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ワンバイト''クラウン  作者: ネコの舌。
悪を背負う王冠。仇討ちの英雄。
2/5

仇討ちを望む正義


 帝都クラーブから南西に100マイル。

 海に面した水の町、港町トヴォークの一角にある民家で、その少年は声をあげる。


「……親父が死んだ!?」

「はい……我が騎士兵団の助力を持ってしても、勇者様を守ることが出来ず、申し訳ございません」


 青髪の少年の前で、頭を下げる金髪碧眼の鎧を身にまとった男。

 その口調は一見淡々としているように聞こえるが、よく聞くと、僅かに震えていた。

 ジンは騎士の男の言葉を聞いて、ふらふらと椅子に座り込む。


「……そんな……いや、そうか……覚悟はしてたけど……」


 頭がうまく回らず、頭に手を当ててため息を吐く。

 前から何かと危なげなことに対して臆せずに立ち向かっていく父親だった。

 勇気があると、少年は当時感じていたが、今になっては無謀であったのではないかとさえ思える……命知らずが行き過ぎていた父親だったことが記憶にある。


 少年が物心つく頃には、すでに母親と自分をこのトヴォークの民家に置いて、一人で旅に出ていた。たまに帰ってきた時だけ、父親と話す機会があり、その時は温和な人だと感じていた。そんな父が戦死した。実感が体を巡っていく。


「なぁ……親父の最後ってのは、どんなんだったか……わかるか?」

「いえ、我々は彼の最後を見ることは叶いませんでした……前線で戦い、気づけば彼がおらず、魔王側の軍勢から勇者が打倒されたという知らせが我々にも聞こえただけだったので……」


 騎士兵は、目線を床に落としながら、歯噛みしながら言葉を絞り出す。

 ジンにはその目に涙が流れていたような気がしていた。


「なので、必要であれば私を殴って頂いて構いません。騎士としての責務を、果たせずして……非常に自分が腹立たしい」

「いいぜ。アンタがそれを望むんだったら」


 瞬間、ジンの拳は、騎士兵の横顔を殴りぬいていた。

 口からグチャッという嫌な音が聞こえて、騎士兵が口から血を流す。


「痛い、ですね」


 なお騎士兵は気が済まないというように歯噛みし、晴れぬ表情のまま、立ちすくむ。


「……。」

「……。」


 沈黙が、二人の間に流れ、声なき会話が部屋に満ちる。


「では、我々は追悼式に出席するゆえ……」


 どれほどの時間そうしていただろうか。

 騎士兵の男は、腰を折り曲げた。


「あぁ、ご苦労様……」


 そう言うと、騎士兵の男は、ドアの前でもう一回一礼してから、民家を後にした。


 騎士兵の去った後、少年はしばらく何も出来なかった。何から手をつけていいかわからなかったから、とりあえず父親であった勇者の形見となってしまった剣を見る。

 相変わらず鞘に入ったまま、抜身の刃を見たことがないが、その剣は見るに如何なる業物の中でも、その中から厳選されつくされた業物であることは理解できる。


 思わず手にとって、その剣を抜いて見る。

 白銀の光を纏った、反り返った細長の剣。父が「カタナ」と言っていた剣だ。


「ジン……」


 その剣を手にとって見とれていると、横合いの寝室から声をかけられる。

 勇者の妻。つまりは彼の母親であり、少年ジンの一番守りたい人だった。


「あ、母さん……騎士兵さんの話、聞いてたよな……えっと……大丈夫か?」

「私はとっくの昔に覚悟してたわよ……あの人と一緒に居た時からずっと」


 昔を懐かしむように言う。

 その横顔は、ジンには悲しみを表しているような気がした。

 母に言うべきだろうか、いや、言おう。そう思ったジンは切り出した。


「そっか……俺さ」

「わかってるわよ。貴方もあの人も、やっぱり似たもの同士ね」


 分かっていた。

 母親は笑顔でジンに笑いかけて、居間の端っこに置いてあった革袋を取り出してジンに手渡した。ジンがその革袋の中身を確認すると、そこには何十枚単位の金貨が入っていた。大金だ。きっと母親と自分が仕事していかなくたって生きていける額だった。


「母さん……すまねえな。親不孝を許して欲しい」

「馬鹿ね。そんなの、今更ってものよ? それにね、私はそんな命がけを生きるあの人に惚れたの。だから、貴方もそうやって誰か引っ掛けて来なさい」

「任せとけ」


 金貨袋をポケットに入れたジンはカタナを鞘に収めて、布紐を掴みあげて左手に括りつける。そして、ドアに手をかけ、背中越しの母親に別れを告げる。


「んじゃ、行ってくるぜ母さん」

「行ってらっしゃい。バカ息子」


 言葉を交わし、ジンはドアを開けて、民家を後にした。

 その背中を見送った母親は、深く、深く深くため息を吐いて、泣いて、吐いた。


 吐いて、吐いて、吐いて、やがて井の中の内容物が無くなると、落ち着く。

 こんなに吐いたのはジンを産み落とす時のつわり以来だった。


「本当にバカ息子よ……本当に……」


 そういいながら、母親は台所へと向かい、戸棚を漁る。

 取り出したのは刃渡りがいくらかの包丁だった。


 思い浮かぶのは、夫との数々の思い出。


 彼は危なげな人間だった。

 彼は純粋な人間だった。

 彼は色々な街で自分にいろんな事を共有してくれた。

 彼は旅の素晴らしさを教えてくれた。


 彼は……私に、一蓮托生の命だと言ってくれた。


「ごめんね」


 母親は、自らの首を狩った。

 遠くで夫が、驚いた顔をしていたような気がした。




 トヴォークの白い家々が並ぶ水の町ならではの町並みをジンは走る。

 やがて、目指すものが遠く門の前に見えて、走って息切れ気味ながらも声を上げた。


「待ってくれ!」

「ん?……やぁ、勇者様のご子息の。どうかされましたか?」


 声に反応してジンの方を見る騎士兵の男。

 他にも騎士兵達が馬に跨がり、今しがた出発しようとしていたところであった。

 その騎士兵達の中でも、今ジンに振り返った騎士兵は、先ほどジンの家に訪問してきた、隊長格の騎士兵だった。その腰には豪奢な剣を引き下げ、背中の大きな盾は、守るべきものの多さを、ジンに教えていたように感じた。

 ジンは荒げた呼吸を整える。


「はぁ……はぁ……あんたら騎士兵団なんだよな!」

「はい、そうですが……」


 隊長の騎士兵は頭を掻きながら、ジンの言葉に耳を傾ける。

 ジンは顔を上げて、騎士兵の顔を見る。

 男の顔だった。

 だからこそ、頼んだ。


「俺を騎士兵団に入れてくれ!」


 父は騎士兵では無かった。

 勇者という立場になった時は、ただ強いだけの冒険者だったそうだ。

 だが、どうだろう。今のジンは現在進行形で手持ち無沙汰な状態。

 冒険者として時間を費やしていくのは、せっかちなジンの性に合わない。なれば前線に出る騎士兵になったほうが、機会が多くなるとジンは考え、そして口に出した。


「どうしてか教えて頂いてもよろしいでしょうか?」


 怪訝な顔をする隊長騎士兵が、ジンの顔を見て問う。

 ジンは、彼の答えに対する、適当な解を持っていない。

 だから、やりたいことを素直に口に出来た。


「俺が親父に代わって魔王を打倒してやる!親父の仇を討ちたいんだ!」


 ジンの答えに、騎士兵達は戸惑った。

 目を見るものは少ない。戸惑いと驚きが交差した表情するものが多かった。

 隊長の騎士兵が首に手を当てて考え込んだ。


「まともに剣も振ったことのない子供を騎士兵に引き込むわけには……」

「剣なら親父に教えてもらった剣術がある!」


 カタナを前に出して、ジンは言う。

 父親から受け継いだ物は、何もカタナだけではない。カタナを使った特殊な剣技を、ジンは父親から学んでいた。そんじょそこらの騎士兵ではもはや相手にならないとわかるほどに鍛えられた。


「だからと言って、それで騎士兵団に入れるのとは……それとコレとは」

「だったらもっと強くなって見せる!」


 隊長騎士兵の目を見て言う。

 騎士兵は目を逸そうとする。


「いや、だから……」

「なんだ!何がダメなんだ!」


 騎士兵を追い込むように、ジンはその目を追って、目を合わせて行く。


「いいじゃない。こんなに頼んでるじゃないのよ」


 凛とした女性の声が、隊長騎士兵の背後からかけられる。

 騎士兵が振り向き、ジンが覗きこむと、其処には青白い髪をまとめあげた女騎士兵が、腰に手を当てて若干上から目線で立っていた。

 ネコの耳のようにピンと立った寝癖と、背中に背負った自分の背丈を超える大剣が特徴的な、活発そうな女性だった。


「ヘレン……いやだがなぁ……騎士兵団の規定としてだな……」


 隊長騎士兵はなおも食い下がろうとするが、ヘレンと呼ばれた女性は小首を傾げた。


「彼が騎士兵を志願してるだけの話よ?蹴るなんて失礼じゃないかしら?ただでさえ先の魔王打倒戦で人手が減ってるんだから、志願兵なら大歓迎よ」


 そう言いながらジンの方へ近寄り、ジンの胸板をトントンと叩く。

 どうやら筋肉の付け具合を確かめているらしく、ヘレンは「合格ね」と言った。


「それに勇者直伝の剣術よ?興味が出るってものだわ」


 最後にジンが手に下げているカタナに、目線を落として、楽しみだと言わんばかりに、静かに笑った。

 それを見た隊長騎士兵は、ため息を吐いて、観念したように肩をすくめた。


「そう、だなぁ……よし、付いて来るといいだろう。帝都まで案内する……えっと」

「ジンだ。ジン=ファング」


 名乗る。

 これより英雄となる騎士兵の名前だった。

 

「よし、ジン。私はザウレン=デル=ガイデルン。君を騎士兵として歓迎しよう」

「上等!」


 勇む。それは復讐者の返事だった。


「では、私はこれから君の馬を手配しよう。乗馬は初めてだったかな?」

「いや、親父の馬を借りて、結構そこら辺走ったことあるから……あ、いや、馬の手配は良いよ。親父の馬……ヴィヴィを連れてくる」

「わかった。君がその子で良いのなら、旅の共にすると良い」


 ザウレンは自分の騎馬する馬の状態を確かめるため、ジンに背中を向けて歩き出す。

 その背中をぼんやりと眺めるジンは、同じように背を眺めるヘレンに視線を向けた。

 ヘレンが、ジンの視線に気づいて、視線同士が交差する。


「あのさ、ありがとな」


 ジンがヒソヒソというようにそう言うと、ヘレンは目を細めて微笑んだ。


「どういたしまして。アタシはヘレン=ジランシム。よろしく」


 そう言ってヘレンも馬の状態を見に行くため、ジンに手を振って歩き出す。

 そして残されたジンは、踵を返して、自分が乗る馬……相棒のヴィヴィを連れてくるために、港町トヴォークの町並みを走りだすのだった。


「待ってろ親父……俺が、アンタの仇をとってみせる」


 それが、ジンの物語の始まりだった。

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