旅する道化は歓喜する。
感想、評価、誤植の指摘などあれば遠慮なく下さい。
ガムテープじゃ見映えが悪いかな?
『ねぇ、じゃあ私は何で嘘を吐くと思う?』
―――今度は君の話かい?
『ええそうよ』
―――そうだね、"そこに嘘があるから"かい?
『あら、よくわかったわね』
―――おいおい、勘弁してくれよ。冗談で言ったんだから。
『正解したのに嬉しくないの?』
―――そういうことはせめて、正解したと実感できるような解答を用意してから言ってほしいね。
☆ ☆
旅する道化師の噂を聞いたことがあるかい?
そう、私の事さ。
世界を渡り歩き、奇跡を売り物にする仮面にシルクハットの不審者さ。
そう、不審者。
ああその通り。自虐さ。珍しいだろう?
自虐ネタとは柄でもないものだが……いや、まあしかし自虐もしたくもなるじゃあないか、この状況。
この派手なスーツとシルクハットに仮面の格好。
すごく目立ってしまうんだねぇ。
何だかぴこぴこぴこぴこ写真を撮られて鬱陶しくてありゃあしないよ。
え? カメラの擬音はカシャカシャとかパシャパシャじゃないのかって? 良いんだよそんなこと。まったく変なところに細かいなぁ……。
とりあえず悪目立ちしててウザったいんだよ。そんなに見るんじゃない。見世物じゃあないんだから。
いや、まあ道化師ってのは見られるのが仕事のようなものでもあるんだけれどもね。というか本来の仕事は見世物なんだけども。
だがしかし、今は見られるために歩いている訳じゃあないんだよ。
別件の時くらいは落ち着いて歩きたいものなのだが……。
駄目? それはさすがに酷いんじゃあないかい? 私はそこまで仕事に一生懸命ではないんだよ。関係ないときは仕事をしたくないんだ。
ええ? いつでも一生懸命じゃないだろうって? おっしゃる通りで。
はぁ……。しかしも全く、何でこうなってしまったんだろうね。注目を集めるのを分かっていて外に出る羽目になるなんて。ため息が出てしまうよ。
いやもちろん、分かってはいるさ。
この状況の理由なんて分かりすぎるほど分かりきっている。
本当に、面倒臭いことになったよ……。
それは数時間前のことさ。
「おいおい、もうかい?」
また来やがったのさ、あいつが。
あの中身がジジイのくせして餓鬼の姿して、これでもかと言うほど年齢の鯖を読んでいるあいつが。
今度は正面から。つまりは客の入ってくるとこらから入ってきた。珍しいこともあるものだねぇ。
そしてさっさと帰りたまえよ。
おおっと、危うく口から出るところだった。危ない危ない。ちゃんと大人な対応をしないと。
え? 大人な対応ったって私の場合はただ丁寧そうな口調でおどけて下品な言葉を吐いてるだけだって?
酷いなぁ。私は道化さ。
道化が道化の言動をして何が悪いってんだい?
慇懃無礼とは私のためにある言葉と言っても過言ではないと自負しているよ。
「ささっ、どうぞお出口はあちらにございます」
「道化、君が出ていくかい?」
「いえいえ、まさかそんなことは。どうぞそちらにお座りください」
おやおや、失敗してしまったようで……。
さて、次はどう攻めましょうかねぇ。
考えどころです。
―――え? もっと別のときにちゃんと考えろって? ……いいえ? 耳なんて塞いでないですし、聞こえない振りなんてしてませんよ?
ただちょっと耳が痛いので押さえているだけです。
「では、お茶漬けでも食べますかな?」
「ここは京都じゃないよ?
それに出してくれても帰る気はないんだけど。用事を果たさない限りは」
撃沈。
んー……、上手くいかないものですねぇ。
何か良いアイデアはないですかね?
無い? 残念ながら答えは求めていませんよ。
「はぁ……。まったく君も呆れたものだけど……。
―――依頼だよ」
ふざけていると、理解に苦しむ言葉が聞こえてきましたねぇ。どう言うことでしょうか。
ああ、向こうもふざけているのですね。分かります。
え? 違う? 良いんですよ、そんな小さいことは。
「今日は4月1日ではありませんが」
「君、さっきから思うけどこの世界が一番気に入ってるでしょ」
そりゃあ、オタク文化とかキチガイなもの、最高ッじゃあないですかッ!!
道化としてそんな娯楽を無視することが出来るだろうか、いいや出来やしないねッ!
……あ、気持ち悪い? ごめんね。
でも、もはや本能に近い感覚なんだよ勘弁してくれたまえ。
「この世界、というよりそれか……。
道化も堕ちたね」
「たまにしか来られないから余計、というのもあるでしょうがねぇ。
―――それで、依頼とは?」
「いきなり本題に入るなぁ……」
呆れた顔をされる筋合いは無い気もしますがねぇ。
ま、何も言わないでおきますよ。
依頼があるならさっさと聞いて、さっさと帰ってもらう。
そんな素晴らしいアイデアが浮かびましたからね。
まさしくウルトラC級のアイデアだとは思いませんかな?
思わない? ああ、そう。
「まあ、依頼は単純さ。
―――ある詐欺師を騙してほしい」
これはまた……黙って後ろ向いて帰ってほしいくらいに面倒臭そうな依頼ですね。
しかも初回無料ですよ?
勘弁願いたいものです。
「……詐欺師を騙す?
どう言うことだい? 詳しく説明してほしいね」
まあしかし仕事だからね。
やらないわけにはいかないよ。本当に残念なことにね。
しかし、あの"こちら側の女"の依頼は殺してほしいだったけど、今度は騙してほしいとは。
詐欺師って職業人気なのですかねぇ?
……いや、そもそもあれは職業とは呼べませんかな。
「まずはここに行ってくれ」
紙切れを渡される。
どこかの店の住所のようだねぇ。
これをどうしろと言うのか。
いや、まあ確かに大体予想はついてるけども。でも聞きたくなるじゃないか。
そうじゃないんだよね?
ってねぇ。分かるだろう? あ、分からない? どうせそうだと思っていたよ。
「そこにその詐欺師が居るから、会って話してほしい」
「すまないが、まったく訳が分からない」
詳しく説明してくれと言ったのに店に行けとは果たしてどう言うことだろうね。
いや、こう言われるだろうと予想はついていたよ。
やっぱり合っていたけれども、納得はしないよ。
「そもそも私はこの廃墟から出たくないのだが」
ぶっちゃけこれが本音だからねぇ。
「依頼なんだから、行・け☆」
輝かしい笑顔だ。女の子だったら役得だったのにねぇ。中身がおっさんのクソ餓鬼の姿でやられても怒りしか感じない。
「何かその分見返りがあるのかい?」
彼の笑顔はともかくとして、これが重要だ。十分な見返りがあるのに断るのはむしろ損だからね。
「面白いものがあるよ」
「却下だね」
確かに私は道化。
面白いものがあるとするならば興味はある。
だがね、そんな本当かどうかもよく分からないもののためにこの廃墟から出るなんてナンセンスなのだよ。
もっと良いネタを持ってくるのだね。
「……面白いものは、君が殺したはずのの詐欺師に関係があることだよ」
「最初からそっちを出せば良かったじゃあないか」
立ち上がる。
やる気が出てきたよ。詐欺師と言えば、あの目付きの悪いポニテ関係あることだからね。あの女に直接復讐が出来ない分、そっちで憂さ晴らしをさせてもらおう。
そう、私は根に持つタイプなのさ。意外だったかい? あ、興味ない? そうか。そうだろうね。
「折角なら隠しておいて驚かせたかったんだよ」
とか言いつつどうせ私が最初の方で首を縦に振るとは微塵にも思ってなかっただろうに。
「行こう。時間は?」
寸刻のズレもない時計を取り出す。
私のお気に入りさ。どの世界に行っても正しい時間を表示してくれる、私のような者には欠かせないものだよ。
「ああ、時間は―――」
それで時間聞いて向かってる訳なんだけど、そろそろ裏道入るかねぇ、目立ちすぎてどうも。
ここら辺の人間は肖像権と言う言葉知らないのかねぇ。訴えたら勝てるんじゃあないだろうか。
それにそろそろ職質受けてもおかしくない。
というかまだ職質を受けてないことに驚いているよ。
と、ああ……着いたね。このお店だ。
特別変わったところの無い、こじんまりとしたお店だよ。
チェーン店とはまた違う良さがあるけど、チェーン店と同じでほとんど来ないね。通報されるから。
仮面つけたままコーヒーを飲んで何が悪いってんだい?
からん。
扉を開けて中に入ると、一人の少女が既に待っていた。
彼女が音に反応してこちらに振り向く。
「あ、あなたが道化師さんですね。どうもお久しぶりです」
私は言葉を失ったよ。驚きのあまりね。
そう、驚いた。
思わず目を疑ったよ。
そこで待っていたのは―――私が殺したはずの詐欺師だったのさ。
私がこの手で運命を切り取ったその少女は、何でもないように手元のコーラをストローで吸っているんだ。
私は悟ったよ。
どうやら私は、本当に騙されていたらしいということを。
この少女は、ただ者ではなかったということを。
ああ、何て恐ろしい!
何と言う恐ろしいことだろうよ!
騙されてしまったこともそうだが、何よりそんな恐ろしい存在だと見抜けなかったことが恐ろしいッ!
「道化さん、座ってください。
―――そしてお話をしましょう」
少女が浮かべる薄い微笑みに仮面の下の顔が歪む。
これが、恐怖!
得体の知れない存在への、畏怖!
そして、未知への高揚感!
嗚呼、何と素晴らしい!
私は今、恐怖している! 戦慄している! 驚いている! そして何より、喜んでいる! かつて無い歓喜に、心が激しく揺さぶられている!!
「ええ、是非とも話をしましょうぞ」
内なる感情の爆発を隠し、少女の隣の椅子に腰を下ろす。
私は道化。
ただひたすらに道楽を、遊興を、愉悦を、歓楽を求める。
それが私。
そんな私が、こんな面白いものを放っておくだろうか?
「語り明かそうじゃあないか!」
いいや、放っておくまい!
道化の私は叫ぶ。
それが運命であるかのように。
そして私の声に薄ら笑いの少女の声が重なる時。
「「―――心行くまで」」
私の心の激流は、抑えきれないほどにまで加速していたよ。
読んでいただきありがとうございました。