翔説
「ぐっ!だらあああああああああああ!」
帝都クラーブの騎士兵団の闘技場。
そこでは、全ての騎士兵の武道大会……ナイト・オブ・ラウンドが開かれていた。
そして、その決勝戦。
最底辺から這い上がってきた剣士のジンと最強の騎士兵の名を欲しいままにしているザウレンが、お互いの獲物をぶつけあいつつ、闘志を燃やしていた。
「そこだ!不可視の剣閃!」
相手の袈裟斬りをいなしたジンが光速でカタナを振るう。その一撃は、まるで風が通り抜けるかのように素早く、そして見えなかった。
「甘い!腕を上げたなジン!」
だが、ザウレンがこの攻撃を難なく右手の盾でガードし、もう一度袈裟斬りを放ち、ジンとの距離をとり、体制を立て直す。
「相変わらずやるな……本当に強ぇ」
「そうでないと超え甲斐がないだろう?」
「たしかにな!魔法陣展開!」
脇構えにしたジンを中心に赤い魔法陣が展開され、カタナが真紅へと染まる。
そして、炎が燃え上がり、刀身を強大な魔力の塊である火炎が包む。
「炎刃発動……死ぬ覚悟は出来たかよ?」
獣のように牙をむき出しにしたジンが炎を連れて、ザウレンの懐へと駆ける。
そしてザウレンが剣と盾でガードして、その一撃は止まる……はずだった。
「俺の……勝ちだ!」
少しの力の入れ方、そこを工夫していたジンのカタナは、剣を弾き、その後に振り上げた右足による浴びせ蹴りで、盾を叩き落とした。さらに浴びせ蹴りに使った足で深く深く踏み込み、懐に潜り込む。
そしてジンは火炎のカタナでザウレンの胴を切りつけた。
「見事な戦いぶりだった……3年前とは見違えたな…」
斬撃を加えられたザウレンの鎧は、それこそ溶解しつつ、真っ二つになって落ちた。
ザウレンの胸には、傷はない。予めジンが致命傷を与えないために手加減したのだ。
「今までありがとうな。ザウレン」
小さく、本当に小さく踏み込んだ姿勢のまま、ジンが言う。
コレまでに無いほど、感動が混じった声で。
「あぁ、本当に強くなった……」
その言葉と共に、ジンは騎士団の中で、最強の騎士の称号を獲得したのだった。
「水の精霊の神殿へ向かっていた護衛隊が壊滅…?」
ナイト・オブ・ラウンドが終わった次の日、ジンがその話を聞いたのは、昼を過ぎた頃だった。目の前では報告した本人、ヘレンが腰に手を当てて、真剣な顔でジンに話かけていた。
ヘレンは相変わらずのクルクルとした内はねの癖っ毛と、猫耳のような寝癖をピコピコと動かしており、ジンも最近はそれに視線を置いて話すようになった。
「えぇ……あまりにも長い期間、連絡が無かったから捜索隊を神殿へ向けて遠征させた時にわかったことなのだけれど……到着した時には護衛隊はすでに倒され、水の精霊が姿を消していたのよ」
「誰かが水の精霊を連れ去ったってことか?」
「水の精霊が暴走した……って可能性も否めないわ。どちらにしても厄介ね」
「魔族の仕業か……?」
ジンが目を細めて言うと、ヘレンは首を盾に振った後、困ったように手首を掻いた。
「間違いない……と言えるわけではないけど、目的が見えないのが実際のところね」
「……とりあえずそれで俺たちにできることは?」
ヘレンは首を横に振った。
「ないわね。だからこそ、知っておいて損はない……いつもどおりに行きましょう」
「そうだな。んで?今日は何をするんだ?」
「今日はこの都市を守護する精霊の警護よ」
「なんだ。またテレミアのところだったのか」
「えぇ、それにしてもテレミアにも大分慣れたわねぇ。最初は子犬みたいに私の後ろで警戒していたのにねぇ」
「うるさい!さっさと行くぞ!」
起こった様子でジンは大股でガンガン歩いていく。
「……意地っ張りで強がりでぶっきらぼうなのは、いつまでも変わらないわね」
ジンとヘレン、それとザウレンは……この日、要塞城壁の中、鉄の精霊の神殿へと足を運んだ。鉄で作られたパイプやら鉄格子やらで作られた部屋は、はっきり言って其処まで健康的な機能美はなく、逆に居続けると体がガスとか蒸気臭くなりそうだった。
「あら、ジン。いらっしゃったのです?」
その部屋の中心で、機械的な鉄椅子に座ったまま眠っていた金髪碧眼の少女が、ジンの方へとそのくもりなさすぎる瞳を向ける。ちょっとだけ大人びた体型にもかかわらず、子供っぽい仕草でスカートがふわりと揺らすと、ジンの目の前まで駆けてくる。
「おうテレミア。今日も俺達の班が護衛担当だぞー」
「ホントですぅ!? 今日もジンとヘレンとザウレンですぅ!?」
屈託のない嬉しそうな笑顔でジンに詰め寄る。
ヘレンやジンにとってはテレミアは妹分であり、ジンの三年間の中で、最も会う機会が多かった精霊である。
「テレミアは今日も元気ねぇ。今日も騎士の勉強、する?」
「するです!私も早く、ジンとヘレン、ザウレンみたいになるです!」
「ヘレンとザウレンはともかく、俺を参考にするのはやめといたほうがいいぞ」
ひらひらと手のひらを振ってそっぽを向くジンに、テレミアは首を傾げる。
「何故です?強さは誰よりも強いです!」
「強さだけで騎士っていう心意気が形になるんだったら苦労しないんだがな…」
その言葉を聞いて、後ろでザウレンが困ったように頭をかく。
ジンが騎士兵になってから3年、その期間の中で最も苦労したのは上司であり、責任者であったためか、煮え湯を常に飲まされてきたザウレンだった。
そのためか、テレミアの言葉を聞いて、一番にため息が出た。
「たははは……まぁ、騎士なんてのは結局心意気ってやつなのよ。隊長」
「そんなもんか?」
隊長がいつものように困ったように首をかしげる。
そしてヘレンもいつものようにおばちゃん臭い仕草で力説し始めた。
「アタシはタダの世話やきお姉さんが転じて騎士兵にってだけだからね。アタシを参考にされてもどんどん他人の世話を焼きたがるようになるだけだもの」
「ん……まぁそう考えればヘレンは騎士の理想像ではないな」
「馬鹿にしてるのかしら?」
「全然」
「それよりもお腹すいたです!久々にザウレンのご飯食べたいですぅ!」
テレミアが頬を膨らませつつ、ジンの首に手を巻きつけつつ張り上げる。当のジンは少しも嬉しそうな顔はしておらず、少しめんどくさそうに目を細めていた。
「おぉ、いいぞ。実は今日もお弁当を持ってきてたんだ」
何処か嬉しそうに微笑みながらザウレンは、どこからか取り出した弁当箱を開けた。
中身は普通の三色王道の健康的な弁当だった。
「あはっ!美味そうですぅ!」
「今日はカミさんが作ってくれてな。いつものところって言ったら結構作ってくれたんだ。みんなで食べるには持ってこいだから、準備してくれ」
準備の良いヘレンが神殿の横に置いてあった埃っぽい机を拭いて、シーツをかける。
そしてザウレンが取り出した弁当箱をジンが開けて、すでにフォークを持ったテレミアがジンの背中の上から、弁当箱の中の玉子焼きを突き刺して、口に運ぶ。
テレミアの顔がパッと喜びでニヤける。
「玉子焼き超うめえです!」
「こら、どこでそんな言葉を覚えたんだい?」
「ジンの真似してみたです!」
「やめとけやめとけ。あんまり様になってねえし、なにより口調がうざってえ」
「でもテレミアがジンの真似をするなんていつものことよね?もうジンが気をつけるしかないわよ?」
テレミアに続いてヘレンがフォークでソーセージを突き刺して言う。
またもジンの後ろからさらう形になったため、ジンは不機嫌そうに眉を釣り上げた。
「まったくだな。気をつけろジン」
「くっそ……うざってえ」
止めのザウレンの忠告で、ジンは怒りの矛先をあさっての方向に向けた。
八つ当たりをするように自分用のフォークをひっつかんで肉炒めのど真ん中に突き刺して、大盛りの肉を口の中に放り込む。胡椒か何かの香りが、ジンの好みの味だった。
ザウレンの方をふと見ると「気づいたか」といった感じに微笑んでおり、ジンは忌々しげに舌打ちをした。
「またそれ。テレミアが真似するわよ」
「……まぁ真似されて困るわけでもねえんだけどなぁ」
つぶやきながらも弁当箱の中身に手を付けるのはやめないジン。
そのジンのつぶやきに何かを思い出したように、テレミアは口に含んだ食べ物を飲み込んだ後、ザウレンが容易した水を飲み干して、ジンに顔を向けた。
「ジン!あの浴びせ蹴り教えてですぅ!カッコ良かったからリスペクトです!」
「ん?騎士兵団内対抗の武術大会でつかったアレのことか?」
「やめとけよ。お前がやっても足癖悪いだけだぜ」
正直、ジン自身もとっさに出る攻撃だったので、やり方は覚えていなかった。
覚えていても、教えるかどうかは別として。
「はい!ジンのその足癖悪いところ大好きです!」
そしてこのテレミアの好意なのか疑問に思う告白にはいつも頭を抱えさせられる。
「マジでなんなんだ……」
「ワイルドが好みってやつなのよきっと」
「ザウレンのほうがワイルドだろうがよ……いや、ちょっと聖人入ってるな」
ザウレンは清廉潔白という雰囲気のよく似合う男性で、誠実という言葉が鎧を来て歩いているような人間だ。3年という期間ジンとは行動を共にしてきたが、彼が外見ではワイルドなのはいつものとおりなのだが、それ以上に性格がまっすぐしている。
勇者であった父はひねくれ者だったが、それとは逆の性格を持つ人間だった。
「きっちりしてるところは素敵ですが、タイプじゃないです」
「目の前で言われると傷つくな……まぁ私にはカミさんが要るから別にどうってこともないんだけどな。はっはっは」
「ちゃっかりノロケやがった」
「強撃一発いっとく?」
ヘレンが背中に背負う、自分の体格よりも大きな大剣に手をかける。
「ぶち殺です」
テレミアも、何やら鈍い銀色の魔法陣を展開させていた。
「理不尽だな君ら」
そしてザウレンは割りと本気で盾を構えたのだった。
「にしても、この都市の城壁を作り上げてるのがテレミアってのを考えるとトンデモねえよなぁ……鉄の精霊ってのは伊達じゃあねえな」
ザウレンとの冗談がひと通り済んだ後、ジンは部屋を眺めながら呟いた。
その内装は、この世界においての技術水準を軽くオーバーしており、機械なんて物よりも魔法が重要とされるこの世界に置いてはオーバースペックな建築物だった。
「もっと褒めるがいいですぅ!代替わりをする前の先代精霊との時間を合わせると60年かかった超超力作の城壁ですぅ!巨人でも精霊でも壊せない無敵の城塞ですぅ!」
テレミアが壁と見紛うような薄っぺらい胸を張ってふんぞりかえる。
そこには自信と、誇りに溢れている、という主張がありありと感じられた。
「精霊の恩恵ってのはトンデモねえんだなぁ……いつもおもうけどよ」
「水が清涼に保たれているのは水の精霊のおかげ、火が必要以上に燃え上がらないのは火の精霊の恩恵、台風が起こってもやがておさまるのは風の精霊の恩恵……ってね。私達はいずれも精霊の恩恵にあやかって生かされてるのよ」
ジンの感慨を汲み取って、ヘレンは自分の豊かな胸に手を当てて力説する。
ヘレンの生まれは、風詠みという職業があるぐらいの田舎であり、普通よりも精霊の恩恵に関しての感謝が強い種族であったためか、人一番感じるところが大きいのだろう。
「んで、その精霊を守るのも我々人間の使命ってな」
ザウレンがヘレンに同調する。
彼の生まれは貴族であり、そこまで恩恵に感謝するほどのことは、生来なかったが、ヘレンと出会ったことにより、彼女の生き方に感心を抱いているためか、ヘレンやジンには精霊を守ることが人を守ることだということを、言い聞かせていたりする。
「それでその人達を守るのはこの私、鉄の精霊テレミアの役目ですぅ!」
そして、テレミアはそのザウレンに影響を受けて張り切り、主にジンに対して自慢する、もしくは褒めてもらいたくて張り切っていたりする。
それを知っているためか、ジンは珍しく微笑んだ。
「ん、頼りにしてる」
テレミアの顔が朱に染まる。
耳の後ろで心臓が跳ねたかと思うほど、胸が高鳴った。
「……あえっ!? 珍しくジンに感謝されたですぅ!?」
「うるせえなぁ……」
その動揺の理由がなんなのかは、まだまだ子供なテレミアにはわからず、ジンに対してそんなことを言って、ジンに舌打ちされてしまっていた。
「そういえばテレミアに聞いて欲しい話があるんだが……」
見かねたザウレンは、そうして別の話題を振って、ジンの意識をずらしたのだった。
「水の精霊が連れ去られた……ですか」
ザウレンから説明されて、テレミアは顎に手を当てて考えだす。
それはまだまだ幼いテレミアの精神からの印象からかけ離れているほど、大人らしい仕草で、ジンにはそんなテレミアがいつもよりも頼りになるように思えた。
「らしい……どうやら人が殺された痕跡もあったらしいけど……精霊の暴走ってのはあるのか?」
「わかんねーです。神殿ぐらしでストレスが溜まっている……というのならありそうですが、ティリーナはまだガキですから暴走にまで発展することはねーはずです。たまにフォルテも様子をみてやってるですし」
「火の精霊が? そうか、じゃあやっぱり連れ去られたと見ていいな」
ジンがさらに目を細めると、テレミアは考えこむように顎に手を置いた。
「犯人ですが……現時点では私もわかんねーです。ただ、ティリーナを連れされるというのなら、それはとんでもねー強敵です。ティリーナは強いですから」
「取り戻したほうが……いいよな」
ザウレンが不安を伴って言うと、テレミアはその不安に是と言うように頷いた。
だが、テレミアは急がなくともいいとも言った。
「ティリーナが生きてる限り水が汚くなることはない……逆を言えば、水が汚くならないことがティリーナが生きてる証ですぅ。今は生存が確認出来てることだけが何よりの安心ですぅ」
その言葉を受け、ザウレンとヘレンはほっとしたように顔を綻ばせ、ジンは感心して、思わずため息が出ていた。
「さすが精霊……お前に聞いてよかったぜ」
「えへへー……ジン褒めて褒めてですぅ♪」
だが、そこはテレミアだけあって、ジンが褒めると一気に態度が幼化した。
態度の急変したテレミアに、ジンは少しだけ眉を吊り上げて不機嫌そうに……
「うぜえ……」
っと言った。
こういった態度を取られるのは、ジンにとっては一番合わせづらいことだった。
「顔が緩んでおられますわねぇジン様?」
だが嫌いじゃないことも顔に出ていたようで、最後はヘレンにからかわれた。
照れから転じて怒り心頭したジンは、ヘレンを怒鳴り散らして撃退する。その後、ヘレンはテレミアに抱きついてじゃれあい始めた。
「ったく…」
「どうした?ジン」
ザウレンがジンの隣で、優しい微笑みをしていたのは、正直腹にすえかねたが、それでも、本音を素直に喋れるのはこの場に置いてはザウレンの他にいなかった。
「妹分ってのも、案外悪くはないものだな。ジン」
「おう」
そう言って、ジンは密かに微笑んでいた。
っと、ジンとザウレンが二人の様子を見ながら話していると……
--ぞろり。
「……!?」
「なんだ…!?」
妙な気配がジンとザウレン、ヘレン、テレミアの背筋を舐めた。
そして、4人が一斉に祭壇の間の入り口を見やると、そこから黒衣の男が現れる。
「さて、そんな君たちの幸せがこれからも続くと願って拍手……ってね」
男はドクロをイメージしたような木製の仮面を被っており、魔族の証である黒の網膜、そして妙に人間味のある赤と青のオッドアイが特徴的な人型の異様な人物だった。
「誰だ……?」
「ジン、この人……なんか怖いですぅ」
テレミアがジンの後ろに隠れ、男の様子を伺う。
男は少年と呼べるような声色で、ジンとテレミアに向けて視線を放った。
「僕のことは……そうだな、ドクロ仮面マント先輩とでも呼んでくれていいよ?」
「茶化すな」
ザウレンが剣と盾を構えて、男の前に立つ。
そうすると、男の歩みが止まり、ゆっくりと男が魔力を放出させた。
「うぉ!? なんだこのザラザラする感覚……!?」
「すさまじい殺気…!」
「……っ!? この魔力の質、まさに魔王そっくりだな」
男の放った鋭い魔力の奔流に、危険を察知しやすい体質のジンが身震いし、ヘレンが一歩たたらを踏み、ザウレンは気圧されながらも、剣先をぶらさない。
そのザウレンの様子に少し驚かされたような男の態度は、なおも余裕だった。
「気づいた?そうだよ、僕が魔王と呼ばれる者で、君たちの敵さ」
そう言った瞬間、ジンの顔色が一変して怒りの色に染まる。
憎しみ、そうと言えるだけの衝動に、ジンはすでに足を踏み込み、男の元に駆けた。
「こいつが……魔王……!お前が……!!」
「ジン!闇雲に突撃するのはやめるのよ!」
「うるせえ!うおおおおおおおお!!!」
ヘレンの制止の声も無視して、ジンは男に向かって剣を振るう。
縦一文字に振るわれたカタナに、男はどこからか取り出した黒い歯車が重なりあって出来た魔剣で対応して、斬撃を真正面から受け止めつつ、切り返した。切って返された魔剣の一撃を、ジンは身をかがめることでやり過ごし、再びカタナを振るうが、男はそのカウンターに対して身を翻すことで後方に下がりつつ斬撃を避ける。
そして、幾閃かの白と黒の斬光をぶつかり合わせ、ジンと男はお互いに距離をとる。
軽く右手を振るって痺れを取る男の頬には一筋の切り傷があり、ジンには軽く腹を蹴られたことによるダメージだけが、離れたあとも残っていた。
「強いね……でも悪いけど君たち騎士兵に用は無いんだよね。用があるのはそこの鉄の精霊なんだけどさ……どいてくれるかな?」
男が余裕そうに、ジンの向こうに見えるテレミアを見据える。
赤と青のオッドアイがテレミアの方に向くと、テレミアは肩を震わせた。
「コイツは渡さねえ!てめえが魔王だってんならなおさらだ!」
余裕そうな男の立ち振舞に、ジンは剣を一振りしてから再び剣を振り上げた。
まるで風でも通りぬけたかのような鋭い袈裟斬り、それは男の剣に向けて振るわれたと思えば、中肉中背の体格を後方に吹き飛ばす。
「ぐっ!やるね!魔法陣展開!」
男がたまらず魔法陣を展開させて反撃しようとする。魔法陣の色は白く、ジンにはまったくもって何の魔法を使うのかはわからなかったが、そんなのはジンには関係なかった。
「させるかよ!」
ジンの斬撃が、魔法陣に向けて振るわれ、その斬撃は男の魔法陣に届いたと思えば、男の展開させていた魔法陣がガラスが割れるような音で砕け散った。
「魔法陣を斬った!? なんてデタラメな……おぉっ!?」
突然魔法陣を破壊されて慌てた男はジンの続けざまに振るわれた斬撃を一撃、また一撃と黒い歯車の魔剣で受け流して、後ろに下がって距離を取ろうとする。
だが、ジンが深く踏み込んで、逃すまいとさらに斬撃を加えてくるのに、男は驚きながらも、切り返しに繰り出した袈裟斬りで対処し、お互いの獲物をつばぜり合いにまで持ち込んだ。
ギリギリと刃と刃の押し付け合う不快な音を立てて、ジンが男に向けて吠える。
「ついでに聞いておく!水の精霊……ティリーナをさらったのは貴様か!?」
「ティリーナ? ああ、今は僕の城でお菓子でも食べてるころじゃないかな? あの子、結構育ち盛りの子供みたいだし、ちょうどおやつの時間だから……っと!」
男は歯車の魔剣を振り上げて、つばぜり合いさせていたカタナを弾くと、素早く後ろに下がって、ジンの追撃を紙一重で躱す。
「その言葉を聞いて安心した。誘拐容疑で斬刑に処するぜ変態野郎!」
「それは不本意だなぁ……ちょっと本気出して抵抗するよ」
「私達も忘れてもらっちゃ困るわよ!」
その声と共に、男は後方から現れた気配を察知し、横に身をずらして背後から現れたヘレンの大剣による一刀を避ける。ヘレンの繰り出した強撃は、まっすぐ地面を叩くと、岩盤を覆しながら、男を追ってまた振り回される。
男はヘレンの強撃を避けるために横っ飛びに避けると、続いて追撃してきたジンの斬撃をバックステップで躱しつつ、足元に転がっていた石を蹴って飛ばし、ジンを遠ざける。
「おぉっと!危ない危ない……ん?」
間一髪と言ったふうに男が安堵の息を吐くと、男はヘレンの持っている大剣に注目する。大剣は白銀の流曲線上に流れるフォルムを持つ刀身が特徴的で、ところどころ機械的な緑の導線が伸び、導線には魔力が通っている。
「おや、精霊神器武器とは……君は凄まじい物を操るね」
「この武器のことを知ってるのね……」
「そりゃもちろん。んで、精霊でない君が持ってるのは疑問なんだけど……」
ジンが追撃してくるのに合わせて、またも石を蹴りあげて撃退しつつ、エルナの振るわれた大剣の強撃をちょこまかと避ける。そこには鬼ごっこをして楽しんでいるようにも見えるほどの余裕があり、正直ヘレンは遊ばれているのには気づいた。
「いや、なんにしたってさ」
ヘレンの連続で振るわれる大剣を避けつつ、右手に魔力を集める男。
そのオッドアイの目は、まっすぐとヘレンの視線に合わせており、ヘレンは背筋が凍った。
「全くもって僕にとっては脅威じゃないんだよね。魔法陣起動」
男の指先がヘレンを捉えると、魔法陣がヘレンの足元に現れる。
そこに置いたのは、男が最も得意としている魔法……
「射出魔法発動」
「きゃああああああああああああああああああああ!!」
瞬間、ヘレンの体は一直線に背後へ飛んで行き、壁に叩きつけられる。そのままヘレンは事切れたようで、ぐったりと気絶した。
「ヘレン!テメエ……!」
「仲間の心配とはおめでたいね」
一瞬でもヘレンの方に注目したジンの横っ腹に、男の足刀がえぐり込む。
そして少し力を入れただけで、男はジンをヘレンと同じように壁にたたきつけた。
「ぐぁああああ!」
壁に叩きつけられたジンは、ヘレンのように気絶することは無かったが、代わりに体の痺れが、自由を奪って、反撃を許さない。
「この!!」
「さて……よっと」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ジンが吹き飛ばされたのを見たザウレンは、まっすぐテレミアの方へと歩みを進めた男に剣閃を繰り出すが、逆に肘に蹴りを喰らい、関節を逆に向けられ、同時に繰り出された足刀が膝を折り曲げる。
それだけでザウレンは膝をついた状態のまま動けなくなり、男はザウレンに一瞥をくれることもなく、テレミアの前に立つ。
「なるほど、これはちょっと意外な感じだね」
品定めをする目でもない、かと言って含みもない目をテレミアに向けて言う。
テレミアには何が意外だったのかはよくわからなかったが、とにかく男に対して危険色の警戒心を抱かざるを得なかった。
「な、なんですぅ!?こっちくんなですぅ!」
手を振り上げたテレミアが魔法陣を展開させようとする。
が、男がテレミアの手首を掴みあげると、魔法陣はそれだけで霧散した。
「いやさ、ちょっと君に聞きたいんだけど……お城の復旧とかって興味ある?」
そして男は、首をかしげつつ言った。まるで子供にお願いするかのように。
きょとんとさせるような質問に、テレミアは一瞬意識を明後日に持っていかれる。
「きょ、興味ねえです!」
「少しも?頼んだらやってくれたりとか……しない?」
「しねーです!」
引き下がってきた男に対して、テレミアははっきり言う。
すると、男は残念そうに肩をすくめた。
「そうかぁ、ちょっと残念だなぁ。んじゃ、断られちゃったらしょうがないし連れ去ることにするよ」
「逃すか!」
男が身を翻してテレミアを連れて神殿を立ち去ろうとしたその時、ジンが気合と共に痺れを振り払ってカタナを持って男に向かって駆けた。先ほどのダメージがまるで火薬のようになったかのような素早い駆けに、男は辟易したようにため息を吐くと、歯車の剣をジンに向けた。
「しつこいな君は……だりゃ!」
男が無作法に剣を横薙ぎに振ると、歯車が重なっていた剣は、バラバラに霧散し、魔法で操作されたように剣だった無数の歯車は、ジンに向かって四方八方から襲いかかる。
「なんだこれ、歯車か!?」
面を食らったジンは足を止めては歯車による攻撃をカタナで器用に弾く。
この変則的なギミックに、ザウレンが思い当たったように目を見開く。
「この攻撃……魔王の魔剣か!厄介な武器を使う!」
「魔法陣展開」
ジンが足を止めた数秒、男が白色の光を放つ魔法陣を展開させる。
「この……うざってえ! おい待ちやがれ!!」
叫ぶ。だが、男はそれを気にしないように、
「転移魔法起動……ではまたさようなら」
「ジン!助け……!」
最後、ジンに助けを求める声が途切れ、男とテレミアはその場から消失した。
そしてジンが苦し紛れに放った男に向けた斬撃が空を斬り、ジンは歯噛みする。
「……ちっ!野郎テレミア連れて逃げやがった!」
「完敗だな……魔王……アレが我々の敵か……ヘレン、大丈夫か?」
右足と右肘を折られたザウレンが、なおも痛みに耐えつつ、ヘレンに駆け寄る。
ヘレンは未だに気絶したままではあったが、命に別状はない。
「テレミアを連れ戻さねえと……!あの野郎、絶対に許さねえ!」
祭壇の壁に、ジンが拳を打ち付ける。
それだけで鉄製の祭壇は大きく湾曲した。
「魔王……親父の仇……!それどころかあまつさえテレミアを連れ去って行きやがった!」
ジンの拳がさらにきつく握られる。石と同じように固く、意思は石よりも固く。
「……殺す!」
そして、ジンの感情が爆発し、叩きつけたカタナが祭壇を真っ二つに切り裂いた。
それを傍目で見ていたザウレンは、ジンの意思に同調した。
「ジン、テレミアを連れ戻す……奴はおそらくこの世界を二つに分かつ大陸の片方、魔境大陸のどこかに連れ去ったはずだ。そこはちょうど、君の父である勇者が死んだ場所だ」
「案内しろ……今すぐ旅の準備をするぞ」
「わかった」
二人の戦士が、ヘレンを背負い、拳を固めた。