全ての魔物を全て守る。英雄から、ヒーローから、この僕の大切な人を滅ぼすであろう人間たちから、僕は全ての人を守りたいんだ」


 そして、自分の望みを口にしたオリトは、ティリーナを見る。

 優しい目をしていた。

 自分にも、こんな視線で見られたいとさえ思えるほど、朗らかな優しい目。


「悪と言うには、優しすぎるかもね」


 苦笑する。

 一言だけが、冗談にも、皮肉にも聞こえた。


「でもね、皆が、僕のことを呼んでくれるんだ。悪しき種族の我が魔の王ってさ……そう言われたら、無碍に出来ないでしょ?」

「……貴方は筋金入りのお人好しなのね」

「うん。お人好しだから、他人が居ないと死んでしまうんだ」


 オリトは優しげだった目を、決意したように眉を吊り上げて言う。

 そこには、自分の望みと、それを叶えられるだけの力がある自信が満ちていた。


「だから、闘うよ。何も失いたくないから」


 ……オリトの言葉に、ティリーナは肩をすくめた。

 こんな人物には出会ったことがなかった。


「本当に力が抜けるわ……うん」


 呟くように言う。

 少しでも「力になりたい」と思えたのは、きっと気のせいではない。


「わかったわよ、少しお節介をさせてもらっちゃうわ」

「え?どうゆうことかな?」


 ティリーナは立ち上がって、オリトは首をかしげる。

 きょとんとするオリトの額を指でつついて、アイリスに顔を向けた。


「貴方のお母さんの体力を回復させて看病させてもらっていい?効いていないってわけじゃないみたいだし、何日か続けて魔法を定期的にかければ治る見込みはある」

「……本当に!?お願いできるかな!?」

「うん。だけど条件が一つだけ」


 ティリーナは人差し指をオリトの目と鼻の先で立てた。


「なにかな?僕にできることだったら何でもいいけど……」

「ここにアタシの祭壇を置かせて。そうしないと魔界の水は汚いままだし、何よりも瘴気が酷いから……貴方のお母さんも少しだけこの瘴気に当てられているようだし、そもそも魔王であるはずの貴方もこの瘴気には悩まされているでしょう?」


 その言葉だけで、オリトには希望の光が幾重にも雲の間から差したかのように感じ、その光に当てられたような明るい表情で、ティリーナの言葉に何度も頷く。


「うんうんうん!確かにこの瘴気のせいで僕達の一族は昔から人世大陸への侵攻を続けてるんだ。正直助かるし、こっちからお願いしたいくらいだよ!」


 オリトはティリーナに握手を求める右手を差し出す、ティリーナを倒すために使った危険な魔力を操る手とは違う、とてもやさしく、相手を思いやることのできる手。

 ティリーナは、その手を少し信じて見ようと思った。


「それじゃあ、アタシがあんた達を救うわ……よろしく」

「よろしくお願いするよ。僕はオリトだ」

「アタシはティリーナ。水の精霊よ」


 ぐぎゅるるるる!


「あっ……」


 二人が握手を交わすと同時に、ティリーナの腹の虫が不機嫌そうな声を上げた。

 恥ずかしそうに握手していた手を離してお腹を抑えたティリーナを見て、オリトは朗らかに笑って、踵を返した。


「うん。じゃあちょっとお茶にしようか。お菓子を持ってくるね」

「食べる食べる!お菓子欲しい!いってらっしゃい!」


 まだ真っ赤な顔で一生懸命頷いているティリーナを尻目に、オリトは部屋を出た。

 廊下を歩くオリトの後ろを、フィリスが追うように歩き、不機嫌そうなフィリスをオリトは横目でチラリと見て、度合いを確かめる。


「魔王さま。あの精霊風情を飼うつもりですか?」


 今日は超超不機嫌な様子だった。


「いや違うよ。彼女は進んで僕に手を差し伸べたんだよ」

「だからといって敵である精霊の話を鵜呑みにするものではありませんが……」


 真剣に、ただ真剣に悩むフィリスの姿に、オリトは少し吹き出した。

 そこまで真剣に考えこんでしまうのが、フィリスらしくてオリトは好きだった。


「いいじゃないか。僕の目からはティリーナが悪い子には見えないよ」

「……まぁ、見たところただの子供とも言えますし」

「それに、彼女一人が僕を裏切ったところで返り討ちなのは目に見えてるしね」

「そうですね……いいでしょう」


 最後の最後、フィリスは諦めたように頷いた。


「ほんと!?」

「ですが、魔王さまが彼女を飼うのですから責任を持ってお世話をするのですよ!」


 オリトがフィリスの方に体を向けて聞くと、フィリスは人差し指をオリトに突きつけて言った。まるで子供に諭すように、やんわりと。


「なんかフィリスのそうゆうところ、母様に似てきたね……」

「アイリス様の義理の娘でございますから」

「僕の幼馴染だしね」


 思わず苦笑する。

 昔からこういったしっかり者らしい彼女が、オリトは大好きだった。


「そうですよ。こんなライカンスロープごときを娘として受け入れていただき、本当に感謝してもしきれません……何かの形でお礼を返さないといけないのに」


 普段はそこまで感情を表現したがらないフィリスが、珍しくそんなことを言う。

 そこにはフィリスがいつも思っていた言葉が現れており、わかりやすかった。


「気にしないでいいよ。僕はフィリスがいろいろと手伝ってくれたり指針をくれることで助かっているし、何よりもフィリスがここにいることが、僕にとっても大きな心の支えになってくれてたりするんだ」


 オリトが言うと、フィリスが顔を赤らめた。

 そして、フィリスは手をもじもじさせながて、うつむきがちになってしまう。


「えっと……そう言っていただけて、恐縮です……」


 チラリと上目遣いでオリトを見る。

 オリトはそんなフィリスにグッと来て、胸を叩いて言う。


「これからも君を守るよ。フィリス」

「はい。頼りにしてます。魔王さま」


 最後、フィリスが目をうつむかせたまま、小さく呟いた。

 無論聞き逃さなかったが、それ以上の言葉をオリトは言い出せなかった。


「そ、それにしても……!このお城は風通しが良すぎますね!魔王さま!」


 フィリスが照れ隠しのように、周りを見回す。

 オリトも周りを眺めるが、確かに爆発系の火属性魔術で、城の中はボコボコと穴が点在しており、とても風通しがよかった。一部は通れない廊下もある。


「そうだね、先の勇者襲来の時に打ち込まれた魔法でところどころ大穴を開けられちゃったからね……どうにかしなくちゃいけないんだけど……」

「鉄の精霊などを連れてきて補修しては?」


 鉄の精霊。

 その言葉でオリトは過去にフィリスが教えてくれた場所を思い出せた。


「でも、鉄の精霊が居るのは帝都クラーブじゃないか。敵の総本山のど真ん中に行くようなものだよ?大丈夫かな?」

「だからこそです。あそこの装甲の素である鉄の精霊さえ奪ってしまえば、こちらも同等の装甲を手に入れたも同然です。それに忍び込んでしまえば、もはやクラーブでも半分用済みとなっている鉄の精霊も連れ去られたのに看過しないでしょう」


 先ほどの照れ隠しのような態度が一変、フィリスは真剣な顔で答え始める。

 そこには打算、戦術、策略といろんな物が含まれており、オリトには理解し難いほどの多彩な知識と知恵が働いていた。


「ちょっと気の毒な話だなぁ……要塞が完成して扱いが難しいのはわかるけどさぁ」

「強大な力を持つ精霊の扱いなんてそんなものでしょう」

「でもさ、こっちに連れてきて用が終わったらどうするのさ?」

「それはそれで、敵方の方もこちらへ手出ししづらくなるだけなので問題ありません」


 フィリスの冷たい言葉に、オリトは思わず手首をさすった。


「僕はそこまで非情にはなれないなぁ……」

「魔王さまが優しすぎるのです。それに言ったでしょう?貴方様は周りの人間を守るためにはどんな敵にだって非情にならなければならないのです」

「う、うん……まぁわかるんだけど……」


 それは難しい。

 などと言わんばかりに困り果てるオリトに、フィリスは小さくため息を吐いた。


「魔王さまの優しいところは長所なんですが、同時に短所なんですよねぇ……まぁそこが良いのですが」

「あはは、褒めてる……のかな?」

「どうでしょう?」


 フィリスは目を細めて言う。

 正直に言えば褒めていたのだが、そこが短所でもあることは変わらない。


「それはそうと鉄の精霊の方へ向かってください。30分もあれば十分ですよね?」


 オリトとフィリスは手をつなぐ、そしてオリトが魔法陣を起動すると、フィリスが性格に魔法陣に文字を書き足していく……長距離移動の時には、何かとフィリスの魔法制御の高さが必要になるのは、いつものことだった。


 しばらくすると、フィリスは書き終わったようで、手を離す。


「あぁ、お菓子時の前には帰ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ」


 そしてオリトは、その場から転移し、鉄の精霊の誘拐に成功したのであった。




「ふぅ……ただいま」

「離せですぅ!ジン達のところに返せですぅ!」


 しばらくして、オリトは鉄の精霊、テレミアを連れて魔王城へと帰ってきた。

 顔には数カ所ジンと戦った時に出来た傷が一筋あるぐらいで帰って来れていた。


「お疲れ様です魔王さま。ジャスト25分……ノルマより5分早くとは流石です」

「そりゃどうも。ほらティリーナ……お仲間を連れてきたよ」

「あれ、テレミア?」


 カートの上にお菓子を置いて、ティーポットからお茶をコップに入れている青い長髪を揺らす少女ティリーナは、金髪碧眼の少女テレミアの方へと視線を向ける。テレミアはティリーナの顔を見るやいなや、オリトの手から離れて、駆け寄った。


「ティリーナ!!よかった、なにか変なことはされてないですぅ?」

「大丈夫だけど……どうしたのこんなとこまで?」


 呑気な声でティリーナはテレミアに問うと、テレミアは「はぁ?」と間抜けな声を出しつつ、ティリーナにさらに詰め寄ってオリトに指を突きつけた。


「それはこっちのセリフですぅ!なんでこんな奴のところに捕まってるですか!」

「あぁ~……いや、まぁ確かに負けてココにいるんだけど……テレミアも?」


 間抜けそうに青髪の端を指で弄んで、あははと笑うティリーナ。

 それに対して、テレミアは顔を俯かせて、答えた。


「私は……ジン達が守ってくれようとしたんですが……」


 自責の念に駆られ、どんどんとティリーナの前で小さくなっていくテレミア。

 ティリーナはティリーナでテレミアを意にも介さず、呑気な声でオリトへ。


「ジンやヘレンを相手にテレミアを連れて来られたのね」


 と言うと、オリトは右手を左右に振って謙遜する仕草を取った。


「いえいえ。こっちも結構ギリギリだったよ。あのジンっていう子が中心になって役割分担しつつかかって来られたら流石にボコられてたのは僕だったよ」


 朗らかに笑うが、実際もっと余裕がなかった。


 ジンが魔法陣を破壊した時点で、オリトの手札は無くなったに等しかったからだ。


 結果、オリトは持ち前の対応力と危険察知でなんとか逃げまわっただけだ。

 ジンが魔法陣破壊役、ヘレンが追撃役、ザウレンがタンク&アタッカー役になって順繰りに戦わされていたら、追い返されるどころか、あの場でトドメを刺されていたのは間違いなくオリトである。


 オリトとティリーナが朗らかに会話を交わしていると、テレミアは混乱して、指を指して目をぐるぐるさせながら声を上げた。


「な、なんで敵である魔族と和気あいあいとしてるですか!ティリーナは頭がおかしくなったですぅ!?」


 そう言われたティリーナは、はっきりと首を振って答えた。


「違うよ。アタシはただこの人達の力になりたいと思っただけ」

「……ティリーナ!?何をとち狂ったですか!?」


 テレミアの目のぐるぐるがさらに増す。

 混乱で頭がやられそうだった。

 というのに、ティリーナはさらに首を振って答えた。


「狂ってないよ。この人達は少なくとも悪い人たちじゃないんだよ?」


 その言葉を聞いて、一周して冷静になってしまったテレミアは首を傾げた。


「どうゆうことです?」

「どうゆうことかわかるように、テレミアにも説明してあげる」


 そう言って青髪が翻り、オリトへと向かってステップで近寄った。


「オリト、お茶にしましょう?」

「わかったよお嬢様……お庭へどうぞ」


 黒髪の少年が窓の外へと手を差し出し、直後に白色の魔法陣が大きく4人を捕まえ、そしてオリトの得意魔法が発動し、全員はただ土ばかりが広がる中庭へと誘われる。


 中庭は広いが、ほとんど雑草のみが生い茂っており、花などの彩りは無かった。

 土は乾いて痩けており、雑草は手入れをする前にほとんど枯れかけ、庭と呼べるほどおしゃれなものでもなかった。


「うっわ、殺風景な庭です」


 テレミアが明らかに嫌そうな顔で呟く。


「ごもっとも……ごめんね、魔境大陸は長年瘴気に悩まされてきてて……気軽に動植物が育てられなくってさ……育てようとすると、うっかり魔物化するんだよね」

「だからこんな、元から瘴気に強い雑草ばっかり植えてるですか……」


 椅子にどかっと座ったテレミアが誰よりも先に紅茶を一口すすった。

 美味しい。テレミアは素直にそう思った。


 そもそも魔族というのは、瘴気にある程度対抗のできる体を得た人間である。

 魔族と違い人世大陸の人間が特に加護の無くうっかり魔境大陸に進出すると、下手をすれば魔物化したり、耐性がなければ死んでしまう。


 もちろん魔族も全く瘴気が無害というわけでもなく、魔族であってもその寿命は年々減りつつあった。今でも長寿命と言われているダークエルフ族でさえ、20年の寿命が減っていると言われている。


 かろうじて人世大陸から持ってきた植物などは瘴気を浄化する能力を多少もつが、それも無限とは言えず、要領を超えれば瘴気に耐え切れず魔族化、死滅する。


「雑草でも多少は瘴気が浄化されるから助かるんだよね。華の精霊がいればもっと瘴気の浄化効率がよくなるんだけど……コレ以上は我儘になっちゃうから」

「こっちの雑草もアタシの水でちょくちょく浄化したほうがいいかしら?」


 紅茶を一口すすっていたティリーナが軽く魔法で作った水を撒く。

 先ほどまで深い紫のような色が混じっていた植物の色が少し明るくなった。

 それだけで植物の中に溜まった瘴気が浄化されているのが分かる。


「うん、そうしてくれると嬉しいな。瘴気に強いって言っても完全な耐性を持ってるわけじゃなくってさ……たまに魔族化して手をわずらわせるんだよね」

「ほんと、よくこんな大陸で住めるですね……」

「住めるっていうか……住まなくっちゃいけなかったんだよね。僕達魔族って長年それを理由に人間たちと戦争してきたものだからさ……」


 精霊にはこれら瘴気などを浄化できる能力がある。

 これが、長らく人間と魔族が争いあった背景にあるのだが、寿命の短い人間はこのことをすっかり忘れて、ただの憶測で魔族と流れ流され戦っている状態だったりする。


「それが理由で…?」

「うん。まぁいがみ合いばかりな上に直接的な対決で勝利ができていないから、長年つづけてて……結局は引込みがつかなくって戦争が続いてるんだけどね」


 それが結果として、ティリーナやテレミアを誘拐するときに、警備が少数と手薄である要因の一つであり、現在では精霊の有用性について人類の認識は曖昧だった。


「そう、ですか」

「憎しみっていうのは生み出せば輪廻をめぐりめぐってしまうものなんだよね……だから戦争は終わらないし、悲しみは生まれるし、僕みたいな立場の魔族は生まれゆく度に繰り返し殺される……イタチごっこもいいとこなんだよね」


 それでも戦争が続いている理由……それが憎しみの連鎖だった。

 ティリーナは右耳をさすり、テレミアはスカートの端を固く握る。それを見ただけで、オリトにはこの話が二人にとっては深刻なことであるのがわかった。


「……耳に痛い話です」

「いや、君が気にする必要はないんだと思う……だから、この機会に覚えていて欲しいんだ……僕みたいな魔族がいるってこと、僕みたいに、魔族にも、何かしら守りたい者があるってこと、どうか覚えていて欲しい」


 オリトは紅茶を一口啜り、最後に告げる。

 ティリーナもテレミアも大きく頷いた。


「わかったです」

「わかったわ」

「二人共、ありがとう」


 微笑む。心からの安心だった。


「そういえば、あの辺りの外壁とかを修復すればいいです?どうみても石造りですが」


 テレミアがオリトから視線を外し、中庭から見える城の壁を見やる。

 外から見ると、また痛々しいほどのダメージがあり、もはや廃墟のようにも見えた。


「うん、この際、外壁を鉄でコーティングしておきたいって思うんだよね」

「分かったです。というか石を鉄に変換してしまうです」

「えっ?」


 オリトが珍しく間抜けたような声を上げて、城を見る。石材を鉄に変換するという割には変換する量があまりにも多いように感じた。というか城自体が大きいので多い。


「この量は流石に魔法陣を展開しないとどうしようもねぇですね……魔法陣展開」


 そう言って指をパチンと鳴らすと、テレミアの足元から大きな魔法陣が展開された。

 灰色の魔法陣は細かい呪文がいくつも刻まれており、できることの幅の多さが見て取れ、オリトの魔法よりも明らかに高度な技術を盛り込まれていた。


物質変換シフト、石を鉄に……」


 テレミアのつぶやきが辺りに木霊すると、魔術が発動する。

 瞬間、目をつぶった一瞬の内に石材が灰色の鉄へと変わり穴は全部塞がっていた。

 それを遠い目で見ていたフィリスは、思わず息を飲んだ。


「すごい……これだけの量をまるごと変換とはやっぱり精霊は格が違います」

「うん、僕も圧倒されたよ」


 フィリスの驚きにオリトも同調して頷き、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くす。


「あ、アタシも物質変換ぐらい余裕なんだから!」

「そうなんだ」

「その淡白な反応がムカつく!!」


 何やらティリーナが張り合うように声をあげていたが、もはやオリトの驚きを超えず、適当な返事を返してしまったオリトにティリーナが地団駄を踏んだ。


「変換するついでに修復も兼ねてやったです感謝するです」

「うんうん、本当にありがとう!これで母さんに魔法が当たったりする心配が減って助かったよ!君に頼んでよかった!鉄の精霊は流石だね!」


 テレミアがドヤ顔で胸を張りつつ、頭に巻いているバンドの位置を直していると、オリトがテレミアに詰め寄り、手をとってブンブンと振る。


「そ、そんな褒めることねぇです……ましてや敵に褒められたってですね……」

「でも!君は僕達のために魔法を使ってくれたんだよね!」


 今までとは違う、ちょっと悲しそうな笑顔ではなく、心からの屈託の無い笑顔でオリトが言う。その言葉にテレミアは面を食らって狼狽してしまった。


「まぁ……そうゆうことに、なるんですぅ?」

「本当にありがとう!」


 思わず素直に認めてしまったテレミアに追い打ちを掛けるようにお礼をもう一つ。

 そして気が済んだオリトはそのまま綺麗になった城をもう一度眺めた。


「……本当に変わった奴ですぅ」


 テレミアがつぶやくと、その言葉に気恥ずかしくなり顔を赤らめたオリトがコホンと咳払いをして、手首を掻きながら質問を投げかける。


「用は済んだけど君はどうする?元のところに戻してもいいんだけど……絶対あの人達君を取り戻しにココにくると思うんだよね」

「全面戦争になるですよ。どうするです?」


 その言葉に、オリトは当然深く熟考する。


「君を返してハイ終わりってわけにはならないだろうね……でも僕、強いから」

「ジンはそう簡単に勝たせてくれるような奴じゃないです」

「そうだろうね。だから旅の道中で遭った時に、負けたフリして返すつもりだよ」


 笑顔で言う。

 オリトにとって負けるフリは大得意な大道芸の一つだった。


「……つくづく嫌味な奴です」


 テレミアがため息を吐くと、オリトはニカっと笑った。

 そう言われるのがさも当然の様に。


「どうとでも言えばいいさ。僕の立ち位置なんてどうせ体の良いヤラれ役さ」

「あくまで悪……ということね」

「そう。だから僕も死なない、大切な人も死なない、誰も失わない生き方を生きるのが僕流の悪役なんだ」


 オリトの悪役はまた別の意味でも、ティリーナには感じとれて少し吹き出しかけた。


「楽しそうな生き方ね」


 ティリーナの言葉にオリトは手首を掻いて、苦笑いをした。


「楽しい、のかな? 救われない生き方だと思うよ」


 きっとろくな死に方はしない。そう言って言葉の端を締めくくった。


「さて、長話も済んだし、用事も終わったし、そろそろ街に行こうか?紹介するよ、僕の守りたいものをさ」


 再びオリトの魔法陣が4人を補足する。


 そして4人は椅子に座りながら、今度は城のテラスへと誘われた。

 テラスから見える景色の向こうには、夕日と共に城下町の風靡な景色が一望できる。


「ここが僕の守りたい物の一つ、魔皇都デッセンブルクだよ」


 そう言ってオリトは紅茶をまた一口啜って、茶菓子のクッキーを咥えた。

 横では少し面を食らったように驚いていたティリーナが、一望できる町並みを見やる。だが街を見る表情は、少しばかり期待とは違い曇っていた。


「お世辞にも賑やかな街、とは言い難いわね」


 それが第一印象だった。

 街から見える魔族の数は極端に少ない。

 店も軒並みあるわけではなしに、とても賑を見せているとは言いがたかった。


「そりゃそうだよ。治安は最悪、水回りは信用できない、花はおろか草木すらまともに生えない、食料も瘴気まみれ……こんなところに好き勝手誰が住むんだか」

「よく今まで滅亡しないでこれたもんですね」


 テレミアが言うと、オリトは指を立てた。

 まるで街を紹介するガイドのように、ただ、紅茶を飲んでいるので態度はでかい。


「そこら辺は僕の先祖が築きあげてきた商売ルートやらなんやら、あとは商業側で上げた利益と実益がこっちのほうが上だからね。底辺の底辺を味わってきてるから商売についての才能は開花しやすい環境なんだ」

「卑しいとも言えますけどね」


 フィリスがはにかむ。

 彼女の元々住んでいた家族は、運送業の一家だった。

 金にいやしく、人世大陸の方へ仕事で走っていった時、魔族であることがバレて両親が殺されてしまった……そうゆう過去がフィリスにはある。


「それが結果的に少しでも経済水準を上げるキッカケになれば万歳モノさ。結果、作り上げた商業ルートは人世大陸の清純な水や食料を仕入れることが出来てるから、今はまだ何とかやっていけてるんだ。無かったら魔族の知能が瘴気の汚染で下がりっぱなしでいつか本当にモンスターだけの社会になってしまうところだった」

「なんとか人としての理性をつないで生きてきている状況、だったのね」


 ティリーナが眉を潜める。


「そう……流石に帝都クラーブ辺りにこの商業ルートを絶たれたら、流石にお手上げ」

「ギリギリね」


 本当にギリギリである。

 ギリギリあるが故、人間側からもアプローチがありなんとかやっていけていたのだ。


「そう、だから行動に出た……キッカケは母が倒れたからなんだけどね」


 本当はオリトだって精霊に喧嘩を売るような真似はしたくなかった。元々そういった考え自体はあったが実行には移したがらなかっただけで、今回のことで毒を食らわば皿までの精神でテレミアを連れ去った。


「なら精霊を魔境大陸にそろえてしまえば?」


 オリトは首を傾げた。


「ん?どうゆうこと?」


 オリトが質問を投げかけると、テレミアは手のひらへ13と書くようになぞった。


「精霊は全部で13種ですぅ。基礎属性である火、水、風、土、雷、闇。そして派生7種類である光、華、刃、目、鉄、時、歌……これで精霊達は構成されているです」


 そしてティリーナがテレミアの考えを汲み取って、説明を引き継ぐ。


「そしてこの中の環境系属性を揃えれば、少なくともこの大陸の瘴気を少しずつ浄化できると思うの。最低でも土、風、水の精霊がいれば環境面は改善できると思うわ」


 ここまで言えば、流石のオリトも何が言いたいか分かって、思い出す。


「そっか……環境系属性の精霊といえば」

「火、水、風、土、華、歌ですね」

「厄介なのばっかりだな」


 本当に厄介な連中だとオリトは思う。

 火属性は基本的に火力馬鹿なところがあり、本気を一撃でも貰えば即死というえげつない魔法を持つ属性で、風はそこまでの威力は無いが、とにかく速い。

 土や華は対応力が物を言うため、使う人によってはとても攻めづらい。


 とにかく無属性にとってもどの属性も苦手属性ではあったりするわけだが。


「でも少なくともどの属性にも対応出来る水の精霊はこちらに居ます」

「そうね。私を連れて行けばとりあえず話は聞いてもらえる……かも?」


 水属性はオーソドックスになんでもできるため実際どの属性に対しても戦い易い。逆を言えば水属性に対する戦い方がわかっていれば対処しやすいともとれるが。


「あ、でもフォルテはともかくとして、華の精霊……フラムはちょっと微妙かもです」

「なんで?」


 テレミアが思い出したように精霊の一体について話をふる。

 オリトは華の精霊については何も知らないに等しい、知っているのはフィリスから帝都クラーブの空中庭園に居るという情報ぐらいなものだ。


 実に嫌そうな顔でティリーナとテレミアは華の精霊について端的に語った。


「不浄な物としてのイメージが根強い魔族をトコトン嫌ってるからです」

「それに自分の美に関しての自意識が高すぎて扱いづらいのよねぇ……病みも酷いし」

「病み?」


 オリトはまた首を傾げた。


「自分の好きなものに対して執着すごいのよ。特に華への危険には容赦無し」

「猟奇的なんだね」


 独自解釈だが、なんとか理解できた。

 要するに危険人物というわけだ。


「鎌振り回す姿が今でも目に焼き付いて離れねえですぅ」


 遠い目をして言うテレミアがなんだか華の精霊のヤバさを物語っているように感じた。きっとその華の精霊の前で、何かやらかしたのだろう。


「それで、誰から行った方がいい?」


 オリトが話題を変えていくと、最初に出てきたのはフォルテという名前だった。


「こうゆうときは話がわかりやすいフォルテから行ったほうがいいです?」

「あぁうん、でもフォルテ姉は思い込み激しいからねぇ……」

「はい、私もわざわざ火に相談に行かなくてもよろしいかと」


 珍しく、フィリスが口を出してきた。

 長年オリトに助言をしてきた彼女の何かに触れたのだろうか。


「そう言うフィリスは誰から行ったほうがいいと思うのさ?」

「風の精霊、タカタカを相手にするべきかと……と言ってもタカタカは契約者パートナーがいるので倒して仲間にできるかどうかは別ですが」

「あ、それなら簡単そうだわ」

「うんうん。タカタカなら一発で説得できるです」


 妙に察したようにティリーナとテレミアが何度も頷く。


「なんで?」

「タカタカは情に弱い野郎ですぅ。多分オリト達の現状をそのまま伝えたら多分寝返るのは必死だと思うですよ?」

「なるほどね……じゃあアスラ高原か」


 アスラ高原。

 帝都クラーブの近隣の地域に広がる広大な草原であり、踏破するのに5日はかかると言われている大林道だ。そこにはキャラバンがあったり、集落があったり、魔物がうろついていなかったりとかなりの安全地域だったりする。


「ん?でもそこって確か……」


 オリトはそこであることを思い出す。思い出したのはとある精霊の名前。

 テレミアはオリトが何を思い出したのか察した。


「イヴァンがいやがるですねぇ」

「刃の精霊、だよね? あの狂剣と言われている……」


 その名前だけでも世界に恐れられているという名前であり、その名前はオリトが知っているほど強烈な伝説にあふれていたりする。


「ですぅ。アイツはどうせ倒しても情に訴えかけても変わらねえ快楽主義者ですぅ。どうせオリトのように強い奴を見つけたら毎日付け狙ってくるですよ?」


 最後にテレミアは、それにアイツは環境属性系ではねーから無理に相手する必要ねーですよ。っと言って締めくくり、オリトはその言葉に大きく頷いた。


「わかった。完璧に叩きのめしてからゆっくりとタカタカにアプローチしてみるよ」

「なんか軽いノリですごいこと言ったですよコイツ」

「しかも魔王さまのすごいところはそれが実際に出来るところですね」

「なんかもう心配もなにもねーですね」

「それは良いことです」


 フィリスは朗らかに言うと、紅茶を飲み干して、ふぅと息を吐いた。

 吐息が瘴気の混じった風に溶けて消えていく。

 それを見て、テレミアは町並みを見なおして、そっと目を閉じた。


「……これが、魔族の現状……ジン達にも見せてやりてえです」

「こんな良い人達が争っているなんて、悲しいことよね」


 テレミアのつぶやきに、ティリーナが同調する。

 まるで今まで無かった感情に無理やり突き動かされていくように、二人は決意した。


「架け橋になってあげよう。せめて誰も苦しまなくて済むように」

「です」


 そう言って、夕日が沈み。

 絶望ばかりが目に見えるはずの魔皇都に明るい夜が訪れようとしていた。

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