そして"こちら側"へ。
この話には残酷な描写が含まれ、今までより狂気の度合いが高く不快なキャラが居ます。ご注意ください。
感想、評価、誤植の指摘などあれば遠慮なく下さい。
台詞が読みづらかったらすみません。
何度目なのだろう。
幾度となく繰り返したこの会話。細かいところは違いつつも、大きなところも違いつつも、結局最後は同じ。例外はただの1度もない。
何度も何度も繰り返すうち、桁が3つになる頃には数えるのはとうの昔にやめていた。
今は既に4桁に突入しているかもしれない。いや、さすがにそれはないのかな?
「私と一緒に、旅をしないか?」
☆ ☆
旅する道化師を知っているかい?
そう、暇を持て余した詐欺師の少女に昔話を聞かせているあの放浪道化さ。
決して楽しい話じゃない。
いや、聞く人からすると私のことが実に愉快で滑稽で、それこそ私が話すことが喜劇かの様に思われるかもしれない。
まあ、ご託はこれくらいにしておこう。
長々しい前置きは人をうんざりさせるからね。
では、私がお試しを受け入れた所から、続きを話そう。
☆ ☆
奇跡の使い方を教わり、そのまま帰路に着いた私はそこから数日、特別変わった生活を送ることはなかった。
書類の処理に追われ―――実は最初、奇跡を使って多少楽をしようとしたんだけど、早く終えたら終えたで追加の仕事がどんどん来てね。むしろ余計大変になったからすぐに使うのを辞めたんだ―――その忙しさに何かを望む余裕もなく、奇跡の使い道らしい使い道を見つけられなかったんだ。
見えないものへの執着。
残念ながらこの場合は当てはまらなかったわけさ。
では何故、私が今もなお、お試し期間を終えてもなお奇跡を使うのか。
道化でいるのか。
それはそのお試し期間を終えて、使い道のなかった能力を返そうと奴に会ったときのことさ。
奇跡を使う力を手に入れたときと同じ夜中。元からではあるものの、それでも奇妙なほどに、それこそ人払いでもされたかのように人が居なかった。
人っ子一人居ないというやつだよ。
今時言わない? それは悪かったねぇ。
「やぁ、奇跡の能力の使い心地は如何だったかな?」
「私の生活的に使う機会がほとんどありませんでした。お返しします」
「そうか……」
はっきり言った。
これで縁が切れると思っていたんだ、私は。奇跡を手放し、元の人間に戻れると思っていたんだ。
ところがだよ。
いや、私は最初何が起こったか分からなかったんだ。
そう、突然、いつの間にか、私は天を見上げていた。
訳が分からなかった。私は上を向こうだなんてしてなかったからね。
それに加え、何故か首から下方に物凄い圧力がかかったんだ。
何が起きている?
半分止まった思考の中で何とかその疑問は浮かんだよ。
でも浮かんだところで、いつの間にか地を高い所から見下げていることに気が付いたらそんなものも吹き飛んでしまった。
空、地、空、地、空、地、空、地、空、地、空、地、空、地、空、地、空、地、空、地、空、地、空、地、空、地。
視界がグルグル回って、最後は地面に追突したよ。頭から。いや、頭だけ。
実に楽しそうな顔をして奴は頭に近寄ってきた。
そして頭を持ち上げて、ある方向に向けさせたんだ。
そこにあったのは身体。
首から鮮血を迸らせて地面に伏した私の身体。いや、動いていたね。勢いよく溢れる血流に圧されて、身体を跳ねさせながら狂ったように踊っていたよ。
「ひっ……あ……」
あの恐怖は言葉にしようが無いねぇ。
自分とも思えぬ自分を、自分でないかのように見ているその状況。果てのない狂気が私を襲ったよ。
「どォうだァ? あァれがお前だァッ。痛いだろォう?」
まさに悪魔の囁きだよ。私の恐怖を煽るのがとても上手かった。
だが、私は一瞬理解できなかった。
「痛……い?」
そんなことはない。
全く痛くない。
だって痛い道理なんて頭と身体が繋がっていないことぐらいしか痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!
あれは強烈だったよ。
よくあそこで壊れなかったと自分自身誉めてあげたいね。
とにかく痛かったんだ。
地面にぶつかった頭が、切れた首が、血の気を失う頭が、あちこちぶつける全身が、流血圧のかかる首から下の内臓を含めた全身が、痛い。
ただひたすらに、痛い。
壊れそうなほどに、痛い。
気絶しそうなほどに、痛い。
気絶できないほどに、痛い。
生きているのが嫌になるほどに、痛い。
死にそうなほどに、痛い。
死にたいほどに、痛い。
死ねないほどに、痛い。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!?」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
喉が裂けるほどに。
自分の絶叫が頭に響き、視界をグラグラと揺らす。
眼を見開き、充血させて叫ぶ。
乾燥し霞む瞳が痛む。
「気ィ付いているかァ? 繋がァっていてェ繋がァってもいなァいあの身体はァ、お前のォ身体でェ、動かすこォともできるんだぜェ~ッ?」
あの時はそんなことを言われても分からなかったが、今は分かる。
私は叫んでいたんだ。
首が切れているにも関わらず。
死んでいなかった。
だけでなく叫んでいた。
やはりあの身体は途切れていて繋がっていたんだね。
「右腕ェ、挙ァげてみィろよ」
出来るわけない。
そう思った。でも、身体は動かし方を覚えていた。動かしたいと思っていた。
首から離れた身体は、それでも自分の意思で動きたいと思っていた。
だからか、気付けば動いていた。
血流に翻弄され跳ね回る身体が脈絡もなく、右腕を挙げる。
一見、跳ね回る身体に振り回されたかのように見えたその腕は、その身体の動きに合わせて下ろされるということはなかった。
真っ直ぐに挙げられて、地面に何度もぶつけられて、それでもなお、下ろされることはなかった。
「あははははははははははははははははははははははははははッ!! 見ィろよっ! 手ェを挙げてるぞォ! のォたうち回ァりながら! 手ェを! 手ェを挙げているッ! 何てェッ間ァ抜けな姿ァなんだ!! 思わァないかッ!? あァ~んな滑稽な姿ァ初めて見ィると!! 情けェなくはァないかァッ!? あれェが自分であァることがッ!! 素ゥ晴らしい! 素ゥ晴らしィぞ!! 傑ッ作だ!!! 最ッ高だァ!!!! こォれ以上のものをッ俺はァ知らないッ!!!!!」
奴は狂人だった。
口角を吊り上げ、目をギラつかせ、歓喜していた。狂喜していた。
私の醜い姿を見て狂騒乱舞していた。
「良ィいことを教えてやろォ~う!
お前は既に人間ではァ、無ァ~い! 死ぬこともォ、出ェ来なァ~いッ! 人間に戻ォることもォ~、出ェ来なァ~い!! どうだァ~? 愉ゥ~快だろォ? 痛ゥ~快だろォ? 最ッ高だろォ!?」
おかしな口調で、ケタケタ笑いながら狂声をあげる。
狂言だ。狂言綺語だ。
大袈裟に言っているだけだ。
私は不死なんかじゃあない。
戯言を、戯れ言を、言うんじゃあない。
虚言だ。そんなのは。
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。
だが、現実に私はその時生きていた。
首を切除されてもなお生きていた。
「"こちら側"へ、よ~うこそォ~ッ!!」
嘘だァッ!!!
読んでくださりありがとうございます。