表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詐欺師の少女と旅する道化師  作者: 浅木翠仙
第2章 道化の過去。
8/22

人間、辞めてみませんか?

感想、評価、誤植の指摘などあれば遠慮なく下さい。

第2章! 1章が短いのは気にしない! どうせこの章も短いから!!

 私は何をしているのだろうか。


 何度も何度も繰り返し。


 何度も何度も失敗して。


 いつになったらこれは終わるのだろう。


 いつまで続ければ良いんだろう。


 あと何度繰り返せば良いのだろう。


 あと何度騙せば良いのだろう。



 ―――早く、私を殺してよ。





        ☆      ☆



 旅する道化師を知っているかい?

 そう、詐欺師の少女と旅するあの道化師だ。


 詐欺師の少女はなかなか可愛い娘だよ。

 あ、いや見た目なんて当てにならないんだけどもね? だがそこを指摘するというのは無粋というものだろう。

 違うかね? あ、どうでも良い? 相変わらずつれないものだね。


 今はまだ客は来ていない。もうしばらくの間は来る気配もない。


 以前はこう言うときには漫画や小説を読んでいたりしたんだが―――え? 言語の壁? 世界を旅する私にそんなものが通じると思うのかい? 私はどこの言語でも話せるし読めるよ。いや、さすがに人と"こちら側"以外の言語は無理だけど。―――今は話し相手がいる。


 詐欺師ちゃんだ。


 あ、蹴られた。


 ちゃん付けするとすぐ怒って蹴ったり殴ったりするんだ。勘弁してほしいね。

 口より手が先に出るのはいただけない。

 特に詐欺師は拳じゃなくて口が商売道具なんだからね。


 自分の武器を間違えちゃあいけない。


「道化はどうして道化になったの?」


 唐突に詐欺師の少女が訊いてきた。

 そういえば彼女を少女と評するのは色々間違いな気がするね。どうせ中身はババアだろう?


「違うわ。BBAよ」

「君変なところにこだわりあるね」


 ババ「BBAよ」―――BBAであることは否定しないんだね……。女性なら普通そこを気にすると思うんだが。

 はっ、まさか実は性別がおと「道化、漢女おとめになることに興味はないかしら?」―――何でもないよ。ああ、本当に何でもないさ。いや、うん、だから何でもない。


 ところで私、口に出してたかな? 声に出してなかったつもりなんだが……読心術でもできるのかな? だとすると怖いねぇ……。彼女の横ではエロいことを考えられないじゃあないか。


 いや、むしろその方法でセクハラができると考えるべきなのかな?


 それについて詳しい考察を聞きたいね。あ、どうでも良い? うん、私もそう思うよ。


「ところで私が道化になった理由だね?」

「そう」


 いきなりどうしたんだろうとは思うけど、まあただの好奇心だろうね。私も彼女が詐欺師になった理由が気にならないでもないからね。


 今まで我慢してたけど、暇をもて余して遂に訊いてきたに違いない。


 しかしどうしようかね。あまり話すことでもないが……いや、とはいえ話さないでいる理由もないか。

 死ねない苦しみを共有しているんだ。これくらいのことなら別に話しても良いかも知れないね。


「どこから話そうか……そうだね、やはり全ての始まり、ある男との邂逅から話すことにしよう」



       ☆      ☆



 もう何十年、何百年と昔のことさ。もしかしたら何千年かも知れない。

 でもさすがに何万年も昔ではないさ。もしそうなら私は今ごろ死んでるだろうよ。

 もちろん、精神的に。


 いや、訂正しよう。今現在でも正気を保っていることが自分でも信じられない。

 発狂してもおかしくなかったハズだからね。何故だろう。


 私はその頃、まだ人間だった。


 有力な貴族の家の出でね、なかなかいい生活をさせてもらっていたよ。

 学校でもそこそこの成績を残し、仕事にも生活にも困ることはなかった。ああ、ただ唯一言えば結婚相手は居なかったねぇ。


 一応許嫁は居たんだが、結婚の少し前に病気になってしまってね……。それが結構な大病で、亡くなってしまったんだ。


 そんなわけで、まだ若くて結婚相手を探すだけの十分な時間があったながら私は未婚だったんだ。


 そんな―――許嫁が死んでから1年かそこら経った頃、私は彼に会ったんだ。


 あれは星の綺麗な夜だったね。

 ふと思い立って外にでたんだ。暖められた家の中とは違う、冷たい空気が心地好くてね、気晴らしにそのまま街を散歩していたんだ。


 いかにもたまたま気紛れに外を歩いたみたいに言ってしまったけど、実際のところそう言うことはよくしていたんだ。


 貴族の生活は豊かでこそあれ息の詰まるものだったからね。こういう気分転換が必要だったんだ。


 そんないつものように散歩をしていた私に、声をかけてくる人が居たんだ。

 怪しいやつだった。上から下まで黒い上質そうな見慣れない服に身を包んでいて、これまた黒い帽子を目深に被って口元以外表情も読み取れないんだ。


 だがしかし、怪しいのはそんな闇に紛れるような外見だけではなくてね、私を呼び止めた台詞もまた胡散臭いんだ。


「そこのお兄さん。人間、辞めてみませんか?」


 私は耳を疑ったね。

 その日までの夜の散歩の中で、身体を売ってる店の人間以外で初めてかけられた声だ。それがまさかの『人間、辞めてみませんか?』ときた。

 そういう店の()()()()()()()男性に声をかけられた時より驚いたね。


 おっと少し下世話な話になってしまったね、すまない。だがしかしそういう侮蔑を含んだ目で見るんじゃあない。

 ゾクゾクしてしまうだろう。


 おいおい、仲間とか言うんじゃあないよ。まさか君にもそういう趣味があるとは思わなかったよ。存外気が合うのかもね。お礼にあとで罵ってあげよう。

 私はそっちもイケる口なんだ。


 よし、話に戻ろう。


 私は彼の言葉の意味を推し測れず、しばらく絶句していた。当たり前だ。今の私でもそうなる自信がある。

 さて、彼はそんな黙りこくった私の訝しげな顔を見てどうしたと思う?


「人間、辞めてみませんか?」


 もう一度同じことを言ったんだよ。

 果てしなく頭が痛かったね。別に聞こえなかった訳じゃあない。聞こえてたからこそ何も反応が出来なかったんだ。


「ええっと……、どういう意味ですか……?」


 とりあえず、直球で質問してみたよ。

 何か反応しないとまた同じ台詞を聞く羽目になりそうだったしね。


 飾り気の無い台詞だったのは攻めないでくれ。気の利いた訊き方なんて分からなかったんだ。

 考えてもみたまえ? 突然の不審者にまともに対応できると思うかい?


 ええ? それにしても喋り方が今と違うって? また変なところを気にするね。

 そりゃあまあ、まだ道化になっていなかったからねぇ。その頃は普通の青年なのさ。


 まあ、そんな風に馬鹿真面目に訊いてしまったのさ。無視すれば良かったのに。


 そしたら返ってきた返事が、


「言葉の通りの意味ですよ」


 って。

 訳が分からなかったよ。

 まったく答えになっていないからね。あの時ほど相手の正気を本気で疑ったことはないと言い切る自信があるよ。


「人間でなくなるのならば、いったい何になるというのですか?」

「強いて言うのであれば、―――"こちら側"ですかね」

「"こちら側"?」


 どちら側だよって思ったね。え、普通の反応過ぎるって? ……君は私に何を期待してるんだい?


 それで、結局どうしたのかって言えば断ったよ。

 普通に怪しい宗教の勧誘にしか見えなかったからね。断るのが普通さ。


 ただ、相手も諦めが悪かった。


「辞めてよ~……に、人間……グスッ、辞めて、ヒッ、みてよ~……」


 何と泣き始めたんだ。

 ドン引きだね。

 大人の男がいきなり泣き出すってかなり気持ち悪いものだね。理由も理由だし。


「や~だ~、人間辞めないとや~だ~っ!」


 ついに駄々をコネだしたときにはね、うん、帰ろうと即決したよ。


 むしろそれまで帰らなかった優しさに自分自身驚きだよ。


「―――じゃあ、お試し期間というのはどうかな?」


 私が背を向けた途端にそんなことを言ってきたからそれまでのはどうやら演技ではあったようで、よく分からない何かに安心した覚えがあるよ。


「お試し期間?」


 もちろん訊ねるさ。まああの頃は比較的お人好しであったからね。今思うと、だけど。

 今? 暴虐無尽とは私のための言葉だろう? え、何? どちらかと言えば、思考回路が縦横無尽? うん、ちょっと黙ってなさい。上手くないし。


「試しに1週間、人間を辞めてみると言うのはいかがですか?」


 どこの通販だよって話だよね。お試しパックってやつ? 初めてのお客様限定かな?


 いや、もちろんその頃は通販なんて知らないけどね。色々な世界を渡り歩いている内に知った存在だもの。


「今ならこの趣味の悪い派手なシルクハットも付けますよ!」


 自分で趣味が悪いって言っておいてお得感が出ると思ったのかねぇ?

 私には今でもそいつのことが理解できないよ。


「分かりました、分かりましたから!

 お試しで1週間人間辞めてみますから!!」


 私は後悔しているよ。あの時こう言ってしまったことを。

 これが全ての始まりだったのさ。

 今思うと私がこう言ったとき、奴の口元がニヤリと意地悪く、気味悪く、醜く歪められた気がするね。


 ああ、あの時のことを思い出すと本当に最悪な気分になるよ。


「では、早速人間を辞めていただきましょう!」



 私は、お試しを引き受けてしまった時点で後戻りができなくなるなんて、微塵にも予想していなかったよ。

読んでくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ