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詐欺師の少女と旅する道化師  作者: 浅木翠仙
第1章 旅する道化が望むのは。
5/22

旅する道化は騙された。

感想、評価、誤植の指摘などあれば遠慮なく下さい。

心って接着剤でくっつくと思います?

『ねぇ、生きる意味って何だと思う?』


  ―――私なんかに分かるとでも思ったのかい?


『ええ、あなただからこそ分かると思うのだけど』


  ―――買い被りすぎさ。


『そうかしら?』


  ―――ちなみに君は何だと思うんだい?


『ん? それは死ぬことよ。

  人は―――死ぬために生きるの』


  ―――そんなつまらない生は受けたくないものだね。……いや、そうでもないか。



        ☆      ☆



  旅する道化師の噂を聞いたことがあるかい?


  ……聞いたことくらいはあるだろう?

  世界を旅して回る、奇跡の道化師さ。


  行く先、行く先で奇跡を起こし、そしていつの間にか居なくなっている。


  良いだろう? 格好良いだろ? ……良くない? う~ん、おかしいなぁ。ちょっと生まれ直せばこの良さが分かるんじゃあないかな。

  あ、うるさい? ごめんね、誰か来たみたいだし、さっさと話に入ろうか。



「いらっしゃい―――て、君か」


  思わずテンションと声のトーンが同時に下がる。

  まったく二度と見たくなかった顔なんだがね。


「久しぶり」


  気の強そうな目にポニーテール。

  この前の"こちら側"のあいつだった。踏み倒された分請求しないと。


「この前は、お世話になったねぇ」

「こちらこそ」


  今のは嫌味なんだが……。

  軽くあしらわれたようだね。まあ、良いさ。

  嫌味をチクチク言ってやろうじゃないか。


「で、何しに来たんだい?

  君の依頼を受ける気はないし、これからも金輪際受けることはないよ」

「おや酷い」

「踏み倒すから悪い」


  謝る気すらないとは。

  お金を持ってる様子もないし、残りを支払おうって訳でもないのになぜ私のところに来たんだろうね?

  嫌がらせかな?

  違いない。


「踏み倒してなんかないよ」

「何?」


  どうにも理解できないことを言い出した。


  踏み倒してないだって?


  何を言っているんだろうねぇ? こいつは。


「あの娘は死んでない」

「ふざけるないでくれたまえ」

「ふざけてない。相当自信があるようだけど、ちゃんと確かめたのかい?」


  それは確認していないが……。

  だがしかし、間違いなく運命を切った。確かめるまでもなく死んでいる。


「なあ、お前は……生き続けるって楽しいと思うか?」

「どういうことだい?」


  まったく要領を得ない質問を。これも嫌がらせかい? 真顔でこんな嫌がらせとはなかなか趣味が悪いね。尊敬するよ。


「死んだことが無かったことになるってどんな感じなんだろうって、そういう話さ」


  詐欺師の事を言っているのかねぇ。

  知るわけないだろう、そんな気持ち。

  死なないことを選んだ人間の気持ちなんて私にはさっぱり分からない。


  死なないことの何が良いのだろうね。

  死ねないなんて、それこそ生き地獄だとは思わないかい?


  そう、生きることは苦なのだよ。あの仏陀もそう言っているから間違いない。私も悟りを開いて解脱するのを目指してみようか。

  いや、阿羅漢は目指さないよ? 修行は面倒くさいからね。菩薩様の導きにあやかるつもりさ。え? そんな風じゃ一生悟りは無理だろうって? 厳しい意見だ。私も賛成だけど。


「そうそう余談なんだけど、究極の詐欺師でも騙れないことって何だと思う?」


  実に唐突だ。さっきの質問に答えた覚えすらないんだが。まあ良いさ。いちいち口に出してツッコむ気にもならないからね。


  というか究極の詐欺師とは何だろうね?

  訳が分からない。何か救われない病でもかかってるのかな? ほら、中で始まって病で終わる3文字の確実な治療法が確立されていないあれとか。


「ちなみに究極の詐欺師というのは、虚構を極めた―――もはやこれ以上騙せるものはないという極致に辿り着いた―――詐欺師のことだよ」


  つまりは決して吐けない嘘とは何か、という問題かな? もっと分かりやすい言葉にしてほしかったねぇ。何でわざわざこんな表現を使ったんだか。


「いいや、わからないねぇ。答えを聞かせてもらえるかい?」


  本当のところは考えるのが面倒臭いだけなのだけどね。


「究極の詐欺師でも騙れないことそれは―――『真実』さ」

「真実? 嘘の話をしていたんじゃあないのかい?」


  真実と嘘は真逆だ。

  詐欺師の嘘が、真実であるはずがないだろう。いや、つまりはそういうことか?

  考えるのが億劫になるほどややこやしい話だね。


「裏の裏は表と言う輩がいるけれど、別に俗に言う裏の裏が表であるとは限らないように、嘘の嘘が真実であるとも限らない。だがしかしにも、必ずしも嘘の嘘が真実でないとも限らない」


  わざとらしく、さも分かりにくく、かつ長ったらしく言う、実に私の大嫌いな説明だね。


  狙っても、なかなか出来るものじゃあない。

  難しく言えば論理的にも聞こえるが、しかし難しく言ったからとして別に論理的であるわけでもないからね。

  おや、向こうのが移ってしまったかな?


 つまりは、


「"嘘として真実を言うことはできない。それは根本的に矛盾しているから"そう君は言いたいのかな?」


  嘘とはつまり、真実でないことである。

  真実でないことが真実であることはないし、真実であることが真実でないこともない。


  嘘として言った真実は嘘ではない。

  それはただの真実だ。


「そういえば、お前と詐欺師って似てるよなぁ?」

「失礼なこと言うね」


  別に私は人を騙すことはしないよ。

  私はあくまでも道化であり、嘘つきではない。怪しすぎて存在自体が嘘っぽいことは否定しないけどね。


「だって世界の理ってすなわち真理だろう? それに囚われないってつまり、世界に対して嘘を吐けるってことと同じじゃあないのかい?」


  なるほど、確かにそういう一面はあるかも知れないね。

  正しい論理を無視して奇跡を起こす。それはもしかしたら、世界に対して『奇跡』を『正しい論理』だと誤認させることで出来ていることなのかも分からない。


「そうそう、さっき言った"究極の詐欺師でも騙れないこと"の続きになるんだけど、それってお前も同じだよな?」


  ぞくり、と嫌な予感がしたよ。

  何となく、こいつは私にとって嫌なことを察している。いや、知っている?


「"世界の理から外れた力"を使って、"世界の理から外れた自分の存在"を"世界の理から外れていない存在"に見せかける」

「黙れ」


  ニタニタと不愉快な笑みを満面に浮かべる性悪女。

  君は何をしようとしているのか分かってるのか?


「でもそんなことはできない。

  そりゃあ当たり前、それで出来上がるのは"世界の理から外れた力を使う、世界の理から外れていない存在"だもの」

「黙れ」


  それは触れてはいけない場所。"こちら側"にとっての禁忌。

  何故こいつはそれを笑顔で話せるのだろうね? 同じ"こちら側"とは到底信じられない。

  私からしたら、狂ってる。


「そんなチグハグな存在、居るだけでたちまち世界が滅びる」

「黙れ」


  何故、何故、何故? 君は何故、開けてはならないパンドラの箱を、開けようとするのだ?


「だからお前は―――」


「黙れッ!!!!」


  叫ぶ。

  堪えきれなかった。

  こいつは知っている。理解している。

  私がどういう存在なのかを。


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!!!!」


  叫ぶ。腹の底から拒絶を示す。今すぐ目の前から、いや、この世界から消えろ!


  鉄筋を取りだし投げつける。当たったと確信した。だが、当たっていなかった。避けたのだ。


「いいや黙らない」


  余裕の表情がこちらの精神を逆撫でる。

  激情に流されるまま鉄筋を続けざまに投げる。古びた廃墟の壁や床に十数もの鉄筋が突き刺さる。だが、当たっていない。


「黙れと言っただろう! 貴様は何がしたい! 私に何か恨みでもあるのかッ!!?」


  豪火をくり出す。燃やし尽くしてやる。

  跡形もなく。世界の理をねじ曲げてでも。こいつだけは、存在を否定してやる。

  こんなやつは、こんなやつなど、存在しない!


「恨み? あるさ! 何故だ? 何故貴様は早く殺してくれない? いつまで待たせる気だ? どうして殺せないんだッ?!」


  もはや気が狂ったように憎しみを露にして豪火を振り払う。

  醜い姿だった。酷い顔だった。ただひたすらに、辺りに燃え移った猛火の中、憎悪の炎を瞳に称えていた。


  私も今、きっとあんな風なのだろうね。

  向かい合う私たち二人は、鏡に写った像のようにそっくりに違いない。

  ただしきっと、どちらも虚像なのだろうけど。


「もう……帰ってくれたまえ。二度と……来ないでくれ」


  震える声で拒絶を示す。

  さっきまでと比べて、何とも情けない姿だろうね。

  弱々しい懇願のような―――有って無いような―――拒絶。誰でも無視して居座ることが出来るだろうよ。

  いや、先程までも覇気こそあったが、今とそこまで違いはないのかも知れない。


「もう来ないよ。ただ、その詐欺師を探ってみな。この近くに居るかも知れない」


  灼熱の炎の中に消える彼女の背中を見ながら、私はただ力なく項垂れていた。


  私は、忘れようとしていた。

  いや、目を背けようとしていた。背けても背けても背けきれない現実から、目を背けようと頑張っていた。


  ようやく、それが報われようと―――忘れかけようと―――していたのに……。


「台無しだ」


  燃える廃墟に虚しく響く自分の声。

  残酷までの孤独。

  それを久しぶりに、強く感じていた。


「何が台無し?」


  肩に何かが乗っていた。


「また君か。毎回妙なタイミングで現れるね。しかし、まさかもうなのかい?」

「そのまさかだよ」


  そんな馬鹿な。

  いくら何でも早すぎる。

  いや、確かに今さっきあるはずもない鉄筋や炎を出した。

  だがしかしにも早すぎる。


「何かの間違いじゃあないのかい?」

「移動しなよ。もうここには居れない」


  ただ断言された。


「私ももう、潮時かねぇ……」


  さっきの事といい、今の事といい。

  私の旅する道化師としての限界を感じるよ。


ジジ臭いこと言わないでよ」

「いやぁ、これでも私結構年なんだよ?」


  何歳なのかは言わないけどね。

  きっと驚かれてしまう。もっと若いと思ってた、とか言われてしまう。


「まあ、行くよ。こんなところでこの身体を失いたくはないからね」



  私は旅する道化師。

  放浪道化はぶらぶらと、一人孤独にどこかをほっつき歩くのです。

 拙い文章を読んでいただきありかとうございました。

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