返還。
そうそう、君に世界の渡り方を教えておこう。君はそう長くはその世界にいられないからね。
君が居るだけで世界のバランスが崩れる。君が居るだけで世界は異分子の処理に追われる。君が奇跡を使えば、世界はそれを真実だと誤認する。
まあ兎に角長居すると面倒なことになるから気を付けたまえ。君も自分の故郷を失いたくはないだろう?
世界渡りの基本は奇跡と同じだ。
世界とは曖昧なもので綻びがある。そこを探しても良いし、奇跡で無理矢理作っても良い。さすがにあんまり強引に綻びを作ると世界に影響があるからやめてほしいが。
そして綻びを作ったら……
☆ ☆
「見えている通り、世界はたくさんある。ここから見えるものは全て私が作った。全てだ。これら……いくつあるんだっけ?」
「私が知るはず無いでしょう」
男が訊ねるが、女はそれにジト目で答えた。
どうやら覚えていないくらいたくさんの世界を作ったらしい。そんなので管理できるのだろうか。
「えーと……まあ数千万はあると思うんだけど、それらを創り、管理しているんだ」
数千万。
道化はその数に驚く。どうやって管理しているというのか。というかちゃんと管理できているのだろうか。
疑問はつきない。
だって数千万である。何て言ったってゼロ七つである。重ねて言うがゼロ七つである。
「君でもこちらの百分の一くらいは創れるよ。もちろんすぐには無理だろうけどね。世界を創るには時間がかかるんだ」
男が何故かどや顔で言った。
道化は不愉快だった。
ちなみに百分の一でも数十万。ゼロ五つである。何てったってゼロ五つである。重ねて言うがゼロ五つである。どうでもいいがゼロ五つである。
「つまりそれを教えるのにも時間がかかると言うことにならないかい?」
「~♪」
自慢気な男に道化の的確なツッコミが入るが、男はそれを口笛で誤魔化した。
無駄に上手い口笛に道化のイライラはさらに募った。
「早く顔を返してほしいねぇ。……わりと本気で」
突き刺すような視線とトゲのある言葉。だがそんな道化を男は軽く受け流す。
「大丈夫、あと数年修行を積めば返してあげるから」
「今すぐ返せッ!」
道化のストレスは天元突破した。
普段の穏やかな口調はどこへやら。心からの叫びを上げた。
「君にとっては数年なんて一瞬だろう? 何年生きてきたんだい?」
確かに長く生きてきて、一日一日が日に日に短く感じるようになっていることは自覚していた。今では一日が、人間だった頃に比べてただ数時間にまで短く感じていることも。
だがそれとこれは関係ない。さっきまでは長くとも一時間ほどで返してもらえると思っていたのだ。それが数年にまで延びるのは看過できない。
「とは言え、君の顔は手のひらの上なんだ。比喩でも誇張でもなく。諦めたまえ」
完全に脅迫だった。
「あなたにはもう返してあげるからね~♪」
「ありがとうございます!」
一方女性陣は仲良くしているようだった。道化と男の間に漂う空気とはまったくの真逆。しかも顔の返却まで話がついているようだった。道化は泣いた。
「顔くらい返してあげなさいよ。どうせやることやり終わるまでここから出させないんだから」
監禁宣言は聞かなかったことにして、道化は素直に顔を返してもらえることに喜んだ。
隣を見ると、さっきまで女の近くにいたはずの少女がにっこり笑顔でこっちを見ていた。どうやら顔を返してもらえたらしい。とても可愛らしい娘だった。
「ええ~?」
男の渋る声が聞こえる。詐欺師の女には頑張ってもらいたい。それこそ口八丁で。
嬉しそうに笑う少女から目を反らし、自分の顔の行方を見守らんために二人の方を見れば、女が男の肩に手を置いて無言で笑顔を顔に張り付けていた。
正直怖い。
男の顔色も目に見えて悪くなっている。というか顔が引きつっている。よく見れば顔を浮かべている手も、小刻みに震えていた。震えにあわせて道化の顔も揺れている。実にシュールな絵面だった。
「返すのよ?」
黙っていた女がそう口を開くと、男は頭がすっぽ抜けるんじゃないかと思うほどに首を縦に振った。交渉成立。
「んんっ! ということで顔は返そう」
咳払いをして仕切り直しをする男だが、顔は土気色のままだった。しかも顔が強張っている。
何かトラウマがあるのだろうか。
ただ肩に手を置いていただけのように見えた、その裏にあるだろう何かに戦慄を覚える道化だった。
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