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詐欺師の少女と旅する道化師  作者: 浅木翠仙
第1章 旅する道化が望むのは。
4/22

怪しい女は鬼籍を望む。

感想、評価、誤植の指摘などあれば遠慮なく下さい。

砕かれた心を直す準備は着々と進めております。

『何のために人は嘘を吐くのか分かる?』


  ―――いや、果たしてさっぱり分からないね。


『少しは考えようとしなさいよ』


  ―――そうだねぇ……、自分のためかい?


『いいえ、違うわ』


  ―――ほう、では何のためだい?


『簡単よ。それは他人を欺くため』


  ―――君に期待した私が馬鹿だったよ。



        ☆       ☆



  旅する道化師の噂を聞いたことがあるかい?


  おやおや、知らないのかい? 世界を飛び回って各地を巡っている道化師のことだよ。


  え? 返事してないしそもそも訊いてすらない?

  そうつれないことを言わないでくれ。


  その道化師はね、不思議な力を持っているんだ。

  え? 知ってる? なら良いじゃあないか。何だい、もしかして教えてくれなかったのは私みたいに面倒臭かったからかい?


  駄目だよ、私みたいになっちゃあお仕舞いさ。道化になんかになるのは私は勧めないよ。

  やめておいた方が良い。

  道化の私が言うんだから間違いない。


  と、誰か来たようだね。


「いらっしゃい。今日は何がお望みで?」


  ポニーテールの、肝の据わってそうな目付きの女性だね。

  こんな廃墟に来るなんてなかなか勇気があるものだよ。


  え?

  何で毎回廃墟なのかって?

  そりゃあ居心地が良いからだよ。

  いや、ただのホームレスとか言わないでくれたまえ。事実だけど、私は旅人さ。

  いちいち住まいなんて用意できないよ。


「殺してほしい人がいる」


  それにしてもまた、けったいな客が来たものだね。

  殺しの依頼は久しぶりさ。あまり良い仕事ではないけどねぇ……。


  ん? 上流貴族を何の迷いなく失脚させたじゃないかって? 直接命をやり取りするから気の持ちようが違うんだよ。


  犯罪者相手ならともかくも、どうにも普通の人を殺すのは気が引けるものさ。


「殺しなら私でなくても出来るんじゃあないかい?」


  一応訊ねさせてもらう。当然の疑問だと思うけどね。


  果たして普通の方法では難しい相手なのか、はたまたそういう組織と関わりがないため私に頼みに来たのか。

  どちらにせよ面倒臭いなぁ。

  え? 客の依頼を面倒臭いとか言うな?

  口には出してないからセーフってことにしておいてくれ。


「相手が詐欺師なんだ」

「ほぉ……詐欺師ですか。しかしそれこそ普通の殺し屋に頼んだ方が速いんじゃあないかい?」


  これはまたよく分からない。

  詐欺師を殺すのをわざわざ私に頼むとは正気の沙汰とも思えないねぇ……。

  だって存在してこそいるけど、ほとんどの人は実在しているかは知らないのだよ?

  そんな相手の元へやって来て、迷いなく殺しの依頼をするなんて普通じゃないと思わないかい?


「今までにもその筋の人に依頼して殺してもらったよ。でも、彼らは間違いなく仕留めたって言うのに、彼女は生きてた」


  それはまた興味深いねぇ……。

  いったい何が起きたのやら。

  殺したのに死んでない? 不死身だって言うのかい? そりゃあ普通の人間じゃあないね。

  こちら側の存在だよ。


「彼女は詐欺師。

  彼女は殺し屋を騙した。ただ立っていただけ。それだけで彼女は遠くから狙う殺し屋を騙したんだ」


  訳が分からない。

  なのに彼女は自信たっぷりに言う。自分の言ってることが無茶苦茶だとわかっていないのかねぇ……。


  彼女は"存在しているだけで、自分の存在について他人を騙すことができる詐欺師が居る"と言ってのけたんだよ。


  ある意味尊敬するね。

  もちろん、悪い意味で。


「それと、方法についてお願いがある」


  方法……殺し方についてだねぇ。

  出来る限りいたぶって殺せとかそんなんじゃないと良いけど。そういう趣味はないのでね。


「直接殺しに行かないで、ここで運命を切って殺してほしい」


  まったくもって本当に……何が何やらさっぱりだよ……。


  まさか究極の殺し方を指定してくるとはね。


  その詐欺師とやらはいったい何者なのだろうねぇ。

  そこまで恐れるべき人なのだろうか。


  実際見ていないと何とも分からないものだね。

  え? じゃあ見てこれば良いって……そんな面倒臭いことを私がするとでも思っているのかい?

  思っているとすれば失笑ものさ。道化に笑われるって相当だよ?


「別に構わないが……無料ではさすがに無理だよ? 良いのかい?」


  初回無料が私の商売方法だが、さすがに死の運命を紡ぎ出すのはかなりリスクが高い。

  あまり自分のポリシーを曲げるのは好きではないけど、とはいえこんな依頼をポンポン受け付けるわけにもいかないのさ。


「問題はない。ただ、殺してくれさえすれば良い」


  平然と言うこの女、本当に何なんだろうねぇ……いったい?

  まあ、私は金さえ払ってくれるなら私はどういう風でも構わないけど、面倒事は避けたいね。


「じゃあ、金額はこれくらいで良いかい?」

「ああ。その内これだけなら今すぐ用意できる」


  無茶苦茶な金額を提示したにも関わらず二つ言葉で了承し、先払いとしてその半額ほどを提示してくるこの女、ただ者ではないようだね。


  見た目はそこら辺にいるのとそう変わらないように見えるし……。

  内面に秘めているものも特別感じない。

  怪しいと言えば怪しいが……。


「半額先払いで、詐欺師の死が確認できたら残りも払うって風で良い?」

「もちろんですとも」


  まあ、深く踏み込んで良いことはなさそうだね。

  さっさとその詐欺師とやらを殺してこの女とは縁を切った方が良さそうだ。


「では、よろしくお願いするよ」


  詐欺師の特徴などを聞き出し、彼女がお金を持ってくるまでの間にその場で例の詐欺師の様子を探る。


  でもねぇ、その詐欺師ってのは正直に言って何の変鉄もない少女だったよ。

  強いて言えば、詐欺で儲けた金でかそれなりに良い身なりをしていた事くらいかな。

  私から見れば依頼者のあの女性の方がよっぽど危険な人間だよ。


  でも、彼女にとってはあの少女が恐ろしいんだろうね。殺そうとしても殺せなかったとはねぇ。しかも失敗したことに気付かせないとは。


  あんな少女にそんな力があるとは残念ながら私には到底思えないよ。

  むしろあの女がその力を持っている方がよっぽどしっくり来る。


  さて、お金も持ってきてくれたことだし、そろそろ殺してしまおうか。


  私の目の前に一本の糸が現れる。例の詐欺師の運命の糸さ。その糸に他の糸が何十本も絡まっている。

  だが、何十本とは思ったより少ないねぇ。何千本、何万本というのが普通なんだけど。


  まあ、気にしても仕方ない。


  詐欺師の少女の運命の糸を絡めとった後、他の人の運命を出来るだけ取り払う。

  残念ながら完全に取り払うことは出来ない。

  警察や目撃者が出るのだからそれは当たり前と言っちゃあ当たり前のことだね。


  そして、少女の運命を死へ向かわせていく。


  何をするのかって簡単さ。切るんだよ。詐欺師の運命の糸を切るんだ。それで彼女の死は紡がれる。


  ただそこら辺からハサミ持ってきてチョキン、とは出来ないんだよね。仕方ないから自分の爪で少しずつ糸を削ってくしかないんだよ。


  絡み付いた他の人間の運命がキシキシと音を立て、そして少女の運命がプツリと切れる。


  少女に、運命が無くなった瞬間だよ。


  さて、私は仕事を終えた。あとは残りの金を貰うだけだよ。


  え? 随分とあっさり終わったって?

  そうだねぇ、楽な仕事で良かったよ。人によっては絡まりに絡まっていて、目的の人だけ殺すのが困難なことだってあるからね。


  そこで言うと、あの少女はその絡まりが相当少なかったね。

  詐欺師と聞いていたから、てっきり複雑に絡み合ってしまっているものと思っていたからある意味拍子抜けしたよ。


「で、また君かい?」


  ガラスの填まっていない窓から入ってきた"あいつ"に声をかける。


「そうだよ」


  グラデーションがかかったように虹色に輝く男にしては少し長めの髪を、朱を基調とした派手なキャスケットから覗かせる、この廃墟には些か場違いにしか見えない美少年―――と呼ぶには少しばかり見た目が幼すぎるかも知れない。―――が、見た目相応な無邪気な笑顔で応えた。


「気付くのが早くなったね」

「お褒めにいただきありがたいことだね」


  しかし、彼が来たということはあることを暗示しているのでもある。


「んで、いつもの通りかい?」


  少し前に移ってきたばかりだと言うのに、まったく難儀なことさ。

  もう移動かい。


「他人の運命を切るからだよ」


  それの影響がすぐ現れるとは思えないのだがねぇ。

  他人の運命にほとんど影響も与えていないし、おかしな話だよ。

  いやまあ確かに自業自得なのだろうけどね。


「でも依頼なんだから仕方ないだろう?」

「だったらこっちも仕方ないよ?」


  どや顔がイラッとするねぇ。

  え? 私もいつもこんな感じ?

  私は分かってやってるから良いんだよ。

  ―――良くない? まあ、そうかもね。


「分かってるさ。

  でも、報酬をもらってからでも構わないだろう?」


  依頼は全うしたのに半額しか受け取れないのは割に合わないじゃないか。

  そうは思わないかい?

  ―――思わない?

  そこは思ってくれよ。


「ちなみに依頼主はどんな人なのかな?」


  どうせ今日あったことはすべて知ってるんだろうに。なぜわざわざ訊いてくるんだろうねぇ。

  まあ別に答えてあげないこともないけど。


「怪しい奴さ。それこそ殺した詐欺師より怪しいくらいだったね」

「へぇ……。それは具体的に聞いてみたいね。名前とか訊かなかったのかい?」


  こんな仕事で名前を訊くわけないだろうに。何を言っているのだろうか。

  ていうかむしろそっちの方が知ってるんじゃないかと疑っているんだけどねぇ。


「それは残念だ。良い女はキープしておくに限るよ。先輩からのアドバイス」


  となぜかいきなり話の方向が下世話になったね。

  真面目な話をしてたはずなんだけど……。どこで間違えたかなぁ?


「餓鬼の見た目で何を言ってるんだろうね。実に滑稽だよ」


  とりあえずこう返しておこう。


  しかし、餓鬼の見た目とは言ったが中身はどれくらいなんだろうね。"こちら側"の存在は総じて見た目と実年齢が合っていないものだけど、彼はその中でも特に見た目が若い。

  それこそ容姿だけはまだおよそ10歳ほどの子供のそれだ。

  実年齢の方はどうなのかは知らないけど。

  私よりも高いのだろうか。その可能性も十分あるだろうね。


「調べようか?」


  あまり乗り気ではないが、あの女が何なのかは私も気にならないでもない。薮蛇になりそうで怖いが。


「見つかるのかい?」

「まあ印象的な奴だったからね……探せば簡単に見付かるだろうね」


  そう言いつつ様子を探る。あの怪しい気配はすぐに分かるはずだよ。


  はずだったよ。


「―――居ない……?」


  居ないとはどういうことだい?

  まさか、あの後すぐ死んだとでも言うのか?

  いや、だがおかしいね。


「居た痕跡すらないとは全くどう言うことだい?」


  先程までいた人間が忽然と世界から消えている。

  そんな異常な状態に私は戸惑ったよ。


  だが逆に驚くこともなく、むしろ困惑する私を楽しそうに眺める瞳が二つ。


「ははははっ、どうやらその怪しい依頼主とやらは"こちら側"だったみたいだね」


  ケタケタと笑う顔をグーで殴りたくなったが自重しておくよ。

  私も大人だからね。大人は我慢するものさ。


  しかし、"こちら側の存在"とはね。確かにそうだとすれば納得だよ。金を踏み倒されたことが余計腹立つね。


  しかも既にこの世界から居なくなっているとするとお金を回収することは無理そうだし。


  まったくもって不本意だよ。

  こんなことになるならもっとたくさんの金を吹っ掛けておくんだった。


「ああ、行くよ。ここから出てく。それで良いんだろう?」

「まあまあ、不機嫌にならないでよ」


  半笑いで宥めるのは逆効果だと分からないのだろうかねぇ、こいつは。

  いや、むしろ分かってやっているのか。

  ああ、私の気分を損ねて嬉しいのだろうね。


  普段ならこんな挑発には乗らないけど、たまにはここで胸のムカつきを吐き出すのも一興かもしれないね。


「そりゃあ不機嫌にもなるさ、何てこったいっ!

  ああムカつくッ!

  イラ(イラ)するね!

  何がムカつくって、報酬を貰えないことよりもあの女をこちら側だと見抜けなかった自分に腹が立つよッ!!

  よく考えもすれば、奇跡を起こすと知られていても"運命を切って人を殺せる"ことは知られていないんだよ! それが出来ると確信をもって言えるのは"こちら側"の存在だけさ!!!」


  そう、殺し方を指定された時点で私は気付くべきだった。あいつが"こちら側"だと。


  ―――ふう。


  いやぁ、感情的になるのは久しぶりだよ。

  道化はいつも飄々としていないといけないからねぇ。


「あんまり暴れないでよ?」

「別にそんなことはしませんよ。ただ、あの女に次会ったときにはきっちり金を払ってもらいますがね」

「結局金ね」

「ええ、分かりやすいじゃないですか」


  単純だからこそ良いのですよ。

  複雑なものは面倒臭いだけだからねぇ。



  私は旅する道化師。

  放浪道化はぶらぶらと、一人孤独にどこかをほっつき歩くのです。

読んでいただきありがとうございました。

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